死の呪文の使い方 2-1
ゾロゾロと連れだって歩く。プヨン達は哨戒中だ。
プヨンはメサルとユコナ、サラの4人組だが、固まって歩いては意味がない。少し離れた後方をトボトボと歩いていた。
すでに割り振られたメンバーごとに適当に散り周りに誰もいない。
みんな見回るところは得意なところを選ぶため定番の裏山や林が多い。水が得意で湿地帯を選んだり、投擲のため岩石地帯などを選ぶチームもいた。
この辺りは学校から果てしなく続く高山地帯のほんの入口だが難所も多く、うろついているだけで手頃な教練になっていた。
「あー、プヨン、左のほうになんかいるよ。音がする」
「サラー、上空20mにお昼ご飯が3羽接近中。撃墜する?」
お互いに声を掛け合い、そんなやり取りをしながら進んでいく。このあたりは国境に向かう本道に対して間道にあたるといえた。人通りや民家はごくわずかしかない。
間道といっても単に人が踏み固めた通りやすい部分があるだけだ。
そもそも狩人達もお尋ね者も、そうしたものを取り締まる警備も、大半はそもそも道は通らない。あたりまえだが馬車などの移動手段では難しく、ここを行く者は己の能力ですべて運搬しなければならなかった。
新しい鉱物採掘場所の調査や、特殊な食料、薬剤の採取を目的にすると、こうしたルートを通って探索していくことになる。物資の供給地帯の1つにつながっていた。
採取だけでなく自給自足訓練など多目的に使われ、中には定住者が少ないことから自給自足しつつ逃亡先や潜伏先に使う者達もいる。書類上はほぼ無人の無法地帯になってはいたが意外に隠れた人口は多い、そんな場所だった。
ユコナもサラリスも屋外活動では愚痴も体ものびのびとでき、見回りにもかかわらずモチベーションは高かった。
「もう、座ってばっかりの授業なんかやってられないわ、ユコナ、あんたもそうでしょ?」
「もう基礎的な武術や魔術の講義の一週目は終わってるからね。あとは繰り返しの反復訓練と応用での練度アップだし」
「うーん、まぁ、サラが言うほど基礎ができてるわけじゃないけど、実技を伴わない理解はダメだと思うのよね」
今回もそうした動機から志願に近い哨戒任務だ。歩き回っているだけで教練になるのだから楽と言えば楽だが、負傷などのデメリットもある。
先頭のユコナとサラリスが反省と改善のためのPDCAを議論しつつ、ほぼ空気状態のメサルがすぐ後を、少し離れてプヨンが殿を務めていた。
「ここの哨戒はいつ見てもあるから、あぶれることがないからいいわよね」
「まぁね、サラが言うように、場所が広大過ぎてすべてを見るわけにはいかないから、掲示板に行けばほぼ確実にあるからね」
レスルと似ているのかもしれないが、張り出されたテーマからできそうなものを選び、翌日はそれを実践する。
自由学習に近い形で12時間や1泊2日など、日程も好きに組んだサファリ-ステイ形式の授業を好む者も多かった。
その方が実戦に近いし、体力配分を考えながら多種類の魔法を使う機会が多いからだ。
もちろん中にいる指導教官に指導を仰ぎながら練兵場や研究施設でお勉強も悪くはない。ただ、それではしたいこととずれが生じる。プヨンだけでなくほぼ全員にとって窮屈に思えた。
「ねぇ、サラ。先日、上級生が教官試練にチャレンジしたらしいわよ、知ってる?」
「え? あの噂ってほんとなんだ? で、どうなったの? ユコナ?」
「もちろん、返り討ちだそうよ」
「まぁ、そりゃそうよね。じゃぁ、例の特別講習と尋問訓練も受けることになったのかぁ」
ユコナとサラリスが少し物騒な話をしている。自由度が高いことを活かして、納得いかない教官に対して闇討ち(反抗)することも認められている。特に卒業間近とかになると隠れ最終試験として臨むものがいる。
成功例はまず公にならない。身内には語れなくはないが、公開しては闇討ちにならないし、報復のリスクが高い。教官に対する面子の意味でも公にするものはいないため、急な教官の休職者で推測するくらいだ。
逆に失敗事例はユコナ達が話すように当然噂になり、最近でも上級生が勝負を挑んだという情報が回っていた。
捕虜になった場合を想定した尋問訓練の受講資格が与えられた(拒否権なし)と噂になっている。死んだほうがマシ程度とも噂に聞くが、それが本当かはなったものしか知らない。もちろんいつまでも噂なのは後日、本人から聞きだせたものがいないからだった。
見回りは順調に進んでいく。
向かってくる危険な獣に遭遇すると適度に追い払い、学校側に出ていかないように威嚇処理を施していく。
進み始めてすでに小一時間が経ったころ、幅5mくらいの谷間にたどり着く。ここは橋がなく通常は飛び越していく。
「さぁ、いくわよ。そこの崖は大ジャンプでいくわよ。魔力痛があるからって躓いて滑落しないようにね」
疲れが見え始めたユコナが体力的に一番厳しそうなメサルを見るが、侮られたと思ったメサルは即反応する。
「大丈夫だよ。ちょっとくらい重くてもユコナならきっと飛び越えられるよ。ほら、『シリカール』」
ヒョイっと飛び越えながら錨を投下させたメサルは、無意識の返しでユコナの怒りパワーを増加させることで疲労を一気に軽減させた。怒りは一時的に疲労を失くす。それを後方でドキドキしながらプヨンは見守る。
「なぁ、メサルはなぜ疲労回復に副作用がないんだ? 怖くないのか?」
「怖い? 何がだ? それより、プヨン。お前の治療方法はなぜ治療される者の体力低下が少ないんだ? お前こそ副作用がないじゃないか?」
「え? そうだっけ? あんまり気にしたことなかったけど」
プヨンの最近の治療方法『アイピーエス』は相手の損失部分を自己の細胞増殖法で補うため、本人の体力低下が少なかった。それをメサルは注視しているのだろう。
一方でやる気や怒りを引き出して、気軽に魔力使用時の疲労軽減効果を得られるメサルもすごい。
プヨンが同じことをするには現時点では相当メサルに後れをとっている。もっともこうした感情利用での疲労感軽減は、疲労そのものを紛らわせているだけで、いずれこの副作用は蓄積されていき体のどこかに向かうのだが。
最近は校内、校外の立ち入り制限も大きく緩和されていた。
行動時のルートもほぼ自由に決められる。学校から西の鬱蒼とした森や毒ガス地帯など、生き物や場所の要警戒箇所は皆、すでに熟知している。
注意はあるものの、運も実力のうちだし、多少危険な方が成長もしやすいため、『行きたければ行けばいいよ。自己責任で。行方不明になったら探してやる』、そんな学校方針が垣間見える。
多少の出身の違いなど問題ない。結果的に強い者、強くなろうと努力する者が生き残ればよいという学校方針が大きく影響していた。
「メサル、今日の目標まであと5㎞、北東にある『この亀』まで行くわよ」
「ユコナ、わかってる。あの大きな亀の甲羅のところだろ?」
「もっと奥地に行くとちょくちょくいるらしいわよ。肉食でけっこう危険らしいわ」
ユコナが言う本日の目標『この亀』は30mくらいの亀の亡骸で、2時間行軍の距離的にちょうどよい目印になっていた。
他にも変わった地形や大型動物などの骨、採掘場所などいろいろあるが、『この亀』周辺ではいろいろな薬草が取れる。回復薬はもちろんだが、呼吸麻痺や筋弛緩効果などの毒薬の材料などが多いのも有名になった理由の1つだ。
「なあ、軽く飛んで行くのはダメなのか」
「上から見ただけじゃ見落とすでしょ? そもそも威嚇効果ゼロじゃない!」
道は細いが踏み固められた道で迷うことはない。4人は少し筋力強化を適用し、道中は小走り程度の速さで滞りなく進んでいく。
何度か獣の群れに遭遇し、何度か行動中の採掘者達とすれ違っただけで、やっかいそうなお尋ね者に会うこともなく、残りわずかになっていた。
「あと2㎞。もうちょっとよ、今日は危険なこともなく順調ね」
サラリスがさっき狩った昼食用の獲物をぶら下げながら話しかけてきた。体力の少ないメサルが汗をかきかき頷いている。そろそろ2時間、もう少しで目的地まで着くところで、急に女性の声が聞こえた。
「子供を返して!」
前方から女性の声が聞こえる。見ると前方数十m先で揉み合っている男女がいた。
「だまれ、よこせ!」「ちょっと待って。何するつもりなの?」
『子供』とか『返して』などの言葉が断片的に聞こえる。
距離のせいで声は小さいが、周りが静かなだけにプヨン達にも十分聞こえた。激しく掴み合っている上に会話から判断すると、本当に子供を取り合っているようだ。
こういうケースは想定していなかった。一瞬状況が飲み込めず4人はお互いを見つめ固まってしまったが、1番早く反応したのはサラリスだ。
「か、かどわかし!」
それだけ言うと駆け出した。その声にユコナとメサルも続く。
プヨンはあえてついていかず一歩引いて道脇に隠れ、周りを警戒した。
このタイミングでまさかの肉食獣が出てくることもあるし、本当に誘拐などを狙っているのなら仲間がいないとも限らない。今のところ手近なところには体温反応はなさそうだ。
プヨンは不測の事態に対応できるよう、道の脇の木陰沿いに隠れながら少し遅れてついていった。
揉み合っている男の1人がサラリス達に気づいたのか、もみ合いから露骨な攻撃に動きが変わる。
「さっさと、よ、よこせ!」
何度かの応酬のあと、そう叫ぶと男は躊躇しながらも強烈な回し蹴りを放つ。
ドゴン、「ぶひゃ」
思わずえっと確認するほどの大きな音と女性の悲鳴がした。プヨンにも男が一瞬躊躇しているように見えたため、予想外の打撃音に驚く。
女性は大きく弾き飛ばされたが、それでも胸に何か抱きかかえているようだ。子供なら無事守り切ったように見え、成果が得られなかった男はしかめっ面をしながらも踵を返した。これ以上は無理と判断して逃げに移った。
一方で弾き飛ばされた女性は、走り寄っていくサラリス達が見上げる頭上を飛び越え、少し遅れて走っていたプヨンに向かって飛んでいった。
「行ったわよ……受け止めなさいよ!……メサル……男を追いかけるわよ!」
予想外の事態にサラリスが声を張り上げプヨンに声をかけるが、走りながらだから途切れ途切れだ。
受け止めるのはプヨンだが会話の途切れ具合でメサルに呼びかけているように聞こえた。
そう言うと本来呼びかけたサラリスは、すぐそばにいるメサルとユコナを牽引し、2人を引きずるように加速して走っていく。
「わかった。任せてくれ」
それを見送りつつプヨンはそう答え、放物線を描いて飛んでくる女性を受け止めようと身構える。人の体を40m吹っ飛ばすとは、3トンある鉄板で覆われた装甲馬車に時速80kmで吹っ飛ばされる程度の衝撃が加わっていることになる。
それなりの武装をしていても相当なダメージを負っているに違いなかった。もちろん何も構えず受け止めたら、腰にくるのは間違いない。
プヨンは落下エネルギーの計算は得意だ。瞬時に受け止めに必要な緩衝力を計算できる。
「ホワイトクローバー」
いつもはガチガチに核力で固めた防御壁を作るが、あえて結合の弱いファンデル力を用いた防御壁にする。いきなり抱き止めて急停止させると、岩壁にぶつかるのと同じでさらにダメージを受けてしまうだろう。
あえて何層もの防御壁をぶち破らせることで発生する詰草効果を利用し、緩衝作用を持たせて落下速度を低下させた。
最後は浮遊魔法で地面に落ちる直前で浮かばせ、落下の衝撃が加わらないようにし、プヨンから15mほど離れたところになんとか着地させた。




