支援の仕方 2
ヴァクストが気落ちから立ち直るのを待って広場の一角に向かった。
例の剣の引き抜きのあるところだ。相変わらず人だかりができているが、今日は陽気さよりは殺気を感じる。聞こえてくる声も 歓声というよりは、罵声かもしれない。
「くそー、これはイカじゃないのか」
「前に持ち上げたやつがいるって話だが、あれだ。トリじゃないのか?」
集音した声をようやくすると、『イカ様』、『サギ氏』、そんな類の言葉を乱舞させ、遠まわしに罵倒している。
例の剣の引き抜きには誰も成功しておらず全員失敗だが、そのうえわずかでも動かしたものもいない。要するに失敗した者達が団結している。
その結果、本人のせいではなく詐欺だと言い張るよくある流れのようだ。ヴァクストも心得ているのか、またかという顔をしている。
「実はな、例の神授の剣を抜くイベントがあるだろ。お試し料を1回100グラン取って大いに賑わっていたんだが、広告も兼ねてそのうちの2割を懸賞金にしたんだよ。剣抜いたら名誉+副賞で賞金出しますみたいにな」
「え? 最初は10グランだったろ? 今100グランか? 下手したら1日の稼ぎじゃないか?」
「10グランじゃ挑戦する人数が多すぎて回らないんだよ。少し挑戦時間を長くするかわりに、金額で絞るんだ。最初の1発目でダメなら、そのあといくら頑張っても力は落ちていくだけだ」
クククっと乾いた笑い方をする。金儲けの時は独特の笑い方をするヴァクストが面白く、つられて笑ってしまう。
「どうせここいらで売るもの売って金回りがよくなったやつらがやるんだ。10でも100でもあぶく銭みたいなもんだし、一種の祭りだからな。ほら旅行行くと鐘を鳴らしたりするだろ。財布が緩むんだよ」
そういうものなのだろうか。ちょっとくらい高いほうがありがたみもあるのかもしれない。ヴァクストは順調に商売レベルをあげていた。
この引き抜きの剣は神授の剣となっているが、もとはプヨンが背負う棍と同じ素材で作った剣だ。
両方使うことはないだろうと、使わない方の剣をこの町で礼拝所を開いたばかりのランカに託した。
棍と同様重いだけだがそうそう持ち上げられない。ランカが礼拝所で語っていたせいか、いつの間にか抜いたものは神に選ばれし者だとの尾ひれがついていた。
「それが懸賞金が10万グランを超えたあたりから、滑車や重機を使ったり、魔法を使えるやつらが複数人で持ち上げようとか、無茶するやつらも現れだしてちょくちょく揉めるんだ」
なるほどとうなずく。確かに人数制限はなかった。
「いかさま確認で重機を使わせろとかってあほもいるんだよ。一度持ち上げられることを確認しておけば、たしかにだまされてないことはわかるけどな」
たしかに一度でも持ち上がれば『イカ様』の罵声は出せなくなるだろう。てこや滑車を使えばいずれそのうち持ち上げられるだろう。
プヨンの棍ほどではないが、あの剣でもだいたい2000トン弱だ。大勢の魔力を集めれば持ち上げられるはずだが、今のところ動かせるものは現れていなかった
そうなると本当に持ち上げられるのか、いかさまじゃないことを確認したくなるのはわかる。微動だにしないと詐欺とののしるものもいるのだろう。もっともそんなことをして持ち歩いても、振り回せなければ展示品にしかならないが。
ヴァクストが人混みに入っていく。プヨンが同行せずにしばらく遠巻きに眺めていた。
その少し前、メサルはユコナの後をついて散策していた。歩くのが面倒で、ふらふらと浮かびながら露店などを回っていると、興奮気味のユコナがメサルに走り寄っていく。
「メサル、ちょうどいい機会よ。勇者の剣のイベントをやりましょう。私は以前儀式をやった関係者で、報奨金はダメって言われたけど、メサルならありよ。ほら、あの人混みの中央にある剣を抜いたら10万グランよ」
「え? 俺は金銭欲はないぞ」
一瞬、失敗したという顔をするユコナ。攻め方を間違えたようだ。
たしかにレスルでの食事1回が高くても10グランだから、10万グランといえばかなりの金額だ。
「違うわよ。神様からの試練よ。試練を突破して認めてもらうためにするのよ。お金じゃないわ。修練の成果よ」
『英雄の剣』、神に愛される者しか抜けないという噂をメサルも知っていた。
「英雄の剣か、真に神の力を得たものには難なく引き抜けるって噂は聞いた」
「そ、そうよ。私も一度ランカと一緒にイベントをしたことがあるんだけど、あれを1人で持ち上げたことはないの」
「そ、そうなのか? じゃあランカは神の力の代行者?」
「たまたまじゃないのかな。一時的に力が宿ったとか」
普段ならそんなことには興味がないが、敬虔なる信徒である自分ならできるはずだ、メサルは妙な自信があった。
以前からことあるごとに自分の使命を確認し、自分の能力を試したいと常々思っていた。
特にプヨンがレアを救ったのを見たあたりから、思いが強くなっている。
この剣の噂を聞いた時はも試してみたかったが、なんとなく賭け事のようでためらっていた。
レアの時はプヨンが蘇生魔法を使ったことが最大の衝撃だった。確かにレアに脈がないことはメサルも診た。心臓が止まっていたのはわずかな時間かもしれないが、プヨンはその後で再び動かしていた。
噂では聞いたこともあるが、実際に見たのは初めてだ。文献などの過去の事例でも記憶にない。
あの時は、慌てていたため記憶がおぼろげだが、それがきっかけでプヨンと連携したいと思ったのだ。護衛と言いだしたのは苦肉の策だ。
ランカが礼拝所を開いたときは、メサルが教徒の儀式を執り行った。
その後ランカは小さい礼拝所を作ったが、最近成長著しく回復薬の評判やこの剣のことで、短期間なのに女神が乗り移っているとの声も聞こえていた。少し嫉妬もあった。
プヨンやランカができるなら、俺にもできるはずだ。そうした過去を思い出しつつ、そう強く信じるメサルは、
「いいぞ、やってみよう」
「え? ほんと? メサルはこういうのやらないと思ってた。意外ね」
誘っておいてひどい言い方だとメサルは思った。
10分後、ユコナとメサルは剣の前にいた。すでにメサルはへろへろだ。
「ふぉーぉー、握力が……これ以上力出せないぞ! ユコナ、なんとかしてくれ」
しかし思ったようにはいかない。さっきまでの挑戦者と同様びくともしない。ユコナも横から筋力補助でサポートしているようだが、一向に浮かび上がる気配がなかった。
「むぅ。メサル、世界の救世主なんでしょ。そんなことでは世界は救えないわよ。せめてそれくらいなんとかしなさい!」
「ぬぉぉー、なぜ抜けん。俺は神の力の代行者ではないのか?」
「メサル、ダメよ。もっと無の心で集中しなさい。邪念があるわ。こうよ!」
メサルは人だかりの中央で剣を手にし、力んで顔を真っ赤にしている。その横で畑の大根を引き抜くような格好をしているのはユコナだ。
「ぬぉー、私の使命は重力に引かれたものを開放することだ。奥義、メッサール!」
それでもびくともしない。
「しっかりしなさいよ。メサル。こんな報奨金のチャンスもうないわよ」
報奨金は興味がないが、神に愛されている証明はしたい。
筋力強化と物体浮遊を合わせ技を使うが、しかし、本当に神に試されているのなら、力任せに持ち上げようとするのは逆効果のように思えた。
「うむ、俺一人じゃ無理だ!」
メサルが諦めようとした時、観衆の中にいるプヨンに気付いた。隣はヴァクストか。プヨンが笑いながらこちらを見ているが、メサルの視線には気付かない。
「ぼけっとしてないで。あと1分しかないわよ」
ユコナの声で我にかえったが、その時プヨンが手を前にだすのが見えた。そして横に払う。
ゴトッズズッ、ドスン
プヨンが手を払うのと同時に剣が軽くなった。少し揺れたあと剣が10㎝ほど持ち上がる。
「な、なんだ。持ち上がったのか?」
そう思った瞬間、再び重さを感じた。思わず『あっ』と声が出て手を放してしまい、鈍い音がして剣は地面の元の位置に落ちた。
周りから大きな歓声があがった。
「あ、う、動いたぞ。今、動いた」
そう言いつつもメサルは激しく動揺している。自分の力ではないことを悟ったからだ。
動揺しながらもメサルがプヨンを目で追ってしまう。俺じゃなくプヨンが解放者なのかという気持ちが湧き上がってくる。
「そうよ、聖なる心よ。さぁ、もう一回」
なんとなく少し寂しい気持ちになる。自分も解放者でありたかった。ユコナの声になんとなくできないことがわかりながらも、メサルはもう一度力を込める。
プヨンにできるなら自分にもできると思えるが、神に愛されたいという虚栄心がダメだったのか。
自分に足りない何かを意識し、少しむなしい気持ちになりながらも、メサルは時間一杯まで力を込め続けていた。
抜き去ってしまって報奨金をもらうのはどうかと思い、プヨンはそれ以上手を出さなかった。
ヴァクストの懸念していた不信感も払拭されたのか、抜くところを見たい応援と、抜かれたら困る罵倒の声が入り混じり、場は盛り上がっていった。
メサルの最後の頑張りが始まると、そんなやり取りの声を横目に、プヨンはランカの礼拝所に向かった。礼拝の時間ではないのか人は少なかったが、何やらランカは誰かと2人で話し込んでいた。
「なんとか、先日1本いただいたあの回復薬を供給していただけないでしょうか? あれで瀕死の者が救われました。金額や人員や材料であれば相談いただければ」
「あれが最後の1本です。いくらおっしゃられましても、そんなに大量に作れるものではありません。人数の問題ではなく質、人質が必要なのです。そして経費。あの濃度は簡単には出ないのです」
取り込み中のようだ。プヨンはそっと立ち去ろうとした。
「お? グエッ」
プヨンは突然背後から首を引っ張られた。ほんの一瞬だったが、気が付くと目の前にランカがいる。回り込まれたようだ。
「おつかれさまでーす。ガーンさん、来られましたよ。作れる逸材が。プヨンさん、待ってました。さぁ、敬愛する偉大な至高神様へのご奉仕の時間です」
「え? 逸材? ご奉仕なの? え?」
そう言われてランカと話をしていた相手を見た。ワサビのところにいたガーンだ。今日はハンマーは持っていないが顔に見覚えがある。手の平が真っ赤になっているところを見ると、例の剣抜きもやったのだろう。
いつものようにランカに詰まり掃除、「パイプクロッグ」も施すと、奥から薬瓶を用意するランカ。プヨンは何も言えず横に座らされた。
「最近、人の役に立っていると、とても実感しているんです。プヨンさんのおかげです」
「人のために役立つって素晴らしいことなんです」
「報酬なんかいらないんです。喜んでる人たちの顔をみるのが喜びです」
ランカは笑顔で自分の理想を熱く語り、助けたい意志が存分に薬液に注がれていく。おかげでプヨンは1時間たっぷり薬づくりを手伝わされた。
ドサドサッ
プヨンとランカで瓶詰100本分(うち98本はプヨン)の回復薬を作り終えた。
「神様は意志を持つものを助けます。自分の信念を信じてお進みください、この聖薬がお力になりますように。お忘れなく、有効期限は10日です」
そう言いながら薬瓶を引き渡すランカ。厳かな雰囲気を醸し出している。
「では、寄進は別途よろしくお願いします」
そして荘厳な顔のまま、支払い催促をさわやかにガーンに言い放つランカ。何やらやり遂げたような、満足気な表情だがいつからこんな顔ができるようになったのか。
もとは商売人だからこんなものなのかもしれないが。ランカも成長していた。
薬瓶を受けとったガーンはほっとした表情を見せたのも束の間、瓶を持ったまま遠慮がちに口をもごもごさせている。でかい図体なのにワサビのように身を小さくしているのは滑稽だが、まだ何かプヨンに相談事があるようだ。
「聞くだけ聞きますから」
あまりにガーンの仕草が面白くて内心ほくそ笑みながらも、面倒くさそうに聞いてみる。ガーンの顔がパッと明るくなった。




