解呪の仕方 4
ワサビの腹具合をいろいろと調査してみる。しかし見ているだけではわからないことは、聞いてみるしかない。
「これって恥ずかしい?」
「え? そっちですか?」
いったん落ち着き平静を装っていたのが、また真っ赤になる。予想通りの反応だ。
「いや、ちょっと。聞いてみただけ。これ動きますね」
ちょっと反応を見たかっただけなのに露骨に引かれたが、不審そうに見る顔も少し可愛らしいと思ってしまった。ただ、あまり引っ張ると危なそうだ。リングも恥ずかしさも。
「なぁ、これって簡単につけ外しできるの? そのヨークって人はどうやったの?」
「女性の方でしたけど隣の男性と話しながら、少しずつ入っていくような。5分くらいかけて入れていました」
ストレージを使う方法ではなく、相手の体内から物を抜き取るような技術があると聞いたことがある。高速の切り取りと直後の治療魔法の複合業だ。
達人レベルともなると、内臓や骨の一部などを苦痛を与えずに瞬間で抜き取れるそうだ。あるいは剣を突き刺して引き抜くと傷一つないとか。あれと似たような感じなら、この輪っかも取り外せるのかもしれない。手ですばやくもぎ取って素早く傷を治療すれば、さも抜き取られたように見せられるはずだ。
いくつかアイデアが出る。まぁ、どれもできることはできそうだが、なるべくベストな方法を選びたい。
微細振動で切る ⇒ ×。振動による摩擦熱が出るから熱いし痛い。
まとめ切り ⇒ ×。いっぱい切るから痛そう。
引きちぎる ⇒ ×。痛すぎ。論外。
少しずつ切る ⇒ ?。ちょっとずつなら痛くない……かも?
まずは、練習だ。
「じゃあちょっとアイテムを」
「え? アイテム? 道具ですか?」
プヨンは先程片付けたゴミの中から、竹串を一本取り出した。さっき串カツを食べていた串だが、
「それは?」
「伝統のアイテム、串カツの串。自然に優しいエコ仕様だ」
「は?」
大昔からある伝統的な刺突武器だが、だから何という顔だ。
「おぉ、それはなかなかのレアアイテムですね。これをどうするんですか?」
「うん、まずはちょっと消毒をね」
「あぁ、色が変わっていく。って、真っ黒になりましたけど? あっ崩れた。これでどうするんですか?」
「……ゴミ箱に捨てますよ……」
ワサビの興味津々の目をまともに見れない。加熱殺菌しようとしたら火力を間違えたらしい。黒焦げになった。
「ちょっと壊してしまった。もう一本あるよ。あはは」
「え? えぇ?」
今度は高圧水で表面に付いていた汚れを洗い流し、ストレージに出し入れして念には念を入れる。これで準備ができた。ここからが本番だ。
自分の手の平にそっと刺してみる。
「えぇ? 何をするんですか?」
突然串を手の平に突き刺したプヨンを見てワサビは慌てて止めに入ったが、プヨンはそれを反対の手で遮った。
刺さった瞬間周りを治療魔法で修復する。また少し刺して治療。
ひたすらそれを繰り返す。慣れていないからゆっくりとゆっくりとだが串は手の平に深く入っていく。もちろん刺す瞬間にチクッとした痛みはあるが大したことはない。もちろん血もほぼ出ない。
「どうする、プヨン。 マンドレイクする?」
「いや、自分でできるからいいよ。意思のコントロールで痛いの飛んでくし。ただ骨は串じゃ無理だしなぁ。ズバッと刃物で切ったら速いけどそれじゃきっと痛いし、治療が追いつくかなぁ」
鎮痛効果を出そうかとフィナツーが言うが、プヨンは自前の心頭滅却を応用した痛覚軽減魔法で乗り切れそうだった。ただお試し串には限界もある。
「串じゃ穴は開いても横幅がないし、痛くなくてスッパリキレイに切るのがないかなぁ」
急にフィナツーの顔が輝く。何かアイデアがあるようだ。
「ふっふーん、あるわよ。フィナ奥技神スパが。紙で手を切るやつの応用よ。まさに神レベルの紙スパ」
たしかに紙スパは技術的に可能なのはわかる。紙の表面でスッパリ指や手のひらを切るやつは偶然でもよく起こるからだ。木霊のフィナやフィナツーなら、簡単に紙になれても不思議じゃない。
「あれで指切ると痛いよ?」
チッチッ、と指を横に振って遮るフィナツー。なんかむかつく。
「質のいい刃物は切れてもわからないでしょ、紙も一緒よ。超よく切れる紙スパいくわよ」
フィナツーが振り出す木粉を固めて紙のようにするとプヨンの皮膚を切り始めた。切れる速度は遅いが、切れ味はよく確かにあまり痛くない。
プヨンは切れた部分を即席治療で修復する。切断深度はせいぜい2㎝だが、見た目はただきれいに皮膚が分かれていくように見える。
その時、ボーンボーンと2回連続で音が聞こえた。
「あっ」
今までさして焦りの見えなかったワサビが流石に動揺し始めたのがわかる。プヨンも時間をかけすぎた。すぐにワサビに使う準備を始める。
「フィナツー、今のカッティング魔法を頼む」
そう言いつつ『コニータデナーラ」でワサビにも痛み止めをした。ワサビは身動きせず、じっと様子を見ている。
まずはフィナツーがワサビのお腹に埋まったリングの表面と体組織をはがしていく。もちろん剥がれると同時にプヨンが治療する。
ワサビのおへその真横あたりに半分埋まった石部分に特に注意する。
「これは、なんというかハラータイマーかなぁ」
ボゴッ
無意識のつぶやきと同時に頭に衝撃を受けた。
はっと意識を取り戻したが直前の記憶がなく何を考えていたか思い出せない。それでも目の前の状況から石剥がしを再開する。
やがて腹部に埋まっていた石とリング部分が体組織から離れ、くるくると回せるようになった。
「あ、あぁ。と、取れた。取れましたよぅ」
ワサビが上擦ったような声を出す。嬉しそうだが取れてはいない。単に癒着がなくなっただけだ。本番はここからだ。
まず『パイロン』で防御壁を張る。これで最悪尖晶石が爆発したり何か魔法を発動しても、衝撃や爆発系ならある程度耐えられるはずだ。
ワサビの尖晶石はさらに音の間隔が短くなり、心拍と連動するかのようにボンボンとうるさくなるようになっていた。
「プ、プヨンさん。大丈夫でしょうか?」
「あぁ、まだ脈拍は150くらいだ。いける」
ワサビはかなり精神的にまいってきている。それはそうだろう。
「しかし、こんな嫌がらせのような道具を作るなんてひどいな。続きやるよ?」
「は、はい」
ワサビの返事など待たずに続きをする。輪っかの部分の引き抜きだ。フィナツーの紙スパはある程度理解した。
これを応用しリングの表面に切断機能を取りつける。そして刃物状のリングをゆっくりと引き抜いていく。表面が触れて皮膚の表面が削れる。削れた分だけリングが動く。また皮膚に当たり表面が削れ引き刷り出す。
浮いたところは治療。引っ張り出す。治療。羊羹の糸を引き抜くようにゆっくりとリングを引き抜いていった。
以前曲芸で体内からスプーンを取り出す技芸を見たことがあるが、おそらく似た方法だ。
曲芸では何度も同じ条件同じ方向で慣れているのだろう、あっという間にとりだしていたが、プヨンはゆっくりと慎重に外していく。念には念を入れて傷つけないように衝撃を与えないようにだ。
それでも徐々に外れていく。ワサビの腹の中がどうなっているかは見えないが、内臓部分には食い込んでいないのかもしれない。
「あ、あと少しです」
「よっしできた。取れたよ」
心臓の鼓動を煽るように早くなる音に腹が立つがなんとか間に合った。ワサビの腹はリングがはずれ元通りに治っている。
「やった。すごいです」
「よし投げ捨てるぞ」
防御壁に包んだまま投げ飛ばそうと振りかぶった。しっかり掴んだその瞬間、
トッコーーン
激しい光と小さく破裂音がした。音自体は防御壁のせいか、どこか遠くでした程度の音だが光のことは失念していた。
「ま、まぶしい。目が……」
反射的に持っていた石を強く握りしめる。同時にプヨンが掴んでいた手が激しく引っ張られた。手が外れない。プヨンが掴んだまま石が空に向かって飛び出していく。
「プヨンさん、待ってください!」
「うわーー、爆発じゃないのかー? と、飛ばされる!」
ワサビの声が急激に小さくなり、プヨンは一気に天高く舞い上がっていった。
空に向かって尖晶石に引っ張られながらプヨンは考えていた。とりあえず飛ぶ速度にブレーキを掛け続けることで安定飛行に入っている。
あれはあれでよかったのだ。そう自分に言い聞かせる。ワサビは無事だし、爆死を避けるという目的は達成され、さらにプヨンはそのまま厄介ごともなく脱出できた。
しかし、この飛ばす威力も尋常ではない気がする。さすがに今までためていただけのことはある。プヨンは大質量の武器を背負っているはずだが、それも飛ばせるだけの力がたまっていたようだ。
もう少し遅れていてこの勢いで腹を引っ張られたら、ワサビのお腹は大変なことになっていただろう。
プヨンが握り締めていた石を剥がすと、石はそのままどこかに飛んで行ってしまった。
「まぁちょうどいいや、もとはユコナが雷神様だったから脱出したんだし、後始末も当然ユコナに任せておこう。雷神様大人気ですし」
飛行速度は石のせいもあってかなり早く、何もないままもうキレイマスの町の上空にきていた。2度ほど遠くに他の飛行人の姿を目撃したくらいだ。
「プヨンどうするの? キレイマスまできたけど」
「まぁ、休憩だよな。疲れたし。フィナツーもそうするだろ?」
キレイマスの上空から街のはずれに目立たないように着地し、プヨンは休憩も兼ねてレスルに向かった。
レスルで食事をしていると、ふいに肩を叩かれた。アデルだ。
「偉いぞプヨン。よく俺のタスケテーラを捉えた。さらにできるようになったな」
「は?」
アデルはテーブルの向かいに座ると、
「おーい、モヒートをジョッキでくれ」
「え? モヒートって、魔力の治療薬を蒸留酒で割ったカクテルの?」
モヒートは仕事前に治療薬などの魔力をアルコール類と一緒に飲んで、薬効をさらに高める飲み方だ。アルコールが回るほど飲むと本末転倒だが薬の効果を何倍にも高める。
「そうだ。実は今日はミハイルのヤツに、例の儀式をするつもりだったんだが、頼んでた回復士がちょっとな」
「例のやつって、命の尊さとか儚さとか実戦の厳しさを見せるやつ? 確か『戦怜』の儀式だっけか?」
「あぁ、そうだ。お前の時はフィナって子がいたからちょっと違ってたよな。最近きな臭いし、ミハイルはどうもここって時に躊躇する癖があってな。いい機会だし、ちょっと仕組んでやろうと思ってるんだ」
戦怜の儀式は、戦闘中に躊躇なく攻撃できるため、そしてピンチに陥った時を知るためのちょっとしたショック療法だ。一瞬の躊躇いがどういう結果をもたらすかを見せる。
レスルなどの先輩から後輩に教える、卒業試験のようなものだった。
「それはそれでわかったけど、それで、なぜにタスケテーラなの?」
「うむ。あれは実際に大けがすることがあるだろ。だからAAのベテランか、AAAクラスの回復士を確保しておきたい。いかにレスルといえど、さすがに野良パーティではすぐには見つからないから準備してたんだが、頼んでたやつが急にちょっとトラブってこれなくなったんだ。やられ役もな」
プヨンも以前似たようなことをアデルにされたことを思い出す。いかに自分視点で考えていたか、あれは気持ちを切り替えるいいきっかけになった。
それを今からミハイルにするから手伝ってくれということだった。




