神様の作り方 2-2
「バイタ姉さん、またの名をぷっちょ姉さん。一途はいいんだけど重すぎるの……」
「わたしはもっと軽い女よ。その可愛くない名前もなんとかしなさいよ」
そう声が聞こえると、木の横に踊り子のような露出の多い派手目の服装をした女性が立っていた。フィナのように擬態化したようだが、木が残っているところを見ると、フィナツーに近いのかもしれない。
「お久しぶりです。今日もしっかりと根を張られているようで羨ましいです」
「うぅぅ、嫌味を言いにきたのならどっか行きなさいよ。昔はこれでも根なし草だったのに」
「よろしいのですか? 今日は捨てる神ではなく、拾う神を連れてきましたが」
「おぉ、フィナ。あなた友達。きっとまたきてくれると思っていました」
プヨンは何やらジロジロとみられている。品定めされているようだが、勝手に連れてこられた上に言いがかりもひどかった。
「うーむ。なんというか、かみはかみでも、こやつの装備は紙装甲ではないか。知恵も金もなさそうな、金欠のこぞうに本当にできるのか? どうせならコウゾの手漉きにすれば、高級な紙装備になれるだろうに。フィナよ、恵んでやったらどうか?」
「当たらなければどうということはありません。重装甲でも重ければ動けないのでは?」
「……フィナ、どうやらお前も老獪の域に達したようだな」
「まだ、寝たきりではありませんので」
プヨンは好き放題言われているが、フィナはフィナで激しい舌戦をしているようだ。どうやらバイタは成長しすぎて自力歩行ができなくなったらしい。それを皮肉を交えつつ、たまに笑えない一撃も繰り出して説明してくれた。
「わらわは動けなくなったのではない。あえてここにいついているだけだ」
「そうなのですか? では、穴から引き上げず、このまま立ち去りますが」
フィナが言うにはちょうど根付いたところが水脈を遮るため、少し運んでほしいとのことだった。どうも湿地のカルカスを掃除させたのは、水を再び入れる前に湿地を清浄化させるためらしい。たしかに水底にあんなのがうろうろしていたら、うっかり溺れることもできない。
「おぉっと、まぁまぁ、来てしまったものはしかたない。ここは、まぁ、せっかくだから……試させてやってもいいょ……」
「ふふ。認めたくないものですよね。自分自身の重さゆえの穴落ちというものは」
毒舌なフィナという意外な面を見れてそれはそれで面白い。このまま黙って成り行きを見たかったが、フィナに少し時間がかかるからあっちに行っててと促された。
どうやら密談が始まったようだ。
遠巻きにうろうろしていると、フィナツーが空を指さすのに気付いた。
先ほどの飛翔体がまっすぐこちらに迫ってきている。フィナ達は会話に夢中になっているのか気づかないみたいだが、こちらに向かってくるのは間違いないようだ。
思った以上に速い。
やがてもう少しで上空というところで着陸モードに入ったようだ。空中で人の姿になりつつ、プヨンの前方50mくらいのところに飛び降りてきた。
あれはノミだ。
「プ、プヨン殿。貴殿の言われたことは正しかったです。智将殿のお言葉を疑うなど、あるまじき愚挙。お許しいただきたい」
いきなり謝罪から入るノミ。
「よ、よく、ここにいるとわかったね」
「ほら、この予定表をいただいておりましたゆえ。そして私がここにくるのがわかっていたかのように、わざわざこのような目立つところでお待ちいただくとは。私も相変わらず手のひらの上で転がされておりますな」
たしかに冗談半分で予定表を渡したりしたが、ほんとに追いかけてくるとは思わなかった。しかも予言通りの1週間以内、なかなかにブラックな働き方だ。
別に待っていたつもりはないが、勝手に高評価に勘違いしている。まぁ毎回こんな感じだからいちいち謙遜するのもへんだし、ここはやはり調子に乗ることにした。
「やはりもう一度行けと言われたのかな? しかも、こんな夜中に移動とか」
「そう。そうなのです。ひどい話です。楽しみだった休暇が却下になってしまいました。今度こそしっかり手紙を読んでもらい、そして返事をもらってこいとやることリストまで渡されましたよ。とほほ」
そう言われ手紙を手渡された。以前見たものと同じものだ。まずはノミの約束をさっさと片付けるため手紙をさっと見ると、近日中にお話ししたいことがあると書いてあった。
「時間と場所を決めてこいと言われました。5日後の週末、夜18時でどうですかな。場所は、前回と同じ池のそばで」
「それはいいけどほんとに5日後の18時でいいの?」
もちろんとうなずくノミは必要な返事を得られ、内容を手持ちのメモ帳に記録する。これで仕事が終わったと喜んでいた。
一段落すると、ノミがノビターンのことをぐちぐちと言い出したが、それはさわりだけで終わる。長く聞く前にフィナがやってきたからだ。
さっきまでいなかったノミに驚いていたが、ノミが横暴な上司の指示で速達をプヨンに届けにきたと事情を説明する。フィナもそれに応えて名乗り、簡単な自己紹介をしていた。
「して、プヨン殿とフィナ殿は、何をお話しされていたのですかな?」
「まぁ、そんな大したことじゃないですよ。少しばかり困りごとがありまして、拾う神として現れたプヨンに、高位紙の称号コウゾを授けようという話です」
フィナがバイタと話した内容なのだろうか。バイタを拾って運ぶ話のはずが、わけのわからない説明になり、プヨンもノミも混乱する。
「か、神々の話ですと? な、なんと。お二人はいったいどういうつながりで? おぉぉ」
ノミのおかしな癖が出たようで、一人で自己流解釈をしては一人で納得していく。フィナもどう扱ったらいいのか困惑したようだが、とりあえずプヨンに本題を切り出してきた。
「プヨン、話はまとまったわ。さぁ、このバイタ姉さんを運んでください。ここにいると水脈を遮って、川が干上がっているのです」
「えぇー? でも、その力量不足だったら、どうなるの?」
「プヨンならきっとできますよ。大丈夫です。わたしは確信しております」
おそらくここで運べなかったら、バイタは未来永劫ここから移動できないことになるだろう。成長し続ける木々の場合、いずれ重さで動けなくなる前に永住の地を探さないといけない。
これで立てなきゃバイタはおデブ=永住だとの強烈な思念が届き、プヨンは思わずビクッと背筋が伸びてしまう。
フィナがプヨンの背中の棒きれを見ているところをみると、フィナはどうやら何かしらの自信があって連れてきたようだ。この棒切れの仕組みに気づいているようだった。
プヨン達が戻ると、バイタは踊り子のような肌の露出した衣装に身を包み、不安と期待の入り混じった、にこにこ顔をしていた。そんなバイタを見たノミが無意識につぶやいた。
「しかし、軽そうなおなごだな。吹けば飛ぶような細さではないか」
「お、おぉぉぉ、そなたこそ真実を知るわらわの新たなる理解者じゃ。もう長いことそのようなことを言われたことはない。さぁもう一度言っておくれ。なんと言ったのじゃ」
事情はよくわからないままノミは頼まれて再度、軽い軽いと口にする。
「ふむ。よく分かりませぬが、ご希望とあらば。なんて軽そうなおなごだ。こんなほっそりで、軽々と持ちあがりそうだ」
フィナがしーらないという顔をしているが、バイタは感極まったようにうち震えている。
「こんな紙かぞうはやめじゃ。そなたこそわらわに相応しい能力者。さあどこへなりと連れて行っておくれ。わらわはこの5年ここから動けないのだ」
「5年ですと? それはまた気の毒に。おやすい御用ですぞ。素早さと筋力を兼ね備えた我が力をお見せしましょう」
ノミはそう言うと、意外にもヒョイとバイタを背負いあげた。
「ほら、余裕ですぞ」
「素晴らしい。ではいくぞ。今から移動するからな」
「おぉ。いきましょういきましょう。2人いればどこへでも行けますぞ」
そう伝えると、バイタを背負ったノミは、フィナとプヨンを見ながら数歩あるいてみせた。バイタはプヨンを振り返り、
「ほれ、そこの金欠の孺子、わらわはどこに引っ越せばいいのか?」
「うちの学校のトイレの裏あたりはいかがですか? 日当たりはいいですが?」
「ふ。紙孺子。冗談は顔だけにしておけ。さぁ、わらわが安息の地を探す旅に出発じゃ」
とりあえずといっても、プヨンはユコナやレオンの村に戻るつもりでいた。
ノミに背負われたバイタは喜色満面でいる。
「どこでもよい。ついていくぞ、『ミミックリー』。わらわも頑張るから、ほんの40……㌧ほど背負ってくれたらよいのじゃ」
トンだけ声が小さいのは何かしらの配慮なのだろうか。しかしその配慮はノミには届かなかったようだ。
「はっはー。40kgならおやすいことですな」
「よし、ノミ。今から本体を移すからな」
「本体とはなんですかな?私は運び屋ですからな。どんな困難な道でも運びますぞ」
そう言うとバイタ本体の木の枝が伸び、バイタに触れると本体の大木の透明感が増し、かわりにノミの背負っているバイタの重量が増す。バイタも元から使える分の軽量魔法を使っているから、足りない分だけノミが背負えばいいはずだ。しかし、
「むむむ。ぉおおおおー」
当然すぐにノミが苦しそうになる。腰が曲がり膝が震えだす。なんとか踏ん張って叫ぶノミ。
「ふぉー、ノミどうした。お前の本気はそんなものかー。ぬぉぉー。飛行部隊最高最速と言われたノミパワーを見せろ」
「じゅ、重力に縛られてはいかん。次、腰痛攻撃にも備えよ!」
バイタは遠慮なく重さを増加させていく。
ベシャ
ノミは膝をつき、地面に崩れ落ちた。気力を使い果たしたのか、黒かった尾が真っ白になっている。
「どうしたのじゃ、まだ全然ではないか」
「ノミ、ノビターン様より重い人に出会う。ふっ、尾も白い人生であった」
「な、なんという使えぬヤツ」
プヨンがどうしたものか見ていると、フィナが肘で突いてきた。目配せをしている。さっきまでの会話から、どっちにしろバイタをどこかに運んで欲しいのはわかる。
「バターアップ」
ノミの限界を見究めつつプヨンがノミの持ち上げをサポートしてやると、フィナは理解したのかほっとしたような顔をした。
それでも表はノミの活躍となるように、ノミのポイントアップに貢献する。落ちそうになっていたノミが再び持ち直した。
「む。むむむ。ぬぉー。男には退けない時があるのだ。ノミふっかーつ」
「お。いいぞいいぞ。それでこそできるものだ。よーしこれで全てうつし終えたぞ。さぁどこなりと行こうではないか」
バイタの元いたところは大きく地面が陥没し、せき止めていたものがなくなったからか、少しずつではあるが川の水が流れはじめていた。
空が白けてきている。もうすぐ夜が明ける。地面もうっすらと見えてきているなか、ノミは一歩一歩進んで行く。
村の入口が見えるところまできていた。
「ふぉー、男ノミ。ここで膝をつくわけにいかん。いかんのだ・・・・・・」
プヨンは完全に浮かせてやってもよかったが、最低限のサポートだけでノミもバイタを運び続けていた。
いつもの燕尾服ではなく、今日は厚手のシャツのような作業服を着ているので動きやすそうだ。
プヨンはフィナと相談しつつユコナとレオンの待つ村へ戻ってきた。
村はずれには祭壇がある。付近には誰もいないようだが、ふと見ると試し打ちでもしたのか雷撃のあとで地面が黒くなっているところが多数見られた。
「ここがお前たちの言う目的地か? おぉ、ここは、確かに植物の生命線、ノークスの気が満ち溢れている。わらわは……そうだな、その辺に落ち着こうか」
ノミにそこまで運ばせ場所を決めると、バイタは体を移していく。しばらくすると祭壇から少し離れたところに立派な木が1本立っていた。
「あぁ、俺はやり遂げた。木の精霊、バイタ殿、ご満足いただけましたかな。ククク、できる男はやはりこうでないとな」
「うむうむ。まっこと見事であった。今はできぬがいずれ必ず礼をしようぞ。ノミ殿はどうするのか?」
「そうですな。わたしは本来の任務である、プヨン殿の調査に戻りますかな」
無事やり遂げて至福のノミの『調査』と言い方は気になったが、どうやら目的は果たせたようだ。
フィナもプヨンに向けて感謝の気持ちを示していた。
もう空も明るい。すっかり朝帰りになった。
プヨンはバイタになぜこの村に戻ったのか、今日の雷神様の件を簡単に説明した。植物の栄養源を作る雷、その雷神様を祀るお祭りだ。
「ではバイタ姉さんも。一緒にこられてはいかがですか。ノークスの気を浴び、栄養補給のまたとない機会ですよ」
バイタは再び踊り子風の姿になると、プヨンを残したまま散策に行ってしまった。




