王の剣の使い方
一件落着しそうになったが、ヴァクストが意地を見せ、ユコナの威圧を覆そうともがいていた。
といってもかなりビビりながらだが。
「な、なんとか場所管理費も見てくれ。人が4人に場所で合計5等分で。なんとか頼む」
数秒ユコナが考える。ようするに経費分込みでヴァクストが5分の2ほしいということだ。ヴァクストは冷や汗ダラダラだ。ちょっと涙目になっているが、ここは踏ん張っていた。
「ヴァクスト泣くなよ。ユコナそれでいいだろ。五等分。鼻噛めよ」
「ヴァクストさん、わかりました。五等分で手を打ちましょう」
ユコナはもらう立場であるにもかかわらず、いつになく強気だ。これで話はついた。
ユコナは手にしていた蒼い剣の刃先を下げ、カヤノナカーラの放出を取り止めた。
それた話が一段落したところで、ヴァクストは本来の話に戻す。
「プヨン、例の剣があるのはあっちだ。って言わなくても知っているか。ちょっと行って見てやってくれ。ランカが頑張っているから」
店の方でも呼ばれていたヴァクストは、それだけ言うと急いで戻っていった。
惜しかった。もう少し早ければ、ユコナの溜めた力を解放させずにいられただろう。だが仕方ないところだ。
かわってユコナがプヨンを急かしはじめた。
「プヨンはやく。いこいこ。何をやったの? この蒼、紅の剣とは違うの?」
「違うよ。どっちかというと、この背中の槍のほうが近い」
とりあえず剣を突き刺したところに向かう。ランカの礼拝所の裏から少し歩いたところだ。
幸い大人数の声が聞こえてくるため、行き方を思い出す必要はなかった。しかし、近づくにつれ何とも言えない不思議な空気を感じる。さらに少し進むと厳かな装飾がされていて、まるで結界を張ったようになっている。周囲を囲むように破邪の水引のようなものが長いロープ代わりに張られていた。
その奥から大勢のガヤガヤとした声が聞こえる。しかし、あまり楽しそうという感じはしない。かなり殺伐とした険悪な雰囲気が漂っていた。
「なんだこれ? なんかの封印?」
「さぁ? この引き方は破邪よね。結界か聖域のようなものかしら?」
結界を突き破って中に入るのがためらわれた。
ここでプヨンはとある噂をユコナに教えてやる。
「この数日、これがキレイマス辺りで話題になって、ちょっとした観光名所化してるらしいよ。この辺を行きかう旅人や狩人がついでに寄っていくってさ。老若男女問わず、家族連れの子供も見にくるらしいよ」
「え? そうなの? 何がいいんだろうね」
ふと見ると入り口があった。ユコナと2人で入口らしき水引の切れ目から中に入る。プヨンが剣を突き刺した岩壁が見え、その前に20人ほどが集まっていた。
急に喚き声が聞こえてきた。人だかりの背後まで近づき遠巻きに見ると、中で数人が罵りあっている。
「こんなものは詐欺だ。抜けるはずがない。何か仕掛けがあるに違いない」
「そうだ。ここは場所が悪い。こんなところで力が入るはずがないだろう」
「掘り返してみろ。鎖でつながってるんじゃないのか?」
他にもいろいろと罵倒する声が聞こえ、それはランカに向けられていた。
「そんな邪な気持ちでは抜けません。清らかな心の持ち主のみご加護があるのです。その剣は力で持つものではありません。心で持つのです」
ランカの声が聞こえる。その両脇にはオロナの民がランカをがっちりガードしている。
「心で持つんだって。じゃあ清らかな私なら持てちゃう?」
「おぉ、できるんじゃないかな?」
一応鼻で笑ってやったが、ユコナも挑戦してみたそうだ。
意外にもランカは荒くれ相手にも気後れしていない。前のおどおどした感じはなく、ずいぶんと意思が強くなっている。
先頭にいる者がひときわ大きい声でののしりはじめた。
「詐欺には金は払えないぞ。こんなものが、神剣のはずがない。この間まではなかったじゃないか」
どこかで見たことがあるような顔だ。
「あれ、サラの友人というか知り合いのティムじゃないの? 自称だけど伝説の剣探索でプヨンが剣を巻き上げたんだってサラが言っていたけど」
「あぁ、あれか。サラがそんな話を持ってきてガツンとやっちゃってと言われたね。無期限で預かった剣は返してなかったな」
以前、もどきの伝説の剣で絡んだことがあったティムもいた。早速噂を聞きつけたのかもしれない。
しばらくユコナは黙って見ている。様子を伺っているとプヨンはランカと目があった。
「あっ」
ランカから声が漏れる。毅然としてはいたが不安もあったのだろう、ランカが安堵の表情を浮かべた。
そのままランカの視線がプヨンからはずれない。そして残された気力をまとめ『ジョセーラ』が放出されるのが感じられた。
明らかに助勢を求められている。もちろんプヨンはニッコリと笑顔で返し、人混みに紛れようとしたがハッと気づく。
「あ、足が動かない」
慌てて振り返るプヨンの焦り顔を見たランカは、逃しませんよとばかりにニッコリと微笑んでいた。
「皆さん、天の御使様が参られました。さあ皆さん道をお開けください。ニセモノかどうかお見せしましょう」
「へー、天の御使様だって。どういうこと?」
プヨンの後ろに立っていたユコナが不思議そうにしているが、剣の挑戦者達は何者とばかりにプヨンとユコナを見ていた。
たまたま持っていたユコナの例の剣が注目を浴びる。
「あ? アイツは、いやあの方は礼拝所にあった剣と同じモノを持っているぞ」
「本当だ。もしかして、本当に持ち主なのか?」
「ど、どうしたらいいんだ?」
そんな声が耳に入る。
ユコナも興味深々で何も言わず挑戦者の男女を黙ってみている。ランカに御使いと言われているが話が見えてこない。
どうしたらいいかわからないプヨンも様子を伺っていると、ランカと再び目があった。
毅然としていたように見えたランカが残された気力を総動員し、『ソチニフルーラ』を放出している。
「道をお開けください。さぁ御使様どうぞこちらへ」
ランカはまっすぐプヨンを見つめている。だからプヨンも振り返ってランカの視線の先に何があるかを見た。
そこにはユコナが立っていた。
「え? わたし?」「そう、お前」
後ろにいたユコナは戸惑いまくっていた。ユコナも後ろを振り返るが、当たり前だがそこには誰もいない。プヨンはわかりやすく、小声で教えてあげた。
「お前だって。さぁ、前に華々しく登場しようではないか」
「ドーナツドーナ」
ズルズルズル
「え? え? え?」
プヨンの魔法効果で、ユコナは後ろを振り向いたままズルズルとランカの方へ引きずられていく。
「な、なんだ、あの歩き方は」
「おかしな歩き方をしているが、何か意味があるのか」
そんな声が聞こえるが、面食らったままユコナはなすすべなく腰を引っ張られるように後ろに進んでいった。
少し宙に浮かべた状態で足も動かさず、後ろ向きにランカに近づいていくユコナを、まわりの男たちは黙って見つめていた。
ランカは少し面食らっていたが、プヨンと目が合うと意図を察したようだ。
「御使い様ご足労いただきありがとうございます。この剣を疑う者がおります。ご威光をお示しください」
「えぇ?」
ユコナはどうしたらいいかわからず、黙り込んでしまった。プヨンは、パラメトリックスピークで、ユコナにだけ聞こえるようにアドバイスする。
「抜きたいって言ってたんだから、抜いてみれば?」
「え? 確かに言ったけど、男の人が束になって抜けなかったんでしょ?」
「大丈夫だよ。雷神パワーで」
「そ、そうかしら。でも、なんか無理がありすぎない?」
その時、ティムはユコナに気づいたようだ。大声でわめきだした。
「あ、あれは、ユコナじゃないのか。盗人サラの仲間だ」
ユコナに気付いたティムが叫ぶが、ランカが即座に遮る。
「無礼者! 下がりなさい」
ランカがティムの動きを止めているようだ。いつの間にランカは男性であるティムの動きを抑止できる制止魔法が使えるようになったのか。
そしてプヨンの関心をよそに、厳かな雰囲気を保ったまま、
「その剣を抜けないと申すものがおります。無礼を承知でお願いします。ご神威をお示しください」
(ふーん、要するに剣を持てってことね。まぁ、わたしもやってみたかったし、それはそれでいいか)
ユコナは抜いたらいいのかなと思いつつ確認のためプヨンを見た。
「あがっ」
プヨンはあくびをしていたが、ユコナと目が合い、慌てて口を閉じたためおかしな声をだしていた
(人に押し付けて、何大あくびしてるのよ。まぁ、いいわ。抜いてみましょうか)
そう思い、ユコナは剣の柄を持って持ち上げようとしてみた。
柄はヒヤッとして冷たい。持手の部分も特に装飾もなく、ただの丸い棒だった。
ユコナは手に力を込めた。筋力強化も入れて、全力で持ち上げてみる。
「うにゅ」
もしかしたらと思ったが微動だにせず、変な声が出てしまった。あやうく手がすっぽ抜けそうになり振り返るが、プヨンは様子を見ている。
「むーんむーん」
ユコナは今度は長く頑張るがやっぱり厳しそうだ。
周りからも笑い声とか『やっぱりなー、無理じゃないか』などと嘲笑の声などが聞こえてくる。
ユコナの怒りゲージがあがる。しかし、何度試しても持ち上がらなかった。
周りから呆れたような声などが聞こえ、心配そうなランカの視線を受け止める。わかってるとプヨンは目で返す。
ユコナが手を放して2歩ほど後退したところで、プヨンは『バターアップ』を使い剣を持ち上げてやった。
ゴスッ、ズズズ
剣が持ち上がり、そして地面に落ちた。
ドズン
小さな地震が起こる。周りの笑っていた男たちは全員一斉に話すのをやめ、ユコナを見つめていた。




