悩みの聞き方
プヨンはランカと礼拝所の椅子に向かい合って座る。
「まずはいつものやつをお願いします」
いつもの体内お掃除を要望された。ランカの意識の通りをよくするため、プヨンは意識の高圧洗浄の改良版『マジプレッソ』を施す。
泳いだような目、至福の表情、ちょっと痙攣してそう、ランカはすっかり中毒患者だ。終わるといつものように礼拝所に向かう。薬瓶に向かって祈りを捧げ出したが、すぐに慌てて戻ってきた。
「ち、違います、こっちこっち」
なんのことやらわからないが、本題を忘れていつも通りに作業を始めたことが恥ずかしかったのか。ランカは奥から持ってきた厚紙で顔を隠している。
「これは?」
「最近、時々夢を見るんです。何かよくわからないのですが、話しかけられているような夢です。返事はするのですがそれに対する反応はなく、毎回内容は似ています。こちらの声は無視され、一方的な言葉が終わると目が覚めているんです。何かのお告げでしょうか? これがメモしたものなのですが」
お告げと言われて少し驚きつつ、厚紙の中身の走り書きに目を通した。何やら短い文章の寄せ集めのようだ。ランカを見つめて印象を伝える。
「ど、どうですか?」
「今日は一段と綺麗だね」
「え? えぇーーー?」
「特にこの『美』の字は完璧だ! 美しい」
バフッ
どこか遠くで爆発音がした気がするが、気にせず中を読み進めていく。読めはするがこの文が何が言いたいのかは今一つよくわからないメッセージだった。
ランカに聞いてみようと思って顔をあげた。ランカの頭から噴煙がでていて驚いた。どうやら大量の湯気がでているようだ。
「う、うぉっ。顔真っ赤だけどどうしたんだ?」
「な、なんでもありません」
「そうか。ならいいんだけど、これはなんだか一言メッセージばっかりだけどなに?」
中身は、『とうとう見つけた』『まじのとかたろ』『それは無理』『声が聞こえた』『かなえてあげましょう』、そんなメッセージの羅列だ。日付順に並べてみたが、通しで読んでもよくつながらない。
「これってこういう順番でいいのか? なんかつぶやきの寄せ集めみたいに見える」
「最初の頃はメモが残っていないんです。気になってメモしだしたのは途中からなんで。大半は部分的にしか覚えてないです。思い出せたものだけです」
まあ最初からそんな記録をしようと思って眠りにつく者はいないかと納得した。逆に何かと続くからメモを取り出したのだろう。
「昔からあったの?」
「プヨンさんと会った頃からです。2ヶ月くらい。わけわからないのもありますよ。まじのとかたろとか。 何ですかね?」
「……さぁなぁ。見つけたってなんだろ。かなえてをあげるってどういうことだ?」
物理的な知識は深層記憶なのか反射的に思い浮かぶプヨンだが、なんとなく身に覚えがある気もするが、ない気もする。順序だって適当で、理由を説明できるようなものではなかった。
何度も考えながら見直すが、メッセージの記録は20以上ある。そのメッセージの大半は『できない』系で、ごくまれにある『できる』3つしかなかった。
「かなえるってことは、お願いをよくするの?」
「それはもちろん毎日の礼拝の時に欠かさずしていますよ。世界が争いなく平和になるようにとか、今日も怪我する人がいませんようにとか。心安らかに過ごせますようにとか」
怪我人がいないと治療もできず、お布施ももらえないが、そういうところは問題ないようだ。
プヨンもお祈りはするが、それは基本的に回復薬を作るときで、傷を治したいとは思うが、願いというとあまり記憶にない。お金とか権力もそう興味がないから、健康でいれますようにとか、かわいい子と知り合えますようにとかはあるが、それも気分次第だ。
「あぁ、俺はこの研究がうまくいきますようにとか、この理論があっていますようにとかはあるかもな」
他にはその辺の子供と一緒に、お母さんに怒られないようにしてくれとか空の星を取ってくれと天に向かってお願いしてあげたり、老齢なら病気の快癒祈願とかもある。
怪我はさっさと治療してしまえばいいが、病気はいくら強い意志で治そうとしても治らない場合もよくあるからだ。
「一応、悩みってこの夢のこと? 何かのお告げなのか?」
「そうです。でもこれって何かの意味があるんでしょうか?」
そう言われても、当然こうだったんだよ、などと答えられる根拠があるわけでもない。
「まあそんなに悩むことはないんじゃない? 実害はないんでしょ? 困ってる人にその身を捧げなさいとか、世界を平和に導きなさいとかじゃなくてよかったね」
ランカは何やら考えていた。生真面目なランカなら、案外そんなお告げがあったら世界を救うために旅するのかもしれない。
それはそれで面白いかも知れないが、仮に能力があったとしても性格は変わらないだろう。好まない難関に挑むにはさらなる覇気が必要だし、そんな苦労を進んでするものも少ない、少なくともプヨンは自分の研究欲が一番の動機になっている。そして確実にできるという確信がないまま取り組むのは億劫になる。
その欲求と達成感が満たされれば、あとはその時の気分次第で楽しく生きたいと思う。逆によくある成金みたいに、ぷぁぁーっと無駄に金をばらまくしか知らない威張りたがりにはなる気がない。
自分たちの大切なものなら守ることもあるが、そういう大きな使命は周りからの影響のほうがはるかに大きいだろう。
「まあ、叶えたとかの状況報告で、何かをやれというような神託ではないからいいのでは?」
「そ、そうですね」
ランカはそれでも悩んでいるようだったが、プヨンはそう言うと礼拝所の入り口の扉を開けて外に出た。まぶしい光で一瞬目がくらむ。
「あっ。待って」
ランカの呼びかけが聞こえ、出たところで立ち止まって振り返る。あーと呟くランカの顔には失敗しましたねとの表情が浮かんでおり、指先が外を見ろと示していた。
なんのことかと前を見直すと、向こうから男が数人駆け寄ってくるのが見えた。1人は腰の剣を今まさに抜こうとしている。ついうっかり忘れてしまっていた。
「な、何だお前は! 賊か?」「俺が1番ノリだぞ」「ランカさまーご無事ですか?」
男たちが口々に叫びながら、広場から走り寄ってくる。前方には進めず、空に飛び上がってもいいが相手が飛べる場合、多対一での乱戦になる可能性が高い。何より目立ちすぎる。
バタン
大急ぎで中に入り扉を閉めた。
もちろん礼拝所はみんなの施設。神様はくるものを拒まない。鍵などなくいつでも出入り自由だ。立て篭もることも時間稼ぎもできそうにない。
とりあえず、大急ぎで戸口に水を吹きかけ、一気に凍らせておいた。ちょっとは時間が稼げるだろう。
「ランカ様、お救いください」
「神様は忘れんぼさんは苦手だそうですよ」
「ええぇー、なんでだー? 今日のランカは優しくないぞ」
「いつも通り華麗に切り抜けてください」
ランカに声をかけるが笑っているだけだ。すっかり慣れっこになったのか、プヨンがどう振舞うかを楽しんでいるだけで、まったく心配していない。
前はおどおどしながら一緒に心配してくれたのに、最近はこの聖女めと思いつつ睨みをきかせてもさわやかな笑顔のままだ。ランカはずいぶん心配症が治癒してきている。
最近ランカはプヨンのことをあまり心配してくれない。結局プヨンがなんとかしてしまうからだ。
とりあえずプヨンはいつものように祭壇の裏に隠れて様子を見る。
バタン、ドカドカドカッ
扉が勢いよく開き、数人分の靴音がした。
「ランカ様、ご無事ですか! 今賊が入っていくのが見えましたが!」
入ってきた男たちには見覚えがある。聖女ランカの親衛隊、いや神衛隊だ。だが彼らも礼拝所の聖域である祭壇の裏側には許可なく近づかない。ここは安全地帯のはずだ。
「こちらには誰もきておりませんが?」
「そんなはずはありません。もしやランカ様を狙った刺客かも。お前たちも見ただろう」
「おぉ、見たぞ。こっちに行ったはずだ」
「そんなはずは。あ、そこには近づかないでください」
チラッとランカと目があった。心配しつつ、今後の展開への期待の入り混じった表情だ。にこやかさが恨めしい。
プヨンは物陰にいるだけで、回り込まれたらすぐに見つかってしまう。ここは少し対処する必要があると判断した。
「パラメトリックスピーカー」
超音波を利用した指向性、幅1m程度範囲だけ聞こえる音が出せる。よくユコナやサラリスに秘密会話をする時に使っていた。
これにはもう一つ特徴がある。壁などに当てると、まるでそこから音が出ているように聞こえることだ。
プヨンは天井に向かってこう叫ぶ。
「お前たち、聞こえるか」
プヨンの声は誰にも聞こえないが天井から低い声が響いた。声質は変わってしまうようだ。
入ってきた数人の男たちは突然の予想外の方向から声に戸惑っている。なんだ。どこからだとか叫びながら声のする方向を見ていたが、ただ天板しかないはずだ。
「あ、あれは、顔だ。あんなところに顔が浮かんでいるぞ? なんて邪悪な禍々しい顔なんだ?」
「え?顔見えるの?」
プヨンは思わず聞き返し、そのままその声も天井から響き渡った。
叫んだ男の1人が天井を指さす方向を見てみたがなにもない。
慌てて口をつぐみ口調を戻す。
「リスワイフ」
バシィ、「ぐわっ」
「愚か者! それはただのシミだ」
頭に雷撃を受けて倒れた。残りの4人はビクッとした後無言で天井を見つめている。もちろんランカも。
「お前たちが聖女ランカを守護しようとする熱い気持ちは我にも届いている。聖女を守護する聖騎士の資格を十分に満たしておる。お前たちの中でもっとも強い男に聖剣士の称号を与えよう。ランカの手の甲に口付けし、誓いをするがよい」
4人はお互いの顔を見合っている。よく知っているから力量もある程度わかっているのだろうが、隠している能力もあるはずだ。
そしてランカは気づいたようだ。プヨンと目があった。慌ててプヨンは目を伏せる。
「ぶ、武器や魔法はありなのですか?」
男たちの1人が質問する。たしかに気になるところだろう。
「存分に戦うが良い。どのような怪我でも聖女の力でたちどころに癒やされるであろう。さぁ、表に出るが良い。再びここに入るのは勝者たる聖騎士1人だけだ」
「聖女様お待ちください、私はすぐに戻ってまいります」「な、なんだと、お前は武器も使えんだろう」「ふん、お前こそ武器しか使えんじゃないか?」
「表へ出ろ」「真っ先にのばしてくれるわ」
バタンと扉が閉まると、すぐに、うぉーーっと掛け声があがり、剣のぶつかる音が聞こえた。このあたりは町のはずれだが木々が多く、狭いから隣の草地にでもいくのだろう。戦いながら遠ざかっていくのか、音は徐々に小さくなっていった。
時折、小さな爆発音や、剣の甲高い金属音がする。案外接戦のようだが、遠くなったのか音はあまり聞こえなくなってしまった。
「プヨンさん、どうするんですか?」
「どうもしないよ。さっさと帰る。神衛隊の勝者をたたえてあげてね」
「そ、そんな。私そんな護衛とかいらないです。あんなやり方があるとは……」
「敵の敵は味方。聖女様は身辺警護をしっかりしてください」
笑いながらプヨンは扉を開け、誰もいなくなった外へゆっくり目立たないように出て行った。




