お金の使い方
アデルと別れて一息ついているとヒルマが追いかけてきた。見張っててもいたのか、2人が出てきたことにすぐに気付き、足早に寄ってくる。
「プヨンとフィナ、登録おめでとう。これからよろしくね。2人ともすごいよね」
これはお決まりのべた褒めなのだろうか。やけにテンションが高い気がする。『これからしっかり稼いでね』の裏返しかもしれないが、ここは無難に喜んでおいた。
「ありがとう、がんばるよー」
「ありがとうございます」
フィナもドキドキしている。心臓がないと思うがここまで鼓動が伝わってくるようだ。元気よく返事していた。
ヒルマにはお約束のことなのだろう。登録者が知っているべき事務的なものを説明してくれた。
ただ2人とも疲れていたし、夜が近付いていたので、なるべく簡単にしてもらう。ヒルマはこのレスルの事務所にきたらできること、その手続きの仕方をざっくりと教えてくれた。
どこでもそうなのだろうが、レスルは仕事をお願いする人と、その仕事を受けたい人との仲介場所だ。言い換えればお仕事紹介所になる。
お願いする人は、何をしてほしいか、どういう人にきてほしいか、期限とその報酬を提示する。
個人で探すとなると募集の範囲も狭いし、そうそう都合のいい人もこない。レスルに頼むと、そういう仕事を探している人が大勢集まってくるし、効率的に短期間で情報を広めて募集してくれるから、適度な手数料で依頼できるなら便利に違いない。
一方で何の伝手もない者、野良所属者ならそうそう頻繁に手ごろな野良仕事が舞い込むことなどない。いろいろと届いた依頼をまとめて1か所で管理してくれたら、そこにいくだけで全部情報が手に入る。
そして一番肝心なところが、依頼を受けるにあたって自分が応募しても差し支えないのか、要求に見合う能力があるかをある程度保証してもらえることだ。
納品物がある場合も、ある程度品質の保証などをレスルにしてもらえ、買いたたかれることもなく、報酬と成果が見合うことを保証してもらえる。
個人だと最後になって報酬が減額されたり、踏み倒されたり、ひどい時は良品を入れたにもかかわらず偽物だと言われることもある。
あとは仕事をするにあたっての職業訓練といったところか。
基本的な訓練や技能、知識の有料教育は定番だ。中にある販売処では、それなりに遠出するにあたっての消耗品、薬草、保存食などよく流通するものを取引していた。
一通り話を聞いたあと、プヨンとフィナはレスルの建物を出て帰ることにした。
出る前に廃却寸前のぼろい木剣をもう一本もらっておく。あとで練習するつもりだ。そう思って剣を腰に下げようとしたところで、ポケットにあるコインに気づいた。
アデルが投げてよこしたやつで、コインは2枚あった。
アデルはフィナのことをどこまで認識しているんだろう。単なる遊び相手の女の子くらいに思って半分やれくらいのつもりなのだろうか。周りからどう見えているのかちょっと気になる。
そのうち聞いてみようと思いつつ、ひとまず置いておいて、レスルを出たところでコインを1枚フィナに渡す。
「これ、フィナの分ね」
「え、私にもくれるの? でも、わたしは、なんていうか、お金使わないからなぁ」
「そうなの? まぁなぁ、でもフィナって服買ったりしてもいいと思うけど? そういえば疑問に思ってたけど服ってどうしてるの?」
「え・・・、ちゃ、ちゃんときれいにしてるよ?」
言い方が悪かったか。どう言おうか悩む。
「……ごめん。なんて聞いたらいいのか…中身っていえばいいのか」
ふと疑問に思って、フィナの服にあるポケットに指を入れてみた。ポケットには指が入らない、もちろん布の感触もない。柔らかい何かがあるだけだ。
「な、なかみって……。あう」
フィナは顔を赤くしたり、なんだか怒っている。言い方がすごく言葉を選んでいるのがわかった。
「そう。服をプレゼントしたら着てくれるのかなって」
フィナは意図を察してくれたようだ。にっこり顔に戻った。
「私は服も植物素材だから体の一部みたいなもんなんだ。でも上から服を着ることはもちろんできるよ」
そう言いながら、服の色というか体の形状をちょっと変えてくれた。思わず胸のあたりをじっと見つめる。このあたりはどうしているのだろう。見慣れた生き物の姿を無意識に再現しているのだろうか。
想像する。このあたりの感覚はわからないが、人が肌なら植物は樹皮か。ごつごつした木の皮とフィナの見た目の柔肌を比較する。
「な、なるほど。フィナは……服着てないのか……」
ゾクッ
そうつぶやいた瞬間、突然、冷気を感じた。明らかに温度が違う。もちろんフィナの方向から。
「……プヨン……」
「あっ……。は、はい……今理解しました」
「ふーん、理解したとは何を?」
返事はしたが俺が見ているものは地面だ。
この冷気はやばい。ついうっかりとした発言ではあるが、目を合わせられない。防御する必要を感じる。
とてつもなく長く感じた5秒間の沈黙のあと、プヨンはようやく防御魔法を思いついた。
「そ、そうだ、さっきアデルにもらったコインを渡したと思うけど、これどうする?」
「え、えっと、さっきのお金のことだよね? それは私は特にはいらないけど?」
フィナがきょとんとした顔をする。防御魔法成功だ。話題を変え、意識を逸らすことに成功した。雰囲気から暖かさを感じる。
フィナは自分が指で摘まんでいるコインを見つめ、それをプヨンに手渡してきた。金色のコインで、表に10と書いてある。もともと素材に価値があるため、それ以外の偽造防止のデザインなどはない単純なものだ。
見知った範囲ではあるけれど、このあたりは金とプラチナがよく取れるらしい。絶対量はそう多くはないはずだが、単体で存在しているため入手が容易だからだろう。金とかは山の奥の方に行くと、一部の川でがんばって砂を探すだけで金の粒が見つかる。
特に複雑な加工をしなくても手に入り、それなりの量が流通し、貨幣としても使われていた。金、プラチナの重さに応じたコインが用意され、重さ1グラムの金が1グランと呼ばれる。そして金10グラムで、プラチナ1グラム相当になる。
大きな取引用の延べ棒や、引き換え証書のようなものもあるらしいが、ふつうに生活する分には、金とプラチナをあわせて100グラム=100グラン程度を持ち歩けば十分だ。このくらいならそこまで重くもない。
「アデルはごはん食べろって言って、10グランくれたけど、フィナは食べないんだっけ?といって、服とか物を買ったりするには足りないよなぁ……」
「そうですねー。別に食べられなくはないですけど、特に食べたいものはないかな。持って歩くための入れ物もないので、プヨンが持っていてくださいな」
「まぁ食事としてなら10グランあればたいがいのものが食べられるけどなぁ。ソフトクリームが2グランだしな」
「ソ、ソフトクリーム?」
「フィナが食べられるなら、今度食べてみよう」
「う、うん」
そんなことを話しながら歩くと、たまたま雑貨屋に気づいた。
「そうだ、フィナ。一緒にあっちこっち出かけた記録を作ろうよ。ノートを買おう」
「ノート? 記録?」
「うん、いついつここに行った、こんなことしたとか。面白くない?」
「へー、いいよー」
小さめのノートを2冊買う。紙は意外に貴重なのか、小さいノート2冊と筆で10グラン。
「けっこう、高いんだなー」
意外に話がはずむ。思っている計画などを話し合い、希望も聞く。それぞれのノートに2人の名前を書いておいた。
時間が経つのは早く、気付いたら教会の前にいた。
「じゃぁ、またねー」
今日はおしまいとなった。
 




