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魔法の使い方教えます  作者: のろろん
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尋問の仕方

 ゴロゴロと音を立てて運ばれていくマリー。


 ゴロゴロ、ドスン


 台車に乗せられたが、何度か勢いあまって転げ落ちる。扱い的にはその辺の石炭や薪束と変わらない。


 台車を引っ張る二年生は、石ころや段差に跳ねて、マリーの頭がゴンゴンしてもまったく気にしない。戦場の捕虜だと地面を引きずって運ばれることもあるだろう。台車なだけマシかもしれない。厳しさを感じる。


 運びながらもプヨンは被験者の体温チェックはしていた。気絶中は姿を隠そうとしていないのだから、すべての状態が丸見えだ。


 もちろんプヨンが適当な治療をしているし、段差のたびに「うっ」「ぐっ」などとうめきもするし呼吸音も聞こえる。生きているのは間違いなかった。


 それでも念のため途中で目を覚ますことのないよう、脳みそにしっかりとご休憩いただく上級配慮を施しておく。プヨンは微小火球を燃やして適度に酸素を無駄消費させ、濃度調整をしつつ、窒素と酸素をくっつけると発生する『わらいガス』と呼ばれる痛み止めガスで麻痺させておいた。



 校舎の裏庭の隅にある営倉前についた。危険行為をしたり不真面目な生徒の一時的な反省部屋だ。滅多にないことではあるが、今回のように不審者の一時的な拘置所に使用されることもある。


「そっち持って……、せーの、とりゃ」


 ドスッ、ゴロゴロン

 

 もちろん手で持つわけではない。二人は協力して物質持ち上げ魔法で台車からマリーを持ち上げると、これも手を使わず営倉の扉を開け、投げ入れるというか打ち込む。


 『ひでぇ』と思わず声がでるが、不審者扱いならこんなものか。


 さすがに無意識であの勢いだと怪我しそうだ。仕方ないから、クッションは用意する。

粘り気クッションだ。


 プヨンは粘度調節は小さいころから得意で、感覚的にこのくらいの魔力でこのくらい粘ると頭に浮かぶ。空気や液体の流体の粘度変化なら、プヨンは『ストークス』で簡単にできた。


 今回はクッション代わりで少し方式が違うが、マリーはプヨンの緩衝魔法『プチプッチギリ』がなければ鼻からダイブしていたところだった。

 

「プヨン、水をくんで部屋の隅に置いておいて。この室内はほぼ魔法は通らないから、飲み水は置いとかないとね。容器はそこにあるのを使って。終わったら扉を閉めて表で立哨。私は報告に行ってきます」

「了解です」

「じゃぁ、捕縛リングは外しちゃいましょう。念のためだったし」

「いいんですか? 起きて暴れても」

「大丈夫でしょ。この中は、外の1万分の1の魔力しか通らないっていうし、いつもみんな外しているわよ」


 営倉は外観はただの丸太小屋ではなく、意識の通りにくいレッド鉱の遮蔽板が間にある簡易の牢獄だ。


 さっき部屋の中に入ってから、プヨンは脱力感というか疲労感が激増していた。原因は、背中に背負っていたプヨンの重棍棒を支えるためだ。消耗度が1万倍、一気に跳ね上がっている。


 おそらく目の前の転がっている者も目が覚めても自力では飲み水と言える量の水を出せないかもしれない。そのためだろう。意外に配慮があった。


 

 プヨンは営倉内に残り、念のためマリーを見張る。


 マリーは動く気配がない。しばらく無音が続いていたが、人気がなくなるのを待っていたのか、それまで大人しかったフィナツーがこそこそとサイドカバンから出勤してきた。


 フィナツーは人見知りでもないくせに、知らない人の前ではあまり動かない。基本が木製だからか、以前何度かくすぐっても動かない時はまったく反応がなかった。


「これ、誰なの? さっきちょっとやりあってたのは知ってる」

「さぁなぁ。これはフィナツーの仲間ではないよね?」

「うん、ウッディ系ではないかな。私たちはあまり体温ってないし、ふつうの生き物と思うよ」


 フィナに限らず同種の生物かどうかの見極めはできる。人には間違いないようだ。


 そういいながらフィナツーは部屋の隅にあったガラスコップを持ってきてくれた。強化ガラス製で万一割っても粉々になるだけで角がでない。武器に利用しにくいものだ。


 そのコップにプヨンは生み出した水を注ぐ。

 

「ど、どうしたの? いきなり息切れして?」

「い、いや、予想以上に疲れた。コップ一杯が限度かも?」

「そ、そうなの? いつもなら余裕なのに?」


「ぐふっ」


 営倉内はレッド鉱により、意思によるエネルギー使用効率が予想以上に減衰している。ふつうでも対生成で一から水を生み出すにはそれなりに苦労するが、ここではコップ数杯程度がほぼ全力に近い。やはり外の1%も通らないようだ。



 思わず膝をつきそうになる。コップ一杯、たった200㏄ほどで息があがる。全力格闘3分間に匹敵する疲れ方だ。もう一杯、二杯出すのは本当に限界っぽい。もう一杯飲みたいと思っても躊躇う疲労だ。


 1日の全活動量の魔力を大きく超えるエネルギーでようやくコップ一杯の水を生み出し、膝をがくがくさせながら、なんとかプヨンは営倉を出て扉を締めた。




 ガバッ、「いたたたっ」


 プヨン達がいなくなってしばらくすると、マリーは目が覚め反射的に飛び起きた。ここはどこか。まったく心当たりがない。室内はぼんやりと発光しているが、見たこともない部屋。壁は丸太のように見える。


 壁には明かり取りの窓があるが、きっちり格子がはまっている上、すりガラスのようになっている。外は暗くほぼ光を感じない。


「ここはどこじゃ、私はなぜここにいるのじゃ、思い出せんが私が記憶操作を食らうなど……考えられんし」


 記憶がないのは、寝てたから? 岸には着いたはずだが、疲労で意識を失ったのだろうか。一人でつぶやいてみたがもちろん返事はなく、虫の鳴き声くらいしか聞こえなかった。


「とりあえず喉が渇いた。水でも飲むか」


 喉が渇いて水分液体化で水を出そうとしたが、空気がからっからで水がでない。


ポタッポタ


 水滴が口の中に1滴、2滴目が落ちただけだ。すでに全力に近いが、落ちた水滴はそれっきりだ。


「な、なんでじゃー、水もでない? 明かりもつかん。ま、まさか!」


 一瞬、目を怪我したのかと冷っとしたがそれも違うようだ。痛みもなく、指などもうっすらとだが見える。 


 空間とのエネルギーのやり取りのいらない筋力強化系はまだなんとかなりそうだ。マリーは得意の取り目と鳥目を使い、暗視強化でまわりを確認した。どうやら独房のようだ。


「ぎ、ぎえーー。なんじゃこのボロ服は? 何があったんじゃ」


 マリーは自分の焼け焦げた服に気づいた。胸周りはともかく、腕や腰から下はボロボロだ。


「おぉ、こ、これは。何という破廉恥な格好じゃ。『耳クリック』」


 マリーは右耳を掴んで捻る。擬態の一種が発動された。火球などのエネルギー変化を伴わない、肉体強化、変化は営倉内でも効果が現れるが、マリーの見た目は元通りにはちょっと足りない。服装も顔立ちも変化はしたが、うっすらと中身がすけていた。


「か、からだは怪我はなさそうじゃな。水は湿気の問題か。たしかに搾り取るだけ搾り取って、からっからの空気になっておる。ふーむ、あそこに扉があるが、それ以外は何もないな」


 周りには椅子一つ、布団一つない。本当に何もない。そう思って見た3周目、入口のそばにコップがあるのに気付いた。中には液体が満たされている。一瞬、毒かとも思ったが、わざわざ牢屋に入れて毒水を飲ませるのも変だ。殺すつもりならとっくに殺しているだろう。


 気にせず飲み干すと同時に、マリーは表で誰かが一人近づいてくる気配を感じた。もちろん足音などは一切ない。


ガチャ


 しかし扉を開けて入ってきたのは3人だった。最初に入ってきたのは20代半ば程度の大人の女性、そのあとは学生が2人、男女一人ずつだ。明かりが取れないからか、ランプを持っている。


「ヴェヒター、プヨン、この者ですか? その不審者というものは?」

「はい、イミューニ教官。いえ? あれ? そのはずですが、顔が違う。服も」

「しっかりしなさい。どういうことですか?」 

 

 ヴェヒターは一緒に歩哨していた2年生だが、さっきまでボロ服の老女に見えていたものが服装が変わっており、見た目も若返っていることに驚いていた。

 

 

 マリーは、じっと隙を窺っている。入り口には2人、目の前は教官らしいが若手。3人を突き飛ばして外に出てしまえば、姿を消して逃げ切れる。そう目算した。


 目の前は教官と呼ばれるが若そうだ。動きの躍動感からして擬態ではなく実年齢に見える。

 

 若手には負けられないマリーは、若手に対する強い抵抗意識で精神を強化していた。


 とりあえず通りいっぺんの質問をされる。名前、どこからきたのか、何しにきたのか。


「年は18じゃ。あとは忘れた。記憶喪失じゃ」


 教官はイエーラやハケーラで威圧したり、トモーラ放出で懐柔しようとしてきたが、魔力が減衰しているからか、マリーの抵抗力のせいか大した効果は得られなかった。


 マリーもさすがに凶悪犯と決まったわけではなく、兵学校は最前線の実戦部隊ではない。危害を加えられることはないとたかを括っている。仮にあっても治療できるレベルだろう。


 逃げるためにも、隙を作る必要がある。マリーは適当に返しつつ挑発を始めた。


「ふふふ、もっと誠意をもって質問しろ。そんなんじゃ答えられん」

「尋問するときは相手の心を折るのじゃ。恐怖や苦痛もダメではないが下策じゃ」

「そうじゃ喉が渇いていた。脂の乗った魚でも食えば、口が滑るかもしれんの」


 挑発の効果が現れ始めたようだ。イミュニ教官の頬が紅潮している。怒り心頭のようだ。やがて、


「フン! 夜も遅いからここまでにしてやるっ!プヨン、何か食わしとけ」


 そこでふっとマリーは思い出し、小声でつぶやいた。


「プヨンだと? メサルが言っていたのはコイツか」


 元はメサルが自由に行動したいとのわがままを拒否するために様子を見にきたのだ。そのメサルの強気の元凶がこいつだ。


 普段大人しいメサルが珍しく抗弁した。護衛がいるから安心と言うから、その護衛の実力を試しにきたのだ。


「そうか。コイツか」


 ゆっくり試してやりたいが、まずは自由が優先だ。ちょうど教官が扉を開け出ていこうとしている。


 今だとばかりに、マリーは3人を突き飛ばそうと全神経を集中し、先に出た女生徒と教官がよろめくのが見えた。


「よし、今じゃ」


 前の二人を押しのけて出ればいい、そう考えたマリーは全力で飛び出そうとした。


ブフェッ、ビタン


 しかし、足が地面に張り付いたように動かない。何度動かそうとしても動かなかった。


「な、なんでじゃ?」


 そう思うが原因はわからない。じたばたしている間に営倉の外の2人は体制を立て直す。そして目の前に立つ男、プヨンと目が合った。いつのまにかプヨンの手にはグラスが握られていた。


「み、水が入っている。い、いつのまに。おう、う、腕が」


 マリーは強制的に腕を持ち上げられる。そして、目の前に水の入ったコップを差し出された。植物の茎を使ったストローが刺さっている。


「むむぅ。こ、こいつなのか。抑えつけているのはこいつなのか? み、水はいつ入れたんだ」


 コップを受け取らされる。どうするか悩むがとりあえず飲むことにした。すると、目の前にいたプヨンが歌いだした。


「な、なんじゃこいつは。なんかの呪文か?」

「みえないものがみえてくーるー♪ 飲めば飲むほどみえてくーるー♪」


 光の屈折。水の底にあるものはコップの側面から見ると、角度的に見えないことがある。


「へるへるへる水が減る♪ でるでるでるでる、ごっきー!」

「うん?」


 マリーは水を飲み続けていた。喉が渇いていたのもあって一気飲みに近い。もう残り少ない。そして、光の屈折で見えなかった黒いものが見えてきた。極悪虫、ごっきーだ。


「ぎ、ぎっぎ」


 マリーは飲んでた水の中に入っていたものを見てしまった。


「こ、これを飲んだのか? 私が、こ、これを?」


 マリーは信じられないものを見た。いやたとえ見た後でも信じたくなかった。


「涙とともにゴキを食べたものでなければ、ゴキの味はわからない」


 プヨンが呪いをつぶやく。


ポキッ


 マリーには一生解けない呪いがかかり、完全に心が折れた。



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