死の呪いの使い方 3
「御存知と思いますが、ヴァクストさんの町から向こうの国境付近は無人、無法地帯です。前から狩場などで大きな怪我をして運ばれてくる方がいるんです。
ランカがそうなった背景を教えてくれる。
「だから治療師の資格を取ろうと思ったんです。今までは軽傷治療Bだけだったのですが、お前なんかに任せられるかという人もそれなりにいて、できれば名治療師と言われるBBBが欲しいのです」
おおざっぱに言えばBBは手足が切り離された直後の接合治療、BBBは内臓などの一点物の治療やゼロ状態からの再生治療ができるかが目安だ。
プヨンもなるほどと納得できる。
患者を安心させられる材料がほしいようだ。怯えながらだと回復の妨げになるが、余裕ですよと安心させれば本人が生み出す回復力も格段に良くなる。
レスルでの仕事も様々な資格が求められる。資格なしは除外されることが一般的だから、プヨンもアデルに勧められて取っていたし、メサルも学校の知り合いもみんな資格取りを目指していた。
「それで、何を手伝えばいいのかな?」
「そ、それが頼んでいた怪我人が今日は誰もいないそうで試験ができないのです。試験台の方を募集しておりました」
「え? でも、俺も怪我はしていないけど」
てっきりサポート的なものかと思ったら予想外の返事だ。
ランカから遅れてついてきた男性、たしかここのレスルの治療系の試験官が代わって説明してくれた。思った通りだ。
「む。こちらがプヨンか。ランカの試験依頼書には、その日の重傷者で治療試験をする。ダメな場合は同行者に治験者代行を依頼するとなっている。よろしく頼む。試験は15分後だ」
すでに記載があるとはあらかじめ準備していたということか。
「え? どういうことですか?」
「簡単なことだ。俺が手首をぶった切るから、そこのランカに治療してもらえばいい。それが試験だ。ダメだったらレスルの治療師が責任をもって治療にあたる。じゃぁ、俺は準備に戻るから」
書いてある理由を聞いたのに違う答えが返ってきた。それだけ言うと試験官は足早に戻っていった。
「す、すいません。ほかに頼める方がいなくて。すいませんすいません」
ランカが目をうるうるさせながら何度も頭を下げた瞬間、プヨンは放たれたマモレーラを無防備に浴びてしまった。これもランカの無意識に放つ魔法効果のようだ。コビーラには耐性があるプヨンだが、すべてを犠牲にしてでも助けないといけない気がしてくる。
まぁ別に突然で驚いただけで、前もって頼まれていたら快く引き受けていたが。
怪我人を頼むというのもおかしな話だが、治療はお互いを治しあう訓練が基本になる。怪我人募集も表現はおかしいがいわゆるカットパートナーの募集だ。お互いを切りあう仲間は必要で意図は理解できた。
ただ、これは治療するにあたってはお互いを練習台にするため皆覚悟していることだ。医者であっても注射を打ちあったり、メスで切りあって練習するのと同じだ。
お互い切って治しあう。それが治療系の宿命だった。
「わ、わかった。もちろんだよ。じゃあちょっと気持ちを整理したら行こうか」
「あ、ありがとうございます」
気持ちの整理、それは単なる痛みに対する覚悟の問題だ。
『むむぅ。今からテーブルの角に指をぶつけるイメージ。ぶつけても痛くないぞ痛くないぞ』
自己暗示をかける。
テーブルの角に小指をぶつける場合、ぶつかるまでそのことは知らないため心理的な負担はない。そしてぶつけたあとはいやでも耐えるしかない。
だが今からだと、たとえ治療できても心理的な負担が生じる。それと同じだ。
治療する怪我を作るためにすっぱりと切り落とすプレッシャーは、何度経験しても慣れない。それに伴う実負担の痛みを抑えるためにも、やるぞやるぞやるぞーっと何度も気合を入れる必要があった。
試験場に向かって歩きながら、ランカが治療の資格を取る決意をするまでの思いを語ってくれた。
「私が治療をするようになったなんて、なんか不思議ですけどね。前は荷運びばっかりしていましたし」
「まぁ、才能があったんでしょ。あとは性格的に治したいとか。ランカは優しいから」
照れるかと思ったら、ランカはよほど真剣なのだろう。深く考え込んでいるようで、プヨンとしても軽々しく対応すべきでなくランカの本気に向きあわねばと思える。
「プヨンさんも知っているでしょうけど、ほら、国境を越えていくと無人地帯があるじゃないですか。多くの狩人さんや警備の方が行かれていますし」
それはプヨンも知っている。あのあたりは高山や火山地帯などが続くため鉱物資源も多い。
有毒ガスなどがでる危険エリアをはじめとする多様な地形があり、無人ゆえに生き物も多い。しかも高高度地域にも関わらず、酸素濃度を高くする生物が多数生息し、生物も巨大化傾向があった。
狩場としても鉱山採掘場所としても使い勝手がよく、砂漠から得られる石英などを輸送する商人なども、最短距離であるここを通過することが多かった。
到着するとプヨンは治療対象の腕を固定されて椅子に座った。止血用のバンドを巻いて、ひじの先にも幅の狭い包帯のようなものを巻かれていく。
プヨンはレスルの治療資格の試験手順はおおよそ当たりが付いている。
「よし、知っているとは思うが、治療される者は一切の魔法は禁止だからな、少しでも使ったら反則行為で失格だ」
直前の注意説明だ。
「失格の受験者は今後半年は試験が受けられなくなる。もちろんこっそり使おうとしても無駄だぞ。回復魔法の波動が肘を通過するとその布の色がこんなふうに変わるからな」
見ていると試験官の腕に巻いた同じ布が白から赤に変わっていった。どのくらい流したのかはわからないが、やはりすべてランカに任せるのがよさそうだ。普段から治療もしているのを見ているし自信もある。問題ないと思えた。
その間もランカは準備運動なのか何やら手足を確認したあとは、試験前に集中力を高めている。
「絶対手出しは無用ですよ」
色変わり布の再確認とランカにも試験前の最終検査をすると試験が始まった。
「痛覚は肘で遮断して麻痺軽減できるか?」
「え? えぇまあ」
「おぉ、なかなかだな。治療の無資格者と聞いたが、初心者ではないのか?」
そういえば資格証を失くしてからは見せていなかった。試験官は少し不思議がっていたが、淡々と説明が続いた。まあ決まりきった注意でプヨンも心得ている。
「プヨンさん、痛かったらすいません。でも、魔法は一切使えませんので我慢してください。よろしくお願いします」
わかったとうなずいた瞬間、プヨンは重大なミスに気がついた。
今まで何度かやったときは試験者、この場合ランカの出力をアンプ魔法で増幅していたのだ。しかし今日に限ってランカにいつものベースアップをしていない。
今更ここでやるのは色変わりのリスクがあるし、どう考えても説明を求められそうだ。
急に不安になった。思わず聞いてみる。
「だ、大丈夫かな?」
ランカはまったく気づいていないが、一気に大量の汗が噴き出てきた。
「もちろんですよ! 絶好調です」
即答だ。しかもちょっとムッとしているのがわかる。一抹の不安があったがやむを得ない。おとなしくランカを信じることにした。
「よし、いくぞ!」
「はい!」
元気よく応えるランカ。微笑ましいがプヨンは怪我する身。注射するのと同じで、いくら鎮痛魔法で痛みを抑えると理解していても緊張はする。
試験官が指をプヨンの手の上にかざすと同時に指先、プヨンの頭の少し上にギロチンのような金属の刃が現れた。
ストレージから出したようだ。おっと思ったと同時に、
バタンッ、ドカドカッ
その時、少し離れたところで大きな扉の開く音がした。一瞬、全員の気がそれる。続いて、
「レーネ、しっかりしろー、治療してくれー」
「うわー、試験者が気を失ったぞ。胴体を切るやつがあるかー。止血だー、誰か治療教官を呼んでくれー」
隣の部屋だろうか。同時に試験していたものがいるようだ。数人が走っていく音が聞こえる。
そう思っている間に、刃は重力+魔力による加速で落下する。
スタン
魔力を使うなと言われたので強化も弱化もしていない。固定されていて動かないながらも少しひねって骨を避け、無事手首を切り落とすことに成功した。
ブシュシュー
痛みは予定通りチクチクと針で刺すような痛みが続くが問題ない。ほとばしる血飛沫にも怖じけず、ランカは元気よい。ここで卒倒されたらたまったものではない。
「チッ、へたれが。ちょっと行ってくるからしっかり治療してくれ」
「え? じゃぁ、万が一のときは?」
プヨンは試験官治療の保険を失ったプヨンの焦りなど聞く耳もたず、試験官は部屋を飛び出していった。どこの部屋だ。うわーなどの言葉が聞こえてきて、騒々しい音がする。わが身にも降りかかりそうで、あらためて腕の切り跡を見つめた。
「いきます!」
流れでる血はもったいないので空中に血だまりとして溜めて置き、あとで回収することにして。ランカは大急ぎで手当てを始めた。
徐々に飛び散る血の量が減っていく。プヨンはとりあえず安堵した。
と思った瞬間、ランカの戸惑いの声が聞こえる。
「あれー、あれー、血が止まらない」
お、おいおいと声をかけたくなる。見ると、血の出方は収まりつつあったが、完全に止まるまではいかない。まずい、だが、ランカに手を出さないと約束したため、このまま待つしかない。
「急いで。ちょっとチクチクする。早く血を止めてー」
「は、はい。わかりました。いつもならすぐ止まるんですけど」
なぜ、こんなに難航するのか。だが、徐々に血は収まっていった。
「ふー、ふー。なんとか、止まりました」
よかった。これで一息つける。ランカの『絶対魔法禁止ですよ』のおかげで魔法は完全に封じられていてかなり血が出ていたが、なんとかなる見通しがついた。
「よし。やった。すごいすごい」
ランカを誉めまくる。もう治った気になって思わず体を動かした。
「あーーー、せっかく止めたのに、まだ、薄皮張っただけですよ。また、やり直しだ」
しまった。思わず動いたせいで、再び出血が始まってしまった。
その後もランカはひたすら血止めをしようとしているが、もう息切れしている。プヨンは何もしていないが、意識があるだけである程度防いでしまっているようで、いっこうに治療が進まない。
「ま、まずいわよ。プヨン。顔が真っ青」
フィナツーが慌てて顔色を伺うが、プヨンの頭に浮かんだのは『絶対魔法禁止ですよ』
のランカの言葉だけだ。いっそ治してしまうと楽だが、ランカの試験が無効になるのは申し訳ないと、無意識に封印してしまう。
ランカのあれーあれーの言葉が響くなか、さらに血だまりは広がっていった。
徐々に無言になっていくランカ。すでに息切れしているようだが、まだ血が滴りおちていく。
「そろそろなんとかしてくれ」
「と、止まりません。どうしよう、どうしましょうか」
「し、しらん。俺が治そうか」
「プヨンさん、ま、待ってください。絶対魔法禁止ですから」
ぐっ。またしてもランカの言葉が重くのしかかる。意識が弱まっているからか、ランカの言葉をつい受け入れてしまった。
「こ、これは、まずいかもしれない。い、意識が」
「あ、あぁーー。また、失敗だ。どうしてですか?」
なんという死の呪文。このランカの意識を打ち破らねば、出血多量になってしまうが、絶対魔法禁止の言葉が重い。破るとしばらくランカは試験が受けられない。それはかわいそうだ。
そう思ってまた自分での治療を延期してしまう。
ランカ恐るべし。こんな形で命の危機に陥るとは。血の出方が落ちているが、どうやら血圧低下が深刻になってきた。
「だ、ランカ、ちょっとやばいが、どう?」
「プヨンさん、すいません。あと少しですから」
試験官はまだ帰ってこない。
ランカのあと少しは信用する気にならなかった。まだまだここから先が長い。そう思っていると、プヨンは意識が薄れていく。
それでも、ランカの『絶対魔法禁止ですよ』が頭に残る。どこまで俺は人がいいのだろうか。そう思っていると、さらに意識が薄れ、プヨンは気を失ってしまった。




