死の呪いの使い方 4
「プヨン、大丈夫?」
ガバッ
フィナツーの声とアンモニア系の匂いがしてプヨンは反射的に飛び起きた。気付け効果を使ってくれたのだろう。どのくらい時間が経ったのか。治療中に気が飛ぶなどありえないと焦る。
「プヨンさん、治った! 治りましたよ! ほらほら」
そんなプヨンに喜ぶ声が聞こえる。はしゃぐランカ以外は、周りは何も変わっていないように思えた。
「お、俺どうしたんだろ?」
キョロキョロとあたりを見るが、フィナツーの顔で気付く。意識が飛んだのはほんの一瞬だったようだ。
ランカの治療の効果が一向にあらわれなかった記憶がある。血がなかなか止まらずやきもきしたが、ランカのお願いのこともあり手伝うわけにはいかなかった。
治療試験の不正とならないように、プヨンは基準点の手前で血を再生し、流れ出る分を補充しながら耐えていたが多く流れ過ぎたようだ。
「時間かかったんですけど効果があってよかったです。遅発性の蓄積効果でもあるんですかね?」
「え? そんな効果あるのか?」
ランカの自己解釈ではそうらしい。喜んでいるランカに水を差すつもりはない。
プヨンは自分の意思を体内に巡らせ怪我したところをあえて治療しないようにしていた。その意識はランカの治療も拒否したからか、それともランカではプヨンの基礎防御を突破できなかったからなのか、治療阻害が働いていたのは間違いない。
ドキドキ
心臓が激しく脈打っていた。幸い意識を失ったことで、抑止効果が大きく減少したのだろう。治療の効果があらわれ、そのおかげで止血が間に合った。
「む、むむむ。ランカおそるべし」
身震いし、急激に恐ろしくなった。原因は血圧低下だろうがかなり危険だった。ランカの言葉を真に受けたこともあり、無意識発動で自己回復の魔法抑止効果が発動していたと推測する。
レスルの教官がついていればまだしも途中から退室している。プヨンは自分で自己暗示をかけたことに気付いたが、うっかりとランカの言葉に従うような、他者の意識の影響には特に注意する必要があることがわかった。
試験はそれでもなんとか完了した。
「終了。ずいぶん時間がかかったがよしとしよう。ギリギリで合格!」
なぜか図ったように戻ってきた教官はそう宣言したが、プヨンの足元を見ながら納得いかない顔をしていた。
プヨンのそばにはちょっとしたバケツの水をひっくり返した程度の血溜まりができている。ゆうに10リットル以上はありそうだ。
もちろん、プヨンは魔力検出のバンドの色が変わるようなヘマはしていない。すでに証拠隠滅も兼ねて血液補充と並行して分解もしていたため7割くらいは消失させてある。
「なるほどな。効果的な治療には相手の意識があると都合が悪いのか。すると本人から治そうという意識が送られる場合はどうなるんだろう」
また1つ勉強になり次の課題も見えた。
試験官のありがたいお言葉と合格の印を受け取ったランカを褒め終わると、ランカは手続きに向かった。
「では、さっそく更新に行ってまいります。やったやった」
「あぁ、おめでとう。今度俺の治療試験の時はランカが治療される番でよろしくね」
「は、はい」
同じ目に合わせてやるぞと密かにプレッシャーを感じさせ少し意地悪したつもりだったが、喜んでいるランカの精神は絶対防御状態のようだ。まったくダメージが与えられないまま逃げ切られてしまった。
手続きをしたあとは、レスルの物流管理をしているタダンの元にいって荷物の確認をした。以前はランカから搾取する立場だったタダンだが、すっかり場慣れしている。もとが盗賊の頭目をしていたからか、扱いは荒っぽく手際はよかった。
最近ヴァクタウンでは、獲物の大型化の影響を受けて駆除と狩り目的の人々の往来が増え、武器の修理や食料の需要が増えているそうだ。
「じゃぁ、みなさん、本日もよろしくお願いします」
「おう、お前ら手伝ってもらうぞ」
本日はランカのおまけのオロナの民は同行していないため、聖女ランカ神衛隊の面々を呼び集める。彼らも体つきはがっしりしている、半運搬要員になっている。
もちろんさっきまでの聖女から商人にジョブチェンジしたランカも、人の管理能力(主に扱い方)が大幅に上昇している。ランカにまとわりついて離れない神衛隊を体よく厄介払いしつつ、荷役提供もさせるという一石二鳥スキルを行使している。
さらにプヨンにも魔の手、いや神の手を伸ばした。
「ヴァクストさんが、いろいろ見てきて欲しいものがあるそうで? 護衛役をお願いしていいですか?」
「ヴァクストだと、また新アイテムさがし? それは構わないけど、俺は荷役じゃないんだね」
冗談だったが、ランカはそれを笑って受け、『それはもちろん聖剣を抜ける勇者様ですから』と小声で耳打ちしてきた。
もちろん聖剣といったところで、誰でも抜けるただ重いだけの剣だ。
原理は一応秘密だのため、一部ではありがたみもあるらしく、その護衛役とやらを快く引き受けた。
いろいろと物色しながら歩き回る。
「やっぱり、いまさらそう目新しいものもないですよね」
「まぁな。しょっちゅうきてるんでしょ?」
1時間はたっぷり歩いただろう。町の端ぎりぎりの最外周部、堀代わりの幅3mの川の土手に沿って散策していた。
時折、街道そばの大ジャンプ+飛行で20m程度まで跳躍し、上空偵察する特殊警備兵の姿も見える。この先は農地が広がり、その向こうはひたすら草原だ。
この辺りは街中では作業しづらい排煙や騒音の出る工房や農地管理者の作業場が点在する。プヨンはランカに付き合って、持ち込んだ材料の販路開拓と、持ち帰る食材などの購入に付き合っていた。
ランカが言うには、ヴァクストは最近入荷の増えた砂漠の砂や高山地帯の鉱物などの販路を探したいらしい。町外れのガラス工房や防具工房をそれとなく覗いていく。ヴァクタウンでは聖女でも、前を知っている人がいるここキレイマスでは完全に別人、すっかり商人にクラスチェンジしている。
おかげで砂漠で取れた砂をガラス工房に、高山地帯の鉱物を武器工房に、ランカは巧みに売り捌いていく。珍しい鉱石やわずかだが宝石なども防具工房の親方との激しい攻防線の末、高値で売りさばいていた。
「では、そろそろ食料を調達しつつ戻りましょうか」
プヨンもそろそろ引き返す時間だろうと思いはじめていた。多少の距離があっても、戻るだけならランカをぶん投げ、そのあと一緒に飛んで戻ればすぐに戻れるが、ランカがいうように帰りは主に食料調達だ。
「ふふふ。今日はお肉を食べようかな? 塩味がいいよね? お野菜も欲しいな」
「毎回思うけど、肉食う植物ってなぁ。 植物食ったら共食いじゃないのか?」
「おかしくはないわよ。自分の知識だけで判断してはいけないわよ」
フィナツーはそう言うが、この辺りの感覚はプヨンはなかなか馴染めなかった。一見大人しそうなランカの方がよほど受け入れているような気がする。体にしみついた価値観はそうそう変わるものでもなかった。
学校でも飼育係のターナあたりが相手しているヴィーナストラップのような擬人化する食虫植物は、普通にネズミのような小動物を食べている。もちろん、ふつうの動物が草を食べているのもごく普通だ。もちろん食べたり食べられたりと関係は複雑だ。
「じゃぁ、最初に蒸留したアルコール類、その次は野菜といきましょうか?」
ランカに言われるままに酒瓶を、そして、次は野菜の山盛りを見た。
「おじいさん、その白い根野菜と果物を1山お願いします」
ランカがいうと農作業をしていた農夫は、作業を中断して木の枝からオレンジ色の果物をカゴいっぱい取り、裏の畑に行くと葉を残したまま大根を切り取ってきた。そして、
「ふん。フィットセラピー」
農夫必須のスキル、植物治療を施し、切創を与えた根野菜を治療し元の状態に戻していく。それをランカは見守っていた。2分ほどで終わると、こちらを振り返り、
「またきてくれや」
「またきますね」
農夫がランカに向かってそう言うと、ランカはかごいっぱいの野菜を手に畑をあとにした。
そして、次はまっすぐ牧場に進む。ここはちょっと変わった獣肉専用牧場だ。
「店員さーん。もも肉一本お願いします」
「おー、いらっしゃい。今日はいいニクウシがあるよ」
そう言うと、若い店員さんは牧場の端に向かって走っていく。そして、牛のような生き物、ニクウシの一頭に何やら話しかけていた。ウシは仕方ないなというような顔をしたような気がする。
そう思うと同時に店員の右手が振り上げられ、その指先が光る。
「ナイスハンド」
スカッ
店員が手を振り下ろすと同時にニクウシの足が切り離された。しかし、血が一滴も出ない。この店員はなかなかの腕前のようだ。そしてすぐに再生治療が始まる。
「お客さん、500グランだよ。トリートメント」
ランカに代金を請求しつつ、ニクウシの足を治療再生していく。
「フィナツーとかは違和感ないのか? 俺は何回見ても、不思議だなぁ」
プヨンは何度もこの光景を見てきてはいるが、いまだに慣れなかった。ターナも食材の鳥などから部分的に肉をいただいては治療する。痛み止めもあるため、食肉獣もそう暴れたりはしない。
「プヨン、果物をもぎ取られる植物達が痛くないと思ってるの? ふつうは食べられた草は死んじゃうのよ?」
「まぁ、それはそうなんだけどなぁ。毎日、肉取られるのもなんだかなと」
「たしかに未熟な飼い主だと痛みを与えてしまうかもしれないけど、植物も動物も根は一緒でしょ」
ここでは牧場や農場の店員は、特定生物に対する治療に特化した魔法が使える。これを用いて、日々一定量の食材を生産していた。特化しているがゆえに、効率よく生産できるのだ。
確かに理屈ではわかるが倫理的に不思議な感覚になる。卵を採取しているのと同じだと言われればそうだが、言葉にはできない違和感があった。
「さぁ、食料も調達できたし、プヨンさん、戻りましょう」
そう言うと、持ってきた手押し車の上に食材を置き、ランカはレスルの荷受け場に向かって戻りだした。
プヨンは以前、相手を威嚇するために何度も受傷しつつ治療し続けることで相手の戦意をそいだことがあった。逆にこうした治療を使って食料を調達するための動物を連れて行軍する、焼き肉作戦なるものも存在する。
食事をするということは命をいただくこと。どこまで魔法で相手を利用することができるのか、プヨンはいろいろと考えることがあった。




