手のつなぎ方 3
『フレデフォート』、プヨンはこの名前にノビターンも心当たりがあると直感した。
プヨンが聴いたのはエクレアから。それもプヨンの数少ない荷物に刻まれた模様が家紋に近いというだけだ。
あまり目立つ家系でもなかったらしいが、印象に残ったことが2つあった。
「その領地は今はもう存在しないそうです」
「ふーん、家系が断絶したのか?」
「土地がなくなったと聞きました」
「は? そんなことあるの?」
地殻変動でもあったのだろうか。エクレアの説明を脳内再生するが、今思うとどこか冷たさを感じる声だった。もちろん横で話していたユコナの音声はキャンセリングされ、聞こえない。
要約すると、1つはその領地のあった大地はなぜかなくなり、今は湖になっていること。もう一つは身内も領民も行方不明となり、今となっては詳しく知る者がいないということだ。
「そうそう。不思議なことがあるんですよ。同じ頃にちょうど後継誕生の祝賀を領内でしていたそうです」
エクレアは急に声をひそめて小声になっていた。
「だからその子も含めて関係者がほとんどいないそう。どこかで保護されたとも、今でも死にきれなくて彷徨っているとも言われているんです。けっこう有名なホラー話なんですよ」
目がキラキラしていた。ホラーが好きなのだろうか。これも印象に残っていた理由だ。
有名人というわけではないが、動物に育てられたとかいくつか俗説もあるらしい。
「もしその赤子がプヨンなら、あなたは幽霊ですね。今度ちょっと化けて出てみてください。壁とか通り抜けてみるとか。あ、でもお風呂とか通り抜けるのはダメですよ」
それも悪くないなと思ったところで、ユコナに天誅と言われ、雷撃を喰らった記憶が蘇った。
あれからまだ何もやり返していなかったんだった。忘れるところだったと気を引き締めるが、とりあえずそれは置いてエクレアの話を思い出す。
「まあな。今更知ったところで、どうするものでもないしな」
「じゃあ、口止め料として例のものを。口が塞がるといいんですけど」
「うん。ありがとう。きっかけがあったら、自分でも調べられると思う」
お菓子の食べ放題を要求されたが、わざわざ調べてくれた謝礼がわりと思えば安い。喜んでごちそうした。
それからも何度か手元にあった指輪などを手に取ってみた。当然、封印が解かれ、不思議な現象や記憶が呼び覚まされるなども起こらず、指輪の所有者本人かどうかの確証は得られなかった。
下手に聞きまわっても怪しまれるだけだし、自分が噂の赤ん坊ですなどと言ったところでおかしな人扱いだ。
もちろん自分が物語(怪談)の主人公として扱われているのは理不尽な気がする。カルカスのような動く死体なら、下手するとどこかの宗教団体あたりに恰好の除霊対象にされそうだ。
結局他人に話せるものでもなく、2、3日で話題にも上らなくなっていた。
「フレデフォートとは何かご存知ですか?」
再びノビターンの声で現実に戻った。
「あぁ、たしか15年ほど前に突然できた湖らしいよね。大規模な地盤沈下とか、地震とか何があったんだろうね?」
「それは言えません」
もちろん、プヨンは気づかないふりをする。さぁとでも答えればいいものを、言えないといえば知っていると答えているに等しい。ノビターンの表情が何か知っていますと述べていた。
嘘をついたり隠し事を禁止されている宗教関係者の特徴だろうか。ノビターンも冷静なタイプに見えていたが、どうも嘘をつくと後ろめたさが表情に出るわかりやすいタイプのようだ。
「大いなる知識の継続のため、大の虫を生かし小の虫の犠牲があったそうです」
少しの沈黙のあと、少し落ち込んだようにも見えたが、ノビターンも言葉を丁寧に選びながらも教えてくれた。
時折『副作用』『定期的』『憂慮衆』という言葉が気になる。もしかしたら優良と言ったのかもしれないが、やはりノビターンは何か悩んでいることはわかった。
『プヨンさんも同じでは? 放つ波に憂慮衆に似た特徴がありますよ?」
説明の途切れ目に、唐突に言われた。プヨンはえっと聞き返し、ノビターンもあっと声を出す。
明らかに言い過ぎたという表情だ。ここはわざと勘違いしたふりをしてさらに何かこぼしてくれないか期待する。
「へぇ。有料? 有料ってことはお金をとるの? 俺はお金好きなのかな?」
「え? いえ、心配性のことです。憂慮する癖があるとか。えへへへ」
適当に誤魔化されたが、憂慮衆の持つ特徴とはなんなのか。この焦り方からすると、何かしら核心につながっていそうに思える。それがどういう意味か聞きたい衝動を抑えつつ、警戒されないよう直球の質問は避けていく。
ノビターンも細切れに情報を出しつつ、プヨンを試しているが、お互い成果のない会話が続いた。
ジャリッ、ジャリッ
会話の潮時に合わせるように、砂を踏みしめる音が聞こえてきた。
遠くからふらふらと歩いてくる人物に気づき、ノビターンが話しかけた。
「ノミ、落ちるとアボンによく耐えました」
「ノビターン様、いつものことですから。お気に入りの輸送服が焦げただけですから、経費でお願いします」
ノミの燕尾服にところどころ穴が開き、焦げた輸送服になっているが、よくあることのようだ。
3人は少し沈黙が続く。
「え? 経費ダメなのですか?」
ノミが状況を飲み込めず、キョロキョロしている。どうやら今日はここまでのようだ。
「では、戻る準備をしましょう」
チラチラこちらを見ながらノビターンは身支度を整えていく。プヨンは憂慮衆のこと、その特徴とやらが気になりもう少し情報が欲しい。ここは焦らず、今後の繋がりを持つ方向で考える。
「ノビターンさん、もし良ければ近いうちにまた会っていただけますか?」
もちろん会うだけじゃない。もっと深く情報を交換しようという意味だ。
ノビターンは驚くというよりは、待っていたという表情で嬉しそうにする。
「もちろんです。もっとお話したいことがありますよ」
目が笑っていないが見た目笑顔で見つめ合う2人の横で、
「おぉおぉぉ、プヨン殿、2人はやはりお似合いですか。ノビターン様、よかったですね。なんとか近づきたいと言われていましたしね」
「え?」
シネーラを溢れさせるノビターンだが、今プヨンの目の前で愛らしいイメージを失うわけにはいかず、ノミに対していつものようにやりすぎないよう手加減してしまう。
どうしてくれようと怒りが込み上げ、笑顔を保ちつつ顔が真っ赤になっていった。
「あーそれは言っちゃダメでしょ」
「ノビターン様、照れなくてもいいんですよ。秘密にしときます」
プヨンがドキドキしてノミを見てしまうが、ノミはノビターンの目から放たれる死害線を完全に無効化している。これをプヨンがまともに食らったら膝が震え、動けなくなりそうだが、ノミは平然としていた。
「くっ。このっ。もうあとでどうなっても知りませんよ。戻ったら覚えてなさいよ」
悠然と受け流すノミに、少し壊れ始めたノビターンは、『来月1日の0時で』とだけ言い放つと、ノミを引きずりはじめた。
「ひえー。ノビターン様、あなたはもしかしたらS系かもしれない。プヨン殿、是非またお会いしましょう」
心も体もダメージがないのか、ノミも謎の言葉を残すと軽やかにノビターンを乗せて舞い上がっていった。
あれだけやっておいてノミに乗れるノビターンも大概だなと思いながらプヨンも戻ることにした。
それからは滞りなく数日がたった。
最近の授業でも、相変わらず治療のレベルアップが図られている。痛み軽減も治療速度もある程度までいくとそこからの上達はなかなか難しい。
最終的には教官に治してもらえる保証があるが、授業段階ではなるべく傷痕が残らない上手な治療よりは、痛みなく治せるパートナーを選びたい。メサルが手っ取り早かったが、ローテーションのため、毎回無痛とはいかず苦労していた。
「いたたた。ユコナ、早く治してくれ」
「待って。ちょっと今のところやり直し。もう一回切らせて」
「寝言は寝てから言え!」
通常、人は無意識に他人の意識を排除する。そのため他人の治療も排除し、治療中は極力相手の意識を受け入れるか、無意識になる=寝ているなどでないと効率が悪かった。
そして体重軽減と浮遊だ。これも綱渡りの練習に近く、ひたすらバランス練習あるのみで変わり映えしなかった。
そして授業が終わるとプヨンは時間があると資料室にきていた。ノビターンに会った日からもう何度目かになる。
憂慮衆とは何か、その特徴を知りたかったからだ。憂慮衆というからには、何か心配事でもあるのだろうか。ノビターンの説明だと何かを憂慮する人々らしいが、いま一つよくわからない。他にも気になる言葉がいくつかあったが、結局それらしい資料は見つからなかった。
そもそも、正しく聞き取れていたかも今となってはあやふやになっていた。
パタッパタパタッ
資料室内には誰もいなかったが、聴音魔法で目一杯音を拾っていると、突然特徴のある足音に気付いた。今は廊下の角あたりか。まっすぐこちらに向かってくる。
まだ30mほどの距離はあるが、この聞き慣れた足音と歩幅はサラリスがこっそり近づく場合だ。他の者ではなかなか区別がつかないが、サラリス、ユコナ、メサルなど数人は、プヨンはほぼ区別できる。
「フィナツー、出るぞ」
「え? りょ、了解」
急いで立ち上がり、資料室の扉横に移動する。窓際にいたフィナツーも大急ぎで『キャッチャーミット』で引き寄せる。
待つこと3秒。バタンと扉が勢いよく開きサラリスが飛び込んできた。
「プヨン。いるんでしょ。どこにいるの? 頼みたいことがあるの」
やはり。プヨンの読みは正しかった。明らかに探しに来ている。しかもきっと何かやっかいな頼みごとに違いない。
そのまま奥の資料室の棚の方に向かうサラリス。プヨンは空中浮揚状態で足音を立てずに入れ違いに開いた扉から外に出る。
「どこ? どこにいるの?」
と呼びかけるサラリスに、資料室ではお静かにの注意を促すため、ノイズキャンセリングを発動し音は完全に相殺していく。
サラリスの声はプヨンに聞こえなくなり、もちろんプヨンの音もサラリスには届かない。そしてそっと扉を閉めた。この音ももちろん一切しなかった。
最後に念のため出口を封じる。
炭酸ガス系のレーザーを応用して扉の蝶番を封じようと思ったが蝶番は銅製で、波長的に銅には吸収されにくい。
扉を溶接するとあとで怒られる可能性も高い。出入り禁止になるとまずいため、溶接魔法『ウェルドライン』は諦め、『フローズンライン』に切り替えた。
バシャッ、パキン
単に扉の下に水をぶっかけて凍らせただけだ。これならいずれ氷が融けた頃にはなんの証拠も残らないはずだ。
「ふっ。また、明日会おう」
そういうと足早に廊下を移動する。背後で扉のレバーが上下するのが見えたが、発生した音はプヨンが相殺しているためこちらには聞こえてこない。もちろん無音は維持されていた。
そのまま廊下を曲がったところで、ヘリオンが待っていた。
「お、プヨン、きてくれたか? 呼びに行ったサラリスはどうした?」
「え? いや、こっちにはこなかったよ?」
「え、ほんとか? おかしいな。先に行くといっていたのに」
ヘリオンは不思議がっていたが、あまり気にしてないようだ。
「よし、じゃぁ、行くか。ワサビさんのところで、訓練相手を募集しているんだ。さぁ、行くぞ。今日もいいところを見せるしかないかな。さぁ、飛行モードで行こう」
「は? 訓練? 飛行?」
そう言うとヘリオンはプヨンの手を捕み窓際に連れていき、そのまま窓から放り投げた。
理由はわからないが、ヘリオンがワサビに会いに行きたいのはわかった。
サラリスは放置して、ヘリオンの希望だけ受け入れるのもなんとなく悪い気がしたが、ヘリオンは半ば無理やりだ。言い訳はできるだろう。
ここは仕方なかったことにして、ヘリオンに付き合うことにした。




