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魔法の使い方教えます  作者: のろろん
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猫の戦い方 3

 ユコナとヌーンはそこそこいい勝負をしている。ここまでで1分程度だ。どちらかが手加減している可能性もあるが、すぐには終わりそうにない。


 ちょうどいいタイミングだ。まわりの注意がそちらに向いている間に、プヨンはずっと気になっていたことを確認することにした。


 ヌーンの後方10mちょっとにある世話係用の馬車のそばで、一人立っている者がいる。それも道中ずっとついてきていたのだ。


 プヨン達についていくる間ユコナがずっと姿を隠していたように、ヌーン側にも同じことをしているものがいるのだろうか。


 

 ユコナが少し押され気味になってきたようだ。


「プ、プヨン。サポートは? 同じ仲間でしょ。あいつは敵よ! 敵!」

「ここは、一対一の勝負だ。手出しはしないよ」


 自力で頑張ってもらうつもりだが、戦闘を長引かせるため負けそうになったら多少はサポートするつもりだ。まだ余力はあるはずなので適当にユコナの言葉に返しながらゆっくりと動き回る。


 もちろんさっきのユコナやフィナツーの失敗を忘れず、視線で気づかれないように細心の注意を払った。


 ユコナ達が争っている場から大きくは離れないようにするが、まだちょっと距離があった。まぁここから仕掛けても十分届くが、距離がある分かわされるリスクが高い。何かタイミングが必要だ。そう思っていると、


「うりゃぁーー!」


 ヌーンが力一杯打ち込んだ。そして、たまたまなのかユコナがタイミングを合わせて剣で受け止める。


ガキン、ビシッ


 当然だが蒼玉と水晶では硬さが違う。水晶側の剣の刃先は欠け、ヒビが入っていた。


「ええぇぇぇぇ、なんで?」


 ヌーンはまさか自分の剣の方が傷つくとは思ってなかったのだろう。受け入れられないようで、ひたすらなんでを繰り返している。ヒビの入った剣先を見つめ、ギャーギャーとわめき始めた。


 そちらに注意が向いたタイミングで、


「パイオン」


 まず、結合素粒子を使い、相手の位置を中心に2m四方くらいを防御壁で囲んだ。


 自分にかける魔法とは違い、相手までの距離による魔力の伝達ロスがあるが全力で仕掛ける。次に、


「デルカタイ・ショーキ」


 注意深く発動量を調節する。


 水素と酸素から水を作るように、窒素と酸素を一定の比率でくっつけてやった。


 プヨン魔法では複雑なものは作れないが、2つの結合なら割と実現できている。火魔法で炭素と酸素をくっつけて燃やすのと同じようなものだ。


 今回作った笑気ガスは麻酔作用もある便利なものだ。ついでに酸素濃度(分圧)も低下させる。


 計算上は20%の酸素濃度が5%ほど下がったはずだ。そして、1呼吸待つ。


 プヨンから見えていたシルエットが防御壁内で崩れ落ちる。痛い思いはさせたくないプヨンは、相手の体を今いるところから浮揚魔法でそっと支えてやった。


 防御壁もシルエットの人影も気づいていたのはプヨンだけで、メサル達には気づかれていなかったようだ。酸欠で意識が飛んでいるから、ゆっくりと隠蔽がとけていく。


 そのままゆっくりと音もなく運びだし、馬車の脇にある茂みに横たえてやった。


 5m程度だと移動は一瞬だ。そっと茂みに近づくとやはり一人倒れている人物がいた。


「ヌーンの師匠かと思ったら、予想以上に若いんだな。同い年くらいに見えるよ」

「ほんとね。なんか、子供みたいに見えるわね」


 フィナツーもちょこっと顔を出してつぶやく。見た目はヌーンよりさらに若く、ヌーンと異なり、薄手ではあるがしっかりした鎖帷子をつけ帯剣もして完全武装だ。

 

 防具の上からではそこまではわからないが、鍛えているようではあるが体格は幼さが残っている。もちろん酸欠で意識は飛んだみたいだが、胸も上下しているし問題ない。


 身体に問題がないことを確認すると、プヨンはキョロキョロとあたりを見渡す。休憩中のためか、幸いにも世話係用の馬車の周りは誰もおらず、メサル達は誰もプヨンの方を見ていなかった。


「こいつが情報収集をしていたのか、どこの誰なんだろうな。メサルが護衛を欲しいというからにはこういうのも避けられないんだろうな。俺たちを付け狙うとは身の程知らずめ」

「悪なの? お仕置きしちゃうの?」


 フィナツーが悪戯をしたそうにしているが、今日はダメだ。無視することにする。


「では、さようなら旅の人。また来世でお会いしましょう」


 相手の実力はそう低くないだろう。上手に隠れていたところを見るとルフトと同程度の偵察要員かもしれない。


 とはいえ見切ったプヨンは一人倒した自己満足で独り言をつぶやくと、以前レオンにもらった魔封の指輪を指にはめる。


 魔封の指輪は自分の魔力で自分の魔力を相殺し、ろくに魔法が使えなくなる。おまけに筋力低下をかけ続ける捕縛用の道具で、立ち上がることもままならない。


 高級品だと声もでなくなる優れモノもあり、つけた時と同程度の魔力を注がないと外れない罪人捕縛必須のアイテムだ。


 ものにもよるが使える魔法の威力もおおよそ十~千分の一程度になってしまうため、魔法の発動訓練などでも無駄に威力を出さないために訓練時につけることもあった。


 もちろん今プヨンが持っているものは、以前にレオンが無料でくれたものだから筋力激減と意識朦朧があるくらいで、魔力は大して減らないの安物だった。

 


「よし、すっきりしたかな。チラ見好きの気持ちもわからなくはないが、やっぱり堂々と正面から行かないとな」


 とりあえずメサル馬車のワゴンの上にある荷物置き場に投げ入れ、あとでメサルか町の警備にでも引き渡して背後関係を調べてもらおうと思った。


 


 その頃ユコナとヌーンのキャットファイトも終わりが見えてきていた。


 剣がひび割れたヌーンもこれ以上は踏み込めないと思ったようだし、ユコナは完全に息があがっている。

 あれほど雹弾を連射すればそれは仕方ないのかもしれないが。


「くっ、こ、こんなはずでは……」

「ま、まぁ、このくらいにしておいてあげましょう。雷神と言われた私が雷撃なしで勝ってしまった意味をよく理解するように。雷撃ありなら一瞬で終わっていたでしょう」

「え? 勝ってしまったですって」


 息を切らしてはぁはぁ言いながら勝ち誇っても貫禄がないが、ユコナは満足そうにやり遂げた感を出している。


 一方のヌーンは大事な剣が欠けてしまってショックのようだ。おそらくそれなりに値のはるものなのだろう。けっこう悔しそうにしている。


 ヌーンは本気で勝負を挑んでいたのかもしれない。プヨンはその理由が気になっていた。それはすぐに解決した。


 様子を見ていたのか、レアがやってくるのが見える。


「ふふふ。ヌーンの負けね。やはりお兄様を守るにふさわしいのはわたししかいません」

「返す言葉がありません」

「そもそも、あなたが相手していたのは別人よ。護衛担当は、そっちのプヨンよ」

「え? では、こちらは?」

「わたしは、美の象徴、雷神ユコナです」

「???」


 最後のユコナのよくわからない自己紹介で、ユコナの混乱魔法が発動する。ヌーンはどうやら会話の展開についていけず、集中して考えることができなくなったようだ。



 さすがにメサルが事態の収拾に乗り出した。説明を聞いてようやくプヨンとユコナもヌーンが仕掛けてきた理由がわかった。


「なぁ、メサル。やっぱりレアが悪いのか?」

「さぁ、それは俺の口からは言えないが、俺が一度ヌーンの実力を見せてやろうといったのは確かだ」

 

レアがあまりに『護衛が器量不足だ、レアをメサルと一緒にいさせろ』と駄々をこね、見かねたメサルが提案したらしい。


 その相手としてレアが指名したのがメサルシンパの対抗馬ヌーン。ヌーンもメサル本人の頼みもあって、自己アピールのいい機会と乗り気になって決まったらしい。


「ふふふ、私の智謀をもってすればこの程度たやすいこと。予定通りで笑みがこぼれてしまいます。少なくとも邪魔な二人のうちの一方はいなくなる、ニコニコ共食とはまさにこのこと」


 二虎の共食いをニコニコ見守るレアが自画自賛している。


「では、ユコナさんの実力を評価して賛美曲を」


 そういうとレアは銀色のハーモニカを取り出し、祝福の曲なのかきれいな音色を奏でていた。


「もちろん、プヨンの実力ではなく、ユコナさんのですよ。助けてもらって感謝しませんとね。何かご意見はありますか?」


「なんて(レアの姿に比べ)きれいな曲なんだろう。レアが奏でるとよりはっきりするな」

「……そうですか。プヨンもこのよさがわかるとは、少し大人になったようですね」


 ゲテモノはうまいということを言いたかったがうまく伝わらない。


「曲を作った人はたいしたものだ」

「……」


 メサルがはらはらしながら、にやりとする。


 年下に大人になったと言われても響かないが、暗に皮肉ったのをわかったのはメサルだけのようだ。プヨンの口撃はレアのキャンセル技で無効化されていた。



 ヌーンの剣は彫り模様の入った芸術品のようなクリスタルソードだったが、刃先に入ったヒビは深刻そうだ。


 ユコナは自分の手にしているプヨンの剣の予想以上の硬さに驚いている。


 プヨンもさすが俺の作った剣だなとほくそ笑んでいた。



 会話が途切れたタイミングで、さっきの馬車上に放り投げた隠密のことがふっと頭に浮かんだ。そのまま放置したままだ。


「あ、ワゴンの上に気配があるぞ。誰だ?」


 まわりの空気を読みつつ、今だとプヨンは馬車上を指さし叫んだ。しかし当たり前だが馬車の上には誰もいない。一瞬まわりが静かになりプヨンは少しばかり恥ずかしかったが、今更引くわけにはいかなかった。


しぶしぶヌーンが歩いて様子を見に行く。レアがやれやれという顔で、


「あーあ、せっかく少しばかり評価があがったのにもう落ちますか。誰もいませんよ」


と罵られた。しかし、様子を見に行ったヌーンが念のため馬車の周りも調べていると、


「あぁっ、こ、これは、マリー・ローバ様。なぜ、こんなところに」

「えっ?」


 一番驚いたのはレアだ。さっきまでの陽気さがどこかにいって一気に失せて緊張感が漂っている。


 メサルからもどこかしら焦りが感じられた。どうも知っている人物のようだ。


 ユコナは誰それという感じだが、ヌーンの「こんなところで寝ておられては風邪をひきますよ」という言葉でレアの顔に生気が戻る。レアが全速力で馬車に駆け寄り、上に飛び上がるとヌーンを押しのけマリーを介抱しはじめた。


「ほ、本当にマリー様ですか? 大丈夫ですか?」 


 レアとヌーンは半信半疑だったが、マリーと呼ばれた女の子が目を覚まさないため、周りの者を急いで呼び集めた。


 その間にメサルがマリーについて説明してくれる。


「マリー・ローバ様は見た目は若くは見えるが、俺たちの義理の祖母にあたり、このあたりのネタノ聖教の僧兵部の副部長だ。副とはいっても歴が長いから実質的な取りまとめ役に等しい上に諜報活動のスペシャリストだ。レアが絶対に頭が上がらない人で、プヨンの護衛役の雇い主でもある」

「な、なんだって?」


 てっきり敵対相手かと思っていたらまさかの身内だった。まさかのプヨンの雇い主とは。プヨンが先ほど誰かいるにとどめて、俺がやったと言わなかったのはまさに天の導きとしか思えない。自分の手柄にしようとしたら、自首したことになっていた。


「でも、どういうことなんだメサル? こんなところにいるとしたら、ヌーンについてきたとしか思えないが。レアの警護を信頼できず、こっそりと確認しにきたのか?」


 まさかそんなことのためにわざわざ出向いてきたとは思わないが、しかし他にこれといって心当たりのないメサルが合点がいかず、いぶかしがっている。


プヨンとしても本人が目を覚ますとどうなるかわからない。


「あっ、マリー様、気が付かれましたか? ご気分は? いったいどうされたのですか?」


 聞こえてくるヌーンの声に、プヨンは心臓がドキドキと急激に脈打つのを感じた。

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