尋問の仕方 2-1
立ち上がったはいいが、ガーンは着地失敗で大地に激突したためか、足を引きずって歩きにくそうにしている。
完全には治療できていなかったようだ。浮かべてそのままこちらに引き寄せながら治療をする。
「わたしは着地に失敗したのですかな? 痛みと出血はないようですが、衛生兵はいないししばらく待ちますかな。ほら、足がうまく……動いた」
そう言いながら、急にジャンプしはじめた。
「どうしたんですか?」
「え? いや、その、さっきまで歩いても膝が曲がりにくかったのに。おかしいな」
「へー、そうなんですね。気のせいですかね?」
バンバンと地面で足を踏みしめているが、納得いかないのだろうか。
治っているならいいだろうと思いつつ、もちろんいちいち説明したりはしない。
さっきの戦闘を見ていたガーンが緊張した表情でダイコン切りを評価してくれるが
「しかし見事な大根斬り」
よほど気に入ったのか何度も繰り返し言われる。
そう言われても、真っ直ぐ目の前に飛んでくるものにタイミングを合わせて打ち下ろしただけだ。そう難しくはない。
しかし威力はなかなかだったようだ。
男は半身が地面に埋まっているように見える。ズボッと音がして、なんとか引きずりだした。
「思ったより頑丈だけど、けっこうボキボキだね」
「そうですな。なかなかの一撃。先代も凌ぐかも知れませんな」
ガーンは地面へのめり込み具合に感心してはいたが、その割にはめりこんだ男が頭も体もたいして潰れておらず、納得がいかない顔をしている。
それでも地面に打ち込んだ衝撃で身体は随分傷んでいた。服の上からでも全身打撲がわかる。
「床に手っ取り早く寝かせて、さっさと治療をしちゃいましょうか」
「申し訳ない。衛生兵は出払っており、さてどうしたものか」
ガーンはまだ殺すのはまずいと思いつつ、どうしたらいいか躊躇っている。
「今、最低限の治療は終えました」
「は? え、でも今治療しましょうと言っておられたのでは?」
復元が必要な箇所が多いが、亀裂や打撲がほとんどだ。
治療は不良部分を材料に良組織に置き換えるだけのすっかり慣れた組織治療だ。
プヨンは言い終わる頃には治療は終わっていた。
ガーンはプヨンの言葉の意味を理解するまで数秒固まっていたが、男を直接触って状態を確認する。
服はボロボロのままだがカラダは治っていることがわかり、目をこすって何度も見直していた。
それでも納得がいかず、まだ傷の状態をチェックしている。
その間にプヨンは気になっていたことを確かめるため、恐らく男を監禁していたであろう小屋の方に向かった。
きっと見張りがいたはずだ。それが気になっていた。
小屋は2階建てで、裏に入口があったはずだ。そっと回ってみた。
「やっぱりな」
小屋の壁にめり込むように元兵士だった肉塊が横たわっている。
革の鎧ごと完全にひしゃげている。まだ血がぬめっとしているところから、そう時間は経っていないが、もう本体から何も感じない。自我は散逸してしまったようだ。
プヨンは以前から教会での治療やレスル大先輩のアデルと一緒に後方支援で同行することも多く、この手の遺体は見慣れていた。
治療できれば治るし、できないものはこういう姿が多い。もっとひどいと黒焦げだったり、ばらばらだったり真っ二つも普通にある。
あえて見たいとは思わないが。
「ううっ」
突然、扉の奥から声がする。
そうだ。警備なら基本2人1組だろう。もう1人いるはずだ。声がするのだから、当然息があるはず。まだ、間に合うかもしれない。
伏兵はいないかもしれないがトラップがあるかもしれない。
念のため直進を避け、プヨンは入り口の扉をあけず2階の扉から回り込む。
廊下を歩いて階段を降り、下に降りると扉前にもう1人倒れていた。
重傷だ。
腰から下が砕けているのが一目でわかり、どこにいったのかわからないが、右足の膝から下がない。出血量が少なかったからか、よく息がもっていると感心した。
キョロキョロと辺りを見回す。ちまちまと回復しようとしたが複雑に潰れている。これを治すのはそれなりに手間がかかりそうだ。
しかし誰も見ていない。今ならこっそりまとめて治療が可能だろう。
「フィナツー、出番だ。痛み止めはしているから大丈夫だ。ずばっとつぶれたところを頼むよ」
「えー、これって規定外業務よね。『ポレンカット』」
「うん。無報酬だから、訴えてもいいよ。『アイピーエス』」
超微粒子の花粉を勢いよく打ち付け、表面を繊細カットしていくフィナツー。それを即座に血止めと表面処理を行っていく。
そして、『アイピーエス』。
生きのこっている細胞をひたすら万能細胞として増殖させ、傷口を埋めていく。それぞれ必要な部分に成長してくれるのは人体の不思議だが、自然に収まっていってくれる。
一度できてしまえば、中途半端にコピー再生を細かくするよりは、いっそ一から作り上げるほうがきれいで楽に作れた。
「ふーふー。プヨン、そろそろ休憩したい」
「そんなもの途中でできるわけないだろ。しっかり!」
ネックは時間と必要なエネルギーだ。
特に『アイピーエス』は細胞を育てるのに膨大なエネルギーをつぎ込む必要があった。それを一定時間維持して成長させる。
なかなかに大変だ。
「あー、あうぅあぅ。ギブです。ぶふっ」
「あ、おい、こら。途中で離脱するな。あと10㎝残ってるだろ」
フィナツーは息切れではなく、花粉切れを起こした。特に骨で難儀していたようで、使い果たしたらしい。
「くっ。もっと培養しとけよ。『パルスレーザー』」
しかたなくフィナツーの後をつぐ。
ダブル魔法で指先から、表面研磨用に練習していた光学パルスを打ち出す。大量熱での破壊目的ではなく、表面を削るようなタイプだ。
切断後はひたすら培養。思った以上に時間がかかった。
5分は経っている。半身クラスになると10分近くかかってしまうのが難点だ。
周りが安全だからできるが、戦闘中はこれだけの時間をかけることは難しいだろう。
そして、最大の問題点がこれだ。
「服は再生しないんだね」
「そうだね。生体組織なら生きている部分を寄せ集められるんだけど、ものはうまくできんね」
下半身治療の最大のネック部分だ。
生きている組織を集めた治療は生体に備わっているが、そうでないものはプヨンにはできなかった。
プヨンはそっと服の切れ端をかぶせ、小屋を後にする。ガーンのところに戻らねばならないからだ。
「どんな痛みにも耐えてやる。死んでも口を割らないと言ってるんだろ?」
「ぐむぅ。痛みを感じないタイプか。むむむ」
「ふ、おまえらごときに口を割るわけがないだろう。もちろん、死も恐れないぞ」
ガーンの発言を遮り、男が言う。まあ殺さない程度しかしてないからというのもあるが、痛みには耐えているようだ。心頭滅却の完成形か。
ガーンが目を覚ました男を尋問していたが、責めあぐねているようだ。
「ねープヨン。今日は止めないから例のヤバヤバ魔法を試してやったら?」
「え? ヤバヤバ? 何だそれ」
フィナツーに突然振られ、答えに詰まった。何のことだ。
「む、プヨン殿、どこに行っておられた?」
「いや、他にいないか見回りだけど。これが例の男ですか?」
「そうです。なんとか、問い詰めてるのですが口が堅く」
先ほどの兵士が1人亡くなっていたことはあとで報告することにして、目の前に集中する。ふと見ると、捕縛リングをつけていた指がなくなっていた。自分で切ったのだろうか。紐で縛っているくらいなら、すぐに切って逃げ出すだろう。
「ふん。何人こようが同じこと。さっさと殺せ!」
逆にガーンの方が押されているように見える。
「プヨン殿、何かいい手はありませんか?」
「殺せというのなら、殺してみては?」
「それは下策ですな。殺すのは簡単ではありますが、何のメリットもない」
当然、ガーンは拒否する。仕方ない。プヨンは人払いをしてもらうことにした。
「ガーンさん、あちらの小屋に兵士が倒れていました。至急救助を……」
「な、なんですと? しかし、こいつは一人で……抑えられますか」
そもそも捕縛したのがプヨンだと思いだしたようだ。何も言わずに小屋に向かって走っていった。すっかり体も治っているようだ。
「ふ。若造が。お前だって同じだ。殺せるもんなら殺してみろ」
「エスシーア」
バチン
男の胸に手を当て電気ショックを与える。心停止で意識を失ったようだ。念のため治療して、そして1分待つ。
「リスワイフ」
今度は心臓に電気ショックを与えて蘇生させた。
男は一瞬何が起こったかわからなかった。ただ、少し空から自分を見ており、真下に自分の体がある。同時に自分の意識が薄れていくように感じる。自分の体が空中に溶けていくような感覚だ。
眠くなるような、ぼーっとするような。時間の感覚もあるようでない。一体どのくらいたったのか、一瞬なのか、それとも長い時間が経ったのか。周りの景色も止まったように何も変わらなかった。
不意に穴に吸い込まれるような感覚がした。
「がはっ。はっはっはっ……な、なんだ今のは……」
ビクビクと体が痙攣している。男はプヨンを怯えたように見る。プヨンも一度、意識が離脱したことがある。なんとなく感覚を覚えている。マジノ(第一話)と会話したときのことだ。
「エスシーア」「リスワイフ」「エスシーア」「リスワイフ」
気が付いて意識が戻ったところで、また心停止。蘇生を繰り返し、4回ほど死んでいただいた。
「……ぐはっ、はっはっは。ま、待ってくれ。お待ちください」
「いいよ。じゃぁ+1分で2分待つね。あと何回殺そうか?」
どんな体験をしているのだろう。徐々に気が弱くなっている。死んでいる間は意識が散逸していくのだろうか。
「も、もう。十分です。メ、メレンゲ教授の配下ですか? そうなんですね?」
メレンゲ? なんのことかまったく心当たりがないが、男は勝手に納得したようだ。うんうんと頷く。
「わ、わかりました。事情を話せということなら、話します」
何やらわからないが男は納得したようだ。プヨンはよくわからないがとりあえず、大きく頷いた。
これで一段落、プヨンが振り返って小屋を見ると、ガーンの声が聞こえた。
「きっさまー、こんなところで下半身丸出しでどういうつもりかー!」
さっき助けた兵士も無事救助されていた。




