お泊りの仕方 2
ヘリオンが身構えている。2匹のカッバ―がこちらというよりヘリオンが持っている銅製小盾を見ている。
幸い休憩タイムで背負っていた荷物は少し離れたところにまとめてあった。余計なものはなく、武器だけを持っているため身軽だ。盗賊ではないから、取られる心配もない。
性格的には大人しいらしいが巨大な図体は下手な武器よりよっぽど危険だ。
「重厚な表皮に金属を嚙み砕く強靭な口、そして獲物=銅を見つけると体重500㎏で全力で突進することから危険度は②となっていますよ」
とエクレアが言っていた記憶がある。
そのあとは、銅の鎧を着ていると体ごと鎧を食われた事例で、どんな食われ方をしたのか、何かの記事を詳細に説明するエクレアの記憶力と過剰な生真面目さの記憶しかない。
体重500㎏の数字と大好物の銅にちなんで、略称Dが使われることが多かった。
突然、カッバーが走り出した。
ドドッドドッ
鈍い足音が響き、地面が揺れているような錯覚さえ覚える。
匂いなのか色なのか、とにかく目の前のヘリオンの銅盾に気づいた2匹は揃って突進する。
「よし、こい!」
ヘリオンが筋力強化で気合を入れて盾で受け止めようとするが、大口をあけたカッバ―には餌を差し出しているようなものだ。
「こらー、ヘリオン。餌差し出してどうする!」
「避けろヘリオン! エクレアの説明を聞いてなかったのか? 銅だよ! 鉱物が好物なんだ!」
プヨンは慌ててヘリオンの持つ銅の盾を指さしながら危険だと伝える。
「なんだどう? どうすればいいのか!」
「ぐっ! ぶふっ」
予想外だ。まさかヘリオンが味方に向けて精神攪乱魔法を使うとは思わなかった。効果は申し分なく、
プヨンは意識の集中が途切れてしまう。
プヨンは『ヴェルフェン』を使用し、ヘリオンの体を突き飛ばして助けようとしていたが、身内ヘリオンが放った予想外の精神衝撃波の直撃で思いっきり舌を噛んでいた。
タイミングを考えろとヘリオンを冷めた目で見たが、どれほど伝わったか定かではない。ヘリオンが慌てて弁解する。
「ま、待て。じっくりはなどう」
「どの口が言う! 問答無銅だ」
ヘリオンのことはいったん置いて、プヨンはあまり集中力のいらない小火球を3つ、カッバーの目の前に放ち牽制した。
「おぉ。なかなかやるな、プヨン」
ヘリオンが助けられつつ、ニヤッと笑うのが見えた。もちろん冷めた視線を突き刺したつもりだ。
ヘリオンをリーダーにしたことを少し後悔しつつ心の余裕は大切にしようと思いなおす。その時、ヘリオンが盾を構えなおし、カッバーを全身で受け止める態勢に入るのが見えた。
「ヘリオン、お前わかってないわ!」
プヨンが叫ぶがもう遅い。大好物の銅に前に、迷わず突進するカッバーがいる。
プヨンは反射的に一瞬ビクッとした。
ここでヘリオンの追加攻撃があると耐えられないかもしれないと思わず身構える。もちろんすぐ我に返ったが、この一瞬の遅れでサポートが間に合わなかった。
ドガッ
「うわーー!」
ヘリオンは盾や軽量の鎧など全部入れても100㎏もない。カッバーの全体重をかけた体当たりを受け、ヘリオンは予想通り体重差で弾き飛ばされる。
しかしさすがにしっかりと身構えていたためか盾を手離さず、浮遊をうまく使いながら姿勢を整えてなんとか着地した。
ザシッ
「プヨン、気をつけろ! 予想外の威力だ!」
当たり前だ。プヨンはメサル護衛を棚に上げ、こいつはほんとにニベロのガードなのかと思う。
豚よりも大きいんだ。まともにやったら吹き飛ぶに決まっている。プヨンは背中から短槍をはずして身構えた。
まずは牽制で動きを止めたいが、予想外に動きが速い上に小回りもきいていた。
効果的な対応がとれずプヨンもヘリオンも様子をみていた。そのあたりに転がる石などを投げつけたりしたが、少々の速度では効果らしい効果はない。この様子では火球などの魔法も放ったところでかわされるだろう。
「石くらいじゃダメだな。直接、武器でやろう」
業を煮やしてヘリオンがプヨンに声をかけてきた。
「最初からそうすればよかったな。やっぱり、打ち損じると大地を砕く『プラネットバースト』を使うしかない」
重量槍は打ち損じると大地がえぐれる。もちろん手もしびれる。狙いを定めて、
ボゴッ
プヨンが背中に背負っていた短槍を振り回していると、タイミングを合わせて一匹の横っ面をはたくことができた。
さすがにプヨンの短槍は重い。
軽く当たっただけだがカッバ―は大きくよろめく。あれだけ石を受けても傷一つつかない硬い表皮の肩口が変形しているところを見ると、あれでも大きなダメージを負ったようだ。
そこにヘリオンがタイミングを合わせて大岩を投げつける。頭に命中したカッバ―は数歩よろよろと歩くと、そのまま口から血を流しながら倒れてしまった。
横にいたもう一頭はそれを見ると戦意を失ったのか突進を止め、ゆっくりと引き返し始めた。逃げに入ったようだ。そのまま走り去ろうとする。
「プヨン、追撃だ。あいつも仕留めるぞ」
「いいけど、深追いはしないほうがいいんじゃないか?」
「わかってる」
深くはないが森の中だ。追いかけて走るには分が悪い。大型動物とはいえ、森で暮らすカッバ―の動きは速く、慣れないプヨン達は追いかけはしたが、一分もすると見失ってしまった。
仕方なく来た方向にゆっくりと引き返すプヨンとヘリオン。
少し進むと再び奥の茂みの方でガサガサガサッと音がしているのに気づいた。
ヘリオンがニヤッと笑うのが見える。
「おい。違う生き物かもしれないぞ。無理はするな」
「わかってる。追い立てるから、お前はそこで待て!」
ヘリオンが茂みを回り込んで反対から追い立てようとする。茂みの向こうに回り込んでヘリオンの姿が見えなくなったところで、
「きゃーーー」
バシィ
甲高い女性の悲鳴があがる。同時に一瞬まばゆいスパーク光も見えた。
ヘリオンが助けを求めている気もするが、女性の声がするところから状況が把握できない。プヨンが遠巻きに様子を見ていると、ガサガサと音がして頭髪が逆立った男が現れた。
「プヨン、こちらにはくるな。 こっちは……危険、だっ」
バタッ
数歩歩いて倒れたヘリオンの向こうには、伏し目のエクレアが立っているのが見えた。
ヘリオンのダメージはそう大きくはなく、すぐに目を覚ました。はっとしてキョロキョロと見回している。
今回は初めての野外行動だ。休憩なども含めた性別や体格の個人差なども理解するための基礎学習も行われる。
しかし、そうしたタイミングは一方でもっとも襲われやすい危険なタイミングでもある。
エクレアは教官指導後の雑音魔法の試行中だったようだ。おそらくユコナもそう遠くない位置にいるに違いない。
このあたりの行動は野生生物相手か人相手で対応が異なり、どうするか難しいところだ。交渉の余地のある人間に対して、捕食にくる野生生物の場合は躊躇がなく危険度も高いからだ。
クマよけの鈴のようにここにいるぞと追い払った方がいいのか、見つからないように気配を断ったほうがいいのかは、臨機応変に対応する必要があった。
今回もエクレアがいわゆる音入れタイム中の不意を突かれ、反射的に電撃魔法を発動したに違いない。エクレアの名の由来が稲妻であるように、その名に恥じない一撃が容赦なくヘリオンを襲ったようだ。
「プヨン、深追いはするな。思わぬ伏兵がいるからな」
「……やはりそうなのか。あえて聞こうか。何があった?」
ヘリオンがどうエクレアの前で反応するか、好奇心にかられてあえて聞いている。こういう場合にどう振る舞うべきか、それを学ぶ貴重な機会を逃すわけにもいかなかった。
「まぶしくて、何も見えなかった。そうですね?」
「は、はい!」
エクレアは目を伏せてこちらを見ようとしない。ただ、あたりに充満しているミルナスキモノ粒子を敏感に感じ取り、ヘリオンは顔をあげることができない。
プヨンとユコナは目を合わせ確認した。ヘリオンは見えないものが見えたのだと。
イミュニ教官のつぶやきが聞こえた。
「どこにどんな危険が潜んでいるかわかりません。みんな慎重に行動してください」
しばらくは何も言わず黙々と歩いていた。
やはり野生の生物はそうそう近寄ってこなかったが、それでも何度か大型の獣が現れ、火球や氷塊で追い払っていた。
またこのあたりは狩場にもなっている。木々が少なく見通しがいいところや川沿いでは、遠くに狩人らしき数人のグループなども見かけた。
ドーーン
徐々に会話も戻り始め、火薬筒に火球魔法で火をつけ、野生生物への威嚇を何度か行った頃、
「そろそろ今日の野営場所になりますよ。そこを行くと川に出ます。森側と河原側どちらにしますか?」
「よし、じゃあ、見通しのいい河原で野営しよう。今日は雨風もほとんどないしな」
そうヘリオンが言うとほっとした雰囲気になる。そう急いで歩いてはいないから体力的にはそこまで疲労していないが、緊張していたせいか精神的な疲労が大きい。みんな早めに休憩を取ることに賛成だった。
川沿いに出て少し歩く。幅の広い谷川だ。渇水期のせいか水は少なく、大半は石ころのころがった河原で、水はごくわずかしか流れていなかった。河原の両側は数mの切り立った土手が続いている。
見るとちょうど土手が2段になっていて、中ほどに手頃な広さの中断があった。
「よし、ここにしよう。そこの中段のところなら下から襲われることはないし、前は河原で見通しがいい。野営しても安全だろう。中州は万一の増水だと危ないからな」
3mほどの段差を飛び上がり、段上の安全を確認したヘリオンが宣言する。
食事は意外にも豪勢だった。昼間にヘリオンが倒したカッバーの肉を持ってきているからだ。
ユコナが氷解に入れ、プヨンとエクレアが分担して適度な量を運んでいた。二人ともストレージがあり多少なら荷物にもならない。もう3日分の肉は余裕で調達できていた。
食事が終わった。
ついてきた教官も含めて腹いっぱい食べ終わった頃、ユコナがそれとなくプヨンの傍に寄ってきた。ユコナはさっきから対岸を気にしていたのはプヨンも知っていた。今はもう日も暮れてほぼ真っ暗だ。
「対岸に何かいるわよ。気付いてる? 『フロストザップフェン』で鳴子代わりに生やしていた霜柱が踏みつぶされているわ。しかも姿は隠しているの」
「うん。対岸の河原あたりか。20mくらい先に3人だろ。気付いてるよ。さっき空気温度を上げた際、比熱の違いで気が付いた」
「え? なんで3人ってわかるのよ?」
ユコナは人数がわからなかったのか、むぅっと拗ね顔をしている。
プヨンは『ヴァールシュトルム』を使用していた。火球魔法の応用だが、本来は熱風で薙ぎ払うものだが、今回は大気温度を少しあげる程度にする。空気ならすぐ温まるが、姿を隠した生体は温まりにくく、冷たいまま残る。それを光学魔法で検知することで存在が確認できた。
これの逆で冷やすタイプの『カルトシュトルム』もある。2つを併用して一定時間ごとにチェックしていた。
「気付いているのならいいわ。4人か5人だと学校関係だけど、3人だと違うかな」
「そうだな。まぁ、注意をしておこうか」
何かありそうな気がする。警戒を怠らないに越したことはなかった。




