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魔法の使い方教えます  作者: のろろん
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音入れの仕方

 サラリスの活躍のおかげで注目されることもなく、プヨンは今週を無事に乗り切れた。


 週末の自由行動といってもふつうの生徒は校内しか行き場がないが、プヨンはキャンプ訓練の終わった今週はなんとなく校内にはいない方がいい気がした。


 プヨンは週末は密かに校外に出ることにすっかり慣れっこになっている。消灯時間になるとすぐ出かける準備をした。槍とフィナツー、そして路銀を少し持っていればなんとでもなる。


「プヨン、行きがけに例の栄養ドリンクをよろしくね」

「おぉ。モアナルアへのおみやげね。あれ、そんな効果あるのかなぁ。敵回避アイテムな」



 プヨンは姿隠しが苦手な分まわりを警戒し、歩哨に見つからないように気を遣う。土の足跡も残らないよう、浮遊も使っている。


 フィナツーも心得たもので手際よく準備し、サイドカバンに入り込んでいた。



 深夜からヴァクストのところへ脱出するつもりで西に抜けるため森の中を歩いていたが、気付かれないよう気を使ったにもかかわらず途中から後方に気配を感じた。


 姿が見えないが明らかに何かに追われている感じがする。それも大して距離が離れていない。オーロラのように大気発光させていた明かりを消し、暗闇となった中で歩くスピードをあげる。


「ま、待って。置いていかないで」


 しばらく行くとかぼそい女性の声がした。この声はなんとなく聞き覚えがある。


「なんだ、ユコナか。待ち伏せしてたのか?」


 そう思って振り返ると1人の女性が立っていた。ほっそりとした青白い顔の女性だ。顔を伏せていたためはっきりとはわからないが、シルエットには見覚えがなかった。



「よかった。プヨン、待ってね」


 誰だと思っていると、当たり前のように名前を呼ばれた。


 近づいてくる顔がはっきりと見え、思わずギョッとする。とてもきれいな顔だちだ。目と鼻の位置が入れ替わっていなければ。



「目、目が縦向きだ。どうなっているんだ」


 見慣れた生き物とは違う。


 やっぱり走ろう。そう思って走り出した。振り向いてはいけない。焦ってもいけない。恐怖を制御しつつマイペースで夜の森を走る。


 絶対の自信があったにもかかわらず振り切れず、やたらと体が重く後ろに引っ張られる。絶対離されないのだという強い意思を感じる。


 怖い。なんとなく明かりはつけてはいけない気がして、夜間で見通しも悪く、足元もよく見えない。


 ここでは最速(というか自分しかいない)と思っていたプヨンだが、筋力強化は周りからエネルギーを集める魔力と違い体力の影響が大きい。


 いくら気合を入れても筋力が無限に大きくなるわけではなく、せいぜい2倍あたりが上出来、どんなに鍛錬しても数倍が限界らしい。


 そして無理して限度以上に強化したり長時間強化し続けると、反動で組織へのダメージもある。よく言われる筋肉痛という苦行が待っており、翌日は使い物にならなくなる。


 治療魔法で回復しないわけではないが、組織が定着するまで一定時間かかる上に、せっかくの成長分や鍛錬の成果まで治療してしまうのももったいない。


 そのあたりを考えると、これ以上は速度を上げたくなかった。


グイッ


 不意に首筋を後ろに引っ張られた。


「つーかーまーえーたー。もう逃げられないわよ」

「追いつかれた。なぜだ。頭が変になりそうだ。か、顔が……ふつうだ」


 暗がりの中、顔だけが見えた。恐ろしいことにさっきまで崩れていた顔の目の位置がまともになっている。ごくふつうの色白の大人の女性に見える。


 顔もスタイルもどこかで見た女神像のように整っていた。


「何言ってるのよ。こんな夜中にどこに行くの? 私が付いて行ってあげるわ」

「くるな、くるなぁ。あ、また、目が移動していくぅ……」


 プヨンはビビりであった。カルカスなどは相手はするが、今一つ原理のわからないものは苦手だ。


「ば、ばっけもの……」


 固まって眺めていると、見覚えのあるユコナの顔が現れた。


「ほーらすごいでしょ。一般的な擬態魔法『ヘロンメイク』の効果よ。美しい鷺に似せるってところからついた名前らしいけど、どうせ変わるのならなるべく理想に近づけようと思ってね。なかなかいいところまで言ってるでしょ。礼拝所の女神像で練習したんだけど油断すると位置がずれるの」


 何がヘロンなのか、スキャム(詐欺)ではないのかとつぶやきつつ、プヨンも『フェイクスマイル』で対抗していた。どう見えているかは知らないが、凛々しい美男子のつもりを演じる。


 ユコナが先ほどの顔と、本来の顔とスタイルを何度か入れ替えるが、美顔の位置を維持できるのはせいぜい数秒。そのあとは副作用なのか目鼻が飛んでしまうようだ。


「あぁ、……鼻の命は短いか…カオブスキー粒子をばらまきおって……」


 化け物恐怖と美しいものが崩れ去る効果を目の当たりにした効果で、つぶやきが出る。やれやれとあからさまな顔をしていると、


バシィィ


 瞬間、頭に雷撃ショックを受けた。そして、女神様きどりのご講義ならぬご抗議が始まる。


「プヨン、よく聞きなさい。そもそも、美というものは清らかな目で見る必要があり……」



「はい。 ありがとうございました。 万物を愛するようにします」


 闇夜の森の中、勝手についてきたユコナのありがたいお話が一段落する。


 偽装魔法はやはり奥が深そうだ。



 よくよくユコナの話を聞くと、教官の件で週末に校内に残りたくないため、道連れを探していたらしい。そこはプヨンと同じなのだろう。


 ほぼすべての女性は顔だけでなく、体型までいじれる。

 そう考えれば、町を行き交う人たちもこの手の魔法は、水だしや火つけ以上によく使っているはずだ。程度は違うが、ユコナの言うように真実を見る目を持ち、見た目で判断してはいけないと認識した。 


「もしかすると、意思の力で顔や胸の出来具合も変わるのか?」

「え? 知らなかったの? 男性も女性はみな変身するのよ? 動物だって危険が迫るとと体格を変えるでしょう?」

「ぐぅ。俺の純真さがにくい」



 結局ユコナはついてくるようだ。


 もう走る必要はなくのんびり歩きつつユコナの擬態透明化を観察する。可視域のみであれば、ルフトやターナと遜色なくなっていた。おまけにルフトと違い、冷却系が得意なせいか体温調節までしている。


「最近ね、鍛錬の成果なのか、瞬発力も持久力もついてるのよ。遠投はあんまり変わらないけど、威力は数倍になっているわ」


 そう言いながら、『フラッシュライト』で曳光弾を打つ。火球が苦手なユコナなのに、放射状に100m先まで照らしている。しかも明るすぎて目立ちすぎないようにナイトモードを使う上達ぶりだ。


 プヨンが気合入れ魔法で拡張した魔力路を、ユコナは自己鍛錬でキープできている。最近ランカにもやっているやつだが、ランカと違って時間で効果が落ちないようだ。


 拡張と鍛錬を繰り返した効果で、ユコナやサラリスはすっかり魔力の通りもよくなり、ユコナ単独でも魔力解放時の威力が段違いで、その辺りの者ではちょっと太刀打ちできないくらい良くなっていた。


(応用力はどうかわからないけど、威力勝負なら教官とどっちが強いのかな)

 

 そう考えられるくらい効果がある。軽く2人で走りながら、プヨンはそんなことを考えていた。



「どこいくつもりなの? プヨン」


 並走しながらユコナが尋ねてくる。この先はモアナルアを抜けてヴァクストのところに行くしかないのは知っているはずだが、強化で走りながら会話するくらいの余裕があるらしい。


「ヴァクストの店だよ。まぁ、毎週の儀式みたいなもんだけどね」

「いいわ。ランカさんのところね。私も今週はちょっと校内にはいづらくって、どこでもいいから連れて行って」


 例の教官の件、表だっては何もないが、それがかえって不気味なようだ。密かに教官をアウェイした称号者としてサラリスの名が一部で出回っていた。


「そうなんだ。ユコナはまともに気付かれてるよなぁ。俺はセーフだけど」

「うっ、共犯でしょ。主犯が別にいますと書置きしてくるべきだったわ」

「そうか。教官側は知らんけど、生徒側はすでに手は打ってある。あれは、サラリスとマウアーの仕業だ」

「そうなの? 何かしたの? さすが、知能犯集団『WC委員会』ね」


 フィナツーはサイドカバンでそんな会話を聞きながらのんびりしていた。フィナツーが気を張っていてくれるからか、危険な生物にほとんど出会うこともなく順調に進んでいく。



 ふと、思い出したようにユコナがプヨンに聞いてきた。


「そういえば、キャンプ中で腑に落ちないことがあるの」

「え? 腑に落ちないこと? なぜ教官がいたかとか?」

「それは予想範囲でしょ。見回りがあるはずだし。 エクレアよ、エクレア」


 エクレアはたしかに2日目からちょっと口数が少なかった。3人の秘密にしたユコナの教官退治の件はで熟睡していたエクレアには正確に伝えていないが、何か感じ取ったのかも知れない。


「あの子、2日間で、2回しか音を出してないのよ。音入れしていないの」

「は? それがどうかしたの?」


 音入れ作業は睡眠や野営の撤収などとともに、教官が実習中にもっとも重要だと言っていたことの1つだ。言いたいことはピンときたが、それを俺に聞くなよと思う。


 どう答えるか走りながら考えてみた。


「音入れは俺だって2回しか音を出していないよ」

「男と女では違うでしょ。音入れがどれくらい大変かわかってないの? 時には命を落とすことだってあるのよ。あんなタイミングで襲われるなんて絶対いや。悲惨だわ」


 ユコナのそこのノウハウを聞きたい気持ちはわかるが、そこは女同士で話せよと思う。俺に聞くようでは、『(お前の)乙女はもう死んでいる』。


 すぐそこまででかけたその言葉を飲み込みつつ、プヨンはユコナを諭すことにした。

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