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魔法の使い方教えます  作者: のろろん
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解呪の仕方 

「滞空時間はあと1分はもたないかな」


 みんな誰かしら得意不得意がある。運動でも筋力や持久力など色々とあるように、水はうまく作れても氷を投げ飛ばすのは苦手などはよくある。


 そういう意味でユコナは飛行は苦手だった。


 なれない筋肉を使うと必要以上に疲れるのと同じで、水や電気に比べると数倍は無駄な体力とエネルギーを使っている気がする。


 スタートダッシュの短距離走と長く続く持久走も別物だ。


 ユコナの飛行も直後の急上昇は秀でたものがあったが、そのあとは疲れも早く、高さを維持するだけで精一杯。落下しながらの滑空飛行が常だった。



 ユコナは高度を下げ、馬車に追いつけるよう加速している。


 目の前を走る馬車の真上まできた。もう音が聞こえる距離で10mもない。


 下を見ると走る馬車の上で、鎖でつないだ錘のついたフレイル状の武器を振り回している2人の男が見える。


 超筋肉質のがっしりした上半身裸の男ともう一人は初老の文官服を着た紳士風の男性だ。


 どちらも眼下の炎狼から目が離せず、ユコナに気づく様子はなかった。


「よーし、じゃぁ、ちょっとお手伝いして、ついでに乗せてもらっちゃおうかな」


 そう独り言をつぶやくと、ユコナは男たちが振り回す砲丸に巻き込まれないように馬車の前方から回り込んだ。


「おっと。ふふ。我ながらうまく着地できたわ」


 走る馬車の速さに合わせたあと、膝を曲げてクッションにすることで音もなく舞い降りた。着陸時が1番難しいのだ。



 ユコナの目の前で老戦士が筋肉質の男に向かって叫ぶ。


「ガーン、右だ右のやつを狙え」


 ガラガラと車輪の音がする。


 馬車の上は予想以上に揺れているため、ユコナは馬車の上に降りたことで却ってバランス取りに苦労していた。

 

 前の2人に声をかけるタイミングが取れない。


「わかりました! おっ、フリー様危ない!」


 炎狼が炎舌を始めた。


 長い炎の舌を伸ばし、フリーを絡めて引きずり落そうとする。実態のある舌なのか熱いだけの炎なのか、ユコナにはわからないが、当然避けようとするフリーは真後ろにいるユコナと目があった。


「お前は、うわー」

「あっ、フリー様!」


 背後のユコナに気づいたフリーは敵と思って反射的に避けてしまい、馬車の天板の端を踏み外して落ちていった。


 ユコナは自分が落としてしまったと青ざめるが、


「バックアップ」


 馬車の下方から声がして、フリーは同じ姿勢で戻ってきた。どうやら自分で自分を突き飛ばし、元の位置に戻したようだ。


「あ、危なかった」

 

 馬車のワゴン上に再び戻ったフリーは、荒い息をついている。 


「大丈夫ですか?」


 ユコナが自分が驚かせたのもあって、少し責任を感じ声をかけてみた。


 炎狼の唸り声が馬車の走る音を掻き消している。念のため、もう一度大きめの声で伝える。


「お困りのご様子。お助けしましょうか?」


 ユコナは最大級の笑顔で話しかけたが、返事は返ってこなかった。なによぉなどと拗ねてみるが、それも無視だ。


 その時、横に回った炎狼の燃える赤い舌がチラと見えた。


「危ない。避けろ、二枚舌の炎舌だ」

霧盾(むじゅん)で対抗、バーティカルヒュミット」


 筋肉男ガーンの警告に笑顔で返しつつ、ユコナは周囲の水分をかき集める。


 発生させた霧の水分で炎狼の体にまとった火勢を弱め、残りの水で直径1m程度の氷板を作って投げつける

 同時に炎の舌が2枚ユコナ目掛けて口から飛び出した。


「おぉっ、今日は調子がいいわ」


 飛行の疲労で疲れているはずが、予想以上に大きな氷板ができた。厚みも10㎝近くあり丈夫さもありそうだ。


 ちょっと嬉しいユコナ。この厚みなら二枚舌に貫かれることはない。


ガスガスッ、ジュワッ


 舌が氷板に突き刺さる。


 舌の炎が冷え、炎が消されて黒い芯だけが残る。


 しかし大丈夫だと余裕をかましていたユコナだが、反対側にもわずかに亀裂が入っている。


 二枚舌、なかなかの威力だ。


 それでも氷板は炎舌を割れずに受け止めたあとも、勢いが落ちることなく炎狼に命中した。


ゴスッ、ギャイン


 50kg以上ある氷板の直撃だ。命中した炎狼は体が砕ける音と悲鳴を残し、地面に倒れ氷の下敷きになって見えなくなった。


「お? おぉっ」


 目の前で巨大な氷に潰れた炎狼を見てガーンが驚く。馬車後方の狼どもから目を離せないはずだが、思わず振り返ってしまった。


 どこからきたのか、ガーンの前にはいつのまにか女の子が1人立っている。とその女の子から、リンゴ大の氷塊が散弾のように20発程度射出された。


 ドカカカッ


 発射音と同時に空気が乾燥してサラサラになる。地面の土も乾き地表が茶色から白くなった。


 これだけの氷板なら50m四方から水分をかき集める必要がある。今の氷板作成に使われて水分が枯渇したのだろう。


 ガツン、ゴゴン


 氷塊の速度もかなりのものだ。当たった地面のえぐれが大きい。


ギュべッ


 そして命中した炎狼が悲鳴を上げ、変形した体で吹き飛んでいくのも見えた。



 ユコナが撃ちまくった氷弾のせいで炎狼が距離を取りはじめた。諦めてはいないようだが近づいても来ない。


「ユコナ雷々剣」


バシバシーーン


 さらに追い討ちの落雷の轟音が響き渡り、直撃した地面の草が真っ黒に焦げている。


 馬が驚いて取り乱しているが、訓練されているのか走り続けている。


 続けて2発、3発。プヨンに落とす時と同じくらいの雷撃を炎狼の真ん中に落とすと、数匹がショックで倒れ残りは散り散りになっていった。




 ようやく危機は脱出したようだが、馬車が止まる気配はなかった。


 ユコナには一段落したように見えるが、そうではないらしい。目の前の2人には変わらぬ緊張感がある。


 ユコナも声をかけるタイミングを掴めないまま無断乗車をどうするか悩んでいると、フリーと呼ばれた老戦士が声をかけてきた。


「突然で驚いたが、先程は助かった。私はフリーという。そっちはガーンだ。訳あって止まることができない。すまないが同行してほしい」


 老戦士は敵意は無さそうだが、一方でユコナを信用していないともわかる。


 助けたとはいえ、いきなり味方と思うほど甘くもないだろう。それは当然だ。


「わかりましたぁ!」


 しかしフリーの『同行して』に光速なみで反応し、ユコナは満面の笑みで返事した。それを受けてうなづきつつ、フリーは先行する馬車に向かい、


「よし、一段落した。ここまで来れば大丈夫だろう。お前ら怪我人は後からゆっくりこい」


と指示を出す。どうやらもう一台は傷病車だったようで、言われるままに速度を落とし、後方に下がっていった。


 

 ユコナたちの馬車はそのまま走り続ける。ガラガラと車輪の回る音がする。


 少し無言が続いたがそれも1分程度。目の前の障害がなくなり気が緩んだのか、筋肉男のガーンがそれとなく探りをいれてきた。


「我々は至急の要件で王都まで行く途中の旅のものだ。森でさっきの炎狼に襲われてな。そちらはどうやってここにきた?」


 ユコナはどう答えるか悩む。


 学校の学生ですというのも変だ。レスルの『WC委員会』でもいいが、1人だと不自然な気がする。


 そういう時、プヨンとこう言おうと決めていたことを思い出す。


「私は雷神。えーっと、ヘリオン直属、そう、『神タイプ』部隊所属です」


 言ってしまった。


 ちょっと恥ずかしさでどもってしまう。例の村以外で『雷神です』がどこまで通用するのか反応が見たいが、相手の顔が見れなかった。


チラッ


 そっと見ると、ガーンは呆けたような顔をしている。なんだこいつと思ってそうだ。


「雷神? しんタイプ? ってなんだ? 新しいやつなのか? ヘリオンってのが元締めか?」


「え? そ、そう。できたばっかり……なんです」


 たった今とは言えず、そのままユコナは黙る。


 裏を取られたりはしないだろうが気をつけようと思う。ユコナの顔は自分でも火照っているのがわかった。


「か、神など信じられんが」


 ガーンとフリーがそっと後ろを振り返る。先程の落雷跡。距離が離れているが、まだ黒い地面が見えた。


 あれはユコナにとっても上出来だった。疲れがあるにも関わらず過去最大級の威力が出た。


 ユコナにはわかる。ガーンの目がどうすると訴え、フリーの目はお前なんか言えと言っている。


 ユコナも雷神はやっぱり人前でいうことではなかったかと反省していると、突然ガーンが顔を赤くしてたユコナの前で跪く。


「も、申し訳ありません、助けていただきながら疑うとは、お怒りはごもっとも」


 どうやら赤い顔を怒っていると思ったのか。ガーンはかしこまっている。どうしたものかと思っていると、


 ボーーーーン


 その時、馬車の中から、置時計の時報のような音が聞こえてきた。


「も、申し訳ありませんが中座します。御免」


 手短にそう言うと、ガーンとフリーは2人そろって宙に浮かび、走っている馬車の扉を開けて中に入っていった。ユコナは1人取り残される。


「そうだ。プヨンに連絡を取ろうっと」


 あれから随分時間が経っている。マールス通信で、今どこと呼び掛けてみた。どのくらいの距離まで届いているかわからないがすぐに返事があった。


「あなたの心の片隅に」


「あ、あいつ。こんなときに。今度、どうしてやろうかしら」


 ユコナはこぶしを握り締めていた。


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