侵攻の仕方
まもなくニードネン達が待望していた恒久統治に向けた活動が始まろうとしていた。いわゆる『リイン・ナデシコ行動』だ。ニードネンは密かにその出陣の陣中見舞いに来ている。
「ベッガース将軍、準備は万全ですか? 我々も後方から支援させていただきます。遠慮せず名誉の負傷をしていただきたい。もっとも常勝将軍には不要かもしれませんが」
「これはニードネン卿。私にもたまには体を治す機会があればいいが、この強靭すぎる肉体が恨めしい。怪我をしないと治療できんからな」
確かに狂人過ぎますねぇと喉まででかかったが、ニードネンは全防御力を駆使して口から出ないようにする。かろうじて防御壁が上回り、本音が漏れることは防止した。
バカの勇みも使いよう、戦闘狂もうまく使ってこそ意味がある。さすがに致命傷を負われると治せなくなってしまうから、なるべく苦労しながらほどほどで戻ってきてもらいたい。
俺にはこの程度の低能どもでも使いこなせるだけの器があるはずだ。そうニードネンは上から目線で思っていた。
「しかし我らが信仰は変わらぬ。新興勢力、地元志向などと侮られてきたが、今こそ立つべきときだ。表立って貴殿に諸将指揮してもらえないのは残念だが大変心強い」
「お気になさらず。指導者にはカリスマが必要だが、私はその手の話は苦手です。表は将軍が、そして裏は我らネタノ聖教が。うまくやっていければ、それでいいのです」
ベッガース達と始めていいのかはわからないが、多少の無謀さもないとことは始まらない。最初は彼らが、そのあとは自分たちが乗り移った人間がかかわってよりよくしていけばいい。
ニードネン達ネタノ聖教の面々は、たまたま個人的に居合わせたという形で集まっている。もちろん、いずれ自分たちの仲間が入れ替わって統治する、50年、100年後のため、あまりおかしなことをされても困るからだった。
間違っても虐殺や大破壊をもたらしてはいけない。
「大丈夫ですよ。これだけ準備して、率いるのがベッガース将軍です。このあたりの反抗的な都市国家など、せいぜい町警備の自警団が少し武装した程度。数か月と待たず、自治組織を根絶やしにしてしまうのは間違いがないでしょう」
もちろん、ふつうに考えても戦力差は歴然だ。ニードネンの言葉もまったくの嘘ではなく力がこもる。
ただ一方で平和を尊ぶ宗教組織としては、ただの縄張り争いの一勢力に表立っては味方しにくかった。攻め側の町にも信奉者は大勢いる。
どの勢力にも中立な戦争犠牲者のためのボランティア的な救護団としてサポートするのがせいぜいだ。ニードネン達を軍の面々に紹介できないと、そのあたりを踏まえて発言していた。
「そうそう。例のメレンゲ教授の秘薬はお忘れなく。魔法による戦力は大アップしますよ」
「例のやつですな。実戦使用は初めてですが、無事に帰って成果を報告ですかな」
ベッガースが自治領軍を率いこの辺りをまとめて支配下におくと、近場同士のくだらない争いは一掃される。小競り合いに向けていた戦力を結集し、その後は一大統治国家の成立に向けて突き進む予定だ。
砂漠を超えた南進街道に兵員を配置して出口を封印したあと、しばらくは北側に版図を広げて行くことになっていた。
「お任せください。限界まで挑戦する、私は絶対に妥協しませんからな。私が30年の戦闘で身に着けた奥義、『サイコゥ・チラー』も楽しんでいかれるがよい」
そういうとベッガースは、奥にいた秘書を壇上に呼び寄せた。ニードネンの後ろに付き添っていた司祭たちがぶるっと身震いする。
「そこは、まぁ、わからなくはないですな。一線を越えてはいけませんからな」
ベッガースの傍にいる、ミニスカの女性秘書を見る。ベッガースは常にギリギリを傍に置くことで己の決意を表すことにしていた。たしかにきわどいところまで攻め込んでいる。
これがベッガースが侮れない理由の一つであり、この厳しさについていくものも多かった。
ニードネンは頷いた。悟られてはいけないが、自分も男。聖職者の自分をここまで追い込むとは、ニードネン達が彼をバカにできない理由の一つだった。
しゃがみたい欲望にかられながらたっぷり10秒ほど凝視した後、真面目モードに戻ったニードネンは一言つぶやいた。
「ダブルフロンタル」
この秘書が自分を狙うスパイの可能性が0ではない以上目を離してはいけないと言い聞かせる。秘書と将軍両方を同時に観察しつつ話題を変える。
「兵士全員が完全武装で完璧ですが、物資の輸送はどうなっておりますか?」
ニードネンの側近ゴスイが隊列の視察から戻ってきた。広場は端から端まで武装兵士でどこにも食料や物資がないため気になったようだ。それをベッガースは鼻で笑う。
「はっはっは。心配御無用。極秘情報ですがゴスイ殿にはお教えしよう。都市国家内の複数の倉庫にすでに搬入済みだ。いくつかの町には豊富な井戸もある」
ベッガースは得意げに、すでに輸送済ですぞと、とっくの昔に現地にあることを自慢しはじめた。
「おお、それは素晴らしい。さすがですがあれだけの兵士の物資というと相当な量ですぞ。先に物資が現地とはまことですか? いつのまに運搬されたので?」
ベッガースはもったいつけるように指を立てて秘密のしぐさをする。ちょっと気持ち悪いと引き気味になるゴスイに、
「特別に教えて差し上げましょう。初戦は都市国家ゴロール。やつらは普段からゴロゴロしているが、収穫時期は働き者になるのです」
もったいつけるような話し方だが、自信には満ちている。
「私の把握している情報では、あの辺りは穀倉地帯ですからな。先月も大量の収穫物が運搬されておりましたな。先週の調査では町の食料蔵にはなんと町の3年分もの食料備蓄があるのです。我々の崇高な目的を話せばきっと譲ってもらえるでしょう。タダで! 右の蔵を破られたら左の蔵も差し出せ。我らが教義を応用した薄I号作戦ですな」
なにが博愛だと、ゴスイがつぶやく。見事だ見事な俺様理論だとゴスイは感心していた。
なかなかここまではできるものではない。最悪焼き払われたりすることも考えれば、食べ物は大切に自分たちが利用するのもありではある。
彼の考えは理解できるところもあるが、その確実にもらえるとの安心はどこからくるのか。
「将軍。奪うのはよいとして、そのあと運ぶ方法はどうするつもりで?」
「ククク、我が智謀と魔法を用いれば捕虜の男は運搬要因、女どもはその動力源。我が魔術をお見せしましょう。おい、ちょっとこい」
ごつい男2人が呼ばれてやってきた。
「そちらがハゲット。女性対策班を組織している絶倫将軍だ。取り扱いは匠の域に達している。こっちはゲイル。男専門だ。物資調達と輸送部隊を率いるケツ輪将軍。2人が連携すれば抜かりはない」
問題ないと豪快に笑うベッガースを、ゴスイは冷ややかに見る。勝てればいいが、相手が立てこもって持久戦になったらメシはどうするのか。米粒を落としてしまったことで飢えて死ぬかもしれない。気が気ではない。
「ゴスイ、なんでそんな不安そうにしているんだ」
「え? いや、ニードネン様なんでもないです」
ゴスイはニードネンから不安そうだと指摘されてしまった。自分では不安ではないつもりだったが、そんなに不安そうに見えたのだろうか。たしかに、不安を抑えることができない。
なるほど。これがメレンゲ教授から注意しろと言われていた副作用というやつか。魔力と引き換えに特定意思や感情も増幅する。ゴスイは心配性だった。
「なあ、ゴスイ。あの新薬はすごいな。こうなんというか、俺はさっきから誰相手でもいいから魔法を使いたくて仕方ない。そのへんに不審な密偵でもいないかな?」
メレンゲ教授の新薬は魔力の流れをよくするが、それは特定の意思、感情が強く流れることを意味していた。プヨンがランカに行う『魔力路掃除』のアンプ魔法に近いがこちらのほうが常習性が強い。
そして一番流れやすい感情、特定の感情というのがやっかいだった。
新薬は劇薬だったり副作用があったりする。初めてなので規定の3割しか飲まなかったニードネンだが、それでも自分の攻撃性が異常なくらい高まっている。
この誰とでもいいから戦いたいという意思が抑えきれない。今なら悪いことした味方でも攻撃してしまいそうだった。
異常に士気があがったベッガースの率いるライナール自治領軍が出陣していく。ベッガースが出陣にあたって、全員にふるまい酒ならぬメレンゲ薬をふるまったようだ。
多少なりとも魔法が使えるものは軒並みハイテンションになり制御不能状態なのがわかる。
そこかしこで魔力自慢が始まり、小さな火球が飛び交う。中には小爆発を起こしているものもいた。周りの兵士のはしゃぎっぷりは遠足のようだ。
一定数は帰れないのに楽しいイベントと勘違いしているようだ。
やる気があるのはいいが、血の気が多くすでにけが人が出始めている。それも治療できるものが治してしまうから一向に収まる気配がなかった。
「よし、俺たちもいくぞ」
「はぁ。まぁ、仕方ありませんが、いろいろと心配ですな」
ゴスイを見ると、いやいやよりはやっぱり兵士たちくらいやる気のあるほうがいいのか? そう思いながらニードネンは、渋るゴスイを引きずって遅れて出立していった。
キャンプ明け。プヨン達の今週最終日は反省会だ。課題などは特になく、皆が学んだことをそれぞれ振り返るだけだった。
そしてここにも振り返っているものが一人。
エクレアもこの数日の行動で納得いかない点がある。特に夜だ。
自分が寝ていたタイミングで何があったのか。みんな断片的にしか教えてくれないし、辻褄があわない。他の3人に聞いたら見回りをしていると獣が現れて退治しただけだそうだが、最後の教官はどうつながるのか。獣は追い払われていなくなり、その時に教官がやられてプヨン達は無事。無理がありすぎた。
そして、他は何もなかったよと言われる。
どう追い払ったかは知らないが、なぜ騒動があったのに自分が目覚めていないのか。おかしい。
それなら戦利品はどうしたのと聞いてみると、食べた、逃げた、教官が持って帰ったと3人ともばらばらだ。
小さな鳥でも1羽あれば、けっこうな肉が取れるはずだ。食ったとしても限度がある。
こんな仕打ちは受けたことがない。自分たちだけで美味しい思いをするなんて、仲間外れも食べ物の恨みも恐ろしいのだ。特に食べ物。
いつか自白するまで拷問して、はいたらはいたでエクレア流お仕置きをしてやろう。ヘリオンはちょっと報復が怖いけれど、あとの2人ならできるはずだ。それまで、きっとずっとずーっと覚えている自信があった。
エクレアが何かを教えてやろうと思う。ふんわりとした、ちょっと甘いもの。自分がどれだけ食べ物に執着しているのか。ただの稲妻だけでではないのだ。
怒りパワーが最大値まで増幅された頃、エクレアは妙な噂も耳にしていた。
どうやら密かに教官が戦いの厳しさを教えると称し、こっそりと生徒に試練を与えてまわっていたらしい。
背後から獣をけしかけたり、突然のジャブ魔法での水球や火球が飛んできたり、怒りバチが現るなどだ。特に大型のフンコロガシーの直撃を食らったものは精神が砕かれ、今日はほぼ死体化していたと聞く。
二年生の間でも噂になっているところから事実なのだろう。
実際大半の生徒が2日目の昼過ぎまでに何かしらの戦闘に巻き込まれ、そのまま退場扱いになっていた。それらも教官のせいだという。
言い換えると最後まで元気で歩いて帰ってきたのは2組。エクレア班以外だと、サラリス、二ベロ組だけだ。
そしてその噂には続きがあった。数人の教官も怪我をして退場となったと。
それが生徒の仕業であれば、容疑者は自分を除いたら7人しかいない。誰が教官を倒し、影の名誉称号『先公のパスアウェイ』を獲得したのか気になる。
「人には言えないけど、なんでも知りたくなるのが私の悪いクセなのよね」
この件についてもエクレアは大いに興味を持っていた。




