王の剣の使い方 2
まわりは全員、一言も発さずユコナを見ていた。
当然ユコナも頭をフル回転させ、辻褄のあう理由を考えている。なぜ手を離したら動いたのか、ユコナにもみんなにも理由がよくわからないままだった。
そんな焦りの表情だったユコナの顔がぱっと晴れやかになった。
「強く聖なる意志は、伝わるのに一定の時間のズレが生じるのです。この剣は力を加えてから持ち上げるまでに若干の時間のズレが生じます。これを壮大聖理論といいます」
「おぉぉ」
どよめきが上がる。プヨンもなかなかいい案だと思った。
しかし追加がない。下を向いてうつむき、もじもじしはじめる。
(もう終わりか。仕方ないか)
それだけで説明は終わり無言になるユコナ。再び静かになった。
名前だけ思いついたのか、続きを考えているのが手に取るようにわかるし、ユコナからこれで納得しろという強い圧力を感じる。ほほがぷるぷると震えている。
「おおぉ、何かの儀式のはじまりか?」
「何やら、圧力を感じる気がする。これはなんだ」
プヨンの心の突っ込みをよそに、まわりの受けはいいようだ。
ランカから助け船が出た。いろいろと教義に出てきそうな奇跡を得意げに説明する。
「あれは何もしていないわけではありません。意識を高めているのです。ほら神々の気配が」
プヨンも後ろから、あかりを照らしてやる。
そしてその状態を目の当たりにした面子からは、おぉぉーっとどよめきがあがり『本当なのか』とか『信じられん』などといった言葉も聞こえてくる。
どうやら一定の間継続する必要があり、すぐにあきらめてはダメだと認識されたようだ。
ランカも自身のやるべきこと、つまり引越しを実行に移すようだ。とは言っても露骨には言わない。
「では、あるべきものはあるべき場所に。お導きください」
などと、ヴァクストの意向を把握しているのか暗に町の中央に運んでほしいと伝えてきた。
ユコナが困っているそぶりを見せている。
もちろんここからはプヨンの出番だ。
ちょっと困らせてから手伝って、もう一度プヨンはギリギリ浮かぶ直前まで持ち上げてやる。
剣から5mほど離れているので、直接持つときの25倍ほどのエネルギーが必要だ。
「結構キツいな。こいつでケンネルはちょっと無理かも」
ケンネルは物体の浮上と遠隔操作を組み合わせた魔法だ。剣が軽くなったことに気づいたユコナは、
「え? これを運べばいいのね? 落ちないでよ」
ユコナの独り言がプヨンに聞こえる。
ユコナはそう言うと剣の持ち手を掴んだが、プヨンが持ち上げていても質量のせいか思うように動かせないようだ。
ユコナ単独ではゆっくりとした動きにしかならなかった。
「サイドライズ」
鉄アレイを持って腕を水平に伸ばすように、プヨンは重量物の剣をそのまま真横に移動させた。
ユコナの動きを先読みしつつ動かしてやる。ユコナが持つというよりは、プヨンが動かす剣に引きずられていくようにも見えた。
「で、ではこちらへ」
引きずられていくユコナを見て、ランカが慌てて先導していく。ランカを追いかけるように剣を動かすだけでよかった。
少しランカの目が不安気に泳いでいるようにも見えるが、剣持ちのユコナと剣の引き抜きに挑んでいた者たちを引き連れていった。
「うっ。離れるほど急激に重くなっていくな。どこまでいけるか」
プヨンは動かずに立ったまま、宙に浮かべた剣を移動させていく。距離の二乗に比例して、浮かべて運ぶための消費エネルギーがどんどんあがっていく。
200m近い。おそらく最初の数万倍の魔力が剣を支えている。そろそろ限界か、まだもう少しいけそうか。
ランカの姿がかなり小さくなっている。あれから礼拝所横を通り広場近くまでいったようだ。まだ限界まではないが、最初に比べるとかなり負担になっている。
この剣を持った状態で何かしらの魔法攻撃を受けると、防ぐのはかなり大変だろう。
「ぐっ。そろそろ聖地に下ろすべきか」
もうランカは木などに邪魔されて見えなくなりそうだ。この辺りが限界か。プヨンが限界に近づき、徐々に地面に近づいていく。
ぷはぁっと大きく息をして、力を緩めると、
ズズゥン
「うひゃ」
ユコナの悲鳴と、地面揺れて振動が伝わってきた。
かすかに驚きの声も聞こえてくる。剣が落ちた衝撃でちいさな地震が起こったからだ。
プヨンが見ていると、ユコナはすぐに挑戦者達に取り囲まれた。いろいろとギャーギャーわめいている男たちが向こうに見える。
「聖なる力をお与えください」「私にも癒しを」
音をかき集めると、そういった言葉のやり取りがここまで聞こえてきた。
プヨンは少し近づいて、広場入り口のところで遠巻きに眺めていると、再びヴァクストが戻ってきた。
「結局どうするのかと思っていたが、やっぱり移動できるんだな。仕組みはやっぱり内緒なのか? 不思議だけど、あの神剣の仕組みを教えてくれ」
「仕組みなんかないよ。持てるものなら、もてると思うよ」
特段仕組みなんかない。
純粋に持ち上げようと思えばいいはずだ。まぁ、かろうじて持てる程度では威力を発揮できないだろうが人は選ばない。
まじめな顔でそうプヨンが返す。
「ははは。まぁ、そうそうタネは言えませんってか。仕方ないな。そういえば、ちょっと相談……」
ヴァクストが何か言おうとしたとき、突然ランカとユコナのほうで騒ぎが起こった。2人の声が聞こえる。
「もう、これ以上は無理。自力でなんとかしてください。どりゃ」
「御使い様が天に戻られます。皆さん、ここまでにしてください」
待ってください、もう少しなど引き留める男たちの声が、突然複数の叫び声に変わる。
ドカドカッ
周りの男たちが弾き飛ばされたようだ。
そしてランカだけ残して、ユコナが大急ぎでこちらに向かって走ってきた。そのあとを取り巻きの男たちが3人ほど追いかけている。
「プヨン、わたしは緊急脱出するわよ」
くっ。このような状態で俺の名前を呼ぶとは。すべて押し付けるつもりだな。これはやり返すしかない。
「わかりました。『ユコナ様』緊急脱出モード。射出角度45度、方位南南西。ユコナ様、早くこちらへ」
あえて『ユコナ』が響くよう、拡声魔法で周囲に轟かせ、何度もわざとらしくユコナ様と連呼する。
周りの者たちにその名を刻みつつ、射出体制に入り地面にかがんだ。
そして、走り寄ってきたユコナに合わせて手を差し出した。
「こっちだユコナ。手を掴んで」
「ありがとうプヨン。さあ、行きましょう」
「スゴトス!」
両手を突き上げて、ユコナの手を掴むと、巴投げのように思いっきりトッシングする。
ブンッ
ランカとヴァクストのあっという声が聞こえる中、
「え? ちょっとちょっとぉぉぉー」
放り投げられたユコナは弾丸のように飛び去って行く。
「おぉ、あっという間に見えなくなった」「飛んで行かれてしまった。あれじゃ追いつけない」
ランカを中心に、小さくなるユコナをみんなで見守った。
キラッと光るかと思ったが、そういう効果はなかった。ユコナが見えなくなると、解散モードになる。
「ヴァクスト、俺もそろそろ行くけど。回収しないといけないし」
「プヨンあれでいいのか? あいつはどうするんだ? 回収はどうやって?」
ヴァクストはユコナを見つめつつ、心配そうに尋ねてくる。
「普通に飛んでいくよ。 きっと大丈夫」
「と、飛ぶ? 飛空できるのか?」
「うん。授業で習ったばかりだ。みんなできるよ」
「そうなのか。ハイジャンプではない飛空は高難易度と聞いたが、そうなのか……」
ユコナの消えた方角を見つめていたヴァクストだが、プヨンに向き直ってきた。
「ユコナも今飛んで行っただろ。たぶん大丈夫。ところで相談ってなんだっけ?」
「え? あ、あぁ、ここに宿屋がないからな。ちょっと人手が欲しくて手伝わないかと相談したかったんだ」
「そうなんだ。ランカのおまけのオロナの民が手があいているんじゃないのか。オロナが対応する宿屋で。実際、安全で寝床があるだけで十分なんだろ?」
宿屋はイン。オロナインを考えておこうと思いつつ、プヨンもユコナの後を追うことにした。
プヨンがヴァクストに挨拶していた頃、ユコナは弾道飛行の放物線の頂点に差し掛かっていた。
必死に減速するが1分でずいぶん移動した気がする。
「あいつめ。脱出と言ったけど、私1人で行かせなくてもいいじゃない。おっと減速、減速よ」
ようやくユコナは飛行から浮遊状態に入り、心の余裕ができた。
「エアワックス。よし、周りにも何もいないっと。どっかで降りてプヨンを待ちますか。まさか、こないとは思わないけど」
周囲に索敵波を放ち、生命反応がないことを確認したユコナ。プヨンの電気魔法とルフトの探知を組み合わせたユコナオリジナルだ。
「しかし、プヨンは文献にもあまりないのに電気系があれほど得意なのかしら。フレンドから角を取ると悪魔とはよく言ったものだわ」
何度もプヨンから電撃を喰らい、雷撃を習得するまでが長かったが、最近は少し自信がついてきている。
さっき剣を持つ時もプヨンが背中を押してくれた時から疲れ知らずだ。あの時やけに背中が熱くなった気がするが、気のせいとは思えない。
ユコナはfriendとfiendとの違いを思い出していた。
ピーン
その時、左手から微かに索敵の生命反応が感じられた。
どうやら生物が移動しているようだ。この距離で反応があるなら、小動物や1人移動などではなさそうだ。
「ちょっと様子を見てみようかな」
ユコナは飛行が苦手のため、今は落下エネルギーを利用して飛んでいるというか落ちている。
最悪プヨンとはキレイマスで待ち合わせすればいいが、飛行だけでは疲労が激しい。
馬車などなら乗せてもらえたらと思っていた。ちょうど眼下50mくらいまで近づくと、ユコナはすぐに気が付いた。
馬車は2台。その後ろは炎狼のように見える。
「あれは追われているのかしら? こんなところに炎狼がいるなんて」
前は荷馬車だ。数人の武装した兵士が横たわっている。後ろはカーゴタイプの馬車だ。
その上で2人が鎖のついた砲丸のようなものを振り回している。砲丸には多数の棘がついている。
「おりゃ」「だー、近寄らせんぞ」
馬車を引く馬が疲れているのか、速度が遅い。回り込んで馬を引きずり倒そうとする炎狼を、馬車上の2人が追い払い続けていた。




