系譜の調べ方
プヨン達がガーンのところから戻って数日経った。
結局、プヨンが治療した見張りは生き残り、もう一人は手の施しようがなかった。生き残りの兵士は、気が付いたあとガーンが何があったか報告させていた。
「気づいたら地面に倒れていました!」
という貴重な証言がえられた。さらに最後の気力を振り絞って得たらしい、扉を開けて出ていく後ろ姿や声質など貴重な情報が聞き出せた……らしかった。
捕まっていた男自身も不思議と協力的になったそうだ。1名亡くなったこともあり、どこまで本当か裏を取っていた。もっともガーン達の内情に関わり機密上の理由に絡んだ内容については、詳しく教えてもらえなかったし、そこはあまり知りたいとも思わなかった。
「まだあの兵士のこと考えてるの」
考え込んでいるプヨンの顔をフィナツーが覗き込んできた。
「え? あぁ、まあな。あれは即死っぽいから仕方ないのはわかってるんだけど、思ったより魔法の許容幅が狭いな。死人を見るのも初めてってわけじゃないんだけどな」
「ふーん。まぁ、野生の獣だったら、生きているということは毎日何かを殺しているってことなんだけどね。植物だって目に見えて動かないだけだし」
「そうなんだけどな。ただ、まだあったかかったんだよな。蘇生といっても治療の延長だからなぁ。完全に切れてしまうと、もう繋げないな」
「身体は治ってたけど、結局意識は戻らなかったね」
あの時の兵士は顔見知りではないため、感傷的にはならなかった。
ただ治療はできても意識が戻るかどうかは、プヨンの能力というよりは本人の状態によるところが大きい。結局いかに迅速にするかが重要なようだ。治療後になにか意識を回復させるための方法がないかと試行錯誤していたが、思うような成果はなかった。
「1人救えた方を喜んだら?」
「まあね。誰にも見られてないから、ぷぷぷ。あの兵士の説明はめちゃくちゃだったな」
重い空気を払拭するため、あえておかしかったことを思い出す。治療できた兵士はプヨンの治療で見た目は無傷だが服は超ボロになっていた。
「お前はなんで無事なんだ。服はボロボロだが逃げ回っていたのか?」
「え? いえ自分は先にやられてその後の記憶が」
「だったらなんで無傷なんだ?」
「は、はぁ。そのーー身柄確保のため敵に向かったような記憶があるのですが……」
「どんな敵だったんだ?」
説明になっていない説明であり、仲間を見捨てたと思われたのか、同僚から厳しい取り調べを受け、ガーンがフォローに回るくらいだった。
もちろんプヨンがこっそりと対応したことは公にしていない。
しかし実際蘇生となると気軽に試すわけにもいかず、機会がないこともあり成功条件の見極めが非常に厳しい。目の前で死亡などそうそうないし、実際にあった場合は全力のため、ぎりぎりを見極めることは厳しい。
寿命的なものは治らないし、病気も全身に回るような類なら組織を入れ替えれば一時的に軽くなるくらいだ。
そして時間。怪我の傷をいくら感知させたとしても、意識が落ちてから5分を超えると蘇生率は激減した。
もう一つ、耳にしたメレンゲという名前が気になっていたが、それが誰かは結局聞けずじまいのままだった。
日が変わるとまたもとの生活になる。今日も当たり前だが授業がある。学校が始まった頃と違い、最近の授業は実戦形式に近いものが増えてきている。
例えば今までなら野菜の切断して、それを治療する(元の状態にくっつける)だったものが、痛み止めを使いつつ自身の肉体をズバッと切ってそれを治療するのだ。
言葉だけだと痛そうだが、治療の練習は生徒同士でやりあうことはわかりきっていた。
自分の腕で試すこともあるためそうした覚悟はある。いずれ痛み止め効果も、薬ではなく自力で対応するようになっていくのだ。
もちろん実戦では痛み止めの薬は飲めない。痛み止めを飲んで五感を断って戦闘するなどできないだろう。そうした痛みを抑える術を身につけていく必要性は理解できた。
「プヨン、もっとこうよ。よく見てなさい『フィンガーフィレット』」
刺突剣の一種、タコヤキピックを構えるサラリス。今日の治療の相方だ。
ガガガガガガガッ
全く遠慮のないサラリスの刺突が続く。どうせ怪我をするなら、楽しく怪我をしようという趣向のようだ。テーブルの上をかなりの高速で動くたこ焼きピック。
最近連日やっていたからか、ずいぶん上達している。なかなか怪我をせず、広げた指の間を高速で刺突し続けていたが、3往復目にして、
ザクッ
「いったーーー」
サラリスは待ってましたとばかりに、傷を受けると同時に治療用の服、パンツァーシャツの力も借り、速やかに治療していく。今日もサラリスは治療の授業中はひたすらこればっかりやっていた。
実際刺すにも勇気がいるから、楽しく根性試しも兼ねるということか。
「痛み止めはどうやってるの?」
「自分で痛みを散らしているけどなかなか完全にはできないかな。実戦で痛み止めなんか使えるわけないでしょ」
サラリスのことはわかってはいたが意外に心が強い。痛みに対してはある程度克服できているようだ。
普通の戦闘ならダメージを負うと敵からの追い打ちがくる。静かな状態で耐えられず治療もできなければ、実戦だと一気に劣勢になり死亡確定だ。
「なぁ、サラリス。これが初級授業なのはちょっと納得できなくないか? 危険度大だよな」
「まだ力を自分で制御できるからだって。この上の授業は2年目の後半くらいかららしいけど、対面形式になるとタイミングや方法も自分では制御できなくなるよね」
「そうなのか。自分で場所を選んだり、やばいなら途中で止めて治療できるのはしょせん初級ってことかぁ。実戦じゃ待ってくれないもんな」
カカカカカッ、「あいた」
軽快なピック音が途切れ、机に刺さる。ミスすると治療するサラリス。
プヨンはその後もサラリスの刺突と治療の繰り返しを眺めていた。集中力が落ちていくのか、だんだん刃の操作が荒くなり治療回数が増えていく。
「よくそんなに躊躇いなくできるな。あとで疲れてしまって治らないよーとか言っても手伝わないよ」
「またまたー、優しいよね。プヨン保険は契約済だから、万一の時はよろしくね」
「ほー。そんで、保険料の支払いはいつごろで?」
「でももう攻撃は慣れたわ。肉屋や魚屋が解体するのを毎日やってると気にならないって言ってたけど、最近わかるようになってきたわ」
サラリスはしっかり戦闘に馴染んでいる。すでにかなり刺突魔になりつつあった。
授業も夕方の食事も終わったが、プヨンはそのままサラリスに付き合わされていた。
調理実習室だ。
主に携帯食の作製や薬草の調査、下ごしらえ、調理をする。自己作成の回復薬などもここで試すことが多かった。『ミムメモ草』などの集魔効果のある薬液抽出で、プヨンもたまにくる部屋だ。
「サラリス、今日のメニューは? ってそれは何しているの?」
「いつもと一緒よ」
「また爆菜かよ。それ、そうやって加工したらその後はどうするんだよ」
「ふふふ、知ってるでしょ」
そうサラリスが炒めているもの爆発性の微粒子作成だ。
爆菜は生でも食べられるが、サラリスは一生懸命爆菜を炒めている。うまく火力をコントロールし、炭化させてから砕いて微粒子の粉末にする。
それを火魔法の中に投げ入れ、ちょっとした粉塵爆発を引き起こすことで火力を増大させていた。
魔法の効果を物質で補う、合成効果だ。他にも油脂や鉄球などを入れ、サラリスはいろいろと研究していた。
そして完成すると効果が見たくなるサラリス。それがプヨンが呼ばれた理由だったりする。
「やった。完成。ほら! 今日は今までの3割増の濃縮よ。プヨン!、あんたの髪の毛の命も今日までよ。今日こそちりちりにしてやる! さぁ、表に出なさい!」
フライパンに残っている爆菜の黒い粉末を見せつける。この後、演習場に行って効果を見ようとなるのだが、
ガシッ
調理の終わったサラリスを後ろから羽交い絞めにしてさらに魔法による意志の力で動きを封じる。
「落とすなよ?」
「え? どうしたの? エプロン姿がかわいいかったとか?」
パチッ、ドカーーン
「うひゃーーー」
自分にぶつける粉末を目の前で作るサラリスの目の前で火花が散った。
特別にプヨンが逆防御を施し、サラリスの持つフライパンを防御壁で覆ったのだ。
フライパンの粉末は火花のおかげで見事に発火し、サラリスの顔がススで黒くなっていた。幸い髪は縮れているくらいで済んだが、部屋中にススが舞っていた。
「いつもご馳走してもらうばっかりでは申し訳ない。今日はあーんしてやろうと」
「ば、ばっかちーん。あーん、せっかく2時間もかけて調理したのに」
本気ではないが泣き笑い状態になっている。そう思ったところで、
ガラッ
扉が開き上級生が飛び込んできた。
あっと声をあげるサラリス。SG、スクールガードだ。
しかも探魔猫を連れている。探魔猫は魔力の残波動から使用者を特定する訓練をされた猫だ。
煤だらけの室内を見回している。
「お前らが爆破魔か? 現場を押えたぞ。校庭の女神像を破壊したのもお前らだな?」
「ら」でひっかかった。プヨンは仲間だと思われている。
睨みを効かせる上級生。えっと驚きつつ、目線を下げるサラリス。
たしかにサラリスが女神像を何度も破壊したことは聞いていた。そのうち目をつけられるだろうと。
なんとか『ら』を払拭し、SGの調査を乗り切る必要がある。プヨンを全強化を脳に集中し、すみやかに結論を導く。
「いえ。違います。作成をやめさせるため身を挺して阻止し、自首するように進言していました。それがかなわず、処分させました」
サラリスを羽交締めするプヨン、フライパンを持つサラリス。
再び、えっという顔をするサラリスだが、プヨンは結論の導き方は自然だと思っている。これでサラリスを引き渡すと問題ないはずだ。しかしサラリスも即座に対応した。
「SG殿、その探魔猫で魔力の残波動を確認ください。どちらが着火したかわかります」
あっと声がでた。
そうだ。発動者の特徴が材料に残っているかもしれない。こうなるとは思っておらず、調べればすぐ足がついてしまう。
だが、SGの二年生はわきまえていた。
「お前らへの対応は、大鐘楼30分の刑だ。連行する」
「えぇ。またですか。あれは……つらい」
「サラリス、経験あるのか? 大鐘楼ってあれだろ」
「ま、まぁね。ちょっといろいろと。あれはしばらく耳がおかしくなるわよ。しかも直接頭の中に聞こえるの。簡単には防げないわよ」
大鐘楼、聞いたことがある。
人が入れる大きさの鐘の中にある簡易の反省室だ。当然鐘をつくと大音量の音が頭に響くようになっている。
火力アップに邁進するサラリスは、どうやらすでに経験者になっているようだ。いったいどんな音なのだろう。ちょっと興味がわいた。通常の音域とは異なるのかもしれない。
まぁ30分、すでにサラリスが耐えて、無事でてきているなら、なんとかなるのだろう。
そんなことを考えながらプヨンは連行されることにした。
2人は大人しく部屋を連れ出されて、廊下を歩いていた。建物を出て陽のある外に出たタイミングでプヨンは考えを変えた。やはりここはうまく凌ぎたい。
「ブラックライト」
「うぉっ。なんだ」「ひゃー」
小声でつぶやき、瞬間辺りを暗闇にする。そして大ジャンプ。
3階建ての校舎の上まで飛び上がった。これでSGとサラリスは撒けたはずだ。
1階から声が聞こえてくる。
「プヨン、どこにいった。早く出て来い」「すぐ出てこないと、こいつが2倍懲罰をうけることになるぞ」「プヨン、この卑怯者。あんたが主犯でしょー」
それぞれの声が聞こえるがもちろん無視し、光の屈折を利用しつつ様子を伺った。
少しじっとしたまま待機する。
よし、まぁ、いいだろうと思ったところで、違う視線を背後に感じた。
もしかして気付かれたかとも思ったがそんなはずはない。
少し離れたところにいたのは、エクレアとユコナだ。なぜか手招きをしている。こんな屋上で何をしているのだろうか。
「いいところに来たわ。ちょっと話そうと思っていたことがあるの。ここなら誰もいないからちょうどいいわ」
少し警戒しながら、エクレアの話を待った。




