解呪の仕方 3
少し時間を遡る。
ちょうどプヨンがランカのところから脱出するユコナを放り投げたところだ。
ヴァクストに挨拶をして、プヨンもピースメーカーで後を追い始めた。
「フィナは空飛んだことあるのかなぁ?」
「うーん、花粉探査でってのはあるけど、本体はないんじゃないかな?」
フィナツーと会話しながらのんびり(実は限界)で飛行する。
「ブーンブーン」
飛行中は話さないと風の音しかしない。ブーンというと飛行音になると誰が考えたのかわからない。
しかしこの飛行音を自演したイメージ効果を追加すると速度3割増し。
のんびりと空中散歩を楽しんでいた。
「ねぇ、ユコナはプヨンが放り投げたんでしょ?どこまでいってるか予測はあるの?」
「うん。全力ではないけど、何度も練習したことあるから着地はできるよ。角度と初速でおおよそはわかってる……つもり」
プヨンが投げ飛ばした弾丸軌道のユコナには追いつけるはずもない。
計算上はおそらく5㎞くらい先に着地していることになっていた。
「お? 馬車が見えるが、ユコナはいないなぁ。フィナツー何か見えた?」
「うーん、私の目はおまけみたいなもんだから。通り過ぎてはいないと思うけど」
フィナは視覚に頼らない分見た目で判断するのが難しい。
プヨンは飛びながらユコナの飛んでいったであろう方向を注意深く観察し続けていた。
上空からみると平原の真ん中に一本道が見えるが、これといった人影は見えない。
所々に動物の群れが見えるくらいだ
「ふー、よかった。前方にクレーターは見当たらない」
「あぁはははー、激突してたら悲惨よね」
フィナツーが笑い転げているが、ほんとにあったら笑えない。ユコナとも散々練習したが、高さがあると水も大地も失敗時の衝撃に大差なかった。
非戦闘時である今は起こらないと思っているが、気を失ったり、肉食系の鳥の群れに突っ込んだりするとその可能性も0ではない。
それにユコナが途中で方向を変えていたら、見つけるのは難しいだろう。上空100mも飛びあがると、何かしらの工夫をしないと顔の判別は難しかった。
しばらく行くと、大勢の馬を引き連れた奇妙な馬車が走っているのが見えた。
近づいて行くにつれ、何なのかわかった。
お供だと思ったが、どうも後ろは馬などではないようだ。
馬車の引馬を狙っているのか、その後方を十頭以上の獣が取り巻いている。それを男性が二人、砲丸のついた鎖を振り回して追い払っていた。
「おっ、あそこにいる馬車。男性2人の後ろにいるのがユコナっぽいけど、なんであんなところにいるんだ?」
遠目でもユコナの服装は見覚えがある。多分、間違いないだろう。『ブルーバックス』で、気付かれないように腹側を青色に変色させ、ゆっくりと高度を下げていった。
「あれは炎狼かしら? 馬車上から鎖ハンマーで追い払っているようだけど。2人で左右の両翼を分担するから、タンデム・ハンマーって言うのよね」
解説者のフィナツーがリアルタイムに戦闘状況を分析し、それにプヨンが相槌を打つ。
「あぁ、あれはかなり難しいよな。特に左利きで振り回す方が。左右で息があってないと、すぐに鎖がからまっちゃうしな」
しばらくそうやって馬車と炎狼の攻防が続くのを見守っていると、やがてユコナが発動したらしい雷撃が降り注ぎ炎狼が散り散りになって退散する。戦闘は終結した。
それから少しすると、馬車は休憩に入ったのかあるところで停車する。
「よし、フィナツー俺たちも降りようか。あの大岩の後ろなら目立たないだろうし、そこから何があったのか調査しよう」
目立たないように水魔法を応用して霧雲も作りつつ、フィナツーに降下するよと合図を出すと、プヨンは高度50mから一気に岩陰に飛び降りた。
少し風に流される。自由落下は自由がない落下だ。特に空気抵抗はなかなかつらい。
それでも地上まで約5秒間の自由落下を楽しみ、あと少しで地面に激突というタイミングで、
「プヨン、今よ!」
「おう。まかしとけ」
自分自身を上向きに投げ飛ばす。こうすることで落下速度と相殺してふわっと着地できるのだ。
安全を考えるなら、本来なら浮遊と同じでゆっくり降下するほうがよい。それに対して自由落下はタイミングがシビアなため、時間ははやいがリスクが大きい。
最近でこそ慣れてきたが、一瞬の判断を誤ると激突するため緊張が半端ない。着地直前のくしゃみや蚊の襲撃には気を付けていた。
地面に降り立ち風切り音がなくなって静かになると、耳元からの音に気が付いた
そういえばずっと通信を無視していた。休憩食を食べていると、またユコナからまたメッセージがくる。
「プヨン、聞いてないの? 知らないわよ? 爆死したくなかったらなんとかしてね」
「え? どういうこと? ちょっと待てよ」
「つーーー、知りません。ぷちっ」
ご丁寧に、切断音つきで会話が途切れた。
通信は受け付けているようだから聞いてはいるのだろうが、それ以降返事がない。直接聞きに行ってやろうかと思って あちらを見ようとしたら目の前に女性が立っていたのに気づいた。
「こ、こんにちは。プヨンさんですね? ワサビと言います。こちらに行けと言われまして……」
「え? あ、はい」
思わず返事をしたプヨン。相手を確かめると単刀直入にワサビが説明をはじめた。さっき、ユコナが聞いたものと同じ内容だ。
説明の最中にも時おりポーンと鐘を突くような変わった音がする。これは何かと聞くに聞けず気持ちはそちらにばかりいく。ワサビは淡々と話すが、音が気になってなかなか頭に入ってこなかった。
音の間隔は1分に2回くらいだ。
最後にワサビがその意味を説明し、最後にこれがそうなんですとへその下に埋め込まれた赤い石、尖晶石を見せてくれた。
「え? これ爆発するの? どうやって」
「は、はい。この先についている石が魔力を吸ってエネルギーを蓄えるのだと。貯まるほど音が短くなっていって……そして」
「そして?」
ワサビは手のひらをゆっくりと一振りすると、指先にはミニトマトのような赤く柔らかそうなものが摘ままれていた。
「こんな感じに……」
ブチュッ
「うわっと」
「とまぁ、こうなりますの。ふふふ」
指に摘ままれたトマトの一部がばちゅっとはじけ下半分がなくなっている。中の汁が飛び散ったワサビの掌には液体が付着していた。
ワサビは笑い声をあげているが目は笑っていない。一瞬ワサビの笑い声につられそうになったが、目が遭った瞬間、プヨンは状況を理解した。
「粉々にふっとぶとかいうわけではないようだな。かといって、これではちょっと……死ぬか」
「そうですね。私が見たときは体がちぎれ飛んではいました」
「治せるものはいなかったのか?」
「もって10秒ほどでしたので」
予想以上にワサビの目が怖かった。死を覚悟した者の達観した目なのだろうが、不思議と死と隣り合わせなだから致し方ない。
「まぁ、見せしめのようなものなので。予告音のこともありますし、ひどい目にあうということを周りの人間に見せるためのものと思います。ですので威力は大したことないのかと」
冷静な言葉遣いが、かえってプヨンを緊張させる。
30秒ほど。長くはないが沈黙が続いた。かける言葉が見つからず、プヨンはワサビの手先のトマトの残骸を摘まんでみた。はじけ飛んで中身が欠けたトマトだ。
ワサビの目には藁にもすがる思いと諦観が交錯している。
「しかし私は幸せです。今度の旅は一人ではなくなりましたので。プヨンさんが私と終わらない旅にご一緒いただけるのでしょう? でも、まだ時間ありますよ。私が見たときは、最後はポポポポと1秒間隔で鳴ってました。」
冗談ですよと言いながらもその時の様子を思い出しているのだろうか。ワサビは冷静に話そうとしているようだが、時折怯えたような感じが出ていた。
こいつは全然わかっていないとプヨンは思う。なぜなら最悪プヨン一人で逃げられる。逃げなくてもさっき程度の威力じゃプヨンは致命傷にはならないだろう。
一人じゃなくなったとは、一体何を喜んでいるのだろうかと。
しかしもし言っていることが本当なら、万が一目の前でドカンとなったらゆっくりと治療している余裕はないだろう。慎重にいくことにした。まずは安心させる。
「まぁ、そう心配しなくてもいいとは思うよ。可能性はゼロではないから」
そういうとプヨンはさっきつぶれたトマトを見せる。治療魔法の一環で無事な部分をコピー再生し、吹き飛んだところを補ったものだ。見た目はきれいなもとのトマトに戻っている。
「え? こ、これは?」
「まぁ、食ってみれば?」
プヨンはワサビの顔を見て、予想通りのワサビの表情にニヤッとする。強度は弱くなっているが組織がある間はある程度状態は元に戻せる。単に切った部分をくっつけただけの学校訓練だけではなく、中身ももとに戻っているところがプヨンの進歩性だ。
「安心したかな?」
「は、はい。はい」
初めてワサビの表情が緩んだ気がする。目の前の藁を見つけたようだ。
あらためて様子を見る。石のついた大きなリングといえる。直径10cmくらいの細いリングが脇腹から出ている。この巨大なヘソピアスの石部分がちょうどへその横くらいにでていた。
違うところはその指輪の輪の部分がワサビのわき腹に半分埋まっているところだ。どうなっているのかついじっくり観察してしまう。
頭に浮かんだアイテム名『ハラータイマー』が頭から離れず集中力が減殺される。このアイテムに隠された付随効果に、プヨンは予想以上に時間を取られていた。
「これってさ、壊れたりはしないの? あるいは衝撃でとか」
「そういうのには強そうです。この辺りを殴られたり、火球を押し付けられている男の人もいましたが、その衝撃ではなんともなかったです」
先の宝石部分を触ろうとすると止められた。顔が赤いところを見ると単に照れているだけのようだ。
プヨンはしばし方法を考える。
羊羹を糸包丁で切って、切った端から修理していけば糸は通り抜けたように見えるはずだ。いくつか方法は思いつくが、一方で疑問も出てきた。
「これどうやってつけたの? こんなことができるんだ?」
「やってきた者達は、たしか男女2人。メレンゲとヨークと名乗っていました。反抗した者から数人選んで付けていきました」
もともと治療で診せる必要があるから、見せやすい服装をしているのだろう。無意識に服の裾を捲って長見してしまう。もっともプヨンの意識はつけ方を想像し、目の前は見ていなかったが。
「あんまり見ないで欲しいですが?」
「いや、ごめん。ちょっと衝撃的で」
「そ、そうですよね。ど、どうぞ」
ユコナにももう少し説明を要求したいが、すぐそこにいるくせに連絡も来ないし、こちらにもこない。
プヨンは頭の中をフル回転して、原理を考える。知らないだけで間違いなく方法はあるはずだ。実際に目の前に結果があるのだから。この考える時間がプヨンは好きだった。
その間もポーンと時を刻む音が何度も聞こえた。




