戦怜(洗礼)の仕方
アデルがミハイルに対しての戦怜の儀式を説明する。
この辺りでは、治療魔法や薬による回復が一般的になっている。
そのため重要なことは、大けがをしたときに冷静に振る舞いつつ治療を受けられるように退くことだ。
これはその経験を積むため、実際の戦闘をしつつ一撃で即死したりしない範囲で、新人にちょっとした試練を与えることが基本的な目的だ。
以前プヨンもアデルが手配してくれたことを思い出していた。
あの時もアデルからはプヨンは何も知らされていなかった。ユトリナの街の外をフィナと歩いていたら、突然声をかけられ、手伝ってくれと言われたのだ。
「今日は1人なんだ、ちょっと助けてくれ。回復役がいなくてな。まあ危険はないはずだからプヨンが何かすることはない。万が一の保険程度だ」
基本的にプヨンは『はず』や『つもり』は信用しない。
内容からすると薬箱の確保のようだ。ちらっとフィナを見たが、フィナも嫌そうではない。
「そっちのお嬢さんも参加してくれるかな? 危険はないはずだ」
「いつものことですしね。いいですよ」
「いつものこと?」
フィナの受け答えは不自然に感じたが、一瞬のことで気のせいかと思う。フィナの表情からはそれ以上はわからなかった。
アデルとフィナも互いの顔は知っていると聞いたことがある。もしかしたらこうしたお手伝い依頼を何度かしているのかもしれない。だからか、フィナが了承するときも、特に条件らしきものは聞こうとしていない。
「どうするの?わたしは暇だから別にかまわないけど?」
フィナはもともと表情があまりない。それでもなんとなく秘密があるのがわかるが、結局疑うこともできず、プヨンも時間があり拒む理由はなかった。
それがアデルに仕組まれたものだった。
その頃はちょうど1人で活動する『ソロ盗賊』が増えていた時期だ。
一般的に盗賊は獲物より人数が多いほうが有利だ。3、4人以上で徒党を組むことが多いが、多いからといっていいわけではない。目立つうえ、その分稼ぎが必要だからだ。10人を超えると、国や町からの討伐依頼がすぐ出てしまう。
逆に1人では火力が弱いため返り討ちにあうリスクはあるが、それは相手を選べばいい。
無謀だとは思うが、やむを得ず単独で移動する女や老人も意外に多い。そいつらを狙うのだ。
そして、そういった相手からは根こそぎ奪うようなことはしない。いくばくかの通行料をもらうだけのため、運が悪かったで済んでしまうことも多かった。最大のメリットは足が付きにくいことだ。
「まあ、見回りだよ。見回り」
アデルが歩きながら説明してくれる。見回りといえど相手次第で応戦するし、勝てない場合なら報告する必要がある。
「1人だと武装してる旅人と見分けがつかないだろ。有志のレスルの登録者や警備隊なども警戒してはいるがなかなか捕まらないんだ」
「相手が複数なら無理はしないんでしょ」
「あぁ、もちろんだ。まあ3人くらいまでなら俺一人でもなんとでもなるが、攻撃系の魔法を使われると無傷ではすまないからな。そこでプヨン、お前の出番だ」
アデルの言うことはわかる。プヨンも資格Aでも十分できそうな軽微な怪我の治療と思って引き受けた。フィナも戦力にはなるだろうが、アデルも無理はしないと言っていたからだ。
道中、アデルを先頭に歩きまわる。しばらくは何事もなかったが、待ち構えていたかのように2人組が現れた。
1人賊だと聞いていたが、当然他の賊にあたることもある。ふつうだと何かようかなどとアデルが問いかけるが、無言でにらみ合っていた。
「なぁ、普通に考えたらアデルを筆頭に俺とフィナで3人もいるのに、それでも襲ってくるものなのか?」
こちらは見た目が大人に見えるのはアデルだけだ。そのため盗賊からすると十分いけると思われたのか。
フィナに聞いてみたが返事が来る前に相手は動き始めた。これ以上考えても仕方がない。
「聞いていた話とは違うがくるぞ!」
アデルが武器を構えろと叫ぶ。
普通、金銭目的なら啖呵を切るはずだがそれもなく、いきなり後方から石弾と火球が飛んできた。合わせて20発近い。
いきなりの多発攻撃だ。
「え? なんで俺にくるの? フィナには?」
物理的な防御方法が皮膚の硬質化で、もちろん火球があたると火傷する。窒素の冷却で応戦しすべて相殺した。
「アデル、こちらからはいかないのか?」
「あぁ、他にもいるかもしれない。慎重にいこう」
カン、カカン
剣の撃ち合う音がする。相手はなかなかの手練れだった。徐々にアデルと引き離され、孤立していく。剣技では完全にプヨンは分が悪かった。
ザクッ
「グッ」
「プヨン!」
油断した。浮遊ナイフが背後から襲ってきた。ちょうど硬質化できない関節部分を狙われて、脇の下から肩に向かって刺さっている。
短剣だが剣身の中に穴が空いているようで出血が止まらない。さらに刃に返しがついていたようで、無理して抜くとかなりひどい怪我になった。
フィナが叫ぶ声が聞こえたが、フィナも応戦している。プヨンを手助けする余裕はない。
一度大きくとびすさって距離をとった。予想以上に出血が激しい。
動きながらの治療は経験がある。
プヨン自身の技術が未熟なため、相手の攻撃をかわし切れなかったり、感知しにくい隠蔽武器や速度の速い弓矢で受傷したことが何度もある。
その時は周りが回復に来てくれたり、自力回復中に仲間からのフォローがある優勢の場合だった。だが、今回はそこまでの余裕がない。
のんびりしている時間はなく、手加減している余裕はなかった。すぐに目の前の相手を何とかしないといけない。
それまでは周囲の味方を巻き込まないように、範囲的な攻撃は控えていたが躊躇していられない。
「ヴァッサーバリエール」
氷壁を出して自身を守る。もちろん守るのは次の魔法からだ。怪我のせいで集中力がないのか水が壁にならず凍り切っていないところがある。何とか気力を振り絞る。
「ま、待て。まつんだ」「プヨン、やり過ぎはダメよ」
それまでフォローがなかったアデルが焦ったように叫ぶ。なぜかフィナも。
「えっ?」
もちろん、今更とめられない。
「ヘロン、息を止めろ。炎を吸い込むな」
アデルが敵に向かって叫ぶ。なぜだと思ったが動作は止まらない。
「ホイールウィンド」
自分を中心にして小規模なつむじ風を起こした。もっと大きな威力を狙ってはいたが、動きながらの上、痛みによる集中力の乱れもあって、この程度の威力を出すのが精いっぱいだ。
しかし、なんとかそこに「デルカタイ」系の窒化火力をぶち込み、即席の火災旋風を引き起こす。
ゴォォォーーー
突発的に発生した旋風が5秒間吹き荒れ、そして炎が収まった。
さっきまでプヨンと向かいあっていた攻撃相手は、おそらくなんらかの抵抗をしたのだろう。それでも立ってはいたがかなりの火傷を負っていた。服もボロボロだ。
「こらーアデル、話が違うだろーが。何だこの仕打ちはー」
のどを火傷したのか声がおかしい。まだ元気はあるようだが体はひどい状態だ。慌てて仲間が治療に当たるが思ったほど回復していなかった。
「ぐぅ。すまねえ」
「これじゃ俺が試練を受けたみたいじゃねーか」
参った、降参だとヘロンと呼ばれた男性が叫んでいる。おかしかった声が戻ってきている。自身の魔法による鎮痛効果や装備がしっかりしていたのか傷が回復してきているようだ。
ヘロンは耐熱系の厚手の服を着込んでいたようだが、顔や腕などの露出部分がとくにひどい。火傷は即死することは少ないが、そのかわりしっかり治療しないと動けない上、後遺症が残る。
火傷しているのが敵方であるにもかかわらず、フィナが冷気で冷やし何やら花粉のようなものを振り撒いている。どうやら痛み止めらしい。
もう相手には戦意はないようで、戦闘は終了した。
プヨンは周りの行動が腑に落ちなかったが、まずはさっさと自身の治療をしてしまう。失われた血液分は補充できなかったが、体組織のコピー再生はすぐに終わった。
腕が元通りになると、アデルを問いただす。そして事情を聞いて理解した。
「あぁ、お前に戦闘中の負傷と相手に躊躇なく攻撃できる実戦練習をさせてやろうと思ったんだ」
「そうなのか。じゃあ相手も仲間?」
「あぁ、あいつはまあグループは別だが、武闘系のレスル仲間みたいなもんだ。お前に試練を与えてやろうと思ってな」
みんなグルだ。
何かおかしいとは思っていたが。もしかしたらフィナもか。フィナを見ると一瞬目を逸らし、そしてハッとしてぎこちない笑顔を返してきた。クロだ。
「実際本番で追い込まれた時、初めてだとパニクルんだ。とくに治療役は自分で治すだろ。誰も治せないこともある。こういう経験は貴重なはずだ」
プヨンは自分を治療した後、ヘロンの治療を手伝う。髪や眉毛の毛先とボロ服以外はもとどおりだ。
「こらアデル。服代はお前持ちだからな」
「わ、わかった。HB服か。や、やむを得ない」
「それじゃダメに決まってるだろう。超高級レア、5VAだ。当たり前だろ」
「そ、それは。伝説級だろ。そんな素材はないぞ。どこにあるって言うんだ」
「バサルトスーツ買ってくれ、バサルト繊維は……」
プヨンはヘロンとアデルから離れた。フィナがボーッとしていたからだ。さすがに疲れたのだろうか。
「まあ、誰も致命傷がなくて良かったな」
「……ほんとにそう思ってる?」
「え? まあヘロンさんにはちょっとやりすぎたかも知れないけれど、あれはあれで相手も悪いし」
一応自分の認識を伝えたが、フィナは憮然としていた。何かしら言いたいことがあるようだ。
「それは人視点よね」
「と言うと?」
「さっきまでの地面見てみてよ。全体を見たら多くの命が失われたわ」
そう言われて動き回っていた地面を見る。飛んだり跳ねたりしたところの地面の草がえぐり取られている。
「あっ、そうだ」
飛び回った跡が1人分、プヨンの分しかない。
「それにさっきのプヨンの火魔法はどのくらいダメージあったかな?」
「あっちはもっとひどいわよ。私の仲間が壊滅よね」
「うっ」
地面は黒焦げだ。砂地のところでも雑草レベルは黒焦げだろう。虫レベルでも。
「まあ大きな動物は動き回るだけでも、いろいろと踏みつぶしたりするわね。それはそれでやむを得ないことではあるけれど、アデルさんとかはそれを避けてくれているみたいね」
本当かという気はした。ただ、動き回ったあとがあるのはプヨンだけ。フィナの分すらない。俊敏な動作のためかもしれないが、周りへの生き物への配慮ともとれる。
「一般的なやるべきことがやれてないってことか」
プヨンは、フィナの言葉を重く受け止めていた。
狙うべき相手は狙うが、それ以外にも配慮しながら戦っている。アデルが意図した戦闘中の試練ではなかったが、熟練者のとるべき当たり前について重く受け止めていた。




