支援の仕方 3
ガーンが言葉を選びつつ語り出す。
「プヨン殿、先日は二度までもお助けいただきありがとうございます。まことに申し訳ないですが、もう一つ相談したいことがありまして……」
「相談したいこと? 薬の定期配送もしてほしいとか? いくつでもいいですけどね?」
「え? 本当ですか? 実は1、2……全部で7つ……」
「1つですね。聞きましょう」
中身は大したことではなかった。いや、もしかしたら大した事なのかもしれない。先日、ワームと一緒に捕まえた男から情報を聞き出したいが、なかなか口を割らないということらしい。
「なかなか口の硬い男で痛覚や精神作用では背後関係を白状せず、かといって殺してしまうわけにもいかず難儀しているのです。死んでも話すことはないの一点張りでして。あげくにワサビ様になら話してやるとか言い出す始末」
そんな重要そうなことを知り合って間もないプヨンに頼むのも不自然だが、一応は味方と思っているのだろう。藁をもつかむ思いなのだろうか。
もっともその男の言うこともスジが通っていて納得できる。重要な情報を持っていることは間違いない。
「まぁ、ホイホイとしゃべるような自白は、意図的な偽情報の可能性が高いでしょう。何かしら背景があると言っているようなもの。それを聞き出したいってことですよね?」
一通りの責めで口を割らない時点で、訓練を受けていると証明しているようなものだ。 どう考えてもワサビを追いかけてきた関係者なのは間違いない。
それはガーン達もわかっているはずで、尋問の目的は自分たちが集めた情報に対して裏を取るためだ。仮に自白がなくてもおおよその検討はついていた。
それなりに脅しなり、圧力をかけないと、そう簡単には情報は得られない。しかし、油断すると自死する可能性もあるから責めあぐねているのだろう。
「それで具体的にどうしてほしいとおっしゃるので?」
「ワサビ様を助けられたお方、何かいい方法がないかと。ワサビ様以外にも近隣都市国家から逃げた者は多数おります。ワサビ様を含め、生死の確認とどうやって生き延びたのかの情報と交換ということかと邪推しております」
「うーん、でも自分は取り調べの専門でもないしなぁ。まぁ、会うだけなら会ってもいいけど時間もないし。今すぐいきますか?」
「プヨン殿からそのような申し出を受けるとはうれしいですな。だが困ったことに、手前は物を持っていかねばなりません……。そのうえ今日は商談と慰労も兼ねて一日ここにいると部下達と約束した手前すぐには戻れません。あぁ、せっかくのチャンスが」
「じゃぁ、ちょっとその薬瓶だけもって、一度、その男にあって、また戻ってくればいいでしょ。そんな長い時間もしゃべらないでしょうし夕方までは時間もあるし。1時間もあれば往復できないかな」
「え? 戻る? 1時間で会って戻れますか? まぁ馬を飛ばせばなんとかなるかもしれませんが、往復するのも無理なような気が」
「たぶん。大丈夫だと思います。方角さえ間違わなければ、自分の『ベイルアウト』を応用すればすぐに」
せっかくのチャンスを棒に振りたくない気持ちと本当にいけるのかとの疑念が入り混じり、複雑な表情のガーンが問いただしてくる。プヨンはだんだんと面倒になってきた。
「怖いなら無理にとはいいませんが?」
「こ、こわい? 大地母神 キュベレー様にかけて私が怖いなどありえませんな。見くびってもらっては困りますな!」
「じゃぁ、いきましょう。それが一番早いですし」
「ちょ、お待ちを。旅の無事を礼拝してからで。お、お、お」
プヨンはガーンの上半身を持ち上げると、そのまま建物の外に引きずっていった。
外に出て町の方角を詳細に見極める。手元ではわずかでも、それなりの距離を移動するとけっこうなズレになる。
「方角ってこっちでしたっけ?」
「だいたいは、そうですが。しかし、道はこっちからですぞ? 走っていくつもりですか? 走るのは得意ではないので……」
ガーンが何やら喚いている間に、腰の位置をロープで結ぶ。念のための命綱だ。
「痛いのは最初だけですよ」
「痛い? これはなんのためで? こんな紐があると馬にも乗れませんが? ……何をしておられる?」
「ベイルアウト」
「おぉぉぉーーーー舌かんだぁぁあ」
ベイルアウトは緊急時に急速に方向を変えるためによく使うが、人やものを射出するのにも応用できた。
ユコナは飛行が苦手ではあるが着地はできるため、手っ取り早く放り投げてあとは着地だけ任せれば、かなり移動時間を節約できる。今回は綱付きだから、先にガーンを下ろしてしまえればなんとかなるはずだ
プヨンは自分で言った通り簡単に移動できる。ガーンをしっかりと綱で結びつけた後、『ベイルアウト』を利用して2人同時に射出するだけだ。
方角が一番大事だ。角度は40度。直後に重力の20倍程度の加速度がかかり、1秒後には秒速100m、大型の飛竜や燕並みの飛行速度に達していた。
「おぉぉぉーーーー」
ガーンはひたすら吠えていたが、いくつかの林や池を飛び越えて、さして時間もかからず前方に小山が見えてくる。そのふもとにはワサビ達の仮住まいの建物も見えた。
「ま、待った。待って!」
ガーンの叫びが聞こえた。景色に見とれていたため、紐の長さを見誤った。ぎりぎりまで速度を落とさなかったため、思った以上の速度でガーンは地面に落ちた。
ザザザッ、ガーン
「あっ!」
ちょっと方角がずれたようだ。建物から500mくらいのところの平原に着地する。ガーンは着地しそこなって、地面にあった大岩を抱きしめ、そのまま動かない。2、3度揺すっても起きない。
放置しようかとも思ったが、炎狼やその他の獣に襲われてもあれなので、持ち上げて運ぶと敷地の木陰に座らせておいた。
館は閑散としていた。一見誰もいないようにも見える。フリーやワサビは残っているのだろうか。ガーンが慰労とか言っていたから、みんなあちこちに偵察にでも行っているのかもしれない。
そう思っていると、庭の片隅にあった小屋に男が一人立っているのが見えた。見回りの兵士だろう。ガーンは例の男のことを相談していたが、ガーンは寝ている。さすがに勝手にするのもまずいからガーンを引き取ってもらうと思った。
「すいませーん、こっちこっち。身柄を引き渡します」
と声をかけたが、相手はあきらかに慌てている。どうやら兵士ではないようだ。
「むっ! やっと出たと思ったら、早速見つかったか。お前も運が悪かったな」
そんな声が聞こえると同時に、男が楕円のような丸まった形状の氷に覆われていく。
「え? な、なんだ? 氷か?」
プヨンの叫びと同時に男が何かつぶやくのが聞こえた。
直後に男は猛然とプヨンに突進する。プヨンのベイルアウトよりも速い。
一瞬、男の顔に見覚えがあるような気がしたこと。そして男をくるんでいく氷に驚き反応が遅れた。
ドカン、ドスッ、ズザザザッ
氷壁が右半身に当たり、プヨンは1歩下がって尻もちをつく。油断していた。背中の棍の重さが固いため吹き飛ばされることはなかったが、防御をしっかりしていなかったため、肩がくだけている。
「ぐっ、いてて。肩が折れたか?」
そして、突っ込んできた男ははじかれ、そのまま地面を転がっていった。棍との重量差に強い衝撃を受け、氷壁は砕けて地面に散らばっている。
「な、なんでだ。全力でぶつかっただろう! なぜ吹き飛ぶのが俺なんだ?」
いぶかりながらも立ち上がるが、プヨンの肩当てが変形しているのを見てほくそ笑む。
「ふ。けっこうダメージを受けただろう。俺は突撃兵AAAだからな。今ので時速200㎞は出てるはずだ」
この男には見覚えがあった。先日のビッグワーム駆除の時に捕縛し、尋問して口を割らないとガーンが言っていた男だ。逃げ出してきたのだろうか。
再び同じように何かをつぶやき、氷壁を構えて猛スピードで突進してくる。プヨンは肩の痛みをこらえつつも、『ストークス』で粘度を高め、相手の速度を殺しなんとか避けた。
2度、3度、そんな繰り返しが続く。下半身には大きなダメージがなかったため、苦痛さえやわらげれば動くことに支障はない。
「なぜ、向かってくるんだ? 逃げたいのならさっさと逃げればいいのでは?」
すでに散々掴まって顔も見られているし、いなくなったら逃げたとわかる。逃走を隠す意味もないだろうと思うが、目撃者を残さないというこだわりがあるのかもしれない。
「あほか、お前は。逃げる必要はない。ちょっと用事をするから邪魔な目撃者は始末するのだよ。諦めろ」
プヨンはチラッとガーンを見る。男がガーンに気付いているのかはわからないが、用事とはやはりランカがらみなのだろうか。ワーム使いかと思っていたが戦闘力もあるようだ。
ただ、あまりバリエーションがないのか、単純な体当たり攻撃が続く。途中から氷を何個か投げつけたりして多少の進化はしていたが、速くなるわけでもなく、ねばっとした空気の中ではずいぶんと避けやすくなっていた。
時間稼ぎをしつつ避けていたプヨンの肩の治療が終わった。これで腕が動く。プヨンは背中の棍を取り外して構えた。
「仕切り直しだ、プラネットバースト」
スカッといい空振りの音がした。
「あれ?」
完全にタイミングがずれている。避けるのをやめ超重量の棍で叩き落そうとするが、氷塊はプヨンを狙って追随してくるためしっかり狙う余裕がない。
「な、なんでだ。さっきまで肩がひしゃげていただろうが?」
「それは、もう治した。大丈夫。安心して」
「な、治しただと? 動きながらか?」
男はプヨンがいつのまにか回復していることに気づき、動揺しつつも攻撃を続ける。プヨンは体表面の硬質化で対抗する。こちらからも攻撃する場合は、空中分子を固めた防御壁にしてしまうと攻撃できなくなってしまうからだ。
高速で移動するものを避けつつ撃ち落すのは思ったより難しく空振りが続いた。
ガンッ
何度かよけそこなって体をかすめる。「なぁぁ、なぜダメージがないんだ」との声も聞こえる。硬質化していても衝撃は受けている。それなりに痛みが伝わる。
堂々巡りになりつつあって、いったん距離が取られた。プヨンは悩むが、なんとなくここで逃がすのはまずい気がする。誰かこないか時間を稼ぎたい。
そう思っていると、男はいったん下がった位置で何やら懐から取り出した。そして、一瞬だが瞑想するように集中している。直後にさっきよりも倍以上はやい速度で男が突撃してくる。何かしかけてくるのはわかっていた。タイミングをあわせて避けようとする。
そしてもう一つ、プヨンの顔に向かって数匹の蜂がとびかかってきた。
「あっ、しまった」
「喰らえ、ビーボール」
そういえば相手はワームを使役していた。同様に他の生物も操れる可能性は予測できるはずだ。プヨンに向かってとびかかった蜂に顔を刺され、反射的に飛びのきながら棍を振り降ろしてしまった。
ガィン、ズドン
さっきまで水平に振り回していた棍を縦に振り下した。兜割のようだ。運悪くそのタイミングでプヨンに飛び掛かった男は『ぎぐはぁ』とおかしな声を上げながら、地面に激突していた。地面が少し陥没しており、その中で男はほぼ身動きしなくなっていた。
ふーっと大きく息をつく。連続で浮遊しながらの魔法連打は息があがる。いつものことだが、ゆっくり落ち着いた状態での集中とは疲労度が全く違う。
とりあえず男の動きは封じた。男の全身を覆った氷が盾になったため直撃は免れているだろうが、それでもあの勢いで地面に打ち込まれれば、相当な衝撃を受けているはずだ。
「見事! 豪快な『ダイコン斬り』ですな」
ガーンの声が聞こえた。振り返ると足を引きずりながら、ガーンが壁に手をついて立ち上がろうとしている。どうやら気が付いたようだ。




