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魔法の使い方教えます  作者: のろろん
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死の呪文の使い方 2-2

 プヨンは先ほど受け止め、地面に横たえた女性に歩み寄った。おそるおそる近づいてみる。


「大丈夫ですか?」


 さっきの女性が飛んだ距離は相当なものだ。


 あの威力で蹴り飛ばされたら、金属鎧でも凹んでしまうだろう。まして軽装向けの薄手の革服じゃ下手すると体がぐちゃぐちゃかも知れない。


 プヨンの一種の癖だが、治療時に声をかけるときは最悪の状態を想定する。その方が身構えている分、速やかに集中できるからだ。


 そして最近は怪我は部分的にちまちまと治すより、ごっそり入れ替える方が楽と思えてきていた。



「よかった。腰はちゃんとつながってるな」


 石のような強い意思で踏ん張ったらしく、思ったより防御力が高まったようだ。こちらの問いかけに対してもうなずきが返ってくるし、目線も安定していた。


「うぅ、うぅぅ。た、たすかったー。えーっとメサル様、ありがとうございます?」


 怪我どころか元気そうだ。子を守る母は強しというところなのか、見事子供を守り切った達成感が醸し出されている。


 布にくるまれた子供を胸に抱きかかえたまま、ぼさぼさになった髪を整える余裕を見せていた。

 


 そしてもう一つ、プヨンは呼ばれた名前も気になった。『メサル』だからもちろん間違っているが、存在している名前だ。


 単なるお礼を述べるというよりは探りあう。駆け引きをしているためか、張り詰めた雰囲気だ。


「なぜ名前を?」


「先程、そう呼ばれてたでしょ?」


 誰か呼び掛けていたかと思い返す。そう言えばサラリスがメサルに呼びかけていたが、メサルの名前が出たのはそのときくらいだ。それが聞こえたのだろうか。


 あの時はサラリスの視線の先にはメサルだけでなくプヨンもいたから、勘違いしたと思われた。


 まぁ勘違いされたとしてもサラリス達が戻るまでの短い時間だ。


 万が一サラリス達が戻ってこないとややこしいことになるが、プヨンの予測ではこの女性と何度も名前を呼び合うことはない。そのまま放置しても大丈夫だろうと話題を変えた。


「先ほどは突然襲われたのですか? 何があったんですかね?」


「見たでしょ? 突然へんな男が現れたのよ。ほら、わたしの大事な大事な子供を奪おうとしたの。あまりにいきなりのことで何が何やら。こいつが噂に聞く人さらいなんかね?」


 誰からも守るというアピールなのか、子供はプヨンからもわざと隠して見えないようにしている。泣き声ひとつしない。


「そんな噂があったんですね?」


「そうよ。知らないの? うちの子は可愛くて利発で……」


 こうしたところで生活している職業特有なのか、少し口調も変わっている。声も大きく大人しいタイプではなさそうだ。いかに大事な子供なのか、堰を切るように一気にまくしたてられた。



 拉致、強盗、盗難、そうした事件自体はちょくちょく耳にする。往来の少ないところでは、どこにいてもそうした被害にあう可能性がある。


 ただ誘拐、拉致については、プヨンにはその手の行動は割にあうようには思えなかった。


 少なくとも金目的などでは、結局受け取り時のリスクがありすぎる。


 まず犯罪であるだけに身バレすると追われる立場になる。売り飛ばすのも1人や2人だと一時しのぎにしかならないため、商売にはならないだろう。


 また即戦力なら酒場でちょっと酒でもふるまえば、金に困った者たちが勝手に集まってくるはずだ。


 まして子供や赤子などさらったところで、役に立つまで育てる手間と時間を考えたらわりに合わないにもほどがある。


 どうしても子供が欲しい夫婦なら、孤児院や知り合いからの養子など、いくらでも手段はある。



 自分が逃げた男の立場だとして考えると、もっと別の意図があるように思えた。


 そうすると違う目的とはなんなのか。



 そしてもう1つ。プヨンは疑い深い方ではないが、さっきのような事件の直後にしては女性自身の落ち着きっぷりがとても不自然に見えた。

 

 そして偶発の誘拐でない最大の理由は、そもそもこんなところには子供がいる家庭などないということだ。


 稼ぐ場所と住む場所は同じところである必要はない。筋力強化でも使えばここまで片道1時間、通えばいい。


 ふつうは町の傍に住む方が店もあるし何かにつけて便利で安心だ。


 もちろん妙齢の女性もいないだろう。


 このあたりにいる女性にはただ守られるような女性はいない。何かしらの武芸者かそうしたものと結婚しているかのどちらかで、か弱い貴婦人といった攻撃力がない者などいないはずだ。


 おまけに場所柄か治安も良くなく、まるで肉食動物のようにいざこざや縄張り争いも多い。その結果、負傷したり死体になったり、時には死体化して動き回る者もいるのだ。


 警備や人の目がないという利点もないわけではないが、あらかじめ調べて特定の人間を狙っていると考えるほうが妥当に思えた。



 フィナツーがゴソゴソとサイドカバンから顔を出す。


「ねぇねぇ、さっきのすごい勢いで飛ばされていたように見えたけど、思ったより元気そうね」


 小声で言うフィナツーに無言で頷きつつ、農婦本人をあらためて見た。


 女性の年齢はノビターンより一回りは上だろうか。

 背は高くはないががっしりとした体格、牧畜作業の成果なのか鍛えられた女性に見えた。それとなく確認してみる。


「怪我はないのですか? 相当な衝撃だったと思いますけど」


「まぁ、大丈夫よ。ちょくちょくうちで飼ってる乱暴者達の突進を受け止めて鍛えてるからね」


「飼育の? な、なるほど。そんなものですか?」


 乱暴者とは飼っている大型の採肉用の動物のことだろう。時々暴れた動物に跳ね飛ばされたりもするのだろうか。


 こんなところで生活を続けられるということそのものが鍛錬に繋がるようだ。


 飛ばされた女性の服が破けている時点で、それなりの衝撃があったのは間違いないが、普通に動き回りあまり痛そうにもしていない。

 

 もしかしたら、牧畜関係は採餌(さいじ)魔法が得意な者も多いから、畜産系の農婦なら肉を取ったあとの治療を日々こなし、実は治療の達人なのかもしれない。



 プヨンは女性に向かって気持ちを落ち着かせるように言いつつ、遠目でも見える残り傷を非接触で治療しておいた。 


 症状を認識できないとうまく治せないので深部は難しいが、動かない相手なら回復場所がずれることもない。


「手の甲の傷は3秒、膝は5秒かぁ」

 

 時間を測りつつ効果を確認する。メサルほどじゃないが腕前はあがってきていた。



 それも一段落すると、あとはユコナ達の戻りを待つだけだ。


 時間つぶしに農婦の女性との会話は継続する。愛想のない棒読み会話だ。


「それでね、メサル様は何をされてるんですか?」


「いやー大したことはしてないですよ」


「じゃあメサル様の本日のご予定は?」


「予定ですか? 特にないですね。ゴミ拾いかな」


 メサル様、メサル様と名前を確認するように何度も名を呼ぶ以外、会話の中身は雑談に近い。もちろん呼ばれるたびにきちんと反応する。それ自体は特に問題がなかった。



 さすがにメサル様へのお礼が一段落すると、次は誘拐男への文句が始まった。


「あいつめ、今度会ったらひき肉にしてやる。こう、ぐちゃぐちゃっと」


 ひき肉を作るマネか?


 手が見たことがない不思議な動きをしている。


「ブラインドコーティング」


 思わず見入りそうになったが、心をしっかりと保ち、高速瞬きで全体を見続けないようにする。


 さらに農婦は物騒なことを呟き出す

 

 普段からムカつくなどの表現が混じるところを見ると、案外顔見知りなのか。


 どこまで本気なのかもわからないが、愛らしい顔と口から、殺気が混入された違法計画や罵詈雑言が溢れ出す。



「先ほどの男は、今身内が追いかけていますから安心してください。そのうち拘束されるでしょう」


 さらった方も1人とは限らないため、サラリス達の状況も気になったが、3人いればなんとかなると思う。


 3人とも学校がもっとも重視する引き際は身に染みて理解しているはずだ。


 メサルに何かあると非常にまずいが、ヤベーラを感じ取れれば闇雲に突っ込んでいくことはないはずだ。



 しかしプヨンの返事は火に油を注いだ。それをきっかけに最後の口撃が始まる。


 現時点の口撃対象はさっきの男だが、情報をもらうため、そしてとばっちりがこないように受け答えに慎重になる。


 雷の落ち先が変わる前にプヨンは用事をするふりをしつつ、徐々に遠ざかり飛雷が飛来しないだけの十分な絶縁距離を確保した。


 農婦はずっと地面を見たまま頑張って話しているが、空気の流れが変わっていくことには気づかないようだ。


 もちろん姿は外観表示をしつつ、本体は迷彩で見えない。


 そのまま数mはなれ、集音機能でも声がほぼ聞こえなくなった段階でようやく一安心した。

 


 プヨンが距離を取ったのはもう一つ理由がある。


「あの抱かれている子、全く動いていないの気づいてる?」


「うん、まあな」


「呼吸もしていないよ」


 呼気に含まれる二酸化炭素濃度に敏感なフィナツーが指摘するが、その前からプヨンも気になっていた。



 先ほどの農婦との会話を思い出すと、どこか不自然で薄っぺらかった。


 子供を守った安心感なのか?


 普通は他人との会話ではなく、守った子供に意識が向きそうなもんだ。


 そして最大の理由が子供からまったく体温が感じられない。


 プヨンは本人も含め、周囲の温度を定期的に測定している。


 ふつうは動物も人も気温に比べ体温の方が高い。農婦はもちろん普通の体温だが、抱きかかえている子供からは布越しではあるが、周りの空気程度の低い温度だった。


 最初はドキッとした。


 もしや先ほど飛ばされた衝撃で亡くなったのかなどと焦ったが、それは農婦の落ち着き方からしてなさそうに思える。


 気になると他にも気になることがでてくる。


 そういえば一度も子供の声を聴いていない。仮に寝ていたとしても、これだけ激しく揺すぶられたら目を覚まし、声くらいあげそうなものだ。お腹もすかないのか?



「フィナツー、何か変な感じはしないかな?」


「周りに色々生き物がいるのはわかるけど、変かと言われたらふつう」


「まぁ。そうか。じゃぁ、例のやつを頼む。俺は風を起こすから。『サルプレス』」


 プヨンはゆっくりと周囲の空気の温度を下降させた。冷やっとした空気が周りの温かい空気の下に広がっていく。


 10℃程度だが、プヨンを中心にゆるーく風が吹き始める。


 プヨンの得意な火災旋風の逆魔法で、冷気を使った下降気流だ。


 バサバサっと草が動く音がした。そう多くはないが、猿などの大型動物や鳥なども逃げ散らばっていくのがわかる。猿を追い払う『サルプレス』だ。


 合わせてフィナツーが放った花粉には動物忌避の臭いがあり、それを風にのせて周囲にばらまく。


 普通の人にはほとんどわからないが、野生動物には効果てきめん、獣払いによく使っていた。

 

「まだ、残っているのは、当たり前だけどほぼ人で間違いないわよ」


「わかっている」


 この女性も疑わしいことはあるが人のようだ。ユコナ達が戻ってきたらもう少し事情を聞き出したいこともあり、ダミープヨンを移動させて本体と一致させ、一定の距離で待機していた。



 プヨンは道の脇に浮かんで待つ。道といっても草地に人が踏みしめたあとが付いている程度の道だ。


 しばらくすると男性2人組がやってくるのに気づいた。


 通行人自体はいても別段不思議ではない。そのまま2人は農婦と顔見知りなのか立ち止まって話し出す。


 チラチラこちらを見られているが、こちらからは気にしないふりをする。会話で出るのは自然だろう。


 そして反対にも通行人。すぐ近場で1人ご休憩だ。


 気が付いたらいつの間にか囲まれるように人が集まっていた。


 この俺をメサルと思ったうえでの狼藉かなどと言うか迷っていた。


 そういえばメサルはいろいろと護衛がいないと外に出られないとも言っていたことを思い出す。


「よし、ここは保険をかけておくことにしよう」


「え? なに? 何をするの?」


 プヨンはかねてから考えていた、ある魔法を使うことにした。


 原理は簡単だが、準備なども入れると割に合わない気がして試す機会がなかった死の呪文だ。


 この魔法は原理は単純だが、制約が多い。


 まず、森の中などの物が多いところでは厳しかった。


 時間がかかることと、個人差が大きくて確実な効果が期待できないところも厳しい。そして無駄にエネルギーも消費した。

 

「コンプレッサー」


 いつもの防御壁を張るが、物理攻撃をはじき返すような強度の強いものではない。そのぶん、薄く広く、周囲、そして高さ方向にも広げていく。


 範囲は100m四方だ。


 その防御壁の箱を上空から押し縮めていく。高さを縮めていくにつれ、周りの気圧がゆっくりとあがっていく。


 気圧は意外に馬鹿にできない。1㎠で1㎏ある。1m四方なら、10トンだ。


 ゆるくとは言いながらもそれを支える壁を維持するのはかなりのエネルギーが必要だった。


 この壁を通した外部との出入りは少し遠慮いただく。


 1気圧から、1.2、1.5、2と高さ方向をゆっくりと縮め、気圧を上げていくにつれ、プヨンのお腹がひっこみはじめ、ズボンがゆるくなっていった。


「フィナツー何が起こってるかわかるかな?」


「え? いや、よくわからないけど?」


 まだ相手は変化に気づかない。じゃぁもう少し。そのまま、3、4、5、6気圧くらいまであげた。


 気圧でもうお腹が完全にへこんでいる。


 目もけっこう圧迫を受けていた。さすがにまわりには気づかれていると思えるが、あえてプヨンに聞いてくることもなかった。


 プヨンは等距離を保ちつつ、密度魔法を展開し、死の魔法の準備は完成した。


「ふー、5分以上かかったな。これは、なかなか厳しいなぁ」


「息を荒げてなにが? 何かあったの?」


 フィナツーは一向に気にしていないようだ。


 たしかに深い水に潜ってもそう呼吸に変化はないかもしれない。ふつうに息は吸え、動けるはずだ。


 そんなものかと思いながら、自分の呼吸は整えつつ10分ほど経った頃、向こうから農婦+男2人がゆっくり近づいてくるのが見えた。


「メサル様、お待たせしました。先ほどのお礼ではないですが、私共とご一緒いただきたく」


「お礼? いえいえ、そんなものはいりませんよ。もっともご一緒とはどこに?」


 にこにことしているが、半ば強制させようという意図が見える。後ろの男2人からは漏れ出す殺気もある。


「それは、ついてきていただければわかります。もちろん……」


 そこまで行ったところで、後ろの男が背中に背負っていた大き目の斧を外す。


「ごちゃごちゃ言ってないで、さっさとついてこいよ。メサルだっけか。ちゃんと礼をしてやるからさ」


 そう言いながらにじり寄ってくる。予想通りのトラブルだ。


 プヨンは自分の予測通りになったことを確認し、俺はもしかしたら未来が見える能力があるのかと喜んでいた。

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