毒の抜き方
ユコナがバケツを持って走り寄ってくる。心なしか自分たちの足元も揺れている。といって、地震とは何か違う気がした。プヨンはユコナの足元を見ていた。
「ま、まさか、私が揺らしていると思っているんじゃないでしょうね?」
「まさか。さすがにここまでは揺れんでしょ」
むぅとユコナは口をとがらすが、プヨンもほんとにユコナで揺れるとは思っていない。冗談だ。
一方でバケツにはさっきまでプヨンが打ち出す火球を消すため、ユコナが魔力で空中から絞り出した水が入っていたが、まったくなんの変哲もないブリキのバケツだ。
「ねぇ、プヨン。地面少しだけどまだ揺れてるわよ? あのぼこぼこした盛り上がりのせい?」
「うーん、なんかあるのかな」
見ると、ところどころ地面が盛り上がり、もこもこと移動していく。地面の中に何かいて、移動しているのは間違いないだろう。
「プヨン、絶対あの盛り上がりの下に何かいるよ」
指さして教えてくれるユコナ。確かに何かいるんだろうが、少しすると揺れは感じなくなった。兵士たちは近いものでは土の盛り上がりから50mと離れていなかったが、あまり動きがない。そもそも武器を持って飛び回っているのだ。気づいていないのかもしれない。
「どうする? プヨン、どうしたらいいと思う?」
「問題ないんじゃないの? 実害ないならほっといたら?」
何か害でもあるなら対処も必要だが、それっきり動きはない。そのまま放置しようと思っていたが、プヨンはそう言いながらも念のため周りを観察してみた。もちろんこれといって怪しい人影や人の温度などもなかった。
もっとも体温や比熱観測での生物反応は、物の影になっている部分はもちろん見えない。林の奥にいる場合は見つけきれていない可能性が高いが。
「どうかしたいの?」
「え? いや、何がいるのか確認しておいたほうがいいかなって」
「地中から追い出すって言ってもなぁ」
「水責めね。この辺りを水没させるとか?」
「このあたり水没って、どれだけ水いるんだよ」
水は大気や地中から集めたとしても、1リットルで火球200発程度、小さい池1つ分なら600万発分くらいだろうか。水没するとなるとなかなかの量だ。
ふと、昔、ユコナがめいっぱい水を出そうと言い張って池を作ったことがあったのを思い出した。
あの時もプヨンが魔力の通りをよくしていたが、調子がいい時ならこいつならやりかねない。もちろんプヨンもできるのだが、気体火球と違って液体作成はエネルギー消費量とそれにともなう疲労度がまったく違う。それこそ、10倍ではきかないくらいに。
ガチャガチャガチャン、ドサッ
そんなことを考えていると、遠くから金属のぶつかる音が聞こえた。
同時にぶつかりあう鈍い音。
建物からもっとも遠い位置にいた兵士が突然倒れた。地面に寝転がった状態から立ち上がろうとしているようだが、痙攣でも起こしているように見える。動くたびに金属音が響いていた。
「プヨン、あの人たちは何してるの? さっきの土の盛り上がりのせい? やっぱり何かいるんじゃないの?」
「うーん、何もいないように見えたけど、ガスでも噴き出したか?」
さらに不安になったのだろう。ユコナがさらにそばに寄って内緒話でもするように聞いてくる。プヨン自身も異常があるのはわかる。もちろん、地面に何かいるものを確かめるすべもある。状態を傷つけないでと言われると難しいだけだ。
周りの兵士も遠巻きに囲み出していたが内側に踏み込まない。何が危険源かわからないときは、下手に踏み込むと被害が拡大する。誰の目にも様子がおかしいが助けに行くのはためらって当たり前だ。
ふいにプヨンの腰から声がした。
「プヨン、呼吸できない系の毒っぽいよ」
フィナツーだ。やはりそうだ。毒は確かに可能性が高いと思っていた。
毒は一度体内に取り組むと魔法でまとめて無効化というわけにはいかない。プヨンは何度か毒蛇にかまれた者の腕をぶった切って腕だけ再生したことがあるが、これは体内に回る前の条件付きだ。もちろん、腕もそうそう再生できるものはいない。
毒の回復治療として普通にできることと言えば、自身なら筋力強化のように内臓の処理能力アップで自浄作用を待つか、他人なら機能が低下した患者のかわりに体力を支えてやるくらいだ。呼吸が止まったら空気を送り込んで呼吸させるなどがあるが、どちらも対応が難しく厄介だ。
フィナツーが言う毒が正しいとして、問題はその毒はどこからということになる。
「しかしフィナツーは何で毒とわかった? 根拠はあるの?」
「あのあたりの土壌が活性化しているわ。土中の生き物が騒いでるから、きっと土の盛り上がりはビッグワームよ。体内にためた毒を発して獲物を捕るの。動物が近づくと息ができなくなるわ」
わたしは大丈夫だけどねと付け加えるフィナツー。そう言われると微かに硫黄のような臭いがした。
ビッグワームは大型のミミズのようなものだ。火山地帯などでよく見るが、毒耐性が高く硫黄などを体内濃縮をして毒として使うと聞いた。でかいだけで攻撃力はほぼないが、毒を身にまとって捕食を防ぎ、吐く息が毒性のものも多いらしい。
「あ、まずいわよ。安易に近づかない方が……」
フィナツーが呼びかけるがその声は兵士たちに届かなかった。
意を決して救助に向かおうとしたようだが、近寄った兵士も足元がふらつきだす。すぐに順にへたりこんでいった。
「まずいんじゃない? 何とかした方がいいんじゃ?」
「ユコナの弁当よりもか?」
一瞬反射的に口にでてしまったが慌てて口を押さえた。不穏な雰囲気が広がるが、なかったことにしてあわてて目の前に集中する。
「フィナツー、毒ってのは間違いないんだよな」
「たぶん。でも違ってたとしても換気はした方がいいよ」
そうだ。換気することによるデメリットはないはずだ。フィナツーの言うことはもっともで、手っ取り早く空気を入れ替えていく。
「アップドラフティング」
旋風までいくと中の人間が吹き飛ばされて危険なため、プヨン達の上空に火球を発生させた。違うところは温度が低くて範囲が広いだけ。上空500mくらいまでをゆるやかに温めていく。
温められた空気はそのまま上昇していくため、地表には自然に周りからきれいな空気が流れ込んできた。
ヒューーーっと適度な風の音がする。
「よし、まぁ、こんな感じでいいだろう。もっとも上空に送風しただけで毒の分解処理をしたわけじゃないけどな」
「あ、この風はプヨンがしたの?。じゃぁ、近づいても大丈夫かしら?」
ユコナも風を意識し、空気の流れが変わったのはわかったようだが、それでも恐る恐る様子を見ている。
こういうときはユコナのように慎重な方がいい。毒なら無味無臭もあるし、他にも混ざっているかもしれない。
「うーん、どうだろう。へんな臭いとか感じたらすぐ引き返してね。でも念のため分解もしとくかぁ」
プヨンも安全を保障できているわけではない。薄まっただけだと不十分で、もう少し分解処理が必要と思った。
「プラズマデオドライト」
バチバチバチッ
雷魔法の応用で空中で発生させた高電圧で超小型の雷を無数に発生させた。
恐らく有機物であればこれで成分が変化するはずだ。バチバチと放電させながらプラズマ分解処理をしていく。温度を上げないコールドプラズマだが、毒などの高分子はたいてい分解されてしまうだろう。
これも原理は単純で、わかっていれば実行はそう難しくなかった。
「活性弾発射。10時の方向よ!」
横を見るとフィナツーも黒い粒、おそらく活性炭の粒を放出している。どうやらフィナツー流の異物対応魔法のようだ。
名前からして毒などの吸着効果があるのだろう。プヨンの分解とフィナツーの吸着、これだけやればかなり安全度は高まったはずだ。
それで安心したのか、動かずに様子見に徹していたユコナが率先して動きだした。
「みなさん、私たちに任せてください。後方に運んで安全な場所で治療しましょう。プヨン!」
そしてプヨンに目くばせをした。
「え? 俺に原因をさぐれというのか?」
ユコナが負傷者を後方に撤収させるから、さっきの原因を確かめろという意味だとプヨンは理解した。
慌てて駆け寄って直接運ぶのは危険意識がないが、プヨンがどうするか躊躇っている間にユコナはある程度まで近寄っていた。そして魔力で持ち上げられる範囲に入ると、1人ずつ後方に放り投げていく。
兵士たちも心得ているのか、投げ飛ばされてくる負傷者を受け止める。地面に降ろすと抱きかかえ、さらに後方に運んでいく。連携が取れていてとても手際がよかった。
一方、プヨンはどうやれば地面からあぶりだせるか考える。アイデアはいくつかあるが、とりあえずもっとも手っ取り早い方法から試すことにした。
プヨンはゆっくりと背中の棍を取り外して構える。この棍は背負っていたが、プヨンがずっと重さがゼロになるように浮かせて相殺していた。
とにかく重いブラックドワーフの棍だ。
「サイズミックブラスト」
魔法といっても棍を思いっきり空に向かって放り投げるだけだ。直接地面に何かしたわけではない。
ぐっ。さすがに2000トンの棍は勢いをつけるにはさすがにかなりのエネルギーがいるが、猛スピードで上空に向かって飛んでいった。
「え? な、何するつもり!?」
「え? ユコナがやれっていったんじゃ?」
「何も言ってないわよ。負傷者を運ぶのを手伝えと……」
飛んでいく棍を見送るユコナが何するのと文句をいう。放たれた眼力は原因をあぶりだせという意味と違ったのか。
ユコナしか気付いていないが棍は放ってしまった。もちろん今からでも止められなくはないがもちろんその気もない。そのままじっと見つめていた。
プヨンは棍の動きが予想通りになるのか期待に胸を膨らませていた。
「きたきたきた」
わずかばかりの風切り音。投げてから20秒後、高さ500m程度まで上昇し髪の毛のように細くなった棍が再び落下してきた。プヨンから200mほど離れた林の入口に落ちる。
ズズゥゥン
「おおぉっと」
思った以上に地面が揺れ、プヨンは予想通りの振動に笑みがこぼれる。火薬なら10トン、火球なら1000万発に相当する衝撃だ。
ヘリオンの会談に影響がでないよう、ヘリオン達のいる建物をそっと持ち上げておいたため、振動が伝わったのは外にいた者達だけのはずだ。ユコナ以外は何が起こったか理解できず音がした方を見守っている。
衝撃の様子を見るためプヨンは少し上空に浮かびあがった。棍の突き刺さったところが周囲を含めて予想通り大きく陥没している。
「おばかプヨン、やりすぎ……じゃない? これ、あとで埋めるの?」
「え? 埋めないとダメ? 放置するけど……ダメかな?」
「こんなに窪んだら池ができそう。あ、あそこ。プヨンの槍のそばになんかつぶれたやつが……あっちにも」
ユコナが淵から底を覗き込む。直径50m程度のアリ地獄のようなすり鉢の底に、プヨンの棍が突き刺さり、その横には丸太のようなワームがひしゃげていた。
まだぴくぴくとしていて、時折黄色いガスのようなものが出ている。向こう側の中腹にも数体。こちらはまだ元気そうで、慌てて地中に潜ろうともがいている。どこから見ても大きなミミズだ。
そして、
「プヨン、あの木のところ。見て」
「え?」
ユコナが指さすところを見ると、林の奥から巨大なミミズが現れ、暴れくるっている。そのすぐ横に男が一人、何やら叫んでいる。
身なりから兵士達とは違うようだ。
「あれが本体じゃないの? 確保よ。急いで」
地面陥没のショックで制御が効かなくなったのか、暴れだして手がつけられないようだ。
周りに黄色いガス、恐らく毒ガスをまき散らしている。
小型ミミズを操っていたのもこいつらだろう。
まだ、上昇気流は続いている。プヨンは対応するため、風上側に回り込もうとした。




