かみの子の作り方
ザザザッ、という風切音と振動がつたわってきた。
目を開いて景色を見ると、木が横を流れていくように見える。景色が流れていくことを見ると移動しているのか。
ただ周りで見えるものは多少形は違うのかも知れないが、見慣れた自然の風景に見えていた。
空、雲、木。空は明るく青っぽく見えているけど、遠くに見える山は少し赤っぽくなっていた。夕方の少し前くらいのように見えた。
自分の体のほうに目を向けると、すぐ目の前に自分の手が見えた。指は5本見えている。ふつうの人間の手のようだ。でも手の大きさがとても小さい。
これは子供、もっと言えば赤ん坊のような手に見えた。足に力を入れても、立ち上がったりもできそうにない。状況にはついていけず混乱していた。
ただ、景色が流れ振動も続いているから、移動しつづけてはいるが、差し迫った命の危険はなさそうだ
まずはこうなった経緯を思い出してみることにした。
たしか、さっきまでは霧の中にいるような目で見ているという感覚もなく、ものというものが認識できないところだったはず。
そこで自称女神様といろいろ話をして、たしか最後のほうの記憶では『あなたが調べたいことに適したところに飛ばしてあげるねー』というようなことを言われたはず。
調べたいことは、思念や精神が物質に影響を与える可能性だった。
そうすると、ここはマジノ粒子が濃い?
強く念じたり、気配や殺気なども物質に影響しやすいような場所なのか。
元の場所に似たような環境を選んだと言ってたから、生き物や環境、他のいろんなものも違和感とかないのかな。そんなことを考え、とりあえず今の状況を自分なりに再整理できた。
ある程度考えの整理が終わって、あらためて周りを見回してみた。
(空の色が暗くなってきてるから、日が沈んできてるな。もうちょっとまわりが見えないかな。)
そう思って、少し顔を動かして見える範囲で左右を見ると、木製のかごのふちのようなものが見えた。首をひねって、反対側を見ると、人の顔、首、肩あたりが見える。
(この人は?見た感じ、ふつうの人間の女性のように見えるけど?)
どうやら自分が雲や空を見ているところからして、赤ん坊用のかごのようなものに入れられて、この女性に運ばれているようだった。それも走って。そのうち、まわりの風景を見ていて、ふと思い当たった。
(どこいくつもりかわからんけど、この風景の流れってかなりはやくない?子供抱えて、こんなスピードがでるもんなのか?木々の流れていく速さからすると、自転車で全力で走ってるくらいスピードでているし。時速30㎞くらいでている?考えてた時間からしても、少なくとも20分くらいは走ってるよな)
もといた世界の常識ではちょっと考えられなかった。
ふつうなら赤ん坊を抱えた女性が、時速30㎞で20分走るとか現実的じゃない。しかも気づく前から走ってることからすると、かなりの時間走っているのかもしれない。
ふーふーと息遣いが聞こえてくるし、雰囲気からすると、けっこう必死で走っているように感じられる。
約束でもあるのか、何かに追われているのか。だからといって、こちらから何かできるわけでもなく、運ばれる状況は変わらなかった。そのうち、ふと、気づいた。
(誰にも出会わないけど、これって、道沿いに走っているのかなぁ。でも、これって、けっこうな速度でてるようだけど、疲れないのかな?これ、つまずかない?、こけたりしないの?いったいどこまでいくのだろう)
さっきは、差し迫った脅威はないと思っていたけど、急に不安になってきた。
(もし、この人、つまずいたら、きっと、俺って投げ出されちゃうよね?この速度で、投げ出されて地面に激突したら、赤ん坊なら、大ダメ―ジくらうよね?大丈夫なんかな?ど、どうしようか・・・。頭からダイブしたら、赤ん坊なら、大けが間違いないよな)
杞憂かもしれないが、いっこうに休む気配がないところからも、どうなるのかと思っていると、
グキッ
案の定、木の枝か石でも踏んだのか、女性はつまずいた。
そして・・・、当然だが、かごごと、俺は、投げ出されてしまった。
俺は見てしまった。放物線の描くであろう先にある岩を。
女性は、つまづいて、
「あっ」
と叫んで、両手を地面についてしまっている。そして、子供を投げ出してしまったことに気づき、その飛んでいく方向を見ながら、茫然としているのが見えた。
急に死亡フラグがたったことに激しく動揺していたが、空中を飛んでいるから、手で支えることもできない。赤ん坊の手だと、地面でも厳しいだろうけど。
さすがに、このスピードで岩にたたきつけられたら、ゲームオーバーだよね。そうだよね。
『あっ』の叫びから、ここまで、約0.2秒。残り時間は、あと0.5秒もないだろう。
(どうしたらいいか、考えるんだ俺。緊急事態だ、大至急だ)
完全にパニックになっており、死後の世界に片足を突っ込んでいそうだった。