死の呪いの使い方
ノビターンが大聖堂に戻って2日が経った。
長距離飛行で疲れたノミは今日も疲労回復のため自宅待機だ。
「お待ちしておりました、ノビターン様」
ドサドサドサッ
事務室の机に座った瞬間、大量の書類が飛んできた。古紙回収かと思うくらいの量だが、もちろん飛ばしたのはアサーネだ。
「ふぉぅ、アサーネ、こ、これは?」
「ここ数日、特別にとっておいた書類です。病気で休んでいた者もおりまして、普段の3倍、大幅増量です」
「こ、こんなとっておき、いりませんよ?」
戻った直後から、ノビターンはアサーネが数日にわたって溜めておいた業務の処理で追われた。
回収した接着剤グルーオンの引き渡し、空になっただろう魔力電池マリブラの再充電手続きなどもあった。机の山が解体され、平地に戻ってようやくほっと一息付いたころには外は暗くなっていた。
「まぁ、いろいろあったけど、進展はあったし良しとしましょう」
「何か御用ですか? ノビターン様?」
「いえ、なんでもないです。はい」
つい独り言がでてしまったようで、部屋を掃除しにきた見習い修道女に返事をされてしまった。お疲れのようですねなどと気遣いされたが、ノビターンの気力は充実し、それが疲労を大幅に軽減させていた。
もちろん理由は、今つぶやいたように『進展』、今後状況が変わっていきそうな兆候が感じられたからだ。
先日プヨンと会ってからノミと一緒に聖堂に戻るまでを振り返る。
当初の目的だったもの、『打算や忖度なしに自分の思いをぶつけられる相談相手が欲しかった』、『誰にも知られない協力者を見つける。できれば誰にも知られないよう国外で』、が図らずも叶えられた。
年齢的にもプヨンならすぐ死亡ということはないだろう。
年齢に比べると妙に精神面で大人なのか、理で判断する上、感情の起伏が少ないような気がしたが、そのぶん少々のことは動じないように感じた。
メンタル面の耐力も十分にありそうだ。
まぁどれだけ役に立つかはこれからではあるが、氷水の中に閉じ込められそうになりながら、電池が空になるまで四苦八苦したことは報われそうだ。
町に戻るときもノミととりとめのない話をしながら戻ってきたのだ。
「よかったですな。素敵な出会いがあったようで。仲介者はノミ。わたくしノミのおかげですな。幹部の仕事などさらさらする気はありませんが、来年は大幅昇給間違いなし」
いつもなら何かしらトラブルを起こし、それを理由に相殺または減給ですで返すところが今回のノミはパーフェクト鳥人だった。減点がまったくない。
「むむむ……、ノミ、ご苦労様でした」
ノミを評価せざるをえない。そして今後の付き合いが身内バレしないためにも、表だって手紙やマールス通信などは使えない。通信手段もノミのみで行う必要がある。
どうやっているのかは知らないがノミは不思議とプヨンと連絡をつけていた。
適度におだてつつ次の依頼の期限を決める。ノミをうまく使うためにも彼の正味機嫌に注意し、機嫌を損ねないようにしておく必要があった。
バタバタバタ、バタン
「ノビターン様?」
勢いよく扉が開き、見習い、といっても先日のプヨンとそう変わらない年齢の修道士が入ってきた。
机の上にノビターンが渡した魔力瓶を置く。充電したには早すぎる気がする。理由を聞きたいが、修道士は息を切らせてはぁはぁと呼吸を整えている。
いくら急いでも、話せないくらい息が切れたら意味がない、ゆっくりくればノビターンは待たなくていいが、話しかけられると待たざるをえなかった。
冷たい視線で修道士の体温を下げてやりつつ待つこと30秒、ようやくはじまった途切れ途切れの説明が要領をえない。
「ニ、ニードネン様が、なぜか、聞いてこいと、瓶が、魔力が」
一通り理解するまで数回聞き直した。どうやらノビターンが渡した魔力瓶が空ではなく、満タンで、その理由を聞いて来いと言われたらしい。
「え? それは本当なのですか? 空っぽで酷い目にあったりもしたんですよ?」
「わ、私は確かにそう聞きました」
聞くとノビターンが渡した瓶にはもうこれ以上入らないというくらい魔力が入っていたそうだ。ニードネンにこれ以上入れると危険だとまで言われたらしい。
「詰め込むだけ詰め込んであるので、強い衝撃を与えると爆発する可能性があるそうです」
「ば、爆発? どんな爆発? その机の者がですか? 落ちたらどうするんですか? そんなの持ってこないでください!」
知らなかったとはいえ、こんなものをぞんざいに扱って、ノミと飛行していたとは恐ろしさで身震いする。
「そ、それは大丈夫だそうです。強い衝撃でない限り安心だそうですが、ニードネン様が言うには、爆発時の解放威力はちょっとした地震程度らしいです」
ちょっとビビリが入っているのか、口にするのをためらって声が低くなる。
「釘を刺したり、地面に叩きつけると、街が消し飛ぶとか……」
「え? ええっ?」
「ほんとです。後ほどニードネン様にお確かめください。では」
爆発系の魔法が得意なものでも普通は半径2~30m程度。ニードネンが電池の魔力を開放したとしてもせいぜい200m程度が平らになるくらいだ。
街といったらどう小さく見積もっても1kmはある。多少誇張したとしていたとしても、家くらいは吹き飛ぶのだろうか。
「あっ。待ちなさい! それをここに置いていかないで!」
修道士は立ち去ろうとしたが呼び止められ、慌てて机の電池を持っていこうとする。
しかし、ノビターンが放つ膨大なウソツケーラを受け、足がすくんでバランスを崩した。満タンの魔力電池マリブラが掴んでいた手から離れて宙を飛ぶ。
自分のところに飛んでくる電池を見たが、ノビターンはにわかに理解できなかった。
「え? えぇっ?」
放物線を描く容器。
「さっきの話が正しいなら落として容器が割れたら……町ごと爆発?」
想像し、ごくりとつばを飲み込む音が聞こえた。なんとか落とさないようにしないと。
ズザザッ
「て、帝都の崩壊は免れたわ……」
間一髪、飛び込んで衝撃が加わる前にギリギリ掴めた。擦りむいた膝を治療しながら、地面に這いつくばらず、魔法浮力で拾えば良かったと後悔する。
「むぐっ」
「ひえっ。ノビターン様なぜ床で寝ているので?」
激しい床の衝突音がして慌てて部屋に入ってきたアサーネに踏まれた。慌てて足を退けて謝るアサーネ。
こんなところで寝ないで下さいというアサーネに、私が帝都崩壊の救世主よと言いたくなる。
ノビターンはそれをグッと抑える。
お気に入りの服の背中についているであろうアサーネの足あとを気にしつつ、何でもありませんと言うしかなかった。
同じ頃、プヨンはランカの薬の納品を手伝っていた。もともとの予定通りで、手伝ってほしいと依頼されていたからだ。
最近はワサビたちの件でもわかるようにあちこちで戦争の影響が出ていた。また、そうした影響で追われたのか、大型、凶暴な生き物たちが国境沿いの無国籍地帯を中心に複数確認されている。
「だから、すいませんが護衛と運搬をお願いします。凶暴な生き物たちと、あの方たちから護衛していただきたく」
あの方ってだれだ?
オロナ民かと思ったが、どうも違うようだ。ランカの回復薬の中毒となってしまった自称『神を守護するもの』ランカ神衛隊がついて回るようになっていた。
そのためか、最近は規模が拡大して人数も多くなっており、そうした護衛達から護衛してくださいと言われた。
ランカはすっかり回復薬生産になれ、手際がよくなり薬の回復効果も随分高くなっている。
以前は生産量も少なく、オロナの民かヴァクストが手伝う程度で運べていたが、最近はそうもいかないようだ。
「もっと気楽に言えば?」
「いいんですか? でも運搬も最近数日おきですしちょっと多すぎかなって。あはは」
「運ぶのがゆっくり過ぎるからちょっときついね。まぁ、最近の学校はなんか適当だけど」
いっそ1人で運ぼうかと言ったが納品責任があるらしく、自分で運ぶのは譲れないらしい。
気晴らしに出かけたいだけかもしれないが一人は不安らしく、往路は同行を求められた。プヨンは3時間程度かかってキレイマスの町への納品に付き合っている。
「もうちょっと、人間以外にも筋力強化が効けばいいのにな」
筋力強化は基本自分だけだ。リトなどはミハイルに筋力強化をかけているように、ごくまれに他者にも強化機能を施せるものもいるがプヨンは不得手だった。
「では、私が案内しますので」
「え? 今更案内いるの?」
ランカを生き神と仰ぐランカ神衛隊は高貴な存在なので雑用はしないそうだ。
少し、いや神衛隊4人にかなり妬まれながらも、プヨンは御者としてランカの横に座らされていた。
荷馬車の中央にあるランカ様高御座には、遠慮して行かないらしい。あんなものがなければもっと積めるのになどとぶつぶつ言いながら、無事キレイマスに着いた。
ランカがレスル内の納品所に立つだけで、神衛隊の面々は自主的に荷下ろしを始めた。プヨンはいつものことだがレスル内をうろうろしていた。
何故かはわからないが、今日のレスルの雰囲気はいつもと違う気がした。軟棘のような緊張感や金などの欲まみれというものとは違っていた。奥のほうに人が集まっている気がしたが、なんとなく近づくのが躊躇われた。
反対の人のいない掲示板を見つつ、何かいい稼ぎがないか探していた。
「おい、プヨン、いいものを見せてやろう。ちょっとこい」
「え? え? うわっと」
急に肩口を掴まれ強引に引き寄せられた。顔を見る。アデルだ。今日も公共共通機関である駅馬車の警護でもしていたのだろうか。すると、アデルの愛弟子、見習いミハイルも来ているのかもしれない。
そのまま、奥の人だかりが見下ろせる2階のテラス部分に連れていかれた。
下にはリトが見える。その前にはミハイル、もう一人は背中に剣を背負っているから剣士だろうか、ミハイルと同い年くらいだが知らない男性だ。その3人を取り囲むように野次馬が集まっていた。
何やらリトを挟んでにらみ合っているようにも見えた。アデルはにやにやと笑っているところを見ると、ミハイルはリト狙いで頑張っているのだろうか。
「おい、プヨン見ろ。面白いものが見れるぞ、リトの得意な死の呪文だ」
死の呪文、そんなものがあるのか? 思わず唾を飲み込んだ。
だがそれにしては、ミハイルがいるのに笑っているアデルは不自然だ。そのまま下を見る。3人から目が離せない。プヨンは期待しながら次の展開を待った。




