戦怜(洗礼)の仕方 2
相槌を打たなくなったプヨンを見て、アデルが不安になったのか確認をしてきた。ミハイルの経験アップのための戦怜の打合せだ。
「だいたいこんなところでいいか?」
「え? あ、うん。それでいいんじゃないかな」
プヨンも昔アデルに同じことをしてもらったときの記憶を思い返していたため、会話の中身が一部抜け落ちている。
アデルに念を押されてようやく意識が戻ってきた。
もちろん、アデルは心得ている。
「よし、じゃあ反復だ。今言ったことをプヨン説明し直してくれ。理解度を測る」
まともに聞いていても正確には半分も理解できていない。それには相手に説明させるとよくわかった。
ドキッとする。自分でも流していた認識があるから焦る。
プヨンはエクレアの真似をして知能強化を試みた。しかし鮮明に思い出せたことと言えば、もっともインパクトの強かったメサルの女性論ばかりだ。
それでもアデルとの会話の断片をかき集め、さらにビット補正で欠落した情報を補正する。復号化し、総合的に辻褄のあうようにする。
データが破損しています、うわーっとならずになんとか言葉を紡ぎ出した。
「アデルわかってるよ。盗賊や強盗の取り締まりでいくんだろ。最近被害情報が多くなっているのは、北方の揉め事の影響なのかな」
予備知識を総動員し、さも聞いていたように演じる。たしかに北の方で活発になっている武力紛争の絡みで、品薄になった物資が高騰しはじめており、人の行き来も盛況になっていた。
武器や防具、そして保存のきく食材の取引が急増している。危険が全面に出る前の駆け込みだろう。それに加えて動物繁殖期のため、護衛などの武力需要も高い時期だ。
「今回のミハイルの件は2人組って設定と聞いたけどそれでいいんだよね。アデルがピンチになってやられそうになって、限界条件での戦いを経験させてミハイルの動向を見極めると」
ニヤッと笑うアデル。合格点はクリアしたか。
「あぁ、そこはぬかりない。もちろんミハイルには感づかれていない。ククク、さぁあいつはどっちに出るかな。敵前逃亡したらどうしてくれようか?」
実際戦闘になったら、全滅するまで戦うということはまずない。死にたければ別だが、そんなことをしても後に響くだけだ。
後遺症を極力抑え、どう乗り切るかを考えつつ戦うのが基本だ。それは身体の欠損だけでなく、精神面や金銭面も含んだ話だ。その場しのぎの下手な行動をして後で仲間から非難されることがないように振る舞う必要があった。
そしてプヨンは思う。複数でならともかく、アデルを1:1で圧倒できるなどレスルの教官でもまずいない。多対一でもアデルならうまく逃げる算段をつけるだろう。そんなアデルがピンチになったら、ミハイルがどうこうできる可能性は低いはずだ。
「ミハイルは逃げるかな?」
「仲間をおいてでも生き延びる、それも選択肢の一つだ。そういう自分を知ってしまうと、それ以降そんな自分を認められるかは知らんけどな」
生き延びるには逃げという選択肢がでてくる。今回は援軍はないが、仲間が生きているのであればレスルに戻って応援を組織するとこともできる。要は逃げ方の話だ。
「あぁ、あいつがどう支援し、行動するか見つつな。そして俺の負傷はプヨン、お前に任せる。十分実力は知っているつもりだから、お前なら治療は大丈夫なはずだ。もちろん相手と組んでることは秘密だぞ、せいぜい治療の訓練にでも使ってやってくれ」
相手はどういう方法で仕掛けてくるのだろうかと気になる。いろんな相手と対戦して応用力を高めていこうと思うプヨンだ。思わずブルっと武者震いがでた。
アデルはプヨンの理解に一応は納得したようだ。
「一応理解できているようだな。特に作戦時に敵味方の識別方法を聞き忘れると悲惨だからな」
アデルの言うことはわかる。こうした話の中で、敵味方区別の方法、合言葉や暗号的な仕草などを決めておくこともある。何かの言葉を言うと全員が特定の行動をするとかだ。
多人数になるほど敵方が紛れ込んでいることも出てくる。
そうしたときに適切に排除できないと全員が危地に陥ることになってしまうため、こうした淘汰は必ず組み込まれた。そのかわり忘れた場合は問答無用で始末される場合も出てくる。
プヨンはスッと補聴器のようなマールス通信機を差し出す。ユコナ、サラリスと買い換えた仲間内認識用の道具の一種だ。
「グループ化された通信機同士なら仲間かすぐに区別ができるよ。最新装備だよ」
アデルもそんなものは百も承知だとばかりに、スッと懐から似たようなものを取り出した。
「当然だ。俺が敵なら、1人始末してそいつからゲットして、仲間のふりして近づくぞ。お前は生き延びることができるか?」
時代遅れを指摘しようとしたが、アデルの方が一枚上手だった。敵を味方と思いこんだ時ほど厄介なものはない。アデルの指摘は正しかった。
プヨンとアデルはミハイルと待ち合わせのため、レスルの受付のそばに移動する。ミハイルは受付の子と話していた。
たしか、この子はリトだったか。
レスルにはまだそう数えられる程度しかきていないためリトの実力はよく知らないが、リトの醸し出す雰囲気はミハイルより威圧感があるように見える。
単に作業員として雇われたというよりは、レスルで受付できる何かを持っていそうだ。
「リトー、今日はアデルさんと街道警備なんだよ。1人くらいは捕まえたいけどな」
「そうなんですね。すっごいです。この辺りの平和はミハイルさんにかかってるんですね」
「えー、へへへ。そうかなあ」
「絶対そうですよ。頑張ってください。最近少人数ですけど強盗が時々出没しているんですよ。ただ、目撃情報がばらばらな上にみんな恐れて退治しないんです」
「そっかー強いのかな? ちょっと怖いな」
「大丈夫ですって。それに、これ……」
ドンっと小瓶を置く。
「レスル新製品、『モンスタータイジー』。なんと従来の2倍の気合充填量なんですよ。ある町でしか充填できない特製品ですよ。一昨日入荷したばっかりで、魔力がほとんど抜けていませんよ」
「あ、あれは?」
「お? 何だ知っているのか?」
プヨンにはリトが置いた小瓶はランカがつくっているものと同じに見えた。一瞬あっと声がでてしまったが、でも似ているだけかもしれない。
ミハイルの様子を見守っていたアデルが不思議そうに聞いてきたが、慌てて知らないとかぶりをふった。
あらためて視線を戻す。ミハイルは買おうか迷っているようだ。
「お気に召しませんか? じゃぁ、こちらはどうですか? 『ベッドフル』。任務を果たした英雄を癒すのは美女の務め。 なんなら私がベッドサービスさせていただきますけれど?」
ザワッ
受付のリトが誘っている。しかもレスルの受付前で堂々と。あからさまに不自然だ。
しかしまわりの若い男(プヨン含む)どもの一部がざわめき立っている。みな、聞き耳をたてているのがわかる。
強い妬みと殺気が入り混じった波動がミハイルを襲うが、彼は完全に無効化できている。いや、気付いているがスルーできているのか。
「アデル、ミハイルはやばくないの?」
「大丈夫だ。あれは新入りにクスリを売る時のリトの常套手段だ。気にするな」
プヨンはミハイルの心配をしているが、アデルはリトの肩を持つらしい。これも経験ということか。
「まわりの男たちの視線もすごいが、あれを耐えるミハイルもなかなかだね」
「どうせ、聞き耳を立てているやつらも大半は経験者だ。なぜならあれは精神回復+睡眠薬だからだ。リトがメイキングしたベッドでよく眠れるだろう」
「えぇぇ、そうなんだ。それは……」
「それにリトは、相手の魔法発動時の集中をかき消す『無効化』魔法の達人だ。あいつ自身の攻撃力は弱いが、集中力を乱されてこちらの攻撃もなかなか効かない。まぁ、押し倒すのは厳しいな」
詐欺だといいたいが、別に嘘はいっていない。たしかに気持ちいいベッドを整えるのは十分なサービスだと解釈できる。
「モンスタータイジーとベッドフル、セットで特別に200グランですよ。ミハイルさん、あなただけにお勧めしますけど。どう? どう?」
リトが最終手段に出た。胸を持ち上げるような仕草でクスリ2本セットを売ろうとしている。200グランといったら、ミハイルなら実入り2日分だ。今からする仕事分まるまるクスリで使うことになる。しばし沈黙が訪れ、そして、
「か、買います!」
「ありがとうございます。わたし、戻ってこられたら精一杯サービスしちゃいますね」
あえてミハイルを引き寄せて耳元に向かって小声でいうリト。
ザワザワッ
再びざわめきが起こる。誰も止めに入らないところを見ると、これは自ら学ぶしかないということだ。
ミハイルには未経験の若手からは嫉妬が、経験者からは若者の成長を満足そうに見る暖かい眼差しが感じられた。
「よし、ミハイル。しっかり約束してきたな。もうお前は手ぶらで帰れねぇぞ。俺たちは仲間だ。しっかりやるぞ」
プヨンはなぜかアデルの『仲間』に力がこもっている。もちろんアデルがなぜリトのサービスがベッドメイクだと知っているのか、その段階でおおよそ理由はわかってはいたのだが。
ミハイルのあと、プヨンもアデルと行動するためリトと話をした。レスル名「WC委員会」を聞かれて登録証を見せたが、ろくな資格がないからかそれともプヨンがまったく惚気なかったからか、
「あぁ、サラリスさんがリーダーしているところですね。最近あまり活動されていませんね。はい、次の人」
あっさり終わってしまった。もちろん、サービスのサの字もでなかった。
街を出て形は警備をしている。アデルを先頭に怪しそうなところを見て回る。正直、プヨンはこんなところで襲ってくるものがいるとは思えない。仕組んでいる者以外は、ふつうに考えたらろくな荷物も持っておらず、しかも武装した男3人に襲い掛かるなどいるはずがない。
逆にそんな者たちがいたら、何か裏があるだろうとすぐに感づかれてしまうだろう。
アデル達とは盗賊退治的な話をしてはいるが、なんとなく上っ面だけの会話が続いていた。
1時間、2時間、休憩をはさんで時間が過ぎる。そして、日が暮れかかった頃、お目当てのタイミングがきた。
木々のないごつごつとした岩場だ。日が傾いてきたため、影がのびて薄暗いところも多くなってきた。そしてプヨンはある岩の後ろから隠しようのない殺気が漂っていることに気が付いた。ミハイルも気付いたようだ。アデルが目くばせをする。
「いいか、ミハイル。敵前逃亡はなしだぞ。おい、そこにいるやつ。隠れても無駄だ。出て来い。丸わかりだぞ」
そうアデルが呼びかけると、目の前の岩場から女性が一人姿を現した。
「え? サラか?」
アデルが誰に頼んだかと思ったていたが、完全に予想外のプヨンだった。そういえば、リトが『今日お仕事入っていますね』と言っていた気がする。鮮やかにリトの口調が脳内で再生された。




