会談の仕方 2
フリードの広報官、通称テラーが数人の兵士に今後の希望を尋ねていた。
この違う土地で生きるのか、元の場所に戻るため戦うのか、それとも今後戦火が激しくなると予測してもっと遠くに移動するのか。今いる位置は国境にも近く、状況次第ではここが確実に安全という保証はない。
「ワサビ様、もう気分はよくなりましたか? なんだか表情が愛らしい気がします」
「え? 愛らしいですって? ゆっくり寝れたから元気出たかな?」
ガーンの唐突な指摘にワサビは驚いていた。ガーンはそういうタイプだったかなと。
ワサビの一時的な気落ちはある程度持ち直していた。先刻も傷ついた兵士に気付けをしたが、やはり身内を異国で死なせたくはない。ここまで一緒にきた以上、これからも自分が引っ張らねばと決意をあらたにする。
それがガーンにも伝わったようだ。今朝まではガーンが盛んにモリアゲーラを放出しようとしていたが、ワサビ自身が無意識で発動する精神防御を突破できず、ほとんど効果がなかった。
だがリーダーが無気力なまま統率することは避けられ、ガーンの悩みはこれでずいぶん解消されそうだ。
ガーン達が町を脱出した当初はワサビが生き延びる可能性は絶望的だった。ただ死を待つよりはマシと思い、ダメ元で脱出したがワサビが奇跡的に救われた。
担ぐ旗がまだあることは大きな意味がある。生きていれば何度でもやり直せるはずだ。ガーンの顔がそう語っている。心が折れるまでは。
「捜索があるかと思いましたが、今のところ追手がきませんな。無人の砂漠地帯『お菓子の国』を超えるのに兵士の大半を失ってしまいましたが」
お菓子の国は通称だ。もちろんまったく甘くないことからついた意味のある名前だ。
「そうですね。特に『メートルピード』の群れに襲われ散り散りになったのが痛手でした。ただ追っ手を撒けたと思います。こんな危険地帯に逃げるとは思わず他を探したか、もしくは気付いたがほっといても勝手に死ぬと思われたのでしょう」
「もうダメと思いましたが不思議というかワサビ様の持つ強運は底が知れませんな。こんなところに空き屋敷を提供してもらえたのも運がいい」
「そうは言っても、運だけではすぐに行き詰ってしまいますよ」
ワサビは意外に淡々としている。希望は大事だが、希望的観測だけでは破滅する。
「まったく、ガーンの言う通り。しかし、例の神タイプとは神童のようなものでしょうか? 2人とも空から現れたし、そのうちの一人は高難度と思われたことをあっさりすますと、さっさと飛んでどこかに行ってしまったし」
ワサビは思い出す。あの体内に埋め込まれたリングを入れた者がいるなら、取り出すことができる者もいるはずだ。ただ、取り出しは入れる以上に簡単には思えなかった。
いっそ、腹ごと全部切り取って治療しなおすほうが簡単かもしれない。もちろんワサビには腹の中身をぶちまける勇気はなかったが。
「ところで例のメンバーを調べました。どこの国でもエキスパート部隊を育てますが、聞いたところでは近くの兵学校の生徒でした」
遠くで聞いていたテラーが会話に割り込んでくる。
「不自然極まりない。ガーンは南方でそんな選りすぐり部隊の実戦投入の話を聞いたことがあるのか? ないだろう? まぁ実は老獪な熟練兵が見た目だけ若いふりをしているのかも知れないがなぁ。それならば少し姑息な気がするが」
テラーとガーンは事実半分憶測半分で議論を始めた。それを横でワサビは黙って聞く。
ワサビは逃亡時を思い出しても逃げることに必死で、あまり恐怖を感じる暇もなかった。ただただ時が過ぎていくばかり。その恐怖がきたのは取ってもらった後、少しして落ち着いた時だ。
おかげで名前こそ最初に聞いていたが、助けられたのに礼を言う暇もなかった。
「どうされますか? ワサビ様。とりあえず王国は我々を追い出しはしないようですが」
どうお礼を言えばいいのか、どうしてほしいのか。考えがまとまらずワサビが一人試案していると、ふいにフリーに振られた。あわてて聞いていた振りをする。
「フリー、それは仕方ないかもしれません。お返しはできず無償の援助です。人道的に支援いただけるだけでも十分でしょう。下手をすると外交上有利にするため、相手方に引き渡されることもあります。そうでなくても追い払われた可能性だって高い。私たちがここにいるだけで攻め込む口実にもなるのですから」
「それはそうですな。あとは帝国側が後々こちらに攻め込んでくると煽って、不安をえさに我々の存在意義を高めるくらいです。それもどうなるか」
自分たちが生き延びるためとはいえ、それは姑息かなとガーンは自重する。
「フリードの自治のため、元の町を取り返した方がいいのでしょうか? 民衆にとっては適切に生活が保障されていれば、上が変わろうが大差ないのでは?」
自分たちはともかく国民にとってどちらがいいのか、ワサビは悩む。
「そんな心配は無用ですぞ。いきなり仕掛けてくるような輩。どうせ圧制、重税、自由の制限。無法の嵐が吹き荒れます」
「そうです。ガーンの言う通り。まずは北側から避難してきてもいいよう受け皿を作りましょう。そのためには、国境に近く状況が得やすいここが適しています」
ガーンとフリーの言うことはもっともだ。まともに扱われていない領民が逃げてくる可能性は十分あった。
どちらにしろもうすぐ彼らとの話し合いがある。その中でどうしていくか決まるだろう。
「とりあえず、避難者の収容場所の確保と治療、食糧や物資の支援をお願いしましょう。取り返すのは自力では難しいです。焦らない方がいいでしょう」
ワサビはそう締めくくった。
お布団を抜けると外は夕方だった。以前そういうこともあったプヨンは自動目覚まし装置を仕掛けていた。
メサルは真面目な上に早朝から礼拝などで忙しい。早起き過ぎるので起こされたくない。よって作戦コード、フィナツー早起き作戦。
「プヨン起きないと、秘薬を口に注入するわよ」
「ちゅー? していいよー」
「何ですって? いいわよ! 覚悟!」
グハッ、ゴホゴホッ
プヨンは睡眠中で防御の大半が消し飛んでいる。さらに寝ぼけて大口を開けているところに、フィナツーの超刺激性花粉ニドネムリーXを大量に突っ込まれた。
「どわーー、み、水」
二度寝×という名前だけあって一撃で目が覚める。
「フィナツー、お前は会談に連れて行ってやんない」
「え? 何でよ。希望通りでしょ?」
「なんでも! 優しさがない」
「横暴だ! 願いを叶えたのに! 方法は問わない、絶対起こせって言ったじゃない。成果主義でしょ。めざまし頼んだでしょー」
「その礼はこの栄養全くなしの純水でも飲んでください」
魔法で作り出した100%H2Oをフィナツーに与えたが、当然プンプンしながら朝陽を浴びに行ってしまった。
ウッディ系生物のフィナツーは基本眠らない。眠る必要がないから、目覚ましには便利だ。ただ役目を果たしたとはいえ、フィナツーのやり方が悪い。ひどい起こされ方をした。
フィナツーの活躍のおかげで、ワサビとの面談の日にプヨンは時間通りに起きることができ学校出口で待つことができた。うやうやしく朝から記録官2人を出迎える余裕がある。
ヘリオンが手にした4枚の外出許可証。
「誰と思っていましたか? 残念ながら4人目は私です」
もう一枚はサラリスかメサルかと思っていたら超記憶術のエクレアが声をかけてきた。たしかに妥当な人選だ。
そして4人が揃って出発。キレイマスまでは外出許可証もあって、のんびり船旅を楽しみながら事前の擦り合わせだ。
「なぁ、プヨンってさ、このルートで出たことある?」
「え? もちろん(ない)ですよ。真面目ですから」
もしかしたら本来の正規ルートで出るのはプヨンは初めてかもしれない。ユコナが『そうよね』と短くうなづきつつぼそっと呟く。
「女神像とやるとかなり精神的にくるらしいわよ。今年に入ってもう4人目の休学者だって。メサルが言ってたわ」
同級生でも見ない顔が出てきていた。退学者(死亡)はそうそう見ないが休学は上級生も入れると2週間で1人は掲示板に張り出されていた。
「危ないことはダメだよね」
「どの口が言うのかしら」
女神像は油断するとやはり危険だ。怪我は生きていれば治療できることが多いが、恐怖や敗北などで心がやられると、少なくともその相手とはもう戦いには戻れない。実戦訓練中の上級生でもぽつぽつ休学者の掲示があった。
しばらくすると予定通り町に着いたが、ヘリオンは素通りするらしい。
「よし、じゃあ目的の場所はここキレイマスから北に1kmほどの古い兵舎跡だ。広いし誰も来ないからな」
「なるほどな。追われているのなら、そういうところの方が守りやすいのか」
「街中だと不審者と一般の人が混ざってしまうが、そこなら近づくものは全て敵。見分けがつきやすいからな」
「たしかに。攻撃されないだろうな」
ヘリオンが魔法で出した氷を使い、さらに『テキトーマッピング』で整列させて地図を作る。目的の場所をプヨンは確認した。
「そこは今は確か孤児院があると聞きました。以前は役所がわりだったらしいですね」
エクレアの説明で思い出した。例の孤児院のある古城のふもとだ。山の上まで登らなくてもいいようふもとにも建物があるらしい。
「ヘリオン、結局どうやって行くかは決めたのか? カブリオレなら俺資格持ちなんだが。ってあれは資格証は無くしたんだっけか」
カブリオレは馬牛などの動物の代わりに人が魔力で牽引する馬車だ。大型であればなかなかの体力と魔力を消費する。逆に言うと能力誇示にはうってつけだ。
「むっ、プヨンやるな。そう。俺もどう実力アピールをするか考えていた」
「えっ?」
「ふっ。王国の智将ですから」
「えー、プヨンが智将なら私は全知全能じゃない?」
「なるほど。ユコナが御者か」
「はうっ。全知全能-御者能力くらいじゃない?」
軟棘にはもってこいとアピールするとヘリオンものってきた。さりげない実力アピール、それも直接の武装などではない嫌味のないものならそう選択肢は多くない。ヘリオンはもともと考えていたようだ。
「よし、空を飛んでいくのが手っ取り早くていいよな」
予想通りだ。プヨンはそれでいいと頷いた。




