電気の使い方
プヨンは10歳になっていた。
以前から気にはなっていたことだが、この世界にはまだ電気というものが一般的に知られていない。電気製品というものが存在していないことを認識していた。
これも魔法の影響か。火水はすごく便利だけど、電気といえるものは雷のような自然現象をまれに目にすることがあるくらいで、電気の応用品はまったく見かけたことがなかった。
魔法にしても明かりは電気よりは火魔法に近いし、電磁気や光電効果の類は小耳に挟むことすらない。サンダーバードという鳥は多少使うらしいが、このあたりも周りの人はしびれる鳥と理解しているようだ。
一方でマジノ粒子が物質に作用するなら、電気もけっこう簡単にできるんじゃないのかなと思うようになっていた。マジノ粒子で電子に働きかけて動かしてやればいいだけだ。
変換した電子でもいいし、そのあたりの自由電子をかき集めてきてもいいが、一定の範囲にずらっと並べて一斉に動かす。
同時に動かす事さえできれば、それで電気が流れるだろう。ただ、イメージはできても目には見えない。
今の生活の周りに電気らしきものはないし、仮に魔法で作ってみるとしても力加減の予測もできない。間違ってしまうと最悪感電死する可能性もある。不安要素も強く、方法はいくつか思いついてもなかなか実行する機会がなかった。
そんなことを考えながら、今日もフィナのところにきていた。
フィナも暇なのだろう。横に座っているが、特に何をしゃべるでもなく、2人してぼけっとする。
静かで落ち着き、考えがまとまる気がする。
いろいろ思案していたが、シミュレーションすらできていない。やはり思っているだけで電気の扱いがうまくなるはずもなく、今日は意を決して一度試してみることにした。
電気のイメージをしながらどうやって実行するか考えてみる。
大きめの石と、小さい砂粒。こっちが陽子でこっちは電子。それをくるくると回転させてみるが、これでイメージできるなら楽なものだ。静電気や雷を頭に描く。
雷の電流がは10万Aくらいと言われているが、流れる時間はごくわずかだ。実際に電子が動く距離は1mもあれば十分だろう。そこから必要な電子量を計算した。
「こんなもんか。数は10の30乗個くらいでいいかな? このくらいかなぁ」
声に出して意識と知識を融合させ、どの程度の威力にするべきかを考える。
何度も事前に考えてきた方法だ。怖気付いていては始まらない。まずは予測通りの威力が出るか試すため、超軽く実行しようと気持ちを固めた。
マジノ粒子を電子に変換だ。これは対生成でいく。一列に並べ、10mくらい離れたところに、10mくらいの高さまで並べてみる。感電注意を気にして絶縁距離を1㎜1000ボルト程度確保するなら、もう少し遠い方がいいかと悩む。
もちろん並べてはいるが意識して変換した、いやできたのはごくわずかの量のはずだ。実際にそうなっているか不安は募るが、そう意識していた。
あえて声に出して心の準備をする。
「よし、やるぞ」
「何を?」
突然のフィナの声に、えっと心が乱されかけたが集中力が勝った。
今出した10mの高さの電子の列全体を一気に地面に向けて落とし。これで小型の雷になるはずだ。
「ビオグラフ」
小型の雷のような電気の流れを発生させようと意識した。言葉に出すと同時に、10m前方、思い描いた空間に地面から高さ10m程度まで、上に向か光の筋がほとばしった。
電気が通ったあとの空気が、発生した熱でプラズマ化して光輝く。
自然では何度も見慣れた雷撃の光景ではあったが、ここまで目の前は初めてだ。
プヨンは直視していたため思わず目をつぶってしまったが、もちろん間に合わない。
目の前が透けて赤く見える、しばらく視界が強い光を見た後の陽性残像も加わり、目の前がよく見えない。ただ控えめにしていた上に距離の問題もあり思っていた以上に威力は小さく、ふつうの雷と違ってジグザクな稲光などはなかった。
パッと光った。
ドドーーン
直後、一瞬遅れて音がする。雷よりは小さいが、間近に電気を流したこともあって、雷のように大きな音が発生する。小規模といえど、光が突き刺さったところは地面が焦げて黒くなっていた。
「ひゃーーー」
フィナはいきなり光が走り、大きな音がしたため思わず叫ぶ。
「プヨン! 何かやるならちょっと言ってよ。びっくりするでしょ」
フィナが意志のある会話以外の音をどうやって認識しているのか気になったこともあり呂律が回らない。
「ご、ごめん。なんか、急にできそうな気がして……、反射的に」
たしかに突然あれをやられたら誰だって怒るだろう。でもわりと思ったようにできたなと顔が笑ってしまう。
それがさらに怒りを煽ったようだ。ぷんぷん顔のフィナを前にすると単に拗ねているようにしか見えず、笑みがこぼれそうになるところを必死で我慢した。
そうすると、もう一つの疑問が浮かんだ。
電子が作れたら、陽子も作れるはずだ。これができれば、さらにくっつけて水素もできることになる。
これも試してみる価値は大いにありそうだ。もっともこれは雷とは比べ物にならないくらい危険だ。けっこう熱やいろいろと危ないものも出てしまう。
そう考えるがプヨンの性格からして一度思ってしまった試したい気持ちは抑えにくい。今度はちゃんとフィナに宣言する。
「フィナ、ごめん、もう一個試してみたいことがあるんだ」
手を合わせてみるが、この動作はここでも有効なようだ。
「え、また、やるの? 今度は何をするの?」
フィナがちょっといやそうな顔をしながらも渋々了承する。ただ身構えるためにも詳細を聞いてきた。
「ちょっとやってみたいことがあって、今度はその辺にちょっと火がでるはず。やるよ?」
「はいはい。わかりました」
よしっと声が出る。大変だと思ったが、簡略化した説明で了解してもらえた。これなら怒られないだろう。
「じゃー、やりますね」
まわりをちょっと見渡し、目標空間を定める。次はもう少し遠くにしようと、前方20m近く離れたところを指さした。
「シスターン」
ほんの少しだけだが陽子と電子を同時に発生させた……はずだ。ここからが難しい。いろいろと余計なものが発生しているがこれを抑え込まないといけない。
それでもすぐにかなりの熱気が伝わってきた。成功だ。
ばらばらの陽子と電子がくっついて水素になる際に、かなりの熱がでている。それがあふれて伝わってきたものと思われた。
あの辺はできあがった水素で満たされていることになる。あのあたりに火をつけたら、燃えて水ができるわけだ。まずは空気と混ぜてやらないといけない。
「アサップ」
着火と同時に20m先、水素をつくったあたりに火柱が立つ。もちろん発生した熱は冷却しているため、大して伝わってこない。さっきの水素生成に比べたらとるに足らない熱量だ。
ヒョウッ
すぐに甲高い音がして風を感じた。水素が燃えて水ができたのだ。空中がにじんだように見えるのは水滴が霧のようになっているからだろうか。
一応、それなりにできたっぽい。フィナが火の玉を作ったんだねと言っている。
だが問題は水素が燃えるまでが重要だ。
どのくらいできたかはっきりとわからないし、火をつけると反応時間は一瞬だ。量は控えめに、副作用防止は慎重にしないといけないのは、かなりの難点だ。
準備次第で大量に作れるのだろうが、かなりの破壊力も伴う。もちろん一気につくらないで燃やし続けると、ある程度の水を作ったりもできそうに思えた。まぁ、これも成功か。
できたことはできたとほくそ笑んでいると、ふいにフィナに肩を叩かれた。
「プヨン、あいつよ、あいつ……」
耳元で囁かれる。
思わず振り返って、フィナの指が指す方向を見た。フィナがさらに続けて言う。
「あの、ゴトウを追い払ってよ! あいつ、いつも私を食べようとするのよ」
「ゴトウ???? は? フィナを食べる?」
意味が分からない。フィナに問いかえしながらよく観察すると、ヤギのような動物が2匹、遠巻きにこちらを見ていた。
「え、俺もフィナ食べてみたいけど?」
「バカなこと言ってないで、さっさと追い払ってよ」
フィナに怒られる。
倒せなくもないんだろうけど、持って帰って売るのも大変そうだし、彼らも生きるためにしていることなんだろう。
怒られた腹いせにフィナに意地悪したい気持ちを抑えつつ、ここはおとなしく追い払うだけにすることにした。これを食べると危険だとわからせれば学習するだろう。
2匹のいる真ん中あたりに狙いをつける。
「ビオグラフ」
ドドーーン
2匹の間くらいの狙った位置に光の筋が走る。高さ15mくらいから小さな雷が落ち、大きな音が轟いた。
回数が増えたこともあり、狙い通りにできた。やはり電気系は便利だ。特に反応時間が短い。ただ、この音と光はけっこう邪魔に思える。
今のように追い払うにはちょうどいいが、もうちょっと音無しにしていかないとうるさく、目立ちすぎる。
威力の強い雷を弱めるというのは逆のような気もするが、うまくやれば痺れさせるといった使い方もできそうに思えた。
もちろん2匹のゴトウは音と光に驚いたようで、猛スピードで逃げていく。少し自己中のようにも思うが、他のものを食べていただくことにするのが無難な選択肢になると思えた。
「プヨン、すごい。すごいねー」
フィナはお喜びのようだった。手をたたいて喜んでいる。
「私たちにとって、ゴトウは天敵なのよ。回復系の治療ができない子たちは、ほんとに食べられちゃうんだからね」
「確かに若木にとっては命がけなんだろうなぁ」
フィナが年齢を気にするかどうかは知らない。フィナの前では10歳や20歳を気にする必要はない気がする。
もちろんフィナの年齢を考慮すると若木とは言い難いが、そこはすでにオトナの対応ができるプヨンだ。
上機嫌のフィナを見ながら、自分も思った以上にうまくいった2つの魔法のことを思い返して、プヨンも気分よくなっていた。
 




