歓迎の仕方 2
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「お、おぉぉっ。何やら整列が始まりましたぞ。何かあったのか?」
片方の記録官が教えてくれた。彼が示す指の先を見るとゴマ粒が整列し始めている。
「1、2、3……7人x3列ですなー。21人」
「もしや、我らを歓迎のために待っていたとか?」
「そりゃさすがにないでしょ。おっ、光りましたぞ」
すでに陽は高く上って空は明るいが、火球ははっきりと見えた。横一列にならんだ7発の火球が3段、空に打ちあがる。飛距離はせいぜい100m程度、もちろんプヨン達のはるか前方で消えてしまった。
「きたきたー、21発かぁ。最高儀礼ですな。行幸でもないのに」
「まあタダですからな」
「それを言ったら身もふたもない」
「しかし、けっこうな明るさがありますな。実弾仕様か」
そんな軽口も聞かれる。明るさだけではなく熱気による空気の揺らぎがあるから実弾仕様に見えたが、まだ500m以上離れているプヨン達には危険はない。そのあたりを見越しての斉射に思えた。
「いかがしますか? プヨン殿これは応礼せねばなりませんな」
「了解。じゃぁバンクを振りながら、上空を3周旋回しよう」
バンクは通信環境が劣悪な時の友軍との合図だ。大きく体を /⇒\⇒/ と3回繰り返して敵意のないことを示す。わかりやすいようにゆっくりとなるべく大きく揺らしてみた。
少しすると、また21発の火球が飛んできた。
「お、また、祝砲ですか? こちらに向かって一直線に打ちあがりますな」
まただ。不思議とこちらがバンクを振ると、相手からも打ち返しがある。すでにそう高くない高度で上空を旋回しているが、徐々にまとまりがなくなりバラバラに火球が飛んでくるようになった。
一瞬いやな予感がしたが、記録官はとてもうれしそうだ。
火球は高度を下げていくプヨンのすぐそばを通り過ぎていくようになった。火球の速度はそう速くないため回避できているものの、あきらかにプヨン達に向かって撃たれている。
「な、なんとなく強い歓迎の熱意を感じませんか? 彼ら流の礼儀か。ほら熱気が!」
「何を言っている。そんな暇があったらしっかり笑顔を振りまかんか。こうだ。歯を見せながらにこーっとしろ!」
「うっわ。即死魔法を使わないでください。その顔は数%の確率で人を殺せるんですよ」
記録官同士の会話が聞こえ、プヨンも口には出さないがそんな気がした。延々と続く応礼。さっさと降りるのもためらわれ、バンクしたままぐるぐると建物上空を旋回し続けていた。
どうしたものかと思いつつも大半はただの火球、熱い空気だ。冷気相殺で対応できている。相手の火球を相殺できることを確認しながら高度を徐々に下げる。50m以下になると人の姿もわかり、プヨンには相手の会話らしき声も拾えだした。もちろん記録官もプヨンにも、3人とも実害はない。
「問題ないだろ。狙っていたら当たるだろう。かすりもしないぞ。気のせいだ」
「そ、そうっすね。でもそのわりにはたくさん飛んでくるなぁ」
もしかしたら敵意があるかと思ったプヨンだったが、狙ってはきているもののサラリスやユコナの一発に比べたら大したことはない。
どうしようか悩んでいると、集音の効果もあって下方の会話が聞こえた。
「おい、しっかり歓迎しろ。客人に熱意が届いてないぞ」
「はっ、おいお前らしっかりもてなすんだ!」
「はっ、熱烈歓迎だ、意地でもお前らの熱を届けるんだ! 戦時挨拶、熱交換の儀式だ。遠慮するな。必ずや熱い思いを届けて撃ち落せ」
会話方向を見ると指揮官とその部下達の会話のようだ。指揮官らしき人物が杖を振り回して叱咤している。
プヨンはどうやら勘違いだったと考え始めていた。敵意が入り混じっていると思っていたが、彼ら流の挨拶かもしれない。相手は撃ち落とそうとしているのではなく、熱意を届けたかったのだ。
アデルも以前言っていた。拳を交えた者同士が一番わかりあえるそうだ。相手の利器力を測る軟棘も、これに類する慣習だ。アデル流美学でいくとこれは手を抜いてはいけないのかもしれない。
プヨンは礼儀知らずではないが、こちらからまだ挨拶らしい挨拶はしていない。当然、場所により挨拶は異なるのだ。プヨンは知識不足を恥じた。
「記録官殿、熱烈歓迎らしいです。熱交換って言ってるから、火球を撃ち合うようですよ」
「へ? プヨン殿、そんな挨拶聞いたことありませんが?」
「大丈夫。彼らがそう言っているのが聞こえました。さぁ、遠慮せず火球打ちを。熱意を返すのです」
「そ、それは無理では。飛行中の不正確な火球は厳禁ですぞ。バランス取るだけでいっぱいで、火球とかは無理ですよ!」
「では、自分がやりましょう。3人分まとめて」
記録官はそんな習慣は聞いたことがないと否定的だが、明らかに彼らの会話はそれを求めている。残念なことに返すには実力不足で難しいと否定されてしまった。ならば、自分でやろう。
下からの火球は防ぎつつ対応する。相手の挨拶に一発ずつ返すのも手間がかかる。全員まとめてやろう、そう思ったプヨンはまわりから集めたエネルギーを手元に集中させる。1m程度の静電気の塊、プヨン流電球ができた。
「クラスターバンデグラフ」
ヒュン
下方に向かってを風切り音とともに放つ。
帯電した球は地上10mくらいで大量の小電球に分裂し、大量の高電圧静電気爆弾となって下を走り回っていた兵士たちに降り注いだ。
バチバチッ、「うわっち」「うわわ」
小電球なので大した威力はないが、突然の雷の雨だ。命中した電球はあちこちでバチバチと音を立てて放電する。何が起こったかわからない兵士達は慌てふためき走り回っていた。
1個あたりの電荷量は大したことない。感電死するほどではなく、扉などに触れたときにバチッといく威力を強くしただけだ。しびれて、ほんの少し皮膚に焦げ跡がつくくらいだ。
だが放電現象の火花と体中にバチバチと音をたてるだけで、電球が降り注いでも目に見えにくい。慌てた兵士が10人ほどぶつかりあって同士撃ちを起こし、慌てて周りに退避した。
「お、着陸場所が空きましたぞ」
「あそこに降りろってことでしょう」
「さぁ、プヨン殿、参りましょう」
雷雨のあとは攻撃も止んでお互い様子見状態だ。プヨンはまだ相手の意志を感じていた。さっきは電気ショックを与えただけ、痺れてはいるかもしれないが気力は折れていない。
まだまだ歓迎がくるかもしれないと警戒したところ、1人が強く下降力を加えた。
「プヨン殿、挨拶してきます」
「あ、ちょっと待って」
プヨンは反射的に止めたが、自身に影響を与える魔法は外部からよりは本人の影響力が強い。記録官のうち若手側がプヨンの牽引を振り切って飛び降りた。
30m程度の高さだ。ゆっくり降下しても地上まで10秒ほど。
ザシッ
着地音と同時だった。まわりに飛びのいていた兵士達から火球が放たれる。360度全方位から火球と冷気弾を一斉に浴び、
「ぶふぁぁ」
熱烈な歓迎を受けて、地面に倒れ伏していた。当然の結果だ。
「あ、だから、焦るなといったのに。バカタレが。やつは自業自得ですな。一度引きましょうか?」
上空に残っている記録官はそう言いつつプヨンの方をチラ見する。こちらに決断を迫っているのがわかる。
それはそうだ。熱意は受け止めあってこそなりたつ。うかつに地上に降りたら、彼の二の舞になるに決まっていた。地上からだと墜落の危険はないし、武器防具も使いやすい。
だが、プヨンの頭の中でアデルの声の記憶が脳内再生された。『軟棘は受けろ。前進!』
「わかったよ。ソフトランディング」
「え? えぇ、ちょっとお待ちをぉぉぉ」
記録官の叫びはうるさいが、降下時の風の音もあって数秒の降下の間は気にならない。
「放て!」
当然、地面の兵士たちの声がする。当たり前だが着地の瞬間を狙われていた。同時に周りからも火球と冷気が浴びせられるが、記録官をかばいつつ対抗する。これぞ挨拶の醍醐味、受けて立つのだ。
「アキラクン」
いつもは8字状にくるくると回しながらぶつけて相殺する火気冷気だが、今回は相手にあわせて放射する。
ただいつもと違って数が多く、周囲20人ほどから打ち込まれるそれぞれの威力差がある。いくつかはうまく相殺できなかった。
「うわぁーあつっ」「つ、冷たっ」「ごほっ、ごほごほ」
何人かはプヨンの威力の方が勝ってしまい、やけどしたり、冷気で瞼が凍り付いたり、吸い込んで肺や気道がダメージを受けたのかむせかえっていた。
その奥では防衛用の槍などを持った兵士たちが数人身構えている。
周りの武装兵士を見て記録官は面食らっていた。第二幕があるのか。
だが、プヨンは肘をついて『こんなもので引き分けですかね。ご挨拶をお願いします。私はさっきのへばっている方を治療してきますので』
そう言うとプヨンは戸惑う相手方兵士の武器を力で抑え込み、間を抜けて地面にうずくまってもだえている記録官に駆け寄っていった。
「おい。スパイども。俺たちの上空を偵察しようとは大胆なやつらだな」
「そうだ。無事に帰れると思うな」
そんな声は無視して記録官は背筋をピシッ伸ばし声高らかに宣言する。
「私たちは本日予定のヘリオン公使の先遣隊だ。みな、出迎えご苦労である。貴殿たちの熱い思い、我らと確かに混じりあった」
かなりドキドキしているのか声が上ずっているが、文言は用意された定型文だ。場慣れはしているのだろうがかなり上から目線の言葉遣いだ。
こちらも1人やられたが、相手にも相応のダメージは与えたつもりなのだろう。周りを囲んだ兵士たちが動揺するのがわかった。
「お、おい。味方なのか?」「倒れてる人やったのあいつだったな、たしか」
罪の擦り付け合いか。これから世話になる味方の公使を意図的に攻撃したとなったら完璧に敵対行為だ。今後有利な支援は引き出せないとなるのは、ペーペーの兵士でもわかる。指揮官も蒼白な顔で硬直している。
後ろから声が聞こえた。
「何事です。先ほどから騒がしすぎますよ」
ガーンを伴ったワサビが喧騒を聞きつけて出てきたようだ。ガーンが兵士たちのやり取りを聞き取りながら、ワサビは記録官と挨拶を交わす。
プヨンも記録官の表面的な火傷と落下したときの足の骨折を治す。立てることを確認したあと、人だかりの後ろで様子を見ていた。
「あっ。プヨンさん! お待ちしてました」
呼びかけられてプヨンも気が付いた。ワサビが出迎えに来ている。それを見た兵士たちの顔はさらに真っ青になっていた。
「お、おい。後ろのやつはさっき撃ち落とたよな」
「あ、あぁ。だが、ふつうに歩いているじゃないか」
「おい。とりあえず道をあけて、お通ししろ」
理解できないような顔をしながら道をあけていく。
「さぁ、どうぞ、こちらへ」
ワサビはプヨンに期待の視線を送りつつ、記録官を屋内に連れていく。プヨンはそれを一瞥してその場に残っていた。
「プヨンは一緒にいかないんだね」
「俺は関係ないよな。運び役のはずだから」
腰のフィナツーの問いかけに、プヨンは自分の認識を返す。
去り行くワサビ、ガーン、記録官達をプヨンは兵士たちとともに見送った。




