王剣の授かり方
ヌーンがマリーローバに治療を施している。
「マリー様、こんなところでどうされたのですか? 寝る場所じゃありませんが?」
「目の前、アぃッ、アイッ……」
「はい? 熱いのですか? 熱はなさそうですが? あ、また眠られた」
マリーも何か言っているが要領を得ない。とりあえず目前の危機は回避できたが、こうしてはいられない。プヨンは急ぎレアのところに向かった。
再びヌーンが治療魔法をかけなおしている。治療は成長促進や細胞コピーのような方法だから、酸欠や毒物の除去などにはうまく作用しない。無駄ではないが思うような効果がでていなかった。
「レア、気分が悪いものがいるのに、こうしていてはまずい。馬車は二台あるんだろう。急ぎヌーンさんにその方を連れて町に戻ってもらおう。撤収は俺とレアでできるだろう」
一瞬ギョッとしたレアだが、珍しく反論しない。素性はわからないが、案外敵の敵なのかもしれない。
「え? まぁ、プヨンさん、なんて素晴らしい。まさに天啓ですわ。それでいきましょう」
プヨンはメサルから入手した極秘情報『レアも苦手な人』をもとに、ヌーンだけ戻すよう提案する。レアもこれ幸いと思ったのだろう。
レアがプヨンのことをさん付けで呼ぶのは初めてのことだ。レアは大急ぎで準備に取り掛かる。これがいかに時間との闘いかレアも理解しているようだ。
「さぁ、みんな急いでください。すぐに寝床を整えて。ヌーンさん、急ぎ町へ戻り医者へ。よろしくお願いします」
ヌーンは何か言いたげではあったが、追い立てられて素直に対応する。それ以上にマリーのことが気になるのだろう。準備が整うと、ヌーンは世話役を一人残して馬車でユトリナに戻っていった。
「プヨンさん、迅速な行動、ご配慮ありがとうございます」
レアの満足げな笑みがまぶしかった。
レアが急かせるためか、結局その後も馬車は一度も休憩せず、予定よりかなり早くキレイマスに到着した。
「お兄様、ここでは警備が手薄ですので何かあってはいけません。不測の事態(=追手)を警戒して、予定より早いですが学校のほうで待ちましょう。迎えがくるまで学校の親族待機所で待ちたいと思います」
「プヨン達はどうする? まだ休みは2日もあるが?」
「俺は今日ちょっとレスルの荷運びの用事があって」
メサルが遠慮せず好きにしろと言う。そしてプヨンはまだ戻るつもりはないと言ったところ、レアのプヨン対する株価は最高値を更新していた。
「お兄様、そうです。私たちの事情でプヨンさんのお休みを減らなんてとんでもない。さぁ『二人だけ』で参りましょう。さすがプヨンさん、よくご理解されています」
なるべくレアとメサルだけにしてくれるんだと勝手に勘違いしたようだ。船の出航の時間まで付き合って見送ると、その後はユコナもサラリスとの約束があるとのことでどこかに行ってしまった。
メサル達と別れたあと、プヨンはヴァクストに依頼されていた荷運び護衛の依頼を受けにレスルに立ち寄った。休暇前から一般依頼として受領済のものだ。
治安的にはそう心配していないが、夏に向けて繁殖期に入った獣がいろいろとうろつきはじめている。
冬季のようにランカ(+オロナ2人)だけでの単独配達は、何かあったとき連絡といった言葉のやり取りが一番心配なんだそうだ。
プヨンはレスルでの資格証を更新しておらず、まともな仕事が受けられない。
プヨンなら金を稼ぐだけなら森の端に行って石でも取ってくればいいはずだ。レスルの口利きを利用したいがやっかいな仕事をしたくないプヨンとペーペー向け格安料金希望のヴァクストでお互い都合がよかった。
レスルは賑やかだった。ここから100㎞ほどいった自治領ライナールが、ベッガース将軍のもとで戦時準備を行っており、周囲に侵攻する気配が強いとの噂がもちきりだ。それを見越した駆け込み仕事が目白押しだった。
逆に直接の傭兵志望者は現地に行くのでこのあたりにはいない。多いのは偵察や輜重募集だ。増加し始めた金目的の盗賊対策や物資の輸送業者などが臨時メンバーを募集していた。
ヴァクストのランカ護衛依頼もそれに関連している。戦時に備えた物資の搬入をするのだそうだ。
一つはランカがよく作る回復系の薬瓶作成用の道具で、他には保存食や傷ついた防具をヴァクストが修理するための鍛冶道具とその材料らしい。刃欠けや防具破損のメンテナンスも大切だ。
ランカとの待ち合わせ場所は、レスルを出てすぐだった。そこでランカがオロナの民2人とせっせと設備を積みいれている。
オロナの民はまだランカとの結婚を諦めていないらしいが、ランカが何度拒否しても受け入れないらしい。ランカも最近は割り切ったようで、もはや従業員のように扱っているらしい。
「お金は受け取らないんですよ。ただ働きさせてるみたいで申し訳ないんですけど、こういう習慣らしくて」
「そうか。意外に悪女なんだな」
そんなことはないですよとランカが笑うが、もう一端の商売人の目をしていた。
「なぁ、オロナの2人って一緒に生活してるのか? 何食ってるの? ランカ食われるんじゃないか?」
「さぁ? 私は以前はここの町にあった自宅まで戻っていたのでよくは知らないですが、ヴァクタウンに住むようになる前からも夜はどこかにいっちゃいますね」
『ヴァクタウン』は、ランカが勝手に名付けたヴァクストやランカの店の周りの通称らしい。最初はまじめに『ヴァクストさんの店とその周りのお店』などと言っていたが段々省略されて短くなっていったのだ。
最初はヴァクストの武器屋とランカの薬剤店しかなかったが、最近はランカの小さい礼拝所ができ、たまに行商人の臨時店舗などもあるらしい。
オロナの民は彼ら独自の生活習慣があるようで、以前は夜もヴァクストの町をうろうろしていたが、最近は夜はどこかに眠りに行って朝方戻ってくるそうだ。
「意外と思うかもしれませんけど、彼らは草食なんですよ。肉はほとんど食べないみたいです」
「え? そうなの? あんなに筋肉モリモリなのに? へー」
「あはは。でも、馬や牛だって草食ですけど、お肉いっぱいですよ」
軽く返されてしまった。
プヨンが一通りの挨拶をすますと、目ざとくプヨンを見つけたオロナの1人に、いつものように力自慢を挑まれた。
「待った、待った。ちょっと今日は違うって。仕事だろ。無理するな。負けた負けた」
「ファイト―。今日も一発で勝つ!」
最近負けてやるのが続いていたので、一発お返ししたくなっていたところだ。今日はプヨンも踏ん張る。
「い、いてて。引っ張るな、持ち上がらないって」
言葉がたどたどしかったオロナの民も最近すっかり流暢にしゃべるようになり、「砕けろ」「潰れろ」など、多様な『単語会話』でプヨンを罵倒しながら襲い掛かってくる。
いつもならプヨンが軽く投げられて受け身を取って終わるところが、勝手が違うようで本気で何度も力を入れられる。
プヨンの背中に背負っている短槍を掴んで奪おうとするが、短槍の重さのせいか今日はプヨンが動かそうとしない限りびくともしない。
「今日は勝ちに行くんですか? 珍しいですね」
ランカが興味深そうに見ていた。オロナの民はふぬーふぬーと、頑張って力を入れていた。
「はーい、今日はここまで。引き分けです」
5分ほどでランカの引き分け宣言が出され、納得いかない顔をしながらも諦めて荷積みを再開していた。
刀の刃こぼれを直すための鍛冶台や燃料用の高精製したコークスなどの鉱物類が重そうだ。オロナの民が二人がかりでも持ち上がらず、プヨンがこっそり『バターアップ』で乗せはしたが荷台の底が抜けそうで心配だった。
体が直接触れていない場合、意思、言い換えると魔力の伝達効率が悪い。重さだけなら背負った短槍に比べたら楽勝だが、練習も兼ねて槍を背負うついでに、道中も馬車上の積み荷の重さ軽減をし続けていた。
引馬のクーシェフだけが馬車を引くのもかわいそうだ。
ランカの隣はオロナの民にがっちりかためられていて、プヨンが横に座る隙はない。
荷物が重いせいか徒歩でのんびりあるいているくらいの速度しかでていないため、プヨンはランカの荷馬車のすぐ横をふわふわと浮いている。
プヨンの『クリーピング』は浮上しているだけで、実質足は動かしていない。そんなプヨンを不思議そうに見ているが、最近のランカはもう何も言わなくなっていた。
「種まき休暇は何をしていたんですか? 私は変わり映えしなかったですが」
ずっと働き詰めだったらしいランカがうらやましそうに聞いてきた。もっとも種まき休暇を必要とする大半の人々は、普段の仕事が休みになっても種まきがあるのだが。
「うーん、少しばかり研究したあとはお祭りとかいろいろ」
「お祭りいいですね、楽しそうで。プヨンさんだけ楽しそうで。でも、研究とは?」
二度も楽しそうでと言われてしまう。他にもいたよと言いたいところだが、プヨンは満面の笑みで楽しかったと返しておいた。
「うん、まぁ、ちょっと前から試そうと思ってた武器づくりを。そういえばヴァクストも鍛冶屋をするらしいよな?」
「うーん、ヴァクストさんは、作るというよりは修理屋だって言ってますけどね。これも刃こぼれとかの打ち直しや研ぎなおしらしいですし。で、どんなものを作ったんですか?」
待ってましたと言うわけではないが、聞かれるだろうと思っていた。ランカだと武器に興味もないだろうし、何を言ってもあまり影響がないだろう。
「うん。2つあるんだ。この蒼紅のセットの剣とこの漆黒の道具の2種類。どっちもいい感じにできたよ」
プヨンは作り方や重さ、取り扱いなどをわかりやすく説明した。
特段目立った効果があるわけではなく、ただ硬いだけ重いだけで、切れ味はほどほどだ。それを思いつく限りのかっこいい言葉で説明すると、飲み屋のお姉さんのようにランカはしっかりと真に受け、すごいすごいを連呼してくれた。
気分がよくなったところで、草原に入る。
道中はしばらくは平穏ではあったが、オロナの民が急にそわそわしだした。
「プヨンさん回避しましょう。あれは、『ザリパー』ですよ。しかしこんなところにいるなんて」
「ザリパーって、マンティスの大型のやつ? 遭うのは初めてだけどあれがそうか」
「そうそう。カマが鋭利でさっくりとやられます。動くものに執着するので、1匹でもそばに寄らないほうがいいですよ。そっと迂回しましょう」
しかしせっかくの護衛だし、先ほどの剣の威力を見せるいい機会だ。
「急ぎではないが、たまには護衛らしいことをしよう。追っ払うよ」
プヨンは珍しく好戦的だ。そう言うと馬車の前に出て突っ込んでいった。距離は20mほど。一気に距離を詰めると、あちらもこっちに気づいたようだ。カマを振りかぶって近づいてきた。
「プヨンさん、待ってください。危ないですって。プヨンさんがやられたらあとは誰もいないんですよ」
「大丈夫。任しておいて。オロナの2人はランカを!」
ザリパーとプヨンとが向かい合う。
プヨンは背中の短槍は使わず、先ほどランカに自慢した漆黒の剣の方を使う。こちらも重量級の武器だ。
あと5mだ。ここで一気に飛んで間合いを詰めよう。そうプヨンが思ったタイミングでザリパーがプヨン目掛けてカマで空中を袈裟切りにする。
「え? さすがにまだ間合いが遠すぎるだろう?」
ザリパーのおかしな動きに一瞬とまどったが、カマがはずれてそのまま飛んできた。思わず身をひねってかわす。飛び込んでいたら危なかった。
「うわっと、なんだそりゃ。カマがはずれて飛んでくるのか?」
シャーー
ザリパーが嘲るように奇声をあげている。
「プヨンさん、気を付けてください!」
「あ、うん」
まさか体の一部を切り離して飛ばしてくるとは思わなかった。プヨンは油断していたと反省し、冷静に相手の動きを見る。
よし、向かって右のカマがなくなっている。今がチャンスだ。
プヨンは相手の間合いを一気につめ、左側に回り込む。
剣を振りかぶって胴体を殴りつけようとするが、目の前の右手にさっき飛ばしてなくなっていたカマが再生している。怪我をしたら皮膚を再生するように、生物が再生してもおかしくはない。
「げっ、自己再生!? うわっと」
プヨンは首筋が引っ張られ、後ろに尻もちをついた。
ビシュン
「な、セーフ!」
「セーフじゃありません。気を付けっていってるでしょ」
さっきまで顔のあったところをカマが通り過ぎていく。ランカが離れたところから、牽引魔法で引っ張ってくれたようだ。油断を戒めたつもりが、まだまだ足りなかったようだ。
ランカがちょっと怒っている。
大型昆虫かと思ったが、予想以上に手練れな上に予想外の攻撃をしてくる。ランカが迂回しようと言った意味がわかる気がした。




