神様の作り方 2-1
残っていた最後のカルカスにフィナがとどめをさすところが見えた。
「ラディッシュキック」
ボゴォッ
カルカスはフィナが手にした棒で体勢を崩され、フィナが軽く放ったように見えた右足の回し蹴りを腰に受けて吹き飛んでいく。それも小石でも蹴るように、かなりの勢いでだ。
ドスンッ
鈍い音がした。40mは飛んだだろうか。
「なんで軽く蹴っただけであんなに飛んでいくんだ?」
フィナの蹴りの威力に驚く。
最初は吹き飛ばし系の魔法かと思ったが、フィナの意思の発動は感じなかった。プヨンは思わずフィナに尋ねてしまう。
「え? な、なんで? なんで、あんなに吹き飛んでいくの?」
「え? なんかおかしいの? プヨンだってその槍でもっと吹き飛ばしてたじゃない?」
「だって、俺のこの槍はちょっと特別で、それなりに重い……」
そこでふっと気づく。あぶないあぶない。性別のない中世生物とはいえ、姿が女性でいる以上、この先は遠慮すべきだろう。
フィナが大木、超重量であることは十分理解していたつもりだった。大きな木であれば重量は100トンを超える。
すなわちフィナの右足はプヨンの矮星の槍とそう大きくは変わらない重量になるということだ。
「ラディッシュキック、おそるべし」
フィナの足に踏まれたい、などとは間違っても口にしてはいけないのだ。
ようやく周囲の元気なカルカスの攻撃が止んだ。あとは瀕死のカルカスだけだ。
まだ一部の崩れた体がうごめいてはいるが、最後の痙攣のようなものだ。意思を持って動き回るものは見当たらない。
それを確認しあって、フィナとプヨンとおまけのフィナツーは後始末に入る。
こういった強い欲望を残したまま死んでしまったものをそのままにしておくのもよろしくない。きっと何らかの意思の結晶、尖晶石があるはずだ。再び何かにとりついたりすることのないよう、安全のためとお金のため、もうひと頑張りしないといけない。
もう身の危険はないため、焦らず確実にまだ動いている破片を完全に燃やして消滅させ、時折見つかる尖晶石を回収していった。
「フィナ、これ全部倒したらそのあとどうするの?」
「うん。準備運動が終わったら、メインイベントがあるの」
「え? これがメインではないのか?」
「そう、こっちよ。メインイベントに連れて行くからついてきてね」
フィナは厳しい。ふつうならあれだけ暴れまくったらかなりの疲労のはずだが、フィナツーもフィナも息が上がっていない。
フィナ達の身体構造がよくわからないが、さっきも20分以上休まず全力で動き回っていた。
たしかにフィナが今まで疲れ果てているところを見たことがないし、疲労の回復も異常に早いことに思い至った。
そんなプヨンに気づいたのか、
「フフフ、不思議なんでしょ。わたしは光があれば永久機関なのよ。体力回復魔法『光合成』があるから。筋力強化の応用で合成強化の魔法なんだけど、これだと月あかりでも無限活動OKなの」
「おぉ、そうか!」
「え? この説明でわかったの? さすがね。それにしても動物は不便よね」
なるほど。フィナが疲労知らずなのはそのせいか。
光系の魔法が使える植物がいたら地表では無補給戦闘ができそうだ。植物系相手だと披露させているつもりでもまるで効果がないことになる。持久戦や籠城戦は意味がないことをあらためて認識した。
フィナに導かれ、プヨンは再び草原を歩き出した。
さっきの窒素魔法の跡を歩くと、草が燃え尽きるのは当然として、地面が緑色にキラキラと輝いている。どうもあまりの高温で砂の一部が溶け、ガラス化してトリニタイトになったようだ。
砂地を抜け、ひたすらまっすぐに歩いていくと、フィナが声を上げた。フィナツーを浮かべて手元に引き寄せる。
「思い出した。フィナツー、今日はごぼう日をあげないと。ちょっとこちらへ」
「え? なになに?」
ご褒美と聞こえたのだろう、フィナツーは引き寄せられながらにこにこしている。プヨンはわざわざ牽引魔法を使う不自然さが気になっていたが、フィナが親指と中指をまるめるのが見えて納得した。
慌てて、フィナツーがもがくがすでに遅い。
「え。待って。待ってってば」
「バードックの御棒」
ゴィィィーーン
「ふげー」
フィナツーの悲鳴がおかしくて、つい笑ってしまうが衝突音のあまりの重低音に驚いた。
まるで鉄骨が地面に落ちたかのような音がする。フィナの指だけでなくフィナツーも、どちらも相当な重量物同士であることがうかがいしれた。
「さっき自分だけ逃げようとしたでしょ。逃亡のお仕置きです」
「うぅく。フィナめー」
フィナツーが恨みがましく見ている。フィナの動きを読めないところを見ると、フィナとフィナツーの思考回路は別物なのだろう。フィナツーは額を押さえてうずくまっていた。
まぁ、そうなるよなとプヨンも理解を示し自業自得とにやにやしていると、
「どうしたの? プヨンもわたしの『デコフリック』を受けてみる?」
フィナが中指でデコピンの仕草をする。
ボゴッ
ふざけているだけと思ったが、すぐ側にあった木の幹を指で弾くだけでこぶし大程度がえぐれてしまった。恐ろしい威力だ。
「め、めっそうもないです。遠慮しておきます」
プヨンは慌てて首を横に振る。
こいつらの体はどうなっているんだと思ったが、原理としてはプヨンの槍と同じようなものなのだろう。姿はちっさくなっているが高密度につまっているのだろう。普通の筋力では歩けないかもしれない。強い浮遊魔法でも使っているのかもしれない。
「この中指フリック、けっこう強力なのよ? プヨンもおいたしたらこれよ。もちろん、軽い罪の時だけだけどね」
フィナに脅される。
じゃぁ重罪の時はタックルでもくらうのだろうか。
普通の50㎏の人間なら中指は25gくらいだろう。ちょっと計算してみると、巨木のフィナが200トンあるとしたら、あの中指は100㎏になる。
100㎏の御棒で思いっきりデコピンされることを想像して、プヨンはブルっと身震いしてしまった。
「え?じゃあカルカスは吹き飛んだのに、フィナツーは何でそれをくらって吹き飛ばないの?」
「こらーそれを知ったものは長生きできないよ」
デコピンを食らった額をさすりながら、フィナツーがあわててフィナの口を塞ぐ。
なるほど。脇の大木はえぐれたのに、フィナツーが無事ということは相当な強度と重さがあるのだろう。フィナツーが防御いらずで重量軽減魔法を習得しているとは思わなかった。
狂暴な肉食獣より、下手したら植物系のほうが危ない気がしてきた。象がアリをよしよしとするとアリが潰れてしまうように、力加減が別世界に思えてきた。
プヨン達は歩き続けている。
やがて草原が終わり上り坂に入った。
ふーっと一息ついてふと上空を見ると、プヨンがランダムに出すレーダー測距儀に反射があった。まだ遠方ではあるが、何か上空にいるようだ。
害がなければいいがと注意しつつ、プヨンの関心ごとはフィナとフィナツーの足元だ。
黙って後ろをついて行くと、地面にめり込みそうな重さの2人だが、今頃になって足元が地面からわずかに浮いていることに気づく。
プヨンも作ったばかりの槍、ブラックドワーフを持ってわかってきたが、起きてるときも寝てるときも今までそうやってずっと超重量を支えてきていたのだろう。
ちょっとでも気を抜くと屋内の床や橋をぶち抜いてしまう。人知れない苦労があるのだろう。
2人の自然な軽量化魔法に感心していると、ようやく丘の上に着いた。
その向こうは湖のようで少し先で波打ちの音が聞こえていた。
「こっちよ。もうそこよ。ほら、あそこ」
フィナが指さすところに向かう。少し歩くと一本の大きな木の前で立ち止まって、プヨンを振り返った。
「プヨン、ここよ。バイタ姉さん、連れてきたわよ」
「バ、バイタ姉さん?」
「こちらはバイタ姉さん。ほんとはリグナムバイタって言うんだけどね」
目の前の木は大きいことは大きいが、周りにはもっと大きい木が何本も立っている。背丈も幹も補足、せいぜい20年か30年程度の樹齢のどこにでもある若木に見える。
このバイタ姉さんも姉さんというくらいだから女性系のようだ。姿を変えるときの趣味の領域のような気もするが、男性系植物生存率が低いのかもしれない。1%ということはないだろうが、形を変えられる長寿系植物ですら半々、その辺の灌木や草はほぼ女性だと言われていた。
もっともそんなことはどうでもいい、プヨンはフィナがこんなところまでなんのために連れてきたのか気になっていた。




