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魔法の使い方教えます  作者: のろろん
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手のつなぎ方


 ノビターンは、プヨンと手をつないでもいいかなと思えるようになっていた。それも可能な限り熱く握り合ってみよう。


 もう放してくださいと言わせ、プヨンに自分の力を思い知らせたい。その結果、ギリギリで勝てればそれなりに頼りにもできそうだ。超えない分には近ければ近いほどよい……。今日のノビターンはかなり欲張りだ。


 とりあえず受けた熱をどう返すか考える。ありきたりの方法は避け、センスがいい人と思わせたい。そうはいっても種類は限られている。さらに熱くするか、相殺するため冷却するか、それとも違う方法にするか。


 その間も手のひらは熱を帯びていくが、温度の上がり方がとてもゆっくりなのは相手のプヨンも様子見なのだろう。じっくり遊ぶつもりに違いない。


 50℃を越えた。そろそろ触っている部分が耐えられなくなってきた。しかし、離そうと思ったが手が吸い付いたように離れない。


 プヨンの見ると手のひらを見つめているが少しにやけているように見えた。見ると手のひらにハートマークが浮かび上がってきた。


「あ、あぶり出し。しかも、マークの真ん中が割れている……」


 思ったことがつい声に出てしまった。今まで男性にふられたことのないノビターンは、割れハートに対して慣れていない。意表を突かれ完全に集中力が減殺されてしまった。


 用意周到にこんな準備をしているとは。この男ノミが言うように油断がならない。あらためて気持ちを高めるまで、手のひらの火傷を慌てながら治療するし続けるしかなかった。


「そっちがその気なら……」


 あえて声を出して怒りパワーを増幅する。


「プアーブラッド」


 再び熱が相殺できる状態にもちこむと、今度は誰にも聞こえないように口の中でつぶやいた。


 手指の冷却で熱を奪いプヨンに対抗する。急激にプヨンの手が冷たくなり、鳥肌がたっていくのが見て取れた。さっきのおかえしと笑みがこぼれる。


 さらにプヨンの手の色が紫になり凍り始めた。


 ふふん。こんなものか。少し安心したノビターンだがさらに冷やしにかかる。プヨンの腕は肘まで色が変わって凍り付いていた。



 どんな顔をしているかなと覗き込むと、プヨンの口が動いているのが見えた。


「……反転、増幅……」

「???」


 プヨンの呟きが何を意図しているのかノビターンは理解できない。何かしらの魔法なのだろうが見た目は何も起きなかった。


 とどめとばかりにとにかく冷やし続けるが、プヨンの腕が肘まで凍ってから先が一向に変わらない。


 本体に近くなるからプヨンの魔法に対する抵抗力が上がっているのだろうか。倒すためではないがもう一押し、勝ち誇れる何かが欲しい。


「あなたにも……冷え性あげたい。本物の冷え性はこれからよ」


 夏場でも冷えるものは冷える。強く念じつつ、チェルシー効果を用いて全力で冷やしにかかる。プヨンの手のひらは完全に凍り付いているが、それでも肘からさきはまったく変化がない。力み過ぎてノビターンの顔は紅潮していた。


「真っ赤……かわいくない……」

「うぐっ」


 ちょっと力を入れすぎたのは仕方ないが、なんてひどい。いくら冷え切って勝ち目がないからといって、ひどい暴言を吐かれノビターンは精神に大打撃を受ける。こうなったら何がなんでも勝たねばならない。怒りパワーで補填したノビターンの出力はさらなる飛躍を見せた。



 ノミは2人が手を握り合っているのを微笑ましく見ていた。もう何分経つか。ノビターンがこんなにしっかりと手を握り合っているのを見るのは初めてだ。しかも照れてでもいるのか、ノビターンの頬は朱に染まっている。


『その調子ですぞ。ノビターン様。プヨン殿もノビターン様の気持ちを受け止めてやってください』


 そう心の中で応援するノミの口から援護射撃が出た。


「告白たーいむ」


 肘から先が紫になっているプヨンが、ぎょっとしてノミを見る。プヨンの手はしっかりとノビターンと握り合っているが、明らかに理解不能なノミの言葉で動揺した。


 『今だ!』


 ノビターンはチャンスと一気に畳みかける。まだまだ魔力電池の残量はあるはずだ。一気にプヨンの熱を奪う。


 ピキピキ


 凍り付いた腕が膨張して裂ける音がした。それに抵抗するプヨン。



 ノビターンはふとおかしな点があることに気づいた。プヨンからの魔法にはほんの少しズレがある。


 一言でいうと肉体と精神の波長のズレ、転生者のように意識と肉体が一致していない者の特徴と同じだ。わずかな時間差があるため、ゴースト映像のようにだぶって効果がくる。


 しかしそれならズレが小さすぎる。何か理由があるはずだが思いつかない。彼も何か秘密があるのだろうか。



 ノビターンは少し悩んでいた。もともと会った理由はできればこちらに密かな協力者が欲しかったからだ。ただ、元々は秘密を知られたため排除するつもりだったということがある。


 このまま一気に凍らせてしまえば失敗は解決し、元の流れに戻すことも今ならできる。


 少し悩んだが、彼一人に頼ったところで気持ちが軽くなる程度だろう。やはり今まで通り一人で閉じているほうが楽だろう。その方が良いと思えた。



 ほんの少し、じっくり話してみたかったなと思い一瞬気が緩んだ。その瞬間、ノビターンは手の先に熱さを感じた。握手をしてから初めてだ。


 プヨンの熱を奪っていたが足りなかったのか。腕全体が包み込まれるよう熱い。


 そろそろ10分近いが、プヨンの目にはまだ気力が感じられた。


「油断したわ。まだ気力が尽きてないのね」


 そう思い力を込めて手をかざした瞬間、自分の左手に巻いたリストバンドの色が黄色になっているのに気付いた。魔力電池マリブラの出入口にあり、色でおおよそだが残量がわかる。今の色はすでに黄色、これでは魔力電池マリブラの残量はあと10%あるかないかだ。


 まさかと思う。絶好調だったはずなのに予想以上に減っている。目の前のプヨンとは冷却の威力で拮抗し、見た目は何も変わらないが相手も同じだけ使っているのか。


 生身なのか? それとも彼も魔力の貯金があるのか? 生身だけなら、電池を使っている自分と拮抗するなんて理解できない。そもそも自分は正しく魔法を発しているのか混乱してきた。


「あ、あれ? なんで? 腕は?」


 思わず声が出てしまった。ふと前を見るとプヨンの腕はきれいな肌色をしている。いつのまに? 自分と相対しながら治療する余裕があるのか?


 時間の流れが異様に早く感じる。一瞬考え事をしただけなのに、左手のリストバンドが真っ赤になっているのに気付いた。先程黄色に気付いてから10秒と経っていない。


 ノビターンの能力ではそんなペースで使えるはずがない。そんなことをゆっくり考える暇もなく、手の平が外からではなく内側から熱を発し始めた。


「あっち、あちちちぃ、あつい!」


 ノビターンの叫びでそれ以上の熱は加わらなくなった。プヨンが加熱を緩めたのだろうか。もしこんなものかと手加減をされたのはかなりショックだ。


「えー、悲鳴が全然かわいくない」

「え?」


 ノビターンの心にさらに大きな亀裂が入る音が響いた。さらなる追い討ちでトドメを刺され、地面に膝をつくノビターン。うぅぅぅと呻きながら、そのまま倒れ込んでしまった。


「さてと、こんだけ握手もしたしいろいろ話してもらおうかな」

「そうですな。ノビターン様うれし泣きですか? トークタイムですな」


 そう呟くプヨンに、ノミは満足そうに頷いた。




 長い握手だった。プヨンはようやく勝敗がついたことを理解したが、思ったより疲労している。

 サラリスやユコナと全力で撃ち合ったことがあったが、同等以上の疲労感がある。



「15分か。 もしかしてけっこう危なかった? 足は冷えなかったの?」


 フィナツーが冷え性を心配しているのか、カバンから声がする。


「大丈夫だよ。自分の体に打ち込まれた魔法波長を、肘のところで反転増幅して相殺していただけだし」


「それってなんでもできるの?」


「こっちの最大値を超えなければね。入ってくる信号がどんなのかはよくわからなくても、プラスマイナスをひっくり返すだけだから原理はそう難しくない」


 ネックは受け取って反転するまでが自分の体の中なので、時間差分ダメージを受けてしまう点だ。


 プヨンは感知場所からだいたい27cmまでダメージが出る。それがさっきの手のひらから肘手前まで凍ってしまった理由だった。


「直接、頭や重要器官のそばに受けたりすると反転が間に合わないし、物質としてぶつけられるともちろん意味がないんだよな」


 フィナツーに笑いながら解説すると、ニコニコしているノミを見た。


「ノミはなんかうれしそう?」

「え? そんな滅相もない」


 ノミは慌てて首を横に振るが、図星のようだ。みえみえではあるが、急にノビターンに駆け寄り心配しだした。


「ノビターン様大丈夫ですか? 惜しかったですな」


 なんとなく嬉しそうなノミを横目に、完全にへたり込んでいるノビターンを見る。膝にきているのだろうか、息もあがっていた。



 ノビターンは意識が朦朧としているようで、しばらく待つことにした。


 ノビターンの腕は赤黒くただれている。服の袖も肩口近くまで焼け焦げているが、不思議とリストバンドだけは真っ赤になってはいるが燃えているわけではなく無傷だ。


「ノビターン様が伸びているなんておいたわしい。思ったより火傷がひどい。プヨン殿治せませんか?」


 『ノビターンのノビタは伸びたなのか?』と思ってしまったプヨン。治療を頼んでおきながらノミが無意識にプヨンの集中力を乱そうするがここはなんとか踏ん張れた。ノミは時々魔法妨害のスキルを使うところが油断がならない。


「え? それなら意識障害からの回復をしてもいいよ。ここはあえて敵に塩を送ろうか? すり込んでみたら、きっと目が覚めるでしょう」

「おぉ、あなたひどい人。でもこれも治療のため、ノビターン様お許しください」


 ノミの目は本気に見えたが、幸いにも塩などは持ち運んでいない。ふつうに治療を始めることにした。



「グゥ、ぅ、しお、ダメ」


 ノミの言葉に反応してびくっとしてノビターンは意味不明な言葉を呟き、気を失ってしまった。



 そこそこ疲れていたが、女の子が火傷しているのはよくない気がする。下手にほっといても痕が残るかもしれない。


 「わかった。伸びている間に直そう。任しといて」


 そういうとプヨンはもう一度ノビターンの手を握った。手や腕は火傷していたが、『HIS』の進化版、『IPS』で万能細胞の自己増殖をさせる。


「こんなもんでいいかな?」

「十分です。恐るべき力。単なる知力だけではありませんな」


 ノミの期待通り、手のひらや表層部分の皮膚はすぐに治った。だが、その先、手首あたりから治りが急激に悪くなっていく。


「プヨン殿? どうかなされましたか?」


「え、いや。なんでもないけど、なんだかおかしい」


「ノビターン様は、にぶいんですよ。人の好意を受け付けません。しかもおやつ好きで暇があったらお菓子を……」


 ノミが話しかけてくる。プヨンは一瞬ノミを見たが怪しさはなく、純粋に不思議に思ったようだ。気を失っているからか、その後はひたすらノビターンの食欲についての解説が続いた。


 しかし治らない。もうかなりのエネルギーを注ぎ込んでいるはずだ。さらに上乗せする。それでも変わらない。まるで水路に穴があいて下に流れ落ちているかのようだ。あるところから先にまったくエネルギーが届いていないように思えた。



はぁふぅ


 息が切れる。さっき手を握り合っていた範囲とは違う。皮膚程度の治療でこんなに手間がかかることは最近のプヨンには記憶がない。メサルでもきっと手放しで治療できるくらいだ。


 ふと気付いた。リストバンドの色がゆっくりと青から濃紺に変わっていく。


 治療を続けながらその色変化を黙ってみていた。そして突然腕の回復が始まった。


「あ、あれ? 急になんだ? どうなってるんだ? お、お、お?」


 止まっていた時が動き出したかのように、みるみる腕の傷が治っていく。ノミも呆けたような顔をして見つめている。傷はすぐ治り、ノビターンのリストバンドは紫紺に変わっていた。

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