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魔法の使い方教えます  作者: のろろん
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接着の仕方


「ノビターン様、そろそろお時間ですよ、遅れてしまいます」

「ふぅ。もう、そんな時間ですか」


 プヨンと話をした後、ノビターンが大聖堂に戻ってからすでに半月ほど経っている。


 アサーネが持ってきたいくつかの報告は既に過去の世界へと封印した。


 ベッガース将軍の征服統治の件や、ニードネン卿が傀儡となりつつあるウェスドナ皇帝を扇動し、反抗的な街を降伏させたなどだ。


 満を持して行動に移された『帝政牛耳る作戦』は順調に進んでいた。


 といっても従順な下々の人たちには何も変わらない。


 統治者の名前や序列が入れ替わったとの告知があった、ただそれだけだ。


 いくつか法律が変わった町もあるにはあるが、税金を大幅上げするなどの悪政を働かない限り目くじらを立てる必要はない些細なことだった。


 アサーネの促しを雑談で返しながら、ノビターンはノミとプヨンの会話を思いだす。


 今回のプヨンで相談相手の候補は3人目。


 これだけいれば、何かあったときのつなぎ勇士として安全に思える。特に今回のプヨンはあまり後ろ盾がないようで、その分、余計な詮索もされず、捜索された場合も足がつきにくく安全パイに思えた。


 そんなことを考えている間にさらに時間がたっていた。とうとうさっさと行けとアサーネに無理矢理立たされてしまった。



 ノビターンの相談事、それはこのまま一部の者たちだけがずっと国の中枢に居座り続けていいのか、しかも他人の命と体を使って。


 ノビターンは毎回の儀式のことながら転生に対して悩む。悩むということは受け入れられないということを意味していた。


 プヨン相手なら誰にも知られず自分の秘めた思いを吐き出せそう、さらに失敗しても影響は小さいだろう。そう思って幾分気が楽になってはいたが、それでもこの2日ほどは気が滅入っていた。


 理由は簡単、とある儀式に参加するからだ。



「ちょ。ノビターン様。はしたないですよ」


「いちいち歩いていくのも面倒だし、今日はあまり人に関わりたくないの。今日は空から行きたい気分よ」


 そう言うと今いた部屋の窓からそのまま空に飛び出した。


 帝都にはそこそこ飛行できる、魔法が得意な人たちがパラパラいる。 


 高さ100mほどから眼下に帝都を見つつ、見知った顔とすれ違うと黙礼しあう。


 表に出るのはあまり得意ではないが、それでもノビターンはそれなりに顔が知られていた。


 護衛のアサーネだけを伴って、さして時間もかからず魔法研究施設のソレムリン研究所に到着した。


 時折横風に流されつつも、研究所敷地内にある尖塔の1つにたどりつき、出た時と同じように窓から入る。


 目的の部屋、通称『再生の部屋』はその最上階にある隠し通路を通った地下にある。


 煙突に偽装した直径1.5m程度の暗い縦穴を降下していく。


 ところどころ通路部分がわざと曲がっていたりトラップもあり、闇雲に飛び降りると串刺しや火炙りなどの仕掛けがあるが、こんなところに一般人が来ることはない。


 わかっていればなんてことはないので、灯明と浮遊魔法の同時使用でゆっくりと確認しながら降りていく。3つ程度ならノビターンは同時使用も問題なかった。


 アサーネも続く。すでに他の面々も同じように下りているはずだ。



 ウェスドナ帝国を中心に栄えるネタノ聖教、ノビターンが15歳でその司教になってからここにくるのはこれで10回目。だいたい年1、2回きていることになる。


 扉の前で最後の抵抗をしたが、それも3秒ほど。アサーネに背中を押され、仕方ないと諦め扉を開いて中に入った。



 中には教団内の裏部門、プレイヤーの関係者が揃っていた。もちろん見慣れた面々だ。ニードネン卿、ナルコーレン、シータなどの司教達と技術担当メレンゲ教授他数人、そして猫が一匹。いつものメンバーだ。


「お待たせしました。では、今から『転生の儀式』を始めましょう」


ノビターンは緊張しつつもそう言うと、メレンゲ教授は心得たとばかりに作業を開始する。


 転生の儀式。それは誰しもが願う永遠に生きる方法として編み出されたものだ。老いた体を捨てて精神だけを別の若い肉体に移す。


 そしてそれはただ永遠に生きればよいだけにとどまらない。


 元の記憶や人の繋がりを残したまま、より大きな影響力を持つ貴族、軍関係者、富豪などの子息として生きなおすことが目的だった。



 儀式の祭壇の中央には寝台が2つある。1つには老婆が寝かされていた。もう1つは空だ。


「では、アサーネ。例の稚児、いえ、『ヤヤコ』を連れてきてください。そしてそちらの空いている寝台へ」


 偉大なる統治のためにその身を捧げる稚児ややこが不可欠だ。もちろんその身だけ捧げていただければ十分、中身は別に用意してある。



ノビターンは一番年の近いアサーネに呼びかけ、アサーネは何も言わずに言われた通り寝台に稚児を寝かせしっかりと拘束した。


「では、参りますぞ。みな、巻き込まれないように離れてください」


 メレンゲ教授が大きなガラス状の液体瓶につながったバルブを開く。


 そこに溜まっているエネルギー、すなわち魔力を開放し爆発的な勢いで稚児に向けて吹き付けていく。

 

 影響は意識のみで、不思議と物質には影響がほとんどない。


 ノビターン達は想像でしか理解していないが、この世界には生き物の意思・精神と物質との間に相互に働く力が存在する。


 電子の流れが電磁気に、光子の流れが光として見えるように、この精神と物質間のエネルギーを媒介する未発見の粒子、通称マジノ粒子と呼ばれる存在があった。


 人の精神活動、例えば、祈り、思い、想像、感動そうしたものがこのマジノ粒子を通してエネルギーとして物質に伝わる。そう、まるで魔法のように。


フギャー、フギャギャ


メレンゲ教授が液体のエネルギーを解放していくにつれ、稚児の鳴き声が大きくなり、さらに金切声に変わっていく。


 ノビターンはいつもこの儀式では耳を塞ぎたくなる。


 この罪のない稚児の断末魔の叫び声は、儀式上やむを得ないとはいえ心が引き裂かれそうになってしまう。


 だが心が苦しくても、ここで目を背けるわけにはいかない。


「ソウルハグ」


 対象となる精神を抱き寄せるハグ魔法の一種だ。これで体に残っている元の体の自我を完全に引きはがし、最後の1粒まできれいに削ぎ落す。



 転生先には精神がからっぽの新しい肉体が必要だ。


 それには生まれたての稚児がもっとも成功率が高い。まだ精神と肉体がしっかりと結びついていないため、精神をきれいに剥がせるからだ。


 メレンゲが放つ意識の奔流が感じられ、稚児の精神と肉体は徐々に剝がれていく。目には見えないが、それは稚児の鳴き声が徐々に弱くなっていくことでわかった。


「ヴァニッシュメント」


 頃合いとニードネンが横たわっている老婆を持ち上げ、そこに向かって業火を放つ。普段使う広範囲を燃やす『タルヴァーサ』とは違い、超加速魔法で原子同士を衝突させて生み出す一点集中の高加熱魔法だ。


 「うぅおぉあぁちいぃぃ」


 老婆は苦痛の表情を浮かべているが、声にならない声を出して唇を噛みしめ必死に耐えている。


 もちろん、まわりの数人で体はしっかり押さえつけている。


 心頭を滅却すれば火もまた涼し、なんとか耐えられるレベルで抑え込んでいるのはもともとの本人の意識コントロール能力が高いことを示していた。そして目には歓喜の表情が浮かんでいた。


 皆、一様に無言だ。


 シビアなタイミングを要求されるこの儀式の最中に会話できる余裕のある者はいない。


「ここからは一気にいきますよ」


 ニードネンは自分自身に暗示をかけてより集中力を高め、全力で膨大な熱量を生み出し続ける。


 まわりのメンバーはその熱を封じ込めるための障壁作りに奔走していた。火球のような通常の火力では完全に火葬にするにはかなりの時間がかかってしまう。


 少しでも苦痛の時間を短くし、肉体を燃やし尽くし消滅させるためだ。


この熱に包まれた火魔女は寝台ごと燃え尽きていく。


「アサーネ、そろそろ寝台が崩れるわ。浮揚で支えて」


 ノビターンの呼びかけに、アサーネは無言で頷く。


 すでに鉄の寝台は溶け始めており、言われる前からアサーネは空中に浮かべるようにしていた。


 この量の熱量発生はノビターンの知る限り、一般人の放出力ではまず無理だ。


 メレンゲ教授の生み出す巨大魔力電池マリブラの力を借り、あらかじめ貯めておいたエネルギーを一気に解放して生み出さねばならない。 


 灼熱の青白い炎が老婆を包んでいる。


 時間にして30秒程度。終わってしまえばあっという間だ。


「最初のころのように、翻弄されている間に終わってしまえば、何も感じなくていいのに」


 思わず心の内が漏れる。慣れるに余計なことを考える余裕ができたこともよくなかった。


 ノビターンはこの二つの精神苦痛が伴う転生の儀式にどうしても馴染めなかった。



 稚児の声がなくなり黒目が濁りはじめる。同時に老婆の肉体が完全に燃えつきた時、ノビターンの出番がきた。


「ドンキーグルーオン」


 宙を漂うわずかな気配を察知する。


 意識の波動に敏感なことがノビターンがここに呼ばれている理由だ。意識をつかまえる、昔は祖父がしていたが、今はわけあってできない。


「そこですね」


 意識体だけの魔竹状態だ。空中に残っている老婆の精神が散逸しないようにしつつ、しっかりと固定し稚児に漂着させた。


 この漂着は力任せと違い、他人にはできない。


 空中に残る精神の残滓を見つける力、それがばらけないように抑える力、そして狙った稚児の肉体内に押し込む力、他にも複雑な制御が必要になる。


 ノビターン以外で確実にできるものは1人か2人。その2人もノビターンに比べると苦痛が生じ、時間もかかってしまう。


ノビターンは額の汗をぬぐう。そして、2分ほど待った。


「いかがですか? 無事に定着できていれば右手を上げてください」


「ブアーウー」


 稚児からは意味不明な言葉が発せられ、右手があがった。無事定着できたようだ。


「無事成功いたしました。ではこれで儀式は終了です。あとはこの精神・肉体接着剤グルーオンをお飲みいただき、数日は安静にしてください」


 ノビターンは足元にいる猫、スイマーを一瞥したあと、ニードネンに向かって告げた。


「では、この転生された稚児のご両親である侯爵家ご夫妻に、偉大なる主神の導きにより無事見つかりましと連絡してください。こちらで保護していますと。もちろん謝礼金の方もしっかりといただくようにお願いします」


 ノビターンはふぅっと息を吐きだし、ニードネンはニヤッと笑った後、「承知しました」と短く返した。


 こうして今回の転生の儀式は無事終了した。

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