転生の仕方
先日ノビターンは自身の祖父スイマーと話をしたことを思い出す。
スイマーとはちょっと変わってはいるが大型の猫のような動物だ。よくノビターンの膝上にいるのでペットか何かだと思われていた。
「おじい様。間もなくベッガース将軍率いるライナール自治領が、多方面で紛争を起こす予定となっています。本当にそれでよろしいのですか?」
にゃーにゃ―と猫のような声がする。
ノビターンとスイマーは祖父と孫、長い付き合いである。そんな猫声でもノビターンは会話の中身がおおよそ理解できていた。
スイマーは今でこそ猫の形をしているが、中身の精神はノビターンにとって祖父だったスイマールにあたる。現在は行方不明となっている元ネタノ聖教の最高司教で転生技術の確立者だ。
行方不明の原因はノビターンだけが知っている。
それは20年ほど前、老いた体を捨て新しい体に移る精神転写の儀式で大きな失敗をしてしまったからだ。
本来なら生まれたての赤子に移るための転写が、赤子を寝かせていた神座の下にいた猫に転写されてしまったのだ。
転写の儀式とは、魔力風、すなわち膨大な魔力を一気に叩きつけて肉体から精神を引きはがし、空になった肉体に別の精神を転写し、さらなる延命を行う方法だ。
いくつもの条件が必要なため、基本的にやり直すことはできない。
癒着が十分でない赤子相手でないとなかなか成功せず、膨大な魔力の準備に相応の時間がかかり、そして転写元の精神を剥がす方法は『死』をもって行うため体が残らないからだ。
その失敗を知って以降、ノビターンが天啓としてスイマーとなったスイマールの言葉を聞き取り、それをまわりに伝えていた。
もちろんノビターンも魔法を使えるしスイマーも以前ほどではないが使える。疑ったりするものはそれ相応の報いも受けていた。
「わかりました。おじい様。私も大勢の人が損害を被るようなことは避けた方が無難と考えます。今回は彼らが暴挙にでたとして、当面様子を見るべきかなと。教団が背後にいると知られたり、まして、聖戦の宣言などはあまりに大義名分が立ちません」
今回、ノビターンが受けた天啓は、こんな内容で伝えられていた。
そして今日はノビターンはネタノ聖教の同志ニードネンやアサーネなどを伴い総出でウェスドナ帝国のとある小さな聖堂の一つ、その裏庭の礼拝所に集まっていた。
帝国側からの列席者も数人いる。皆正装であり、ノビターンはひざに猫のスイマーを抱きかかえ、壇上で腰かけている。場所を除けば、ある意味普段通りといえば普段通りの装いだった。
対面は例のライナール自治領のベッガース将軍とその側近だ。ベッガース将軍は、ニードネン達の元同志。30年ほど前に将軍が赤子の時に転生していた。
ニードネンが切り出す。今回引き起こす紛争の件について最終確認だ。
「ベッガース将軍、今回は我ら転生者ギルバレタの悲願、精神転写による恒久統治の第一段階です。まずは非ギルバレタのやつらの権勢を弱体化させるためにもうまく立ち回って頂きたい」
「ニードネン卿、お任せあれ。せいぜい邪魔者どもを前線に送り込み、敵味方が疲弊したところで我らが両者に止めをさしてくれましょうか」
ベッガース将軍は自治領区の一つを支配し、意図的に周囲と紛争起こす手はずになっていた。それに先立ち、ならず者たちに地方反乱も起こさせる。
戦線を徐々に拡大していくことで、国内の敵対勢力と周辺国を共倒れにさせるつもりだ。
方針の確認が一段落したところで、ノビターンがベッガース将軍に向かって告げた。
少々恥ずかしくなるが、これも演出。ノビターンが神の声を聴く、ふりをする。
「将軍、この度の件、私は少し好戦的過ぎると思っています。もっと平和的に勢力を拡大していけばよいのではありませんか? 犠牲を少なくしつつ、いずれは望むようにできるのではないかと思います? 残念ながら私どもが味方するだけの大義名分が立ちません。聖戦の発動は見合わせよとの天啓でございます」
「むぅ。確かに地方反乱もなくこちらから仕掛けるわけですしな。いきなり聖戦は無理があるか。ですがここで民衆を救う形で世論を味方につければ、時流をつかむことはできましょう」
「それに、ベッガース将軍を侮るわけではありませんが、くれぐれも無理はなさらぬように。油断なされぬように」
「はははー。ご安心くだされ。一騎当千の私がサイコーフレームを使用すれば、例え一人でも敵は間違いなく壊滅ですな。ご覧ください。この1秒間240FPSの動きを。見えますかな? 他にもサイコークラッシュもありますぞ」
ビシュッビシュッ
ベッガースはパンチを大きく何度も高速で繰り出し、その風切り音がする。さらに魔法で作り出した炎を拳に纏わせていた。
「何人たりと私に触れることなどできませんな。なんなら試して見られますかな?」
「え? 将軍をですか? 私がですか? もしできたら、どうしましょ?」
「ははは、どうぞどうぞ。 もしできたら、そうですな……我が誇り、この帽子の徽章を差し上げましょう。 魔力で風を起こして矢羽根をはじく効果があります。もちろん魔力は自前です。まぁ万が一にもありえませんがな」
まわりが静かになった。一斉にノビターンの反応に注目する。
ベッガース将軍はそれなりの実力者だ。勇名をはせている。
公の前で自分の能力を見せることなど滅多にないが、ノビターンがどう反応するか、まわりは興味深々だ。
「そうなのですね。では、特別にわたくしの『さわっちゃるど』をお見せしましょう」
「ふふふ。いつでもどうぞ」
「油断してはいけませんよ。いきますよ」
わざわざノビターンが念を押す。そして皆が固唾をのんで見守る。
ノビターンとベッガース将軍の距離は約10mだ。
「ナンナノ・サッカー度」
ノビターンがぼそっと一言つぶやく。そして立ったままの姿勢をまったく変えずそのまますっと横に移動し、10mの距離を一気につめた。浮遊魔法を応用した高速移動だ。
その間、一秒もない。ベッガースは自分の鼻をノビターンに摘ままれていることに気づいた。
「あ、あれ?」
ベッガースは、なぜ動かなかったのか自分でも理解できず立ったままだった。
「将軍、なぜよけなかったので?」「まるで意識を失っていたようだったな」
まわりから、呆然としている将軍に向けた評価が聞こえてくる。
ベッガースは当惑している。何が起こったかわからないようだ。しかし、周りにいた人間はノビターンの動きを追っている。
まわりをゆっくりと見まわしたベッガースは、にっこりとほほ笑むノビターンと目があった。
「ほんの少し目の動きを抑制しました。人の目は静止したものは識別できません。当然、識別できないものは避けられません。さらに上級のピコリン・サッカー度もありますよ」
ビリッ
そういうとノビターンはベッガースの帽子から徽章をむしり取り、
「では、これはありがたくいただいて参ります。弓矢が避けられないかもしれませんが、くれぐれもお気を付けいただきますように。武運をお祈りしております」
そう言うと他の者を引き連れ退室していった。
プヨン達は種まき休暇も終わり久しぶりの学校だ。
プヨンとしては今回は充実した休みだった。武器も魔法も得るものは大きかった。
特に武器だ。
今まで人相手で戦う機会が少ないこともあって、あまりそうしたものには興味がなかったが思い描いたものができた。
見た目はただの濃い灰色の棒だが、効果は絶大だ。
ただ部屋に置くにはあまりに重すぎる。蒼&紅玉の2振りの剣はストレージに難なく入ったが、ドワーフの短槍『プラネットバースト』は、重量物のためか立てかけようとした古壁を崩してしまった。
慌てて隠れ誰もこなかったことを確認して安堵したが、やむなく裏の森に持って横に倒しておくしかなかったのだ。
周りの生徒の様子を見る。休み中に畑で種まきをしていたか、遊び回っていたかは肌の色ですぐ見分けがついた。
「ふふふ、サラリスは陽の当たらない世界で生きてきたようだな」
「そうよ、久しぶりね。ちょっとマウアーと学校の前庭の女神像対策を考えてくるって約束したの。自主トレと鍛錬の効果をずっと領地内の地下礼拝所跡で試してたのよ」
「宿題? 何か対策を見つけないといけないんだ? 地下礼拝所とか闇の世界に生きてるようで面白そう」
「そう。休み前にいいところまで行ったんだけど、最後に像の光線を受けてマウアーの鉄の盾が溶けちゃったの。軽い火傷ですんだんだけど、マウアーは絶対溶けない防具を探すって言ってたわ」
女神像は校内にある侵入者対策用の防衛石像のことだ。戦力が拮抗してくると光子砲を使ってくるが、そのレベルまで到達したようだ。
「おぉ。あの光線か。あれはキツイな。さすがに連続で挑んでいるだけのことはあるな」
サラリスは一瞬キョトンとしたがすぐに、
「どうしてプヨンが知ってるのよ? もしかして何か秘訣を知ってるの?」
「あっ」
ハッとして、一瞬動きがとまる。
そう言えばサラリスも含め、このルートで校外に出た者はほとんどいないはずだ。情報すら少ない
慌ててユコナが言っていたと釈明する。ヤツも何か試しているのだと。
「女神は光子砲を打つからアルミや鉄はよくないかな。光の吸収率が高いから高温になって溶けるのが速いよ」
「え? そうなの? 銅のほうが安物なんじゃないの?」
「硬さならそうかもしれないけど、用途によって向き不向きがある。光学魔法に対するなら、反射率の高い銀がベストだけど無駄に値段が高いからなぁ。次が銅。ただ鏡面仕上げにしても、すぐ傷つくから維持するのが難しいよな」
「えーー、ほんとかなぁ。信じられない」
「信じる者は騙される。神様はそう言っていました」
翌日、授業は飛行訓練だった。
初年生は湖岸に集合し、銘々その場で浮かぶ練習をする。10秒間浮かぶことができると、湖水上に出る許可がでた。
見渡すと、できるできないの差が思った以上に大きい。
浮かぶだけなら一般的な体重であれば、だいたい1秒で火球一発程度のエネルギーを消費する。
もちろんまっすぐ立つにはバランス取りもいるから、複数方向にこまめにバランスを取りながら押し引きしてやらないといけない。
元から浮遊ができた二ベロやサラリス、ターナは軽快に目立ち過ぎないように滑空して遊んでいる。ユコナも氷上のスケートを初めてやったようなへっぴり腰のぎこちなさだが、飛べるようにはなっていた。
皆1分ほど飛んでは、5分ほど休み、また飛んでいる。飛行はやはりかなり疲労度が高い。長時間飛べるのは、もとの魔力が多いか持久力を鍛えた者だけだった。
「プヨン、『落ちてけ堀』の時間よ」
「え? なんだそれ?」
「ほっほっほ。それは、足の引っ張り合いをするゲームよ。もう授業は飽きたわ」
サラリスが練習に飽きたのか、よくわからない遊びを提案してきた。要するに空中戦で相手の足を引っ張って水に沈める遊びだ。別名『沈めあい空』だ。
ザボッ、ジャボッ、ザバー
「ぶはっ、ぶはっ。予想以上にきついな。これは」
「そうでしょ。でも実戦でこれだと、確実に死ぬわよ」
「しずめーぃ」
「きゃー、待って。ぶふぅ」
何度か沈められ、サラリスは沈めたおす。
飛行で浮くのが精いっぱいなものは、ちょっと左右に振られて錐もみ状態になると体勢を立て直せない。
自分で飛ぶのと違って相手にかける場合は、距離に応じて魔法の影響力が大きく減衰していく。そのためサラリスの足引っ張りは強い威力があるわけではない。
それでもサラリスに足をすくわれたり、目の前にポッと火球を出されるだけでもバランスを崩す。プヨンは多少は飛行慣れしていたが、思った以上に難しい実戦訓練だった。
いつの間にか、飛行慣れしている二ベロやヘリオン、そしてユコナまでが寄ってきていた。
「これ、実戦だと数百人単位でやりあうんだろ? こんなに厳しいとはな」
「地上支援がいないと、飛兵だけで行ったら、対空魔法と防空兵とのコンボで死ねるな」
みんな何回沈んだだろう。両手両足では数えられないくらい沈んだころ、
「よーし、今日の授業は終了だ」
ようやく授業終了の合図だ。遠くから、時刻弾の火球が上がっている。
「よーし、いい知らせがあるぞ。今日の授業で無事飛べていたものは、なんと、キレイマスのレスルの飛行資格がもらえるのだ」
よく見るとたしかに教官ではない人物が一人参加している。キレイマスのレスル試験官なのか。
「試験合格の条件は、墜落10回以下だ」
「え?」「お、おい」
慌てる。
真面目に授業を受けていれば10回も墜落しないだろうが、プヨン達は撃沈ゲームのせいで、数十回は湖水に落下している。
「サラリス、お前のせいだ」
「み、みんな。仲間よ。こ、今度はちゃんと授業を受けましょうね」
「当たり前だ」
「よーし、じゃあ、来週は3日間のキャンプ演習だからな」
キャンプ演習、4人で1チームを組んで、校外の高地の清掃業務のようなものだ。繁殖期の夏を前に、危険な生物などが出てこないよう定期的に追い込みをかける。それが来週あることになっていた。




