死の呪いの使い方 2-3
「実は自分はメサルじゃないんです。さっき走って行った方がメサル……」
「嘘をおっしゃられても困ります。メサル様は自分から仕掛けに行くような方ではないでしょう」
「いや、奴は血に飢えた獣……」
と言おうとして流石に無理があると思った。
顔も知らないでメサルを探しているのも信じられないが、プヨンも無意識のうちに『トリッキング』を使っていた気がする。囮魔法の一種だ。
蛇から卵を守るために使う動物もいるが、あえて目立つことで囮となり相手の視線を本来の対象から逸らす技術だ。
メサルを護衛するときにプヨンがメサルに間違われるように仕向けたり、引き付け役になることは今までも何度かあった。
「プヨン、ピンチです。かなりピンチ」
「黙れ、俺はメサルだ。今から大活躍だ」
フィナツーのおちょくりには小声で返す。相手がメサル狙いなのは間違いない。
メサルは自衛系は得意だが自分から仕掛けるのは苦手らしく、ユコナ達とやりあう時も防御に徹すると殻に篭った貝のように、お互い決定打がないまま平行線になっていることが多い。
「それでどうするの?」
フィナツーの問いかけにプヨンは悩んでいた。人違いですといっても顔も知らない連中だ。思い込んだら、いくらプヨンが口先で否定してもそうそう変わらない気がした。
「そうだなぁ。今後ちょくちょく来られても困るし、ここはメサルとしてしっかりと活躍し、いい情報を持って帰ってもらわないと」
そうフィナツーとこっそり作戦会議をしていると、
「ごちゃごちゃ言ってないでさっさと大人しくしろよ」
そう言いながら一番手前にいた1人が掴みかかってきた。わかりやすい動きだ。それを少し大きめのバックステップでかわし5mほど距離を取る。
さして特別な避け方ではないが、かわされるとは思っていなかったのか、男は驚き農婦も子供を抱きかかえたまま、意外そうな顔をしている。表情からも『へー、避ける程度はできるのね』と読み取れた。
プヨンはメサルの評価を持ち上げるためにもここは強く出ることにした。
「おい。俺はこう見えてもメサルだ。すでにお前たちには死の呪いがかけてある。大人しく降伏しろ。そもそも子供がさらわれたんじゃなかったのか?」
威厳たっぷりに言ったつもりだったが、
「ははは、なんだその死の呪いというのは? そんなもの聞いたことないぞ!」
「あぁ、もうちょっとマシなことを言え」
女もニヤニヤしながら、「へー」「ふーん」などと明らかに馬鹿にしている。どこからか他にも数人の男女が現れ、いつの間にか7人ほどに囲まれていた。
『どうやったらメサルに対する恐怖を心に刻み込めるのか』考える。使う方法は決まっているが見せ方がよくない。悩んでいると手に詰まったと思ったのか一斉に囲いを縮めだす。
「丁重によ。怪我はいいけど殺したらダメ。重症もダメ。治る範囲で」
「わかってるさ」
そう言いながらも向かってくる速度は変わらない。ゆっくり距離を詰めてくる。プヨンは呪い効果を高めるため、まずは体を動かしてもらうことにした。
自分のところに近寄ってくるものは取り敢えず投げ飛ばす。動きはそう素早い動きではなかった。そのあたりの石を投げる要領で勝手に飛んでいく。誰かが魔法を使ったのか、時折岩礫などが降り注ぐがそれも水壁や突風でかわしつつ、プヨンはうまく逃げ回っていた。それでも頑張って追い縋ってくる者にはこうする。
「ネッサーツ!」
「あ、あっちちち」
掴まれる瞬間を狙って体部分を熱し、熱さで掴めないようにする。多少自分も熱いが、そこは自制と自己治療の併用で問題はない。農婦は途中から何かしら7人を支援していたようだが、プヨンに理解できるほど目に見える効果はなかった。
そのまま飛び回って逃げ続けて数分。7:1だがなんとか逃げ切る。相手は息が上がってきているようだ。ここぞとばかりに口撃でやる気を削ぐ。
「ふ、見たか。俺はメサルだ。お前達を滅殺する」
「な、なんだと。やってみやがれ」
威勢よく反応はするが、プヨンがずっと全員の頭を押さえ込み動きを遅くしている。水の中で動くように、相当体力を消耗しているはずだ。少しでも息を整えようとしているのがよくわかった。
「プヨン、このままじゃ堂々巡りじゃないの?」
フィナツーが次の展開を期待して目を輝かしている。きっと何か今までにない方法に興味があるのだろう。そうなると期待に応えねばならない。
同時に直接手をくださず、今まで傍観していた農婦も、業を煮やしたのかゆっくりとこちらに近づいてきた。
いいタイミングだ。ここはメサルの実力を強力に宣言しなければならない。プヨンはここだとばかりに高らかに宣言した。
「俺を誰だと思っている。俺はメサルだぞ! それ以上近づいたら、呪いを発動するぞ!」
最大出力で威圧しつつ、相手への効果を確かめるが、皆の顔には恐怖などはみじんもない。威圧効果は大してないようだ。もしヘリオンならここぞとばかりに威張り散らし、相手を委縮させているだろう。
「ふふふ。無理しない方がいいですよ。メ・サ・ル様。それとも見せちゃう?」
明らかに挑発してきている。それまではこの魔法を実行するのはなんとなく気が引けていたが、そこまで言うのなら仕方ない。
プヨンも効果がどの程度出るかはわからないため、一度行けるところまで行こうと思った。すでに5気圧の高気圧状態で散々運動させている。準備は十分にできていた。
「むむむ、覚悟しろよ。『バルクヘッドリリース』」
プヨンは自分を中心に気圧を高めるために囲っていた防御壁、圧力を維持するための隔壁を開放した。
ブワッ
プヨンを中心に圧縮されていた空気が解放され、周囲に向かって突風が吹く。一種の衝撃波だ。
「どわぁーーー」
プヨンを囲んでいた数人はその衝撃波で悲鳴をあげながらごろごろと吹き飛ばされる。農婦もかろうじて飛ばされこそしなかったが、突然の突風系の魔法にバランスを崩し尻餅をついていた。
「ふ。俺の本気を見せてやろう!」
特に意味もなく万歳するが、さも威圧で周囲の人間を吹き飛ばすように見せる。
これがやってみたかったプヨンはニヤッと笑みを浮かべると、先ほどはずした壁を張りなおした。そして今度は隔壁を押し広げていく。
今度も隔壁を高さ方向に調整していく。先ほどまでと違うところは、空気を押し広げ気圧を下げたところだ。
そして同じようにプヨンは追いかけっこを再開する。さっそく数発、火球や石礫が飛んできた。
「な、なんだ? 結局逃げ回るのか?」
「何が本気だ、笑わせるな!」
プヨンが結局攻撃らしい攻撃をしないところに安心したのか、それともメサルが攻撃が苦手だという情報を知っているからか、再びプヨンを追い回し始める。農婦も一緒になって追いかけてきた。
プヨンの今回の魔法は使うのが初めてでもあり、効果を見つつ慎重に行動する。プヨン自身は呼気を調節しているため問題ない。それでもさっきまでは高気圧で抑えられていた腹部などは、気圧低下と同時に抑えが弱くなって膨れ、腰回りがきつくなっているはずだ。
本当に気付いていないのか? もしかしたらあえてわかったうえで振る舞っているのか? 突然の豹変に備えてプヨンは慎重にならざるを得なかった。
しかし効果はすぐにでてきた。薄い空気だ。すでに荒い息遣いになっている。
「ぐっ。なんだ。もう息があがってきた」「む。おかしい。さっきの数倍疲れるぞ」
気圧が薄くなっているということは、酸素が少ないということだ。高い山に登った時のように、激しく動き回るとすぐに息が切れていく。
「デコプレス」
さらにプヨンは追い打ちをかける。立ち止まらせないようにそれぞれの額を押しまくって頭を揺すり、タイミングを合わせて魔法で押し飛ばしていった。
さらに3分ほど走り回らせると、はぁはぁと完全に荒い息遣いになっていた。
頃合いを見て一度プヨンが立ち止まる。
「も、もう逃げないのかよ。はぁはぁ」
「もっと逃げ回れよ。いくらでも追いかけてやるぞ」
などと威勢のいいことを言っているが、男たちもほっとしたのがわかる。にらみ合うように呼吸を整えようとしていた。
ここだ。今こそ好機とばかりに宣言する。
「天才メサルが武力なしだと思うな! 普段はあえて出さないだけだ! くらえメッサーツ」
しばし沈黙が訪れる。タイミングを外したか、まだ早かったかとプヨンが焦るが、男たちは反応せず、頭を抱えてうずくまりだした。
「ぐ。あ、あたまがいてぇ」「し、しびれる」
しかしすでに遅い。高圧の直後に低圧状態にさらされ、完全に減圧症の症状が出始めている。すでに体内では塞栓が生じ始めているようだ。体がしびれて立ち上がれなくなっていた。
「ふ、どうだ、敬虔な神の使徒に逆らったものに与えられる『死の呪い』は?」
プヨンはヘリオンを真似、胸をそらして上から見下ろしてみたが、すでに周りの者はだれ一人立ち上がれていない。完全に足にきていた。半分は意識が朦朧としている。
深い水に潜ったあとに急激に浮上した場合にも起こる症状だ。
「ふ。これからは真面目にいきて、二度とメサルに逆らおうなどと思うなよ。よく覚えておくのだ」
誰も返事ができないことを良いことに、プヨンはメサルの偉大さを熱く語り続けた。
「プヨン、今日は容赦ないわね」
「俺はメサルだ。でも、このくらいにして、情報を聞き出すか」
フィナツーには小声でつぶやいたが、プヨンはそろそろ潮時かなと思っていた。
もうまともに口のきける者はいない。
意図的に気圧を高めた後、急激に下げたため、血管中に溶け込んだ空気が気泡となり、塞栓症状を起こしているのが理由だが、本人たちは何が起こったかわかっておらず、対応が取れないのだろう。
もう少し強く効果を出せば、やがて命の危険度が増し、本当に真の死の呪いになるのだ。
「あー、俺様メサルはなんて慈悲深いんだ。こんな命を狙う悪党どもを許してやるとは。君たち、これからは心を入れ替えるんだぞ」
そう言うとプヨンは薄めた気圧を再び高めの気圧にする。減圧症の治療を開始する。短時間の症状であれば、再加圧である程度治療できるからだ。
死の呪いとは言っても、別に呪いでもなんでもない。原理さえわかっていれば問題なく治療できるレベルのものだった。もちろんわかっていればだが。
ユコナ達はまだ戻ってこないが、プヨンはそのまま治療を続ける。地面に横たわって痙攣しているものは7人だ。
そこでプヨンははたと気付いた。慌ててフィナツーに尋ねる。
「あれ? さっきまでいた農婦は?」
「え? そういえば見ていないわよ。抱きかかえていた子供はあそこに置かれているわ?」
「なんだって? それはまずい。何もしないとほんとにまずいことになってしまうぞ」
首謀者と思しき農婦がいない。
倒れている者達と同様に減圧症を発症しているはずだ。それともプヨンのように与圧魔法が使えてダメージがなく、プヨンがほんの少し気を取られている間に逃げてしまったのだろうか。
原理を知っていれば、さして対応は難しくなく、逃げられなくはない。
ひとまず農婦は後回しにし、プヨンは地面に放置されている子供に急いで駆け寄った。まったく体温を感じなかった子供だ。
最悪死体が出てくることも考えつつ、布をめくり子供を確かめる。
「だ、大根ね。プヨン、大根よ」
「あ、あぁ、そうだな。無事大根を手に入れたな」
布を巻いた大根を人間の子供のように抱きかかえていたようだ。死体ではなくてよかったと胸をなでおろすプヨンを呼ぶ声が聞こえる。
「プヨン! 待ったー? ちょっと遅くなったわ」
約束の時間にちょっと遅れたかのようなサラリスの声がする。どうやら3人とも無事に帰ってこれたようだ。あっちが本命で待ち伏せされ、袋叩きにあっていたらどうしようと不安だったが、これで一安心だ。
「そっちはどうだったんだ?」
「もちろん、逃げられたわ。深追いはしなかったの」
まぁ、それはそれで賢明な判断と言えた。プヨンは倒れた7人を治療しつつ、どういう理由で襲ってきたのかじっくり聞こうと考えていた。




