はしのかけ方 2
リトとサラリス、プヨン、そして、荷車を引く牛もどきのクーシェフは谷川の手前で立ち止まっていた。目の前には『独立領。許可なく入国禁止』の立札。そして橋はなくなっている。
「なにこれ? リトさん、こっからはいけないのですか? どうしましょうか?」
「い、いや、こんなはずはないんですが。 サラリスさん、どうしましょうか?」
「身軽な私一人なら、このくらいひょいっと飛び越えちゃうんだけど」
サラリスは飛び越えると言うが、身一つなら3人ともできそうだ。谷川はそう深くない。川幅も水面からの高さもどちらも5mくらいだが、荷物が少しやっかいだ。
「ふつうはこれだけの荷物持ちだと飛び越えるのは厳しいですよね」
リトがつぶやく。荷車はそう重くなく2トン程度だが、リトも含めた一般だとさすがに厳しいようだ。
プヨンは試行錯誤の結果、現状は以前作った槍、ブラックドワーフ2000トンを背中に背負っている。この状態ではバランスが悪いのか、荷車のような形状では追加40トン弱がなんとか抱えて長距離飛行できる限界だとわかっていた。
「みんなこれで運べなかったのかしら? それならそれでいいけど、荷物も人も戻ってくるわよねぇ?」
リトはいろいろと可能性を考えている。すぐ横のサラリスは考えているふりをしているだけだとプヨンは知っていた。やがて同時に二人は振り返ると、
「プヨン、なんとかしたら?」「プヨン、何かアイデアはありませんか?」
図ったかのように同時だ。実は2人の思考レベルは似ているのか。
そしてプヨンに振るのも納得がいかないが、プヨンだけ呼び捨てなことはもっと納得いかない。親しみの表われならいいが、こき使われているような気がする。だが、ここは大目にみておいた。
「あるよ。橋をかければいいんだろう? てっとりばやいなら氷か。でも空中を運ぶほうが楽かな」
5mの距離を馬車が渡れる強度の橋を作る。少しアーチ状にしてやれば強度は増すが、それでも荷馬車2トンを支えるためには、横幅2m、厚みは30㎝はほしい。
プヨンの計算では必要なエネルギーは思ったほどではない。一から水を作ると大変だが、下に流れている川からいくらでも水が取れる。一時的に渡るだけなら火球で10万発分出せれば十分だ。
「え? 氷? この距離で? だって、無理でしょ。私の相殺原理では、ここに氷橋を作るには……」
サラリスは黙って見ていた。リトが否定的発言を連射しやる気をそぐ魔法妨害を施すが、プヨンはくみ上げた水を凍らせていく。液体を持ち上げるのはなかなか難しいので、防御壁魔法を円筒状にして応用して作成したパイプで川の水を吸い上げた。高さが10m以下だったから一気に吸い上げられる。
まず何本か支柱を立てる。演出のため、中央部から両側に向かって橋をかけてみた。音もなく氷の橋が伸びていくのは、我ながらうまくできたと思った。
「え?えぇ、ちょっと?」
「きょ、強度は?」
「大丈夫だよ。30㎝の厚みにしたから。この程度の荷車なら余裕。よし、渡ろう」
リトはずっとぶつぶつと、『相殺魔法が……』『ありえない。これだと計算上は100人くらいでやらないと』などとつぶやき続けている。たまにこっちを睨んでいたが、3人とも無事に橋を渡り終えた。
プヨン達は徐々に山道を上っていく。両側が岩壁になっている谷間の道だが、登りもきつくなく大した距離ではない。緩やかな斜面も古城跡で人の行き来があったからか歩きやすく、そう時間もかからず城門が見えてきた。
「待て! そこの3人止まれ。お前たちは包囲されている。貢物を置いて帰るか、速やかに捕まれ」
突然声がした。
「違うでしょ」
サラリスに速攻ではたかれた。速やかに掴まれと言われ、そばの石を掴んだが違うようだ。
崖の上を見ると男の子が立っている。プヨンやサラリス達と同年代に見えるが、その周りにも若干小さいのが数人いる。黙って見ていると、向こうは気をよくしたのか見下ろしながら発言を続ける。
「俺はリーダーのショアだ、こっちは副リーダーのリアバウアー。ここは俺たちの国だ。侵入者は排除するぞ」
ショアの横にいる女の子、リアバウアーは何やら旗らしきものを持っている。国旗のつもりだろうか。
この古城を孤児院にしたのは一時的なものだ。
火事で燃えた孤児院が街中に再建されるまでらしいが、どうやら孤児達が集まって古城を根城に独立ごっこをしているようだ。一応キレイマスの町議会連合が決めた定期的な食事の補充はある。
どこまで本気かプヨンにはわからないが、本人たちは体のいい遊びのつもりのようだ。
「ば、バカな真似はやめなさい。私たちは食料の運搬できたのよ。首謀者はあなたなの?」
「うるさい。貢物はありがたく受け取ってやる。さっさと中に運べ」
「何か不満でもあるの? 聞いてあげるからいいなさいよ」
首謀者の少年とリトが真面目にやり取りをしている。どうせ食料はくれてやるんだ。話をあわせてやってもいいのになとプヨンは思っていた。
「あんな水みたいに薄い雑炊が食えるか。野菜も入ってないぞ、肉を入れろ」
「そ、それはきちんと計算して作られた議会連合の規定雑炊よ。他の労働者だってみんなこの議連雑炊を食べているわ」
「うるさい。自分たちばっかりうまいもの食いやがって、やれ!」
上から小さな石ころがパラパラと降り注ぐ。まぁ、まばらに降ってくるだけだから避けられなくもないが、サラリスが嬉しそうにしていた。
「風防ガラス『キャノッピ』」
カンカンカカン
強化ガラス製の風防ガラスで石弾を防ぐ。大きなものでも小石程度。はじき返していた。リトも冷静に防御している。数が少なすぎる。
「弱い!弱い!もっとつぶてを!、ジャコ!」
「もう石がない!」
ショア少年は石の数を増やそうとしているようだが、ジャコと呼ばれた者の返事を見るとはやくも息切れ状態だ。
通り雨のように、石雨はもうやみそうになっていた。
そのタイミングを見て、リトが荷車に駆け寄る。鉄鍋のロックを外し、中から一杯分の雑炊を器に盛った。
「ほら。見なさい。野菜たっぷりよ。これが既定の議連雑炊よ。おいしいわよ」
「だったら食ってみろ!」
「もちろんよ。ほらっ……って食器は? は、箸がない」
リトがプヨンを見る。目が合ったプヨンだが言われたものを運んできただけだ。箸は知らないと首を横に振る。
ショアはゆっくりと数を数え始め、そして『30』の叫び後、
「ほら見ろ、食えねーじゃねーか。そんなもの持ってくるな、やれ、みんなあいつらを捕まえろ。死ぬほど働かせてから、あの雑炊を食わせてやるんだ!」
「ま、待ちなさい君達! 箸が欠けているのよ! これは甘味たっぷりで美味しいんだから! あつっ」
どうやらリトは食器を入れ忘れたようだ。缶詰もたくさんあったが箸だけでなく、缶切りもないのだろう。
探そうとして思わず皿に指を突っ込み、リトは熱くて思わず雑炊をこぼしてしまった。しかもなんとかしようとしたため、極端にスローな動きになった。
「まずいからと言って零すことはありませんでしたね雑炊。やっぱり食わせる気がないわ!」
ぎゅーー
ショアの横にいたリアバウアーが叫ぶ。そうは言っても腹が減っているのだろう。お腹がなる音が聞こえた。指先に火球が数個現れる。
「じょ、冗談はよしなさい」
リトの声は、リアバウアーの周りの仲間の声にかき消される。
「そうだそうだ。お前らの割下は甘すぎるんだ」
「子供は甘ければいいと思ってるんだろう。これでもくらえ」
ビシュー
ショアの投げた石に皆が追随し、再び石雨が降り注いだ。
「おぉぉーー」
孤児たちは一斉に蜂起する。
ビュビュビュー、カンカンカン
先ほどはもう石がないと言っていたが、前もって用意していたのか時々大岩が飛んでくる。
「スキャブ」
カンカンカン
プヨンは黙って立ったまま、降り注ぐ石を防御魔法ではじいていたが、少し興味が出てきた。
ちょっと彼らを手伝ってやろうと思う。リトが手に負えなくなってきて、サラリスもガラスで身を守っている。
「プヨン、ぼーっと突っ立ってないでなんとかしてよ」「プヨン、荷物を守って」
プヨンは様子を見ていたが、彼らがなぜ独立をしようとするのか、ここは相手の気持ちを理解する必要があると思う。
「わかった。お前たち、ガラスの角を狙え!」
「え? プヨン、何言ってるの?」
一瞬、サラリスも崖上の孤児たちもキョトンとする。
孤児たちは怯んだようにも見えたが意図を理解したのか、サラリスの風防に向かって石弾を集中する。そのうち一発がサラリスの風貌ガラスの角に命中した。
ビシッ、ビシビシビシッ
ガラスの端が欠けた。
サラリスの風防ガラスは無数の亀裂が入り、瞬間で全体が粉々になった。強化ガラスとはこういう壊れ方をするものだ。
「あーー、バ、バカ。このバカプヨン。敵に塩を送ってどうする!」
「敵の敵は味方。意外にサラリスも甘いようで」
「よーし、議連雑炊に栄養の追加をするぞ!」
「ガラス筐体が破られたぞ。いまだ突撃!」
うわー
一斉に崖をなだれ落ちてくる孤児たち。傷つけるわけにもいかず、サラリス達は30人ほどに囲まれてしまった。
崖上でショアとリアバウアーが並んで見下ろしている。ショアの後ろからリアバウアーがそっと飲み物を差し出した。
「ショア様、ご采配を」
「む、トワイニング渋茶か。助かる。喉が渇いていたんだ」
「勝利おめでとうございます」
再びリアバウアーの腹の音がした。
「よし、リアバウアー空腹は私が責任をとる。物資を回収して城内に運び込め。運搬先は食堂のSエリアだ。すぐに食うぞ」
「え? ばか、もうちょっといい言い方はないの?」
リアバウアーは顔を赤らめながらも、ショアの指示を伝えていく。
プヨン達はとりあえず物資を運ぶことが目的だった。そのため、運び込むこと自体は予定通りだ。そのまま大人しく城内に連行され、無事に城の中に入り込んだ。一応、これで任務は達成だ。
「よし、物資を下ろせ!」
サラリスとリトが荷運びをさせられる。奥から、前回運搬した2人の馬引きたちもつれてこられ、荷を運ばされていた。案の定、身柄を確保されていたようだ。
プヨンも荷物運びを手伝っていると、ショアがプヨンの前にやってきた。
「ありがとう。無事、物資を回収できた。だが、なぜ情報を教えてくれたのだ」
「俺が受けた任務は、食料を運び込むことだ。任務は達成した」
「なるほど」
ショアとプヨンは少し黙って向き合う。次にどう話をするか考え、先に切り出したのはプヨンだった。
「独立ってのは面白いけど、勝つ算段はあるのかい? 食料だけなら、なんとか自給をできるかもしれないけど、それでも限度がある。医療もないし、それに武力で本気で攻められたらどうしようもないよ?」
「あぁ、わかってるんだ。いずれ立ちいかなくなるのはな。だが、俺たちは食べ物のためにやってるんじゃない。俺たちになりにどうやって生きていくか考えているんだ。このまま流されて生きて、飲み込まれていくだけってのもいやだな」
プヨンも最近似たようなことを考えていた。
ろくに護衛らしきことはしていないがメサルの護衛が終わった後どうするか。学校といっても、これといって打ち込んでいることはない。
魔法実験を極めるというなら、それをもっと突き詰める必要がある。しかしそれにしても日々進歩はしているが、誇れるような成果は何もなかった。
「なぁ、お前も俺たちの仲間になれよ。歓迎してやるよ。もちろん明日のことなんかわからないし、そう長くはもたないだろうけどな」
いろいろと思うことがいっぱいある。それも面白そうだと思う反面、思いつきで気軽にできるほど自由でもない。
「助けられる範囲では助けるよ。でも、すぐは無理かなぁ。しがらみもあるし」
「そうか。まぁ、そう気軽にほいほい来られても意味がないしな」
「じゃぁ、こきつかったら、あの2人は解放してやってほしい。また、物資を持ってくるから」
プヨンはそう言ってサラリスとリトの2人を指で示す。
無事に3つのはしをかけることができた。




