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魔法の使い方教えます  作者: のろろん
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征服の仕方


 ノビターンは月例の儀式を終え、礼拝堂から出てきた。


 月初めにこの儀式をした後は定例の接着剤回収業務がある。精神と身体を結びつける接着剤だ。行き先もいつもと同じキレイマスの側、(プヨン達のいる)学校の敷地内だ。


 接着剤の見た目は松脂みたいなものだ。一度舐めたことはあるがそのままでは飲めたものではない。蜂蜜などを垂らしたらなんとかなるというレベルだ。しかし、無理やり精神を移し替えた者にとっては必需品。定期的に摂取しないといけない。


 特に意思を保ったまま肉体を入れかえる転写の成功率はこの接着剤が圧倒的に高い。ほとんどついていない精神を接着するにはこれ以外では成功率が格段に落ちる。他にもいくつかこうした接着剤が取れる場所があるが接着率は5割以下。失敗できないものだけに、無視できるものではなかった。


 

 キレイマス周辺は無人地帯な上に、未確認のものも含めた多様な自我生物が生息している。それらの自我が死後に大地に染み入って練られていくのだろう。 巨大な山脈で圧縮でもされるのか、やがて違う場所から少しずつ染み出してくるのだ。


 岩山の地下水、または石油に似ているかもしれない。

 

 キレイマスは知る人ぞ知る接着剤の湧き出しポイントだ。ノビターン知る限りもっとも純度の高い接着剤が取れる。なぜかはわからないが、ここしか取れない。


 ただ、そういう場所だからこそ祖父スイマーはあそこに採取場所を作ったのだろう。



コンコン


 ノビターンは一度戻って部屋でくつろいでたが、扉は開いたままだ。開いた扉に形式だけノックしてアサーネが入ってくる。ふとアサーネにある人物との連絡を頼んでいたことを思い出した。



「準備は順調ですか?」

「はぁ……。毎回なんだけど、自分でいくしかないのよねー」

「そうですね。私がお供させていただいてもいいのですが、また一人で行かれるのですか? お立場を考えてもう少し自重していただきたいですが」

「お供したら移動が面倒で何日もかかってしまうじゃない? ノミ2号がいればいいけど、馬車とかは危険だし時間かかるだけで面倒でしょ」


 そこで、ふーっとため息をつくノビターン。

 

「といって、ノミかぁ。また、ノミ1号かぁ。彼以外に無着陸飛行できるものはいないのですか?」

「いるにはいますが、皆それぞれ担当がおりますので」


 ノミの最大の難点は思い通りに動いてくれないところだ。しかし、こと長距離移動では卓越している。


 キレイマスまでの往復。普通なら何度も休みながらだが、ノミは飛行しながらの補給もできるため無着陸飛行が可能だ。特に暑い季節は餌も豊富で燃料切れの心配がまったくなかった。


 最近は祖父スイマーがネコ化生物になったため、他の者=ノビターンが行くしかない。何度か他の者をいかせたこともあったが、何も採れずに戻ってきた。採取する装置を使用する際、血縁者であるノビターン以外は精神の波長が合わず起動させることができなかったからだ。



「報告に参りましたが、いい内容ではありません」


 アサーネが切り出した。元は移動・連絡担当のノミに頼んでいたある者とのコンタクトの件だ。もちろんノミは当てにしていない。


 結局その者とは接着剤を取りに行った時に会ったきりだ。確かプヨンと名乗っていた記憶があるが、彼のことはずっと引っかかっていた。


「あの者のことは何か分かりましたか?」

「申し訳ありません、いただいた2枚の顔を元に調査しましたが、そのような者は見つけられませんでした」


 そう言ってアサーネは2枚の似顔絵を取り出す。


 一つはノミ製。子供の落書きだ。


 もう一つはノビターン製。スーイミン大聖堂で見た覚えがある、ネタノ聖教のフレスコ画の1つにそっくりだ。神話の勇者の一場面を描いた、巨大な怪鳥を打倒した、神々しさ、逞しい筋肉を兼ね備えた長身の美男子。こんなやつ現実には絶対いない。


「ノビターン様は絵がお上手ですから」


 似顔絵と言わずただの絵と言うところで抵抗している。『おいこら、ノビターン。お前は大聖堂で寝ぼけてたんじゃないのか? その似顔絵を描いたときの頭の記憶はいつの記憶だ』アサーネはそう叫びたい衝動を必死に抑えていた。


 極めつけは、この2つが同一人物を描いているという衝撃的な事実。お前ら一体誰に会ってきたんだよと。



 アサーネが悩んでいるが、ノビターンもお悩み状態だった。


 例の人物はあの学校の池の周りを見回っていたようだし、服装からも学校関係者で間違いないのだろうがおかしなところが多々ある。

 

 あの時、ノビターンは秘密の場所をこれからも秘密にしておくため、全力で仕掛けた記憶がある。今夜はおうちに帰さないつもりだった。

 


「どうかされましたか?」


 黙り込んだノビターンを心配し、アサーネがのぞき込むように声をかけてきた。


 あのときプヨンからは戦闘中の緊張感がほとんど感じられなかった。そして永住先を提供した手ごたえがあった。 それこそ致命傷に近いレベルで傷を負ったはずだ。


 それなのに彼の反応はまったく緊張感がなく、手を擦りむいたくらいの反応しかなかった。


 アサーネが『包丁で指切っちゃったの』などと懇意の司祭に甘えるときのような、かすり傷程度のような反応だった。単にもともとおかしいだけなのか、それとも……ほんとにかすり傷と思っているのか。



「い、いえ。あ、指切ったのは痛かった? もう治ったのかしら? あれから進展は?」


「ま、またそれですか。見たことは他には黙っておいてくださいと言いましたけど、私に何度も言わないでください。恥ずかし過ぎますから」


 普段はとかく張り詰めた印象のアサーネが、顔真っ赤にしているのを客観的に観察する。


 以前食堂で見たアサーネが使っていたブリッコ魔法は持続効果がある。印象が強く残っているためか、あとからじわじわと効果がくる特別な魔法効果があり、思い出し笑いなど突発的な追加ダメージを精神に受けてしまうのだ。

 戦闘中に突然のフラッシュバックが起こった時どうなるのか?ノビターンは気をつけようと思った。もちろんアサーネはぷんぷんだ。



 ノビターンは突然いつもの感情を出さない表情に戻った。一通り笑ったあとでやるべきことを思い出し、あの笑撃をネタにする儀式を終え現実に向き合う。


「そうそう。例の侵攻の結果よね。征服はどうなったのですか?」


「ノミがベッガース将軍の諸都市の征服方針の説明にきております。書類にまとめてきたと申しております」

「まあ。ノミにしては珍しいわね。今回はちゃんとやったのね」


 最近ノミには透かされることが多かった。今回はベッガース将軍の少し無謀なところから、周りへの大きな被害が出ないよう、しっかりと征服手順を準備するようにしていたのだ。


 独特のノミニケーションのため、何か違う、そんなことが多かったが今回は問題ないようだ。ほっとした。



「ノミ、問題なくかえって参りました。いやー、今回は大変な成果でしたな」

「ご苦労様。ことのほかうまくいったようで安心しました。特に犠牲者が少ないことは喜ばしいことです」


 今回は比較的派手な戦闘はなかったらしい。突然の奇襲だったこともあり、組織だった反抗が少なかったことが多い。もちろん負傷者の大半は治療にて回復しており、寄進という名の徴収で多くの物資も手に入れたとの速報が届いている。

 

「不思議なことに街の者達は攻められたにもかかわらず、大半が自主的に全財産を差し出したそうですぞ。おかしなことですが、喜んで将軍のために働いているそうです」


 計画通りだ。ニードネンが最大限に高めた高位魔法『ハイネス』を使った結果だろう。これを受け大半が恭順を示す。そしてその寄進物を対価代わりに施しつつ市民を使役していくのだ。

 自分の給料を自分で納めさせる。ノビターンとしては心苦しいところではあるが、これもネタノ聖教のさらなる繁栄のため、やむを得ないことだと言い聞かせていた。


 意思が強い反抗者は捕まえられ、おそらくベッガースがその場の簡易裁判で懲役兵として最前線送りにしてこき使うだろうことは予測できた


「それで、その後はどうなのですか? ちゃんとどう征服を進めるのか聞いてきましたか?」


「もちろんですぞ。将軍は多忙であまり教えてもらいませんでしたが、そこは仕事一筋のノミ。なんとかハゲット将軍の側近の一人を捕まえて聞き出してまいりました」


 ノミが鼻高々だが、壁際にいるアサーネは眉唾で様子を見ている。いつもならこのタイミングで大どんでん返しがある。少し期待してしまう。


「ほら、これに。この書類を見てください。いや、もうほんとに苦労しました」

 けっこうな厚みの書類を手渡す。50枚くらいはありそうだ。


「おぉ、すばらしい。これだけしっかりまとまっていれば、きっと大丈夫でしょう」


 アサーネは少し期待外れの顔をする。ここでイベントが発生するはずなのに、今日はフラグが立たないのか。ノビターンはにこにこと紙をめくる。


「あ、その情報を手に入れるために、幾ばくか必要経費がありました。あとでお願いできますかな?」


 そうノミが言うとノビターンの顔が急速に羅刹に変わる。きたきたーとアサーネがちょっとほくそ笑む。


「な、なんですかこれは? これが征服に関することなのですか?」

「え? 何か手違いがありますかな? ちゃんと制服の要領書ですぞ。いやほんと苦労しましたよ」

「こ、これは、三面図ではないですか? こんなにたくさんの服装が」

「いやー、すべてを聞き取るのに苦労しました。ハゲット将軍は細かいらしく、スカート丈から、色まですべて記載されていました。私は言ってやりましたよ。全年齢で1つはさすがに厳しいですぞと。おかげで、年代ごとにスカート丈が変わりました」


「ふぉぉぉーーー」


ノビターンは倒れそうになるのをぐっとこらえ、両手に力を込める。


「こ、こんなものーーーーーー!!」


ビリビリビリッ


「ああーーあー、私の力作が……」


 豪快に破かれる制服要領書、アサーネは満足していた。

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