お泊りの仕方
学校の当初の説明では、種まき休暇前後までで攻撃、防御、移動などの最低限の授業をして、その後は順次実践するとなっていた。
その後は応用と反復練習の繰り返しになり、熟練度をあげていく。
そして種まきの後にくるもの、それは害虫駆除だ。
種まき休暇後になると、野営・行軍には最適な穏やかな気候になる。この時期は毎年野営練習、通称キャンプが行われる。
場所は学校裏の森をしばらくいくとはじまる広大な高原だ。そして目的は害虫・害獣駆除を兼ねた実技訓練となっていた。
次の日、授業は野営訓練のオリエンテーションを兼ねたものだった。教官による日程や注意事項の説明が続く。
「あー、要するに今日一日準備をしたら、明日から二泊三日で学校裏の高原へ行くぞ。鍛錬という名の自由行動だ。
行動範囲の高原は学校裏の森から国境付近の山脈まで続いているが、いきなり最奥まで行こうとおもうな。2ヶ月ごとにあるから、最初の今日は近場だけにしとけ」
まわりは妙な緊張感が漂っている。自由行動ではあるが、その結果についても自分で負う必要があるからだ。説明が続く。
「目的は害獣駆除となっているが、それは二年生に任せ、初回は歩き回って無事に帰ればいい。無理しないこと。それから立ち入り禁止エリアはしっかり頭に入れておけよ」
一応作戦行動だ。学校まで生きて戻れれば、まず治療してもらえるはずだが当たり前の注意がある。何かに食われたり生き埋めになったら、どうしようもない。
「時には命を落としたり後遺症が残ったりするものがいる。自由行動ではあるが、各班ごとについている教官からの治療やサポートを受けたり、危険と判断した場合は強制送還だからな」
と、意外に厳しいことも言われた。命がけであるとか強制送還と言われ緊張感も高まるが、どこかピンとこない平和ボケした雰囲気もあった。
あらためて行動可能範囲の地図を見る。一番手前のエリアだけでも15㎞はある。相当広い上に、ここに学校関係者はせいぜい数百人程度しかいないのだから、人口密度は1人/㎢以下だ。
「ほぼ無人・無法の高原よね。ほどよい森、湖、谷、平原などが国境まで点在しているのはわかるけど、実際何があるのかしらね」
「食用の動植物はいっぱいいるけど、即撤退の危険なものまで多数いるのがね」
サラリスとユコナが、思うところを確認しあっている。
国境山脈までは最奥だとここから50km程度あるが、初年生は学校寄りの10㎞程度の安全度は①~⑤の5段階のうち①②だけにしろとなっている。
二年生は③までで、④と⑤は範囲はそう広くないが立ち入り禁止となっていた。
代表的な注意生物の一覧を見ると、先日プヨンが戦ったカマキリもどきの生息域は安全度①②だ。
あのレベルがいる範囲が最低の①、学校西の森でも安全度②だそうだ。④や⑤はいったいどんなところだろう。
危険度を推して知ることができた。
「よーし、他にも注意事項があるからな。敵(害獣)察知の方法、野外の喫食、野営の仕方などはちゃんと頭に入れておけよ。腹を壊したり、夜に危険生物に襲われると致命的だからな」
最初だからかその後も注意点などの細かい説明が続く。
特に少人数での実践で重要な衛生関連の注意点が多い。みな、真剣に聞いていた。
班分けも一段落して、銘々集まって班ごとの会話がはじまっていた。
「プヨンは何班になったの? 男女混合で4~5人で1班らしいね。どういう基準かはわからないけど、マウアー、二ベロ様と一緒で、保護観察担当の教官は避難民扱いだそうよ」
「な、難民を連れて移動するのか?」
「設定がね。万が一になったらお助けマンだから、立場が逆転するんだけど」
たしかにサラリスの言うようにグループ分けはよくわからないが、総当たりでいずれ全員と組むようなことも言っていた。
「サラリスか。B班だよ。あそこのヘリオンとユコナ、そしてあっちにいるエクレアらしい。教官を守りつつ害獣を追い払うってのは難易度高そうだけど、ほんとの避難民と違って移動力があるだけマシなのかもね」
「エクレアって、あのおしとやかな上にとっても頭がいいって評判の? まぁ無理をして強制送還とかになると土日が補習らしいから、それだけは避けないと。まぁ無茶をしないで、私たちは安全重視でこことここらへんを回る予定」
地図を示しながらサラリスが安全域を優先的に選んで指でルートを示す。狩った数や難敵を倒すのが目的ではない。2日間無事に過ごせばいいから理にかなっている。
「なるほど。じゃぁ、俺らはその隣でいこうか。この湖まわりから川沿いで水を確保と。そういえば、さっき女生徒だけ集まっていたのはなんだったんだ?」
「気になる? あれは、野外の女性特有の問題よ。衛生関連よね。まぁいかにストレージとかがないと不便かということをくどくどと説明されたわ。あとは休憩を取るタイミングとか」
ユコナが目の色変えてストレージって言っていたが、なるほどと納得する。死活問題だろう。サラリスもそこまで言うと、打ち合わせがあるからと自分達の班に戻っていった。
プヨンも自分の班で打ち合わせをする。それぞれの役割や、荷物、おおよその移動ルートなどを確認する。慣れのせいなのか、ヘリオンがとりまとめをするので楽だった。
「装備は第4種装備かぁ。もう完全に行軍仕様よね。重そう。プヨン持ってよ」
「まぁ、俺たちのレスル登録名は『WC委員会』だからな、食料輸送とかの後方輜重を手伝ってもらうことはあり得ない」
「えー、腕が太くなっちゃうよー」
もともとのWC由来はユコナ考案の知能犯の略称ホワイトカラーが由来だが、プヨンの装甲強化活動や後方支援大好きもあって、今ではWCはいろんな意味を含んでいる。
「プヨンとユコナもきてくれ、おおよその案を説明するよ。エクレア頼むよ」
「わかりました」
エクレアはヘリオンとは学級委員絡みで仲が良いようで、さっきまで二人で作戦を考えているのを見ていた。外見からして才女顔で、自他ともに認める優等生だ。
「イディオサ・ヴァン」
さっそくエクレアは強化魔法を使う。プヨンも何度か見たことがあるが、記憶強化は筋力強化の一種だ。自分ではほぼ使えないから推測だが、要するに足の筋肉のように脳みその信号伝達を強化しているようだ。
テストで神頼みをしたプヨンがもっとも憧れる強化の類だが、まったく改善される見込みがなかった。
「えぇ、一度通ったところなら映像として記憶に残りますから。細かい色なども割と覚えていたりしますね。もっとも、強化解除と同時に大半は忘れちゃいますけど」
プヨンがエクレアの控えめな自慢を引き出したところでは、そう教えてくれた。
エクレアは驚異的な記憶力アップを用いて、先ほどの教官の説明を使い要約してくれる。時折出る注意点などの説明は一言一句まったく同じ言い回しだ。
さらにヘリオンと詳細を詰めたのだろう、理にかなった行動予定の説明もあった。もちろんプヨンも何度も説明してもらうわけにもいかない。忘れないように対応魔法を展開する。案は2つ。筆記速度の向上と、
「ユコナヨロシーク。その時がきたら教えて」
「え? 自分で覚えなさいよ」
魔法は発動したが効果は厳しそうだ。会議は無事終了した。
翌日、点呼が終わると班ごとにまとまって歩く。だんだんと他の班が見えなくなっていった。
各自適当な武器や野営道具、配給された携帯食料を持っていた。その中には火薬筒5本も含まれる。
火薬筒は殺傷力は大してないが、非常に大きな音がして調合された『人の臭い』を撒き散らすものだ。他の生物でもそうだが、生き物の臭いをばらまくことで野生生物は近寄りにくくなる。
これを1時間に1度程度打つことが一番の目的だ。警戒心の強い肉食系の生き物には特に効果があり、人里に現れるのを抑止できる。もちろん戦闘訓練も兼ねているため、危険を見極めながら間引くほうが効果は高い。
ふと周りを見るとみんなそれなりにしっかりと武装している。当たり前といえば当たり前だ。光物を抜き差ししたりして、具合を確かめている者が多い。
「おっと、ユコナ、その紅玉の剣を持ってきたのか?」
「そういうプヨンだって、背中に背負っているその棒は何よ? 何があるかわからないんだから、これがいいのよ」
ユコナは小手代わりか左腕にも盾を付けている。背嚢も背負っているため、筋肉強化しつつとはいえかなりの重装備だった。
「いや、まぁ、いいんだけど。その剣、思ったよりいい出来だったよ」
「ありがたくいただきました」
人相手の実戦ではないが道中はまったく安全というわけではないが、緊張しているプヨン達をよそに、場慣れしているのかヘリオンは率先して先頭を行く。
大人数のせいか少なくともプヨン達の前にはトンボも蜂もその他の生物も特にでてこない。後方付近で少し騒ぎが起こったりはしたが、それもすぐに追い払ったのだろうか一時的なものだった。
学校裏の旧校舎を抜け、その奥の森をしばらくいくと200m程度の切り立った崖に出る。
ここまでが校内の主な管理地域で、この崖を登ると学校の管理ではない高原部分が始まる。
「みなさん、私は戦闘系は苦手です。ただ自分の身は自分で守ります。よろしくお願いします」
ヘリオンからも念を押されたが、エクレアは攻撃が苦手らしい。まぁ、追い払うのが目的で駆除をするわけでもないから威嚇すればいい。そこまで深刻ではない。
「パンダース」「ピースメーカー」「ペロハチ」「エクレア」
ヘリオン班の4人も、みな思い思いの浮遊魔法で崖をあがっていく。ユコナも雷撃に由来する浮遊名を使っているようだ。それなりに飛べるようになっていた。
エクレアは名前のせいもあるのか崖を登る際、電導浮遊を行っていることが感じられた。
そのあと、付き添い教官のイミュニ教官も余裕でついてくる。イミュニ教官は防御、特に精神防御のスペシャリストだった。
崖に沿って強風が吹きつけていたが、そう時間もかからず切り立った200mの崖を登り切っていた。
崖上に立つ。
「おー、ここからがヤカン高原か。ところどころにヤカンの湯気が立ち上る。ここに上がるのは初めてだなあ。あのずーっと向こうに見える山脈がレアシルヴィアか。よし俺たちB班はあっちだ」
ヘリオンが感慨深そうに言っていた。例の山脈はどこからでも見えるので、遠目にはみたことがある。
キレイマスから続く北行の街道などもこの高原の上に出る。
さらに高原の街道を抜けると国境の四千m級の山脈があり、山脈の向こうの砂漠地帯、平原とひたすらいくと400㎞ほどで北側のライナール自治領やウェスドナ帝国へと続いていた。
この高原やその奥の山脈は紛争の舞台にもなるが、自然の城塞にもなっている。その割には鉱物などもとれるため、今はなき町などの廃墟や城塞、神殿跡などもあちらこちらと散在している。
そのため軍や警備隊が演習・訓練などをする際もよくここが利用されていた。
このあたりを狩場にして生計を立てている者も多い。プヨン達の地図にもある通り、比較的危険が少ない学校初級者向け、山脈側は危険生物の多い上級者向けになっていた。
上がり切った拠点から、皆放射状に散らばっていく。
「高原に上がりました。このあたりから大型の鳥類が増えます。『キテ』や平原では空も気を付けてください。他にも陸上には……」
エクレアがいろいろと説明してくれるが単語はあまり頭に入らない。ただ、気を付けないといけないということはわかった。
少しすると空気の存在、難民扱いのイミュニ教官が声掛けしてきた。
「ここで初回休憩をしてください。女生徒二人はついてくるように」
ユコナもエクレアも事前に知っていたのか黙ってついて行く。
「なぁ、プヨン。あれはなんだろな」
「あぁ、まぁ、女性が野外行動するのは大変なんだろ。何してるのかは知らんけど」
「まぁな。あーいうタイミングで盗賊とかは襲ってきたりするからな」
「うん。小隊行動時の戦死の3割は小用時だそうだ。敵地だと下手に後を残すこともできんからな」
そんなことを言っていると、お決まりのようにガサッと音がした。大きな動物が2頭、ゆっくりと現れこちらを見ている。
「あ、あれは、カッバーだ」
大人しそうに見えて危険な生物だ。それ以上に気づかないうちに、縄張り内に入っていたことに気付き一気に緊張が高まった。




