支援の仕方
ヘリオン会談については、現時点ではこれ以上は特に何もなかった。
記録官は単に記録文書を運ぶだけの運び屋になりはてていた。
エクレアの映像&音声記録の効果が絶大で、記録官の文章記録はエクレアの再生にそって訂正させられていた。公式記録なのに参考扱いになりそうだ。さすがエクレア、現時点までの校内暗記テスト平均100点だけのことはある。
会談のあと学校へ戻ってからもヘリオンは全身に毒が回っていた。意外に律儀なのか、学校そっちのけでワサビ再興のため頑張っている。人道面からの支援物資や人材の支援、必要経費の確保、他にも色々だ。
プヨン以外は気付いていないかもしれないが、ヘリオンの毒はもう誰も治療できない。高位の美魔女系指導者にのみ許される『クラッシュ音』効果も現れ始めていた。一言で言うと超一目ぼれ。独女の毒は完全に心に到達しており、ヘリオンの中でぐるぐると渦巻いていた。
「ヘリオン、あれから人が変わったみたいに働いているね。すごいけど、そこまでしなくてもいいのにね」
「出会いはいつも突然に。一目ぼれってやつか……」
「え、えぇ? まさかぁ」
ユコナは不思議がっていた。いつそんな暇があったのだろうか。ヘリオンの防御力はそんなに低いのか。エクレアも記録官もあまり様子が変わっていなかったが、ヘリオンだけがピンポイントで狙われたのだろうか。
まさかを連発しながら、ユコナは何か裏付けになりそうなものを思い出そうとしたが、まったく手掛かりはなかった。
ユコナの疑問を聞きながらプヨンは廊下を歩く。メサルも合流し、ユコナの後ろについてヘリオンの待つ食堂の隅まで向かう。
今日は休日だったが特に何するわけでもない。3人はヘリオンに頼みごとをされていた。
「おー、プヨンとメサル。2人を待っていたんだ。まずは朝飯を食ってくれ。ほら調理済みだ」
「ちょぉっと待って。私はどうなの?」
「ユコナはさっき食ったんじゃないのか?」
「うっ。まだ、食べられるわよ」
学校食堂は調理は必要な水や調理エネルギーは自力で調達しなければならないが、すでにできあがっていた。能力が足りない者は生煮え喫食や、湖水の水汲みで対応することになるが、これらはヘリオンが作ったのだろうか。ヘリオンなりのもてなしのようだ。
「ほら、先日のワサビさんの小さな拠点ができただろう。せっかくだからワサビさん達を例の町ヴァクタウンとくっつけて防衛拠点と通商ルートを確保しようと思うんだ」
ヴァクタウンは今や国境地帯直前のオアシスになっている。もとはヴァクストが作った小さな出店だけだったが、いろいろと旅ゆく人々が大勢集まるようになっていた。といっても大半はこの辺りを狩場にしている武装者達や高山地帯原産の特殊な素材を取り扱う商人達で、一般的な旅行者ではない。
大きな町キレイマスまで往復すると、徒歩で半日、物資運搬が伴うと1日がかりだ。ランカの礼拝所やヴァクストの武器&鍛冶屋もあるため、一般的な消耗品なら大半はここでまかなえる。活発な取引が行われていた。
「ヴァクストもずいぶんうまくやったなぁ。最初は無理かとも思ったが」
「そういえば、たまたま、知り合う機会があったんだったな」
メサルも入学前後で話したことを覚えているのだろうか。あの時からヴァクストには算段あった。無人無法地帯への出入口であるが、一方で採掘や狩場などの通り道でもあり、それなりの人の行き来があるからだ。
この辺りから奥地は害獣出没や落雷、火山などの災害も起こりやすい。こうしたリスクのせいで何度も町が崩壊し、人が住まなくなっただけだ。
「どうしてキレイマスからじゃダメなの?」
「かまわないんだけど、彼らにとっても国境付近の警備とか兼ねてもらうほうが持ちつ持たれつで都合がいいし、情報も入りやすいだろう。鍛錬したいと言っていたから、ついでに狩場警備もしてくれるんじゃないかな」
「でも、商行為とかさせるのってまずくないの?」
「あれから避難民達がけっこうな人数が集まってきているらしい。だから今度はこっそり通商隊や採掘隊に扮装して逆偵察をするそうだ。この通行許可証をヴァクストのところに持って行ってもらいたいんだ」
「そうなのか? ワサビのところにじゃなくてか?」
「あぁ、ワサビさんには俺が持っていくから」
ユコナがプヨンに口パクする。『一目ぼれ、正解です』と読み取れた。
ヘリオンの頼みに報酬はなかった。
「プヨン、神タイプ部隊出動よ。本日も喜捨の精神でいくわよ」
などと奉仕精神のかけらもないはずのユコナがのたまってくれるが、もちろん信じてはいない。聞き届けないわけにもいかず、せいぜい腹いっぱい食ってから食堂を後にした。
食堂を出た直後からメサルが妙に不安そうにしている。
「なぁ、おい、プヨン、ユコナ。ヘリオンは行ってくれって気軽に行ってたけど、3人でどうやっていくんだ?」
「えー、そうだな。ユコナもいるから射撃場から出て、湖水上を飛んでいくか。森を歩くのも面倒だしな」
「な、なんだって。ここからかなりあるんじゃないか? 岩キャノンの砲撃は?」
飛行ルートはほぼ障害物がないがそれなりの距離がある。
問題は飛行時間を維持できるかどうかと、崖沿いの『岩キャノン』が時折打ち込んでくる弾岩の対処が面倒なことだ。水面に近づきすぎると水面から飛び出す肉食魚『カンデイル』が噛みついてくる。無着水飛行が絶対の条件となる、なかなかの危険ルートだ。
「たいしたことないわよ。ほんの10分ほどよ」
「じゅ、10分か」
「あ、メサル。絶対、着水はダメよ。食べられちゃうから。気合で乗り切って」
「もちろん、岸からの砲撃も気合だ」
「では、プヨン、例のやつをお願い」
ユコナに言われプヨンはユコナの背中から勢いよく魔力を送り込む。治療をしないで魔力だけ注ぎ込むような、言い換えるとマジノ粒子の素通しだ。
血管の血栓を取るように、魔法の通りをよくする、プヨンお得意のお掃除魔法だ。当分は通りがよくなるが、人によるようで、ニベロなどはあまり効果がなかった。やりすぎると体調を崩してしまって逆効果になることもあった。
「あー、これ、毎回思うけど、絶対病みつきになるわ」
ユコナは怪しげな表情をしつつ、しばらく余韻を楽しんでいる。ユコナを置いてプヨンはさっさと外に出ると、まっすぐに射撃場に向かった。
お悦びのユコナを先頭に、射撃場から勢いよくダイブした。
少し風が強く流されないように注意するくらいで飛行は順調に進んでいった。
ゴンッ
時折後ろにいるメサルを振り返りながら気にしていたが、何度目かで鈍い音がした。振り返るとメサルがいない。慌てて空中を探すが、
バッシャ、バッシャーーン
数m下の水面から激しい水音が2回した。水面の波紋で位置がわかる。メサルはどっちだろう。
「プヨン、ピーンチ。メサルが撃墜されたわ。岩キャノンよ!」
「えぇ? 急いで戻らないと。そのまま、ユコナは上空で旋回してて」
「え? いやよ。そんなに飛べないわ。10回くらいで戻ってきて!」
意味不明なユコナを無視し水面に向かう。気を失っていたら、けっこうな衝撃で水面に叩きつけられたかもしれない。
少し離れたところから泡立つ水面が移動してくるのが見えた。速度が速い。カンディルの群れだ。
とりあえず群れまで50mくらい。メサルがいなければ中心あたりに一発バブルパルスを打ち込めば、魚程度はショックで気絶させられるがやむを得ない。
ドボン。水中に飛び込んだ。メサルのいる方向はおおよそわかっている。
「ウォーターメロン」
その方向に明るい水中火球を打ち出した。
「いた。あの暗い影のところだ」
メサルの体が光を遮り、そこだけ暗い人影が見える。急いでかけより、手を掴んで水面に引き上げた。
「ごほ、ごほっ、ゆ、油断した」
だいぶ水を飲んだようだが、足と肩を2か所ほど咬まれただけですんだ。痛みで目を覚ましたようだ。メサルは激しくむせているが、なんとか治療可能な範囲のようだ。プヨンが飛行を支えつつ、そのまま飛び続けた。
「メサル、気合よ。あと200m。しっかり」
「うぉー、やばいぞ。湖面に落ちる」
「ほら、大きな魚が来てるわよ。食べられちゃうわよ」
今回はプヨンは最初のサポートだけで、ユコナがメサルを釣り上げる余裕を見せていた。岩キャノンの弾岩を避けるため岸から離れ、航続距離が延びている。メサルは完全に息が上がっていた。
ザザザッ
「ちゃ、着地成功! た、助かった」
「お疲れ様」
メサルが荒い息をついている。最後の体力を振り絞り、対岸の砂浜に着陸するのを見届けてからプヨンも降り立った。砂浜の奥の岩場を抜ければ、ヴァクストのところまで歩いても20分とかからなかった。
ヴァクタウンにつくと町は賑わっていた。
特に、以前にユコナが突き刺した剣のまわりは人だかりができている。プヨンが置きっぱなしにしているただ重いだけの剣だが、いまだ持ち上げる人はおらず、すっかり名所化していた。
「うぉー、もっと気合を入れろー」
「お前にゃ無理だ。ひっこめー」
「どうなってやがる。鎖でつながってるんじゃないのか」
挑戦者が舞台に立ち、脇の箱に志願金を入れるたびに歓声と罵声があがっていた。
さっきまでの飛行でへとへとだったメサルは、ふらふらしながらランカのところへ移動していった。
残されたプヨンはそんな人だかりを通り抜け、ヴァクストの武器屋の裏にある鍛冶小屋に向かう。目的はヘリオンに頼まれた国発行の通商許可証を持参したためだ。ワサビ達は他国籍の扱いなので形式的として用意された。
キィィィ
扉がきしむ音をたてる。なぜか小屋の中は明かりが消えて薄暗かった。奥に腰かけているものがいる。
「ヴァクストいるのか? そこにいるんだろう、なんか疲れてそうだな」
妙にやつれているヴァクストが出てきた。繁盛しているから疲れているのだろうか。前回の時は、例の剣で大儲けしようと息巻いていたはずだ。
コンッ
そばに寄ろうとして足で剣を蹴飛ばしたようだ。それで気が付いた。床にたくさんの青い剣が散らばっている。手に取ってみると、青い鉄製の剣。先日ランカのところで作ったブルースティールの剣にそっくりだった。
「なんだこれ。ヴァクストは何やってるんだ……」
質問するというよりは、独り言のような問いかけをヴァクストにすると、ヴァクストは頭をかきむしり、絞り出すような声で、
「先日、近くに移動してきたって兵士たちが、青い鉄製の剣を何本か持ってきてね。同じものを作ろうとしたんだ」
「ほーほー」
プヨンは気軽に相槌を打ったが、ヴァクストの悩みは深刻なようで、ふーっとため息をつく。
「兵士たちの青い剣は、なんとか近いものを作れたんだ。それで、出来具合を試したんだが……、ランカのところの礼拝所の剣だけは傷一つつかないんだ。なぁ、プヨン、あれはどうなってるんだ?」
「これか? どうっていっても固さが違うだけだからなぁ」
ヴァクストの言うことから、ランカの礼拝所に飾った、蒼玉、紅玉の剣のことだろうとストレージから同じものを取り出した。アルミナをベースにしたプヨンのサファイアの剣には、鉄では硬度が違いすぎる。どうあがいても傷はつけられない。
「でも、この青い剣もうまくできてるんじゃないか? 熱し方が難しいだろう」
ヴァクストが作ったらしき、青い鉄剣を手に持ち、ヴァクストの悩みを察してやった。しかし逆効果だったようだ。
「な、なに? なんでだ。俺が苦労してようやく見つけたのに! プヨン、お前もできるのか?」
「え? ちょっと温度を管理してやるだけだろう。まぁ、この許可証を受け取ってくれ。俺の用事はそれだけだ」
「くっ。お前は鍛冶屋か。その温度を見つけるのに、どれだけ鉄を無駄にしたか」
キキキィィィィー
落ち込んだヴァクストを見ていると、突然、プヨン製の青いサファイア剣から、ひっかくような音がした。フィナツーだ。樹皮の炭素繊維を超硬質化して、ダイヤモンド並みにしたのだろう。
「ほら、プヨン。別に難しくはないわよ。ちゃんと傷入るわよ」
「そ、そんなバカな」
ドスッ
ヴァクストはフィナツーが傷をつけた剣を眺め、ガックリと膝をついていた。




