犬の戦い方
「雷神・ユコナ様、プヨンさん、今回はありがとうございました。こんなに村の人たちに感謝されるとは」
雷神祭りはかつてないほど盛況のうちに終わったらしく、レオンからも村長からもプヨン達は何度も礼を言われた。
たしかに普段は月に1度も落ちない落雷が、これだけ落ちればかなり作物も育つだろう。まぁ、感謝する気持ちはわからなくはない。
ただユコナが雷神になるのは勝手だし、村長に勝手に避雷神にされたのも、実害がないからまぁいいがそれでも程度というものがある。
むず痒くてしかたなくなぜそこまで礼を言うのかとレオンを問い詰めてみると、
「実はプヨンさんにちょっとお願いしたいことがありまして、あ、いえ大したことじゃないんですけど」
お礼の前払いということなのか。
「来月、夏の繁殖期前に畑などに動物が近寄らないようにする『鹿威し』(ししおどし)に是非雷神様とご一緒に参加いただきたく」
「雷神様が必要なの? でも『鹿威し』って何かしら? 名前だけ聞くとちょっと面白そうだけど。プヨン、昨日何も手伝わなかったんだから、今度はしっかり手伝ってよね」
ユコナ無双をしようかしらなどと、まんざらでもなさそうだ。
ユコナは再び村人に囲まれ、ちやほやされていてご機嫌もよく、レオンの申し出を二つ返事で了承してしまった。 たしかに昨日はまったく何も手伝わなかったプヨンも、勝手に協力することになっていた。
「しかし、鹿威し? 何を脅すの? 熊とか狼のような肉食系の動物とか?」
「そういうのは、そう怖くはないです。目立ちますし数も少ないですし。モグラと蜂、ドラゴンフライ、そして、亀。特にスナッパーですね。けっこういろいろと参加者がいます。抜け穴がないように数がいるので」
「ふーん。スナッパーっていうんだ。レオン了解だ。手伝うよ」
レオンが言うようにみんなで追い払うのであれば危険も少ないだろう。それに集まるメンバーにも興味があった。アデルとかもくるのかもしれない。
「ほんとうですか。助かります。あれは対応できる人がほとんどいなくて、毎年困っていたんですよ。食べると美味しいらしいですよ。そろそろ冬眠明けですから」
「対応できる人がいないだって?」
一瞬厄介ごとを押し付けられしまったと思ったが、美味しいというのはそれはそれで惹かれるものがある。
レオンとの話がまとまると、
「プヨンさん、自分たちはこの辺りの防犯協議がありますので、申し訳ないですが先に戻っていただけますか?」
そう言われ、プヨンとユコナは先に戻ることになった。
フィナとバイタも結局栄養補充とやらに行ったまま戻る気配がなく、
「プヨーン、置いてけぼりをくらったの。2人だけで話し込むんだって。あいつらにお仕置きして」
フィナツーだけが戻ってきていた。フィナとバイタは植物のせいか、寝る必要もなくのんびり数日間プラントークでいつ戻るかわからないようだ。
もう一日、最終日まで村の人たちに協力してもよかったが、一足早く戻ることにした。
ユコナが話しかけてくる。
「それでプヨンは結局どうするの? ユトリナまで歩いて戻るつもり? それなら一度ユトリナに寄って欲しいの。レオンの報告はレオンがするけど、私も一つ受けていた課題があるから」
「そうなんだ。徒歩でもいいけどなぁ」
「もちろん、徒歩って言っても強化した徒歩よ」
ユトリナはもともとプヨン達が育った街だ。ついこの間まで過ごしていたところだが、ずいぶんと時間が経ったように感じる。
ここからだといくつか小さな町や村を通ることになるが、歩くと4時間弱。夕方には着ける距離だ。戻り方について話をしていると、ノミが提案してきた。どうやらついてくるようだ。
「ならば、わたくしが運びましょう。人の輸送業務なら専門ですからな」
ノミが重層鎧を着こんでいても一人二人なら空中移動で数時間は運べることを説明すると、ユコナが目を輝かせた。ユコナは大乗り気で反対する余地はない。
「絶対そうする。乗せて。それ以外はないわ」
「わかったわかった。空中浮揚で長距離移動をするいい練習と思うことにするよ」
プヨンもノミたちがどうやって移動するのかが興味がある。
普段から人を運んでいるのなら慣れているのだろうが、少なくとも馬車のワゴンや椅子らしきものはない。上空も寒そうだ。
「俺も自力飛行でついていきたいから、ゆっくり飛んでもらえないかなぁ」
「おぉ。プヨン殿、持久力に自信がおありですか? ユトリナですと、ここからだとゆっくりでも15分くらいですぞ」
「え? たった15分? そうか。そんなんで着くのか。徒歩4時間だとそんなもんなのか」
考えてみれば道沿いでも距離にして30km程度だ。空路なら障害物もなく一直線だ。先日の二ベロ達の飛行を見ても走るよりは早かったから、飛べれば1時間で20~30㎞はいけそうに思えた。
「ねえ、ノミさん。空を上手に飛んでいく秘訣ってあるのかしら?」
「そうですな。足を持ち上げて飛ぼうとするとダメですな。すぐに重心がずれ、ぐるぐる回って溺れてしまいます。そう、こんなふうに首を釣るような感じで引っ張りましょう」
「え? 首つり? グエっ」
ベテラン飛行技の神髄を1アクションで伝授されたユコナは、きっと飛行技術が(わずかに)あがったに違いない。もちろんあんな程度でわかれば苦労はないのだが。
ノミはユコナの首を掴んで強引に上に引き上げると、反射的に逃げようとしてユコナは首が締まっていた。
ただ、ユコナは驚いていたがプヨンにはノミの言うことは的を射ていると思えた。
後ろから押すのは難しいが、引くのであれば確実に方向が定まる。
押すは水面に浮かべたボールを棒一本で移動させるようなものだ。くるくる回って思うところにはなかなかいかない。
だが棒をくっつけて引っ張れば、自由に動かすことができるのと同じだ。
そして短時間飛ぶことは自信がつきつつあるプヨンだが、ノミの言う持久力も気になる。たしかに5分以上の長時間飛行はまだ試したことがない。
そもそも一般では短時間飛行の話題しか出ず、30秒以下が限界の者達にとっては、筋力強化の跳躍の進化版程度の認識だった。
問題はプヨンの背中に背負われている槍がとてつもなく重いことだ。これを持った飛行を考えると疲労度が読めない。
それでもプヨンの全力から計算すると十分余裕があるはずで、計算と現実があっているかを確かめるいい機会だった。
「では、これをもって背にお乗りください。わたくしが引っ張りますので。『アーグバード』」
そう言うとノミは、手先が翼に姿を変えて飛行形態になり、ユコナに上に乗るように促した。
ユコナはノミの首筋についていた吊り革に捕まり、背中にまともに飛び乗った。
「ウォッ」
一瞬、ノミの口から呻きがもれ、背中からミシッと音がした。プヨンはユコナ自身が自分の分くらいは浮力をつけるかと思ったが、全く何もしなかったようだ。
全体重を受け止めるかたちのノミが頑張って耐えている。
ノミがユコナを背中に乗せた状態でわずかに浮かびあがると、ユコナのノミ絶賛が始まった。ユコナは素直な誉め方なのか、嫌味がなくノミが照れているのがわかる。
「うわぁーすごい。すごいです」
「ククク、さきほどは厳しいかと思いましたが、わたくしいけそうですな」
ユコナの途切れることのない自然な美辞麗句が、ノミのモチベーション回復と、魔力消耗を抑え込んでいるようだ。
このホメーラは予想外の効果があり、ノミは異性に褒められていつも以上の実力を発揮できるという頑張るマンモードに入っていた。
ノミがいつも以上の浮力を得られている。どうやら誉めまくるというのは、ノミの浮遊魔法の効果をさらに高めるカタリスト効果が発生していた。
「うわ。待ってくれー」
飛び立ったベテラン飛行兵ノミが予想以上の速さで遠ざかっていく。プヨンは慌てて『ピースメーカー』で追いかけるが、鈍重なプヨンは差が開くばかりだった。
飛び始めて1分。順調だった。
「ノミさん。予想以上に風が感じますね。それに思った以上に寒いかも。『キャノッピ』」
「おぉぉ、これは。空気抵抗が軽減されましたぞ。背中の重さと相殺ですな」
「え? 背中の重さ?」
ユコナは氷魔法を応用してノミの前に風除けの風防を作り出し、ノミの飛行疲労を軽減する。
ノミにとってはユコナの遠慮なく加わる背中荷重をいくらか軽減させることができた。ユコナはそこはあえて深く聞かず、距離が開いていくプヨンを手招きしていた。
「ユコナ殿。緊急事態です。しっかり捕まっていてください。やつらめ」
「え? 今度は何があったのですか? しっかりがんばってください」
飛び始めて10分弱。そろそろ半分くらいかというところで、ノミが急に緊張感を出した。何ごとかと見ると風防の先の方に赤い点が20個ほど見える。
「むぅ。あいつらめ。報復にきたな。ちょっと数匹食っただけで」
「え? え?」
「まさか、輸送中に仕返しにくるとは。ユコナ殿、大型とんぼのドラゴンフライの群れですぞ。火球攻撃がきます。目視確認23匹。私は攻撃手段がありませぬ、対空射撃をお願いします」
「え? え? こんなところで攻撃がくるのですか?」
「当然ですぞ。空中は、空の騎士、ナイトホークを頂点に熾烈な争いがあるのです。何もなく行けることなど滅多にありませぬ」
「えぇーー? もっと早く言って」
「しっかり捕まって、目をそらさないで。『エロロール』で突っ切りますぞ」
「ま、待って待って。急ぎプヨンを呼ばないとって、まだあんなに後方に。この不幸をわかちあうべきよ。薄幸信号発射!」
おそらく届かないのがわかっているだろうが、ユコナはとりあえず叫ぶだけ叫び、気づいてもらうためにも大きめの氷塊をプヨン目掛けて打ち放つ。かなりの大きさで重さもある分、風にも流されず一直線にプヨンに向かっていった。
入れ違いでノミに向かって数発の火球が飛んでくる。それを回転しながら交わし始めたノミだが、ユコナを背負っていることもあってノミの速度がそこまで速くない。速度で振り切ることはできず、もみ合い状態になってしまった。
「きゃーー、まってまって。落ちちゃうって」
「しっかり自力で浮き上がってください。すぐ元に戻ります」
くるっと横に一周回転し、回避慣れしているのか、ノミは軽やかにかわしていた。そして、あらためて元の姿勢に戻ると、ユコナは目の前に二匹のドラゴンフライがいることに気づいた。
「むぅ。仕方ない。『ハイルストン』」
「お、おぉ。ユコナ殿。今日は迎撃付とは、ノミは感激ですぞ」
ノミはユコナが放った3個の雹弾を見て喜んでいるが、飛行中の投擲魔法の経験が皆無のユコナの雹弾は、すべて狙った軌道に乗らず地面に向けて落下していった。
その後も何度かユコナが対空迎撃をするが、すべて空中に吸い込まれるばかりだ。お返しとばかりに、まわりのドラゴンフライも単発ではあるが時折火球を放つ。
単発の火球だけで、発射間隔もあいているが、狙うというよりは適当に撃っているだけのようだ。ただそれがかえって避けにくいようで、ユコナの至近を火球が通りすぎていくこともあった。
堂々巡りになりつつあり、しびれを切らしたユコナが、しびれさせる作戦に出た。
「雷神様攻撃、『ブリッツガン』」
バシィィィ
突如、小さいながらも空中雷が発生し、続いて雷鳴が聞こえてきた。
「や、やった」
「おぉ、おみごとです」
ユコナの繰り出した短距離雷が命中し、ドラゴンフライは一体が羽を焼かれて落ちていった。
しかし、それが仲間意識を高めてしまったのか、生き残りは攻撃性がさらに高まりノミは追い込まれていく。
ノミもかろうじて避けながら、囲まれないようにうまく逃げ回っている、それも1分も経つと多勢に無勢、直撃を食らう前に引き返しはじめた。
「ユコナ殿。仕方ありません、一度戻って地上に降りましょう。このままでは危険です。手を離してはいけませんぞ!」
「そ、そうね。それが賢明ね。お任せします」
「急速反転。『インメル満タン』」
「ま、待って。背面飛行はダメ。落ちちゃうって」
ユコナの叫びは無視し、ノミはガソリン満タンくらいの軽いノリでインメルをフル充填し、半宙返りで一気に向きを変え来た道をプヨンの方に引き返していった。
今度食ってやるぞと捨てセリフを吐くノミの背で、ユコナはキャノッピを後方に移し、追いすがるドラゴンフライの火球を防いでいた。




