犬の戦い方 2
飛行中プヨンは完全にノミから引き離されていた。直線コースのため周回遅れにはならないが、徐々に姿が小さくなっていく。倍以上速さが違う。
幸い障害物もなく天気もいいため姿はまだしっかりと見えているが、あっという間に1㎞ほどおいていかれていた。少し寂しいがノミが専門の飛行兵であれば、不慣れなプヨンでは致し方ない。ここはマイペースでいくことにする。
突然前方の空中で光るものがあった。
それも立て続けに2つ3つ。
火球系の魔法のようだ。同時にノミを取り囲むように10を軽く上回る赤い点がまとわりついていることにも気づく。
どうやら前方でノミが襲われているようだ。
ユコナからも、精神力によるパルス信号、マールス通信で救援要請が届いていた。
マールス通信機は別名『豚2』とも呼ばれるが、魔力波のオン/オフの符号化で通信をするちょっとした道具だ。
最高級通信機に使用されている1組2個の尖晶石が、人食い豚の異名をとる大型で獰猛な『ブッ・タギーリ』から採れることに由来していた。
安物だと保護がないから無制限に傍受し放題になるが、最近ユコナと買い替えたものは、事前に通信波長を合わせてグループロック状態にしてあり、ある程度通話相手を限定することも可能な高級品だった。
「トン・ツー・トン」
ユコナから繰り返し救援信号が送られてくる。やはり先行し過ぎると沈む定めにあるようだ。とりあえず返事を返す。
「ツー・ツー・ツー」
話し中にしたが、うまく伝わっただろうか。
もちろん急いで様子を見に行こうとするが、プヨンはそう早く飛べない。地上なら疲れても止まればいいが、空中ではマイペースが大事だ。
それでも頑張っていると目の前から大きな氷塊が飛んできた。
「うぁっと、なんで氷が。ヴェポラップオフセット!」
火球ならドラゴンフライの流れ弾だと思えるが、なぜノミの方向からプヨンに向かって氷塊攻撃がくるのかはわからない。ただ、この大きさはそのまま地上に落とすと危険に違いない。
同時にサイドカバンのフィナツーがぼそっとつぶやく。
「プヨン早くこいってことかな。前方、剣幕キツイね」
「うむ。敵に水を送るとはひどいな。煙幕を張ろう」
咄嗟の対応で液体化する。氷は霧に変化してまわりの視界が白くなり、見通しが悪くなる。プヨンはボク知らないとばかりに空中の水分をかき集めて霧を作り視界から消えようとした。
しかしかろうじてノミが引き返してくることに気づく。一人知らんふりをするのは一歩遅かったようだ。もっとも空中移動中だから、霧はすぐに流れてしまったが。
さらにノミの後ろには、10匹以上の大型トンボ、ドラゴンフライが付いてきている。やはりトラブルで追われているようだ。ノミの後方から白い煙があがっており被弾していた。
「ノミさん、緊急消火モードです」
「おぉぉ。防弾性能に難ありの私に消火機能があれば無敵だ……。感謝!」
ユコナが冷水で消火しているが被弾が続く。執拗にドラゴンフライに追われているノミだが、高度がかち合わないようにプヨンと高さをずらしはじめた。高度が上がっていく。
「プヨンどーのー。体重分担です。緊急ですので、着払いでお願いします!」
ノミはプヨンの上空を通りすぎ、すれ違いざまに大声を出して叫んでいく。プヨンは着払いや分担の意味がわからず頭の中で反芻しつつ意味を考える。
「着払いってなんだ?」
ユコナもノミの発言が意味不明のようで、耳元の通信機から『体重分担?』との独り言がマールス信号で飛んできた。
そう言いながらも上空を通り過ぎるドラゴンフライに挨拶しないのは申し訳ない。
すれ違いざまに二酸化炭素から取り出したレーザー光を集光し、以前より強化された光子砲「ガルパンチラー」で軽く一閃した。
無音で放たれた光子砲。けっこうな熱量なのか一瞬空気が揺らぐ。
励起させて取り出したレーザー光をいつものごとく3秒間連続照射し続けた。可視光ではないため直接は見えないが、長焦点照射で薙ぎ払われた数匹の大型トンボは一斉に羽や胴体を焼かれて墜ちていった
「おぉ。何もないのにいきなり燃え尽きていった。なんですか今のは?」
ノミが喜んでいる。いきなり追尾の敵が撃ち落されるのは気持ちいいだろう。何となくプヨンにもわかった。
さらに通り過ぎてからも後方から、斜銃として数発の火球を発射し、ノミにまとわりついていたドラゴンフライをかなりばらけさせてもいる。
追っ手が分散したノミは、旋回しながら戻りはじめた。
「よし、敵が手薄になったぞ。ユコナ殿を緊急射出します。その後、わたくしは急降下による非常消火モードに入ります!」
「え? 射出? なになに?」
ユコナはほっと一息つこうとすると同時に、射出などという緊張感のある言葉が耳に飛び込んできて慌てている。
先日プヨンから奪って腰に持っていたルビー製の剣と盾を身構えた。風除けも兼ねてなんだろうが、何か手に持ってないと不安なのかもしれない。
「ユコナ、円形の雷を出して!」
いちいちじっくりと説明している暇がない。
何度か2人で練習したことがあるが、落雷は通常直線状だがこれをぐるっと一周円形にするように指示する。落雷というよりは、単純にコイル状に丸く電気を流すだけだ。
急いでするべきことの指示だけする。
「え? わかった」
ユコナを拾えるように準備が完成した。
火は消えたが煙はでているノミ。再度反転ターンでこちらに向きを変えると、ある程度近づいたところで
「『ダンピングスター』、プヨン殿受け止め願います!」
「ノミ、わかった!『エムアールアイ』」
「ひぃっ」
ユコナは本当に放り投げられるとは思っていなかったようで、短く悲鳴を上げると体が硬直していた。
それでも必死に落ちないようにしているが、くるくると空中で回転し続けて安定せず、水面でおぼれたようにもがいている。
それでもなんとか電気は発生させ続けているようで、ユコナを投擲してきたタイミングにあわせ、プヨンも電流を流す。空中回収の手法で2人の協力電気魔法で電磁石を作り、ユコナを引き寄せようとした。
そしてユコナは反発し弾き飛ばされていった。
「え? え? なんではじかれるの? プヨーン」
空中ドッキングは失敗した。ミギネジとヒダリネジは決して間違えてはいけない。
あわてて『トーロープ』で牽引魔法に切り替え、ユコナを宙づり状態で空中落下を阻止した。
その後、何度か行ったり来たりを繰り返したがもう失敗はない。最終的に磁力結合で平行飛行ができるところまでもっていくことができた。
「どうして私は弾き飛んだのかしら?」
「え? いや、実はちょっとお約束かなと。発動の向きを逆に覚えていてね……。気にしないで」
「……ふーん。後で詳しく聞くわ」
『あと』までに忘れることを期待しつつ、プヨンは飛ぶことに集中し、なんとか安定して飛び続けていた。
並んで飛んでいるユコナはすぐそこ、手を繋げる距離にいる。先程までユコナが使用していた氷風防キャノッピと類似だが、シールド魔法を応用し防御と同時に風圧も軽減していく。
自分ですら浮遊時の位置どりが難しいから他人の牽引は難しいかと思ったが、すぐ横で同じ方向に空中を引くだけなら1人、2人ならなんとかなりそうだ。
全てを一方向に移動させるだけだからか、ケンネルのようにそれぞれの状況を的確に把握し制御する必要もない。
「プ、プヨン。飛ぶのうまいね。もう大丈夫そう。なんとなく安定感があるわ」
「そうか。もっとぶれるかと思ったけど、うまくいきそうだ」
ユコナからもお褒めの言葉がでる。もちろんまったく同じではなく少しずれて並行飛行している。
バランスを崩すと空中衝突の危険はあるが、今のところ明後日の方向にすっ飛んでいくことはなさそうだ。ユコナも時折、剣や盾を振り回したりして動作を確認する余裕がでてきていた。
「じゃぁ、ユコナ初飛行のところ申し訳ないけど、自分の分は自分で持って。体重はワリカンで頼むわ」
別にプヨンなら体重を支えてやることもできるが、ここはユコナにもいい練習になるはずで、甘やかしてはいけない。ユコナには自分の食った重さ分は自分で浮揚させるよう促した。
「えー最初は奢りじゃないのぉ? ノミのおじ様は何も言わずに全部出してくれたのに。でもわたし真面目だから非行には走らないわよ?」
「出そうという姿勢が大事。そうしないと着陸時に地面にめり込むよ」
そう。プヨンは着陸時に自分とユコナの両方の面倒を同時にうまくこなせるか自信がなかった。そして自分が最優先だ。
自分で着地できないと、距離感や方向を間違った時に地面に激突しかねない。
ユコナもただの嫌がらせではないとわかっているのか、すぐに了承の返事がきた。
「わかったわ。努力するけど、たぶん十分にはできないと思うわ。そこはプヨンサポートよろしくね」
ユコナは四苦八苦しながらもなんとか体のバランスを整え、そのぶんプヨンは少し負担が軽くなった気がした。
「じゃあ、残ったドラゴンフライを追い払ってしまおう。いいかな? わかった?」
「よ、よくないし、わからないわ」
もうちょっと待ってとユコナの目が訴えているが、相手は待ってくれるはずもない。
そうプヨンが言うと、プヨンとユコナは二手に分かれて、一体ずつ左右から挟む形で追い込みをかけはじめた。




