スープの作り方
以前268に入れていましたが、つながりがおかしかったので、移動させました。
今日は学校の食堂にいた。サラリスがお願いがあるそうだ。新しい携帯の固形食糧ができたらしい。学校版『ブクローの日』をお願いしたいとのことだ。ユコナはなんだかんだいってばっくれたが、プヨンは潔く付き合うことにした。
『ブクローの日』とは以前は月に1、2回あったプヨンやユコナの定例行事だ。いつからこう呼ばれていたかはよく覚えていない。きっかけはレオンが警備兵隊に入隊した頃、新入り当番の一環で炊事担当になったためだ。
特に失敗も多く、印象は強いものが多いが、あまりいい思い出がない。だが、これも実験の一環と思えばやむを得ない。
「簡単ですぐ作れて栄養のある携帯食の研究が課題なんです」
急ぎではないらしいが、新人研修の一環なのかそんな課題を出されたそうだ。命の危険が伴う職業の場合、食べることと出すことは喫緊の課題だ。
そのレオンの一言が発端で、みんなで作ろうとなったのだ。
業務行動中はゆっくり食事ができない。移動中でもすぐに食べられ、消化に良い携帯食がいろいろと用意されている。かといって砂糖たっぷりの一口ドーナツや小麦粉団子を食べるとかはバランスも悪い。
そのために料理を固形化したり、水筒に入るスープタイプの料理を考案し試食していたのだ。
それが徐々に月に1、2回創作料理を披露する場になっていった。種まき休暇時にも一度やった。久しぶりだったが、あのときはひどい目にあった。
種まき休暇のある日、プヨン達は4人で集まった時があった。ただ話すだけだったが、いつの間にかブクローしようとなっていた。
「ユコナ、今日の胃袋当番はサラリスだっけか? 久しぶりだよな」
「そうよ。最近は新ネタもないし、四半期に1回程度になってるわよね。当番はサラリスよ」
「奴はダメだ。ネタに走りすぎだ。たまには、侘びさびあるお菓子とか出せばいいのに」
「そうよね。かわいいデザインケーキとかね」
ユコナととりとめのない話をしながら町を出て少し歩く。目的地に到着だ。
今日もいつものメンバー、プヨンとユコナ、サラリスそしてレオンの4人が集まっている。場所もいつもの屋外、街道を少し離れた草原にある大きな切り株のところだ。
この切り株、いつからあるのか、なぜ木が切られたのかはわからないが、数個の切り株がちょうどテーブル代わりになっている。行きかう人や警備兵、狩人達もよく使う定番の休憩スポットだった。
前回はユコナがパンにツナと鰹節を入れたホットキャット、その前はプヨンが作った蜂蜜ゼリーだ。蜂蜜は以前引っ越しした蜂達が時々持ってきてくれる、例の凹室ゼリー入りのレアものだ。栄養価ばつぐんで、このゼリーは絶品だった。
「最近、雷神様の調子はよろしいのですか?」
「えぇ、もちろん、ばっちりよ。レオンは雷神様にすごく優しいわよ。プヨンみたいに『氷の微乳』とか絶対に言わないから。まぁ、レオンはちょっと八方美人のところがあるから、誰にでも優しいのがいまいちだけど」
「僕嘘がつけないもので。美乳になられたあかつきにはぜひ拝見したい」
見つめあう二人。互いに殺気を放つ。それを破ったのはプヨンだった。
「……そんな機会があれば。ないとは思うが」
ボコッ、「うがっ」
「ぐっ。この成長が見せられないのが口惜しい」
ユコナの大いなる可能性に期待したところで、プヨンはフィナツーに気付く。サイドカバンから出てきたらしく、今日も試食に参加するようだ。
「フィナツー、ご相伴に預かります。今日は木性生物群ウッディ代表です」
「今日はって、毎日食ってるじゃないか? そもそも、ウッディとやらは消火できるのか?」
「え? 今日はなんかプヨンつめたい。もちろん食べますよ。微生物がいるので」
フィナツーがぶーたれるが、レオンは何か思うところがあるのかフィナツーを庇う。
「いいんじゃないですか? いつも通りですし。ぎせー……ナカマは多い方がいいので」
「根無し草のフィナツーは、今日はレオンの相棒になります。ウッディ代表とお呼びください」
そういうとフィナツーはかぶっていたニット帽をはずし、ベッソン型リュックにしまう。
フィナツーはプヨンから離れてレオンの横に座った。4人はテーブルについている。もちろん4人目はフィナツーだ。
意味不明な行動のフィナツーをプヨンが生暖かい目で見ていると、料理を取りに行ったサラリスが戻ってきた。石で作った即席かまどの下に、枯れ木と自分の火魔法をぶちこんで煮込んでいたようだ。
「ようこそ。今日は私が作った特別料理よ。前から探していた特殊な材料が手に入ったの」
中央に置かれた鍋が置かれ、サラリスの挨拶で始まった。
レオンがかなり期待しているようで身を乗り出して準備を手伝う。皿を取り出して並べていく。
「なぁ、フィナツーは木製だろ。あれをウッディ代表として食べたい?」
「もちろんよ。食べたい。お茶はジャーに入れてあるからね」
フィナツーも食べたいらしい。フィナツーは作ることがないので多少引け目があるのか、お茶を入れた水差しを浮遊で持ち上げテーブルの中央に置いてくれた。
そこにサラリスの声がかかる。
「さぁ、好きなだけよそってください。あっ」
スプーンを手にするフィナツー。ちゃんとサラリスはフィナツーの皿も用意しており、やったと喜んでいる。
「ジャジャーン」
サラリスが蓋を開き、テーブルの上に置く。あたりは刺激的なにおいが充満した。
さあ、どんな料理か。期待しながら湯気が引くのをしばし待つと、目の前には真っ赤なスープが現れた。まるで溶岩のようだ。中からポコポコと泡が出ている。
「ほら。これは発汗作用のあるスープよ。寒い時にはとっても温まるし、暑い時でも体温を下げる効果があるのよ。どうぞ召し上がれ」
サラリスの自信作なのだろうか。よほど自信があるのだろうか。いつもと違って説明が淀みない。しかしプヨンはなんとなく危険な香りを感じ取っていた。
先陣を切ったのはレオンだ。大皿によそう。
「おぉ、これはとても香辛料がいいですね。見るだけで複雑な辛みが効いてそうなのがわかります。辛子スープですか?」
「そうよ。携帯用に固形化タイプもできるのよ」
レオンは自分用の大盛りの皿を観察し、匂いを確かめる。辛そうだが実にいい匂いがする。しかしプヨンは少し心配していた。辛いのが得意ではないからだ。
「あ、赤い色のカラシスープ? に、肉がないけど。 赤い色のカラシスープ! ジョロキアじゃないのか?」
「お、遅い! 早くしないと冷めますよ」
プヨンのスプーンの動きがにぶく、レオンにせかされる。よく見るとユコナも辛いのが苦手なのだろうか。氷魔法が得意なだけあってフリーズしている。
「じゃ、じゃぁ、次は自分が……」
「あっ、ユ、ユコナ。やめろ、迂闊に食べるんじゃない!」
「あ、辛い。ぎょ、きゃあーー」
ユコナが新しい魔法を覚えたようだ。一瞬、素の悲鳴がでたが、慌ててかわいらしい声に戻る。緊急事態でもくしゃみや悲鳴はかわいくあげねばならない、女性特有の声魔法だ。
一瞬余裕がありそうに見えたが、口から火を吐いている。ユコナは急成長している。
あっさりと火を吐くレベルに到達するとは、相当な辛さなのだろう。ユコナは火と水の両方をマスターしようとしている。
プヨンはサラリスが特殊な素材を手に入れたことを確信した。
「ま、間違いない。カラシだ! 例のカラシがきたんだ!」
間違いない。あれはジョロキアだ。慌ててプヨンは水差しを取ろうと手を伸ばす。ユコナも目で取ってと合図をする。自力で水を出す余裕がなさそうで、コクコクと頷いていた。
「あっ」
が、その手はレオンに跳ねのけられた。
「プヨンさん、ユコナさん、辛い物を食べるときに水飲むなんて邪道ですよ。こんな美味しいのに」
たしかにレオンの動きは淀みなく、マイペースでバクバクと食っている。辛い物が得意なのだろうか。レオンはレオンでサラリスに目で合図を送る。さらにサラリスが強気に出た。プヨン達の気持ちも知った上で、ジャーの中の水を地面に流す。
「ジャ、ジャーが!?」
サラリスがここまでするとは何かあるに違いない。一瞬殺意が沸くが、プヨンはサラリスの意図を考えながら、流れていく水を黙って見るしかなかった。もちろん、ユコナ涙目だ。
はったおしてやろうかと思ったが、レオンだけでなくフィナツーが食っているところを見ると案外食えるのかもしれない。
「さらに食えぬようになったな」
「がんばれ!プヨン」
フィナツーが意味不明な応援をしてくる。プヨンは意を決してスプーンをスープにつけ、そして少し、ほんの少しだけ舌にのせてみた。
「フーン」
思ったほど辛くはなかった。特に何も感じない。ほのかな甘みすら感じる。そして3秒後、波がきた。遅発信管の高等魔法だ。
「やっぱり、うぉぉおー」
「ふふふ。美味しいでしょ。このうっとりする赤さ。辛さは従来のなんと30倍よ」
サラリスが自身満々の笑みを浮かべる。
予測していたことだが、プヨンは悶える。この辛さは尋常じゃない。慎重にして正解だった。ユコナのようにスプーン一杯頬張ったら致命傷だったかもしれない。
「騙された。レ、レオンめ!(激辛スープ)胃袋から出て行け!」
プヨンの叫びを受け、ウッディ代表のフィナツーが叫ぶ。
「大変。ゲロです!!」
フィナツーの叫びに、サラリスが慌ててプヨンの口を閉じさせる。
「冗談ではないわ!! 頑張って作ったのよ。飲み込んで」
「だいたい無理でしょ」
ユコナも叫びながら、戻すのだけはと必死に抑え込もうとしているようだ。ジャーは奪われたが、食べた量が少なかったプヨンはなんとか集中力を維持し、口中に魔法で水を出すことに成功した。消火活動にあたる。
ゴク、ゴクリッ
プヨンは蘇生する。なんとか声が出るようになった。
「冗談ではない! だいたい、レオンはなんで食えるんだ」
「え? だって、こんなに美味しいじゃないですか?」
パクパクと食べるレオン。それもほんとに美味しそうに食べる。もちろん水などまったく飲まない。
呆れて見ているとプヨンの背後にいつの間にかサラリスがやってきていた。そして、肩をしっかりと掴まれる。
「プヨン、美味しいでしょ。しっかり食べてよね。炎神の私が作ったのよ?」
「え?」
確かに炎神と言えば赤をイメージする。サラリスはこの料理がお気に入りのようで、なんとしてでも食べさせたいようだ。プヨンを魔力で抑えつけたまま、ゆっくりとスプーン山盛りのスープをプヨンの口に運んでくる。
「ま、待て!」
「待たないわよ。私の新料理よ。レオン、援護をお願い」
「プヨンさん。ちゃんと食べてくださいよ。ゆっくりなら大丈夫。ほんとに美味しいですから」
「じゃ、邪魔をするな。レオン。ジャーを持ってこい」
「プヨン、ほら、水よ」
フィナツーが水をくれた。
ブハー
「カラシ入りの水じゃないか。嘘つきニンフ(木精霊)め!」
カラシ水を噴出したプヨンは水を要求するがレオンはもちろん無視する。うっかり声をあげ大きく口を開けたプヨンに、
「そこっ」
サラリスがスープ山盛りのスプーンをプヨンの口に突っ込む。プヨンもユコナのように口から炎が出た。
「ウ、ウォーター!」
咄嗟に口中に水を出す。だが、一度食べたカラシはすぐにはひかなかった。
「ま、間違いない。このスープはデビルスープ。間違いなくジョロキアだ」
短くて長い時間が過ぎた。ようやく皿の底が見えてきた。ユコナもひーひー言いながら頑張っている。
終わりが近づきほっとしていると、サラリスが近づいてきた。小声で耳打ちする。
「ふふふ。プヨン。辛いのが弱点って知ってたわよ。これは先日女風呂を覗こうとしたからよ」
「か、勘違いだ。きっと勘違い。俺はそんなことしていない」
「嘘おっしゃい。女風呂で見た、でしょ」
「ほんとうだ。俺は見てない。湯気で何も見えなかった。ほんとうだ」
「当り前よ。見ていたらこんな程度ではすまないわよ」
そして、ユコナに近づき、
「あんたは、わたしのおやつをいつもつまみ食いしているからよ」
そういうと魔法で鍋のスープをかき混ぜる。そこに沈んでいたカラシが浮かびあがり渦を巻いていた。赤いレードルですくい、サラリスはプヨンとユコナの皿にお代わりを入れた。
「ほーら。おかわり3杯目も入れてあげるわ」
「あはは。プヨンさん、胃薬で援護しましょうか?」
レオンがサラリスに援護を申し出る。
「レオン、邪魔をしないで。プヨンにはたっぷりジョロキアを入れてあげるんだから」
サラリスとレオンの声が小さくなっていく。プヨンは意識が途切れていた。
どれくらい眠っていたのだろう。プヨンは気が付いた。口のまわりがひりひりする。
「プヨン、聞こえてる? 大丈夫?」
ユコナがプヨンを気遣ってくれて目が覚めた。スープ魔法の付随効果で唇がたらこ化している。
「大丈夫じゃない、デビルスープ、もう一杯も飲めない」
「ご苦労様。だいたいレオン達が平らげたらしいわ。味音痴すごいわね」
「そうだろうな。レオンか。あいつらはどうなっているんだ」
「ウッディ代表、レオンの味覚は死んだのか?」
「さぁ? 辛さへの執着は、サラリス以上にあったようだよ。そんな気がする」
プヨンの試食は終わった。レオンはお腹いっぱい食べたらしい。プヨンはスプーン3杯までは味があったが、その後は味覚も記憶もない。ただひたすら食べていた。
プヨンはうろ覚えの記憶を絞りだす。
「赤い色のデビルスープしか見ていないけど、あれは、都会特製のジョロキアだった」
「そう。あれは、王都の特別仕様って言ってたわ」
ユコナがそう教えてくれた。
サラリスとレオンはあっちのほうで話し込んでいる。プヨンは空になった鍋を見て、独り言をつぶやいた。
「女風呂で散る」




