猫の戦い方
ノミがどこかに行ってしまったので、プヨンとユコナはユトリナの少し手前、森の入り口で着地した。
前と同じでメサルとの待ち合わせだ。
ここまではレアが、ここからはプヨンが護衛を担当することになっている。
もちろんこのあたりは治安も落ち着いていて、護衛はほとんど必要ないのだが。
そのせいかメサルが人に狙われると深刻には考えられていない。
あえていうなら突発的な災害や、まれに現われる危険生物が存在するためだ。万が一出くわした場合の報告などのレアケースに対する形式的なものとなっていた。
「もうじきメサル達がくるんでしょ。プヨン、私のがんばりの成果を見せるわね。さぁ、どこまで見破られずにいけるか……」
ユコナはルフトのところで学んだ気配断ちを披露する。
ルフトの皮膚表面の擬態とは異なり、周囲360度に映像表示のようなものをしているのだろう。背後の景色を意図的に見せることで、自身の姿をまわりの景色に同化させ、よほど注意しないとそこにいることに気づかない。
「やるな。ちょっと気付かないよ。透明に見える」
返事がない。したら位置がばれる。フェイントにも引っかからない、できるユコナになっていた。
さらに体温も氷魔法の応用で周囲の大気と同じように見せかけているようだ。
プヨンから見ると磁気反応があるので居場所はわかるが、すでに単一の擬態魔法しか使わないルフトより、複合のユコナのほうがレベルが高くなっている。
それでこそ試す価値があると思ったプヨンは、予定通り考えておいた生命体検知の魔法を試してみた。
「ヒネッツ」
瞬間的に周りの空気の温度を数℃ほど上昇させる。威力を極力抑えた爆炎魔法といえばいいのか、ふつうなら数百℃はあがる温度をごくわずかに抑える。
そうすると空気はすぐに温度が上がるが、生き物の場合は温度の上り幅が小さいため、この比熱の差を見える化することで危険位置が把握できた。
「ねぇ、プヨンはわたしのいる位置がわかるの?」
「え? あ、ごめん。歩き回っているから、つい目で追ってしまったよ」
「むぅぅ。すっごくがんばってるのに。美化委員の件、忘れたわけじゃないからね」
つい動き回るユコナの方向を見てしまって、目線で気づかれたようだ。ユコナのご機嫌を損ねてしまった。
気づいていることを気づかせてはいけない。プヨンもまだまだだ。そう反省していると、ちょうどメサルの馬車が向かってくるのが見えた。
「ちゃんと浮遊しとけよ。砂利の音がするともったいないよ」
「おぉっと。そうね。ステルス魔法は奥が深いわね」
アドバイスをしてユコナの見えないぞレベルをさらにあげたところで、メサル達が目の前にやってくる。
素通りされることもなく、メサル達はきちんとプヨンの前に止まってくれた。
身の回りの世話をしてくれる人たちは、後ろにいるもう一台にいるのだろう。
メサルの馬車から降りてきたのは3人、メサルとレア、そしてもう一人女性剣士だった。
剣士はメサルより少し年上のように見えるがそれでも、20を超えたくらいだろうか。
メサルがこうした本当の意味での武装した護衛を連れているのを見るのはあまりないことだった。
「こちらは今回の護衛をしてくれているヌーンさんだ。ちょっとわけありで今回はついてもらっているんだ」
メサルがそう紹介すると、ヌーンです、よろしくと短く挨拶された。
ちょっと素っ気ないなとも思ったが目つきが鋭い。
どうやら形だけの護衛ではない実戦派なのか、周りに対して気を張っている。
のほほんとしているプヨンは眼中になさそうだが、雰囲気だけならもしかするとアデルより威圧感があるかもしれない。ただ、帯剣してはいるが防具は服の下に薄い鎖帷子を着ている程度だった。
プヨンがなかなかやるなと思っていると、いきなりレアがやたらとヌーンのマウントを取り始めた。
「お兄様の護衛はレアだけで十分できます。もちろん、レアに護衛をつける必要もありません」
「わたしは、自分の職責をまっとうしますので、レア様には心穏やかに」
ヌーンはレアを正面から相手せず受け流す。まぁ、レアの目的はわかりやすい。メサルが妙に疲れているのも、道中もこんな感じだったのだろう。メサルの気苦労がわかる気がした。
ヌーンはレアの口撃はほとんど流しているだけなのだが、兄ラブのレアとしては自分でメサルを守っているアピールをしたいようだ。
その後もレアが一生懸命わたし頑張っているアピールをしているが、もう何度も聞き飽きているような顔の今日のメサルは冷たい。
レアの頭をなでたりしてはいるが、ヌーンを尊重しているのか、とりなしはすべてヌーンの顔を立てているようで、レアに対するフォローがまったくない。
呆れ気味に、ユコナがこっそりプヨンに耳打ちする。
「あれが噂に聞く、敵の注意をすべて自分に集める自己犠牲魔法というやつよね」
「あぁ、きっとそうだ。メサル秘奥義『慇懃ブレイク』ってやつだ。生きて目にする機会があるとはな」
もちろん『パラメトリックスピーク』でユコナ方面にだけ聞こえるように返事する。
「プヨン、レア火山の噴火に対して避難勧告をだしましょう」
「おう、強気だな。レアを非難するのか」
ユコナは避難したかったようだが、プヨンには残念ながら意図はうまく伝わらなかった。
少しメサルが緊張しているような点が気になったが、プヨンはレアの口撃がないため下手に口はださずに見守っている。
メサルの緊張は馬車のワゴンの上に立っている、姿を隠したもう1人のせいなのか、それとも同じく姿を出さないユコナのせいなのだろうか。
メサルが出発を促したため、プヨンがそのことを聞く前にレスルに移動することになった。
「クリーピング」
プヨンがメサルの後ろをついて行くため、磁気浮上で移動し始めようとしたところ、
「お、お待ちください。……プ、プヨン様。私はどうすればいいのでしょうか?」
ユコナが透明でいるためメサルの馬車に乗ることができず、かといって姿を現すとわざわざ隠れた意味がない。
出るわけにもいかず、そっと耳打ちしてくる。乗れないと大変なので焦っているのか、少し口調がおかしく上ずっている。
「慣れない呼び方は気持ち悪い。走るか? 任せるけど」
「え? 様って呼んだのに何もしてくれないの? プヨンは?」
「そりゃ、もちろん、ふつうに走ってついて行くけど? ワゴンの上も誰か座っているしなぁ。それしかないだろ」
「えぇーー、ちょっと。待ってよ。姿を隠したまま走るって無理じゃない? た、たすけて……」
「もっと軽い人間になるしかない」
馬車は走り出した。プヨンも背中に背負っていた槍を背負いなおし、磁気浮上で浮きながら移動していく。そしてユコナは浮上魔法と筋力強化を併用して、姿を消しながら走っているのがわかった。
ザッザッザッ
「姿消してる意味ねー。音で丸わかり」
「う、うるさい。話しかけないで、息が切れる」
体温が高くなったのか口から吐き出す呼吸が丸見えになっている。廃熱処理なってないなと思いながら、プヨンは少しだけ軽くしてユコナをサポートしてやった。
ユトリナまで戻ってきた。
プヨンは育った教会に寄り道しメイサ達に会っていたため、少し遅れてレスルでの待ち合わせに移動したところ、珍しく喧騒がした。見ると数人、いや厳密には4:1でもめているようだ。
「帯剣した状態で歩くときは、剣を内側にするな」
「何言ってるんだよ、この大嬢ちゃんは。俺たちの気迫を感じたなら道を譲らないと燃え尽きるぞ」
「私は小柄よ。このおでぶ」
大きなお嬢ちゃんで一気に殺気があふれた。
どうやら1の方はメサルと一緒にいたヌーンで、4は20代半ばくらいの4人組のようだ。レスルとは目と鼻の先の通り沿いだからか、周りにもそこそこ人が集まっている。
しばらくにらみ合いを続けていたが、ヌーンは面倒そうに避けていこうとしたところで4人のうちの1人がわざとらしく足をかけようとして、一気に緊迫感が高まっていた。
一瞬助けるべきかとも思ったが、ヌーンは多数を相手にしてもまったく引く気配がない。
そしてにらみ合いの向こうでニヤニヤ笑っているアデルとホイザーが見えたのを見てプヨンは安心した。
見ると脇の方にも気配断ちをして数人立っている者達がいる。レスルメンバーが意地の見せ合い『軟棘』を見に集まっているようだ。何かあったら止めに入ってくれそうだ。
プヨンは集まった人を迂回しつつ、塀の上に立っている透明な人物に近づいた。体型のシルエットからいくとユコナだと丸わかりだ。
小声で話しかける。
「なぁ、ユコナ。そんな塀の上に立ってパン屋を開店しないほうがいいんじゃないか?」
「え? パン屋? パンツ見えてるの?」
ドサッ
実際には体温しか見えていないが、はったりをかますとあわてて腰回りを押さえる仕草をするのが見えた。突然声を掛けられ、発言の中身が予想外だったこともあって、ユコナがバランスを崩して塀から落ちてきた。
「ふ。やはりユコナか。まだまだ甘いな」
「むぅぅ。なんでわかるのよ、このプヨンプヨンめ」
ひどい呼び方をされるが、このくらいしか反撃できないのだろう。笑って流してやる。
「気にしなくていいよ。他にもほら、ざっと見渡しただけでも、7、8人は気配を薄れさせている人たちがいるんだから」
指でさし示しながら場所をて一人ずつ居場所を教えてあげたが、ユコナには何も見えないようで戸惑っていた。
「くっ。わたしには何も見えない」
「また、今度教えてあげるよ。感謝の気持ちは何にしようかな」
「むぅぅ」
そこまでいったとき、人だかりの中央からどよめきがあがった。見ると腕を組んだままのヌーンの前で4人の男たちのうち、2人が前屈をしている。やがて膝をつきうずくまる。
「ぐぅ。お、重い。体が上がらない……」
「な、なんだ。何をしている」
「ぬぉぉぉーー」
どうやらヌーンが手首足首あたりを牽引魔法で掴み、地面に向かって引きずりおろしているようだ。2人は完全に地面に腹ばいになってしまった。
「もう終わりかー。4人いて誰もまともにできないのか?」
「こらー、お前らそんなところで寝るなよー。しっかりしろ」
野次馬が口々に男どものふがいなさをあざけっている。
「おい。お前ら。公道では、光物は禁止だからな。腰の物は抜くなよ!」
どうなるのかと思っていたレスルの管理者ホイザーも事態の抑えにまわったのか注意をかねて叫んでいた。それに激昂したのか残り2人がヌーンに掴みかかるが、
「どわー。ま、待った!」
ベシャッ、ベシャ
ヌーンは微動だにせず、残った2人が手首を掴まれて20mほど投げ飛ばされていく。これで勝負は明確になった。ヌーンはあっさりと示威行動を完了したようだ。
ウワァァアァァア っと歓声があがっていた。
「さすがね。護衛とはかくあるべしってところかしらね」
ヌーンとはまだ知り合って間がないが、ユコナもヌーンのあざやかな事態解決を見て、心なしかすっきりしているようだった。




