猫の戦い方 2
ヌーンが演武でうまく示威に成功した後、その足でプヨンはレスルに立ち寄っていた。
以前につくったサラリス、ユコナとのレスルの登録グループ『WC委員会』の登録情報の更新のためだ。一定期間ごとに存続していることを申告しなければならない。
登録名WCの由来はユコナ提案の『知能犯を目指すのよ』とのお言葉からだ。White color Crimeの略からきていたが、プヨンはもっぱら物資を運ぶ水運び車Water Carrierの意味で使っていた。プヨンは防御や後方支援重視だったし、食料を運ぶ水運び車はもっとも装甲の厚い荷車が使われているからだ。
まぁ簡単に言うと、なるべく頭を使って楽をしながら美味しい思いをしましょうというところか。プヨンはなんとなくだが、殿や最後尾が好きだった。
「待っていたぞ。お前たちにもぜひ参加してもらいたい案件がある」
ホイザーからは待ちかねていたかのように呼ばれた。というか手当たり次第声をかけているようだ。
最近このあたりで頻繁にでている大型地中害獣の『ショッキングモール』退治といったやっかいごとを依頼されるが、即行で拒否しておいた。
追い払ってもキリがないし、誰も引き受けないものはプヨンも引き受けない。
そこをなんとかと食い下がられたが、プヨンはここユトリナのレスルの登録証が失効し無登録者になっていた。要するに死人扱いだ。紛失や失効はレスルの肉体派メンバーではよくあることで再発行すればいいが、最近は資格が必要な難易度の高い依頼は受ける必要がなくそのままになっている。
今プヨンが持っているのは、キレイマスで作った初期登録時に回復魔法資格Aが1つついているだけの資格証だけだった。
ルールを知っているプヨンとしては、無資格者をたてにそんな高難易度は受けられないと突っぱね続ける。そもそも別のレスル任務であるメサル護衛中だ。
受付のヒルマには『たとえ夜でも昼間が最高』という暗号を伝えて好感度をあげたことでのサポートもあり、メサルから離れて行動はできないとなんとか辞退しておいた。
「深刻になったら、監督者権限で強制招集するからな。覚えとけよ」
ホイザーは、プンスカ怒りながら次のターゲットのところに移動していった。
レスルが一段落すると、メサルがすぐに次の目的地キレイマスに移動しようと告げる。メサルは何かあるのか妙に先を急いでいるようだ。
それもあってここまで馬車を引いてきた引馬ヘングストの休憩も終わっている。食料を適度に積み込むと、メサルと荷運び兼身の回りの世話をする者達の馬車2台は急いで街を出ることになった。
馬車の移動は順調で、予定よりかなり早い。
街を出てからのプヨンは、変わらず透明を維持しているユコナと並走していた。いっそ見えたら馬車に乗れるだろうに、案外バレないようでユコナはいまだに姿を隠し続けている。
ユコナの意地もなかなかのもんだ。これだけ長時間の透明を維持でき、通常態に戻るタイミングがなければ気づかない者はいつまでも気づかないと思われた。短時間ながら相当ルフトに鍛えられたのだろう。
さらに半時間ほど進むと、予定通り平原の中に流れている川の手前で一度休憩を取ることになった。みんなが馬車を降りたタイミングでメサルが近寄ってきた。
「なぁ、プヨン。ちょっと聞くが、あそこに荷運びの修道士が3人いるだろう。あの者たちを入れて、俺たちは何人かわかるか?」
「なんだ急に、そんなことを聞いて。3人以外なら、メサルと俺、レア、そこにユコナがいるだろう……これで4人」
「え? ユコナ? ユコナって学校のか?」
しまった。はめられた。てっきりユコナに気づいていると思ったプヨンは、うっかりメサルの誘導に引っかかってしまった。
「あ? あぁ、そこにいるだろう。気付かなかったのなら、そのまま気付かないふりをしてくれ……」
案外あっさりとメサルはユコナのことを承諾した。ユコナのことを聞きたかったのじゃないのかと、プヨンは不思議に思ったがそのまま数える。
「わ、わかった。それで他には?」
「え? 他? 他っていっても、他には……」
「あとは、ヌーンさんともう1人を入れて6人だな」
プヨンが馬車の上にいるもう1人を見ないようにしながら6人というと、メサルは一瞬ビクッとしたが平然を装おうとしているようだ。
「そうか。6人いるんだな。それなら、まぁいいか。俺はプヨンを信じてるからな」
何やら意味ありげに呟いていたが、そのままヌーンのところに歩いていってしまった。
「ねぇ、6人目ってわたしでしょ? わたしのことやっぱり忘れてなかったよね」
カバンからごそごそと出てきたフィナツーが、自分を指さしながら喜んでいるがプヨンは固まっていた。
「え? 違うの? じゃあ、誰よ?」
フィナツーを数え忘れていたことに気づく。
プヨン飛行と同じく反応速度が遅い。なぜ『そうだよ』と即答できなかったのか。しかも『あっ』と声が出て、おまけに反射的にワゴンの上のシルエットを見てしまった。プヨンが激しく反省しているが、フィナツーにはそれは目線を外したと取られたようで、
「くらえ、むせる花粉」
フィナツーの撒き散らした粉塵を吸い込み、プヨンは激しく咳き込んでいた。
「すいません、ゲホゲホッ。すい、ゲホッ、ません」
「いーーー。次やったら、『ラッカー』の刑よ」
ラッカーは、フィナの得意な『うる死』攻撃だ。あれを食らった生き物はひどいことになる。さすがに命を取るぞと脅されてはたまらない。フィナツーも忘れず大事にしようと思った。
プヨンはフィナツーに怒られ激しく咳き込んだが、外にいた数人がギョッとしたくらいで事なきを得た。
プヨンが魔力生成した水で目鼻をすすいでようやく落ち着きを取り戻した頃、ヌーンと話を終えたメサルが次はレアと話すため馬車の中に入っていく。それと入れ替わりでヌーンが突然姿を隠しているユコナに向かって叫んだ。
「そこの姿を隠した者、でてこい。いることはわかっている。5秒待ってやる」
突然の出来事にプヨンが面食らっていると、ヌーンは腰から下げた剣の柄に右手をかけ、さらにいつのまにか左手に透明感のある薄い盾を持っていた。そのままユコナに向かって歩いていく。
「5…4…やっぱ待たない!」
「え?」
プヨンがヌーンの言葉にさらに驚いていると、ヌーンは抜き身の剣を構えていた突然走り出す。
タタタッ
軽快に駆け寄っていく。ユコナまでもう少しというところで突然冷たい壁が立ちはだかった。
「ブベッ」
とってもかわいくない声がし、続いてドスッと地面に倒れる音がした。ヌーンは壁に激突して地面に大の字にひっくり返ったところで、ユコナが姿を現した。
めっちゃ嬉しそうだ。
そしてプヨンに向かってビシッと指を突きだし親指を下げる。
「見た見た? わたしが隠ぺいを極めたあかつきにはプヨンがこうなるのよ」
フッフッフと高笑いするユコナ。
俺も当然隠ぺいを使うと言いたいのをぐっと我慢する。
ヌーンが頭を左右に振りながら起き上がってきた。頭がくらくらしているようだ。鼻血もかわいそうだが、すぐに修復していく。
さすが修道騎士で護衛をするだけはある。治療は得意そうだなとプヨンが感心していると、ヌーンは怒りパワーなのか手加減なしに切り込んでいった。
ユコナは思ったよりは身が軽いようだ。激怒しているヌーンの攻撃が単調になっているのもあるのだろうが、体さばきと薄い氷板を出して巧みにかわしていた。
カンッ、カンッっとヌーンの剣が氷をたたき割る音が聞こえる。一方ユコナも徐々にユコナも余裕がなくなっていく。それはそうだ。氷を作るのはエネルギー消費が半端ない。徐々に水壁になってきていた。呼吸もあがってきている。
「ま、待てっ。ヌーン、違うぞ。その相手じゃない」
そこでタイミングよく救いの声が聞こえた。メサルだ。プヨンとしてはもうちょっと戦うユコナを見てみたかったがどうやら戦闘終了だ。
だが頭朦朧の上に興奮状態のヌーンには届かない。
「メサル様お気遣いなく。この程度の傷即座に治せます。この者は捕縛いたします」
「待てって言ってるだろう」
ヌーンはそれだけ言うと、再びユコナに向かって突っ込んでいった。
再開された二人の打ち合いの剣幕にメサルもたじろいでいる。間に割って入る勇気がないようには見えないが、口で言うほどには行動に出さないでいた。
なんでというプヨンの視線に気づいたメサルは、もう少し様子を見ようと告げていた。
「よーし、第二ラウンドやるのね? 望むところよ」
ユコナが手のひらをまげてちょいちょいと挑発する。
「クッ。一瞬でケリをつけてやる!」
精神的にはユコナの方が余裕がありそうだ。ルフト仕込みなのかも知れないが、ユコナの体捌きがここまでいいとは思わなかった。
再び打ち合いの音がする中、黙ってみているメサル。
おそらく今ここにいるメンバーは全員が大なり小なり回復が使えるはずだ。もしこのメンバーで協力すれば、狂暴な危険獣や少人数なら騎士隊相手でもいい勝負ができそうだ。
最悪ユコナが怪我してもプヨンが対応できる自信がある。そのまま様子を見ることにした。
ユコナは巧みに逃げ回ってはいる。あまり自分から仕掛けていかないところをみると、相手を傷つけることにためらいがあるのだろうか。
「ハイルストン」「アイスニードル」
ユコナは氷系を使おうとしているようだが、凍りきっていない。適度に水弾や地面から水柱を出して牽制しつつ逃げ回っている。距離が近すぎるからか電気系の攻撃も見られなかった。
一方、ヌーンは地面の石を飛ばし、フェイントをしつつ基本武器で応戦していた。攻撃系魔法はいまひとつなのかもしれない。
「ユコナがんばれよー。剣と盾を使ってもいいんだよ」
なんとメサルからアドバイスがユコナに飛ぶ。
なんとも緊迫感のないアドバイスだが、はっとしたユコナも小手部分につけていた小型の盾と腰の剣を使いだした。どちらもプヨンから奪い取った蒼玉、サファイア製の武器だ。
「ふっ。そんなガラス製で何ができる。見ろ! この水晶製のイエキセの剣を。砕きちれぃ!」
「できるものならやってみなさいよ。私が授かったアルミナウェポンよ」
プヨンはまたしても出遅れてしまう。ここは突っ込むべきところだが迷っている間に声掛けのタイミングを失っていた。
ユコナには『奪い取ったんじゃないのか?』、ヌーンには「石英ガラスと水晶は同じではないのか』と突っ込みたかったがどちらを先にするか悩んだのが悪かった。
戦闘中は一瞬の判断の遅れが生死をわける。タイミングを逃してはできることもできなくなってしまうのだ。
2人の攻防は一進一退で続いていた。
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