ドワーフの剣の作り方
ランカの儀式の後、プヨンとメサルはのんびりと町まで移動していた。
のんびりといってもプヨンもメサルも筋力強化を使う。1時間後、昼過ぎには学校の対岸の町、キレイマスの入り口が見えていた。すぐにユコナを迎えに行き合流する。
合流後はメサルが手配していた馬車で移動する。安全確保のため偵察すると称して、先行してもよかったが、メサルをしっかりと護衛し、お仕事してますよアピールをすることも大事なことだからだ。
そして夕方にはなんとか生まれた町ユトリナについた。ここからはメサルは別の迎えに乗り換える。メサルとは別行動で、プヨンは休暇となるはずだ。
ただし、その前に試練がある。わかっていたことではあるが、避けられない瞬間がきた。
「お、お兄様。なぜこんなに遅くなったのですが? どれほど心配したことか……」
「でた」「でたね」
プヨンとユコナは見つめ合う。目と目で通じ合う仲だ。この内容については、一言も話さなくても伝わる自信があった。
道中ユコナには予定より遅れていることを何度も心配されていたが、秘策があると伝えていた。ただ、効果のほどが保証できないところが悩ましい。
ユコナがボソッとつぶやく。
「プヨン、この辺りは、メサルスキー粒子がえらく濃いですね」
「うん。ユコナ周囲の警戒を怠らないように。センサーが役にたたない。完全に周りが見えていない状態だ」
「わかりました」
もちろんプヨン達は見えているつもりであり、見えていない主語はレアのことだ。そんな言葉が届いても届かなくても、レアにとっては大した差はなかった。
「こいつらですね。この半端者どもが足手まといになったのでしょう。そうでしょう?」
メサルがプヨン達も含めた護衛と身の回りの世話をしてくれたものを紹介したが、直後の第一声がこれだった。
レアの罪状読み上げをプヨン達は生暖かいまなざしで見つめる。一通り聞き終えると、メサルはおもむろに袋から例の貢物を取り出した。
そしてプヨンのアドバイス通り、メサルは用意された例のメッセージを棒読みする。
「実はな。レアのために密かに作らせていた贈り物を取りに行くのに時間がかかってしまってな。この2人がずいぶん手伝ってくれたんだ」
メサルが特注品の完成が遅れていたことを詫びつつ、レアに手渡すと一気に状況は好転する。
「まぁ、お兄様が私にプレゼントですか。前回のプレゼントは遠い昔、50日も前のことになってしまいました。悠久の時を経て再び吉事がおこる。これも私の敬虔な行いの賜物ですね。今すぐみたいですが、恥ずかしいので、あとで一人になってから見ます」
どマイナスのヒエーラから、一転、まわりの空気は陽気なポカーラに相転移していた。
「お連れの方もお疲れ様でした。次もよろしくお願いしますね」
「どうする?お前たちもついでに温泉で湯治していけばどうか?」
状況が好転したというのもあったのだろう。メサルがふーっと息を吐きだしていた。
メサルがそれとなく頼んでくる。わざわざ聞いてくるメサルの目は俺を一人にしないでくれと訴えていたが、プヨンもユコナもメサルと視線が交差することはなかった。
「当方、天より与えられた使命がありますので、今回は辞退させていただきたく」
「私も、明日以降は人類を救う定めとなっておりますので」
レアはそれを聞き、彼らがメサルとレアの邪魔をすることがないと安心したようだ。
それが理由なのか話題を変えたかったのかはわからないが、急に突拍子もないことをメサルに向かって言いだした。
「そう言えばお兄様、お聞きになりましたか? 最近、例の赤子の連続誘拐事件がまた起こっているらしいですよ。怖いですね」
「え? そうなのか? 例の誘拐されるが、不思議と数日後には戻ってくるやつだよな。身代金も何もなく定期的に起こる。実害がないといえばないからなかなか治安部隊も動けないらしいが、犯人もまったくわからないままだからなぁ」
突然の誘拐事件という話題に、プヨンとユコナは驚いて固まっていたが、レアからそれ以上の深い説明はなかった。もちろんプヨン達も自分達からはどうしたらいいかわからない。是非教えてほしいというほど興味が引かれたわけでもなく、しばらく沈黙が続く。やがてメサルが口を開き、
「プヨンとユコナ、とりあえず俺たちはいくよ。また10日後にな。それからさっきの誘拐のことはまだよくわからないことが多い。また相談することもあるかもしれないが、あまり気にしないでほしい」
メサルはそれだけ言うと馬車に乗り込み、レア達が連れてきた護衛団と一緒に戻っていった。
これが嵐が過ぎ去ったのか台風の目にいるだけでもう一波乱あるのかはまだわからないが、プヨンとユコナはとりあえず一息つくことができた
プヨンはユコナとも別れ、ユトリナの教会に寄ってメイサ達に一言挨拶をすると、そのまま次の目的地に向かう。プヨンが兼ねてより計画していた武器づくりの実験のためだ。
プヨンの行き先は決まっていた。以前行ったユコナ鉱山だ。理由も簡単、使わずに捨てられていた材料が山ほどあるからだ。
移動手段は格好よく浮遊で空から行きたいところではあるが、プヨンの鈍重浮遊ではトロくてかえって時間がかかるので、慣れた磁気浮上走行でチャチャっと移動することにした。急ぐとユトリナからは2時間もかからなかった。
ユコナ領の管理者ミッテ、レヒト達には行きがけに声をかけ、近くまできてることを伝えておいたが、本日の本命面会者は鉱山管理者デポンだ。
「ほんとにこのクズ石の小山がいるんですかい? なんに使うんで?」
「そうでもないよ。武器を作ろうと思ってて。これはきっと宝の山になると思うんだけどなぁ」
「はぁ。武器ですかい? でも鉄とかは取れませんよ?」
プヨンは前に来た時に目につけていた採掘対象外のクズ鉱石の山を見つけていた。それを格安で譲ってもらう。ユコナには伝えておらず、レヒトの口利きだ。
「うん。大丈夫。ちょっと足りないかも。あったらもっと持ってきてもらえますか?」
「まあ、わたしらにはゴミがなくなってありがたいことですが。レヒト様からもお言付けがありましたし。好きにしていただいていいのですが、帰りは必ず声かけてください。崩れてきた岩に埋もれてましたとかはやめてくださいよ?」
まあプヨンのアイデアも所詮、机上の構想レベルの話だ。中身がわかっていないため、半信半疑のデポンの何言ってるんだといいたい気持ちは良くわかった。
「しっかし、この量はどこに運ぶつもりで? 私らが3年かけて掘り出した廃鉱石ですよ?」
「運ばないよ。ちょっと実験に使うだけ。気にしないで」
定期的にレヒトがレスル経由で運搬坑夫の募集をしているのを知っていたので、事前に話をつけて鉱山の隅に山のように積まれているクズ鉱石の処分まで請け負っておいた。
そして、もう一人、
「ガンオー様、本日はお願いしたいことがございまして」
「おぉ、そなたは。覚えているぞ。あの時は世話になった。そんな堅苦しい呼び方はやめて『ガンちゃん』と呼んでくれないか。ところで何かあったのか?」
鉱山の影の主、この辺りの鉱物の支配者ガンオーだ。仲良しガンコさんを目に入れても痛くないくらいにかわいがっていたが、
「最近、喧嘩してな。別生活なのだ」
なんとなくガンオーの意識が示す先を見ると、200mほど離れたところにガンコがいた。どうやら喧嘩でもしたのか別居中のようだ。
今、まさに離れていくところなのだろうか。
別居に向けて大地のプレート移動並みにゆっくりとした移動中のようだ。
それならばと見えないように影に回る。そっと肩越しに背中に当てていた背嚢、アテ荷輸送袋から大きめ、といっても西瓜くらいの大きさだが、色白の小岩を取り出す。先日湖の底で回収しておいたものだ。
ストレージには入らなかったため、仕方なく背負ってきたのだ。岩当人にはいい迷惑かもしれないが、子供達に川底に沈められたり、かまどに使われ火炙りにされる石が大勢いるのだから人間判断基準で許容範囲と判断した。
「これを」
「こ、これは・・・・・・、もしや、水底に現れるという伝説の美岩、砂岩子さんか?」
「え? 伝説なの? 食べるかと思って持ってきたのに」
「この子をたべるだとーぉ?」
大きな声を出したガンオーは慌てて声をひそめる。ガンコには聞こえていない……はずだ。
それからしばらく無言が続く。
もしかしたらガンオーは砂岩子さんと秘密の会話をしているのかもしれない。
可聴範囲が違うのか全くプヨンには聞こえてこないが、なにやら交渉中に見えた。
この砂岩がストレージに入らないということは、もしや石に意思があるのではと思っていたが、どうやらその推測は正しかったのだろう。
「なんならしばらくこちらにお預けしてもいいですけど?」
「なんですとーぉ? プヨン、彼女はしばらくここに滞在することになった。しばらく見聞を広めるため、ここで研鑚を積むそうだ。また終わったら帰路もよろしくお願いしたいとのことだ」
ガンオーは相当喜んでいるようだ。
「お代岩様も相当……ふっふっふ」
てっきりその辺の岩と同じように食べて終わりと思っていたが、違う食べ方を検討しているようだ。
しばらくというのが、人の寿命の範囲内なのかはわからないが、
「いいよ。言ってくれればいつでも。また連れてきてもいいしね」
「うむ。ありがたい。もし何か頼み事があったら、何時でも言ってくれ。我にできることであれば、なんでもしよう」
プヨンは待っていたその一言が出てきたことで、用意していたお願いを伝える。もちろん、それ目当てと思われないように遠慮がちに言う。
「実は探しているものがあって、2つほどいるんだ。多くはなくていい。そこの砂岩子さんの大きさの半分もあれば十分」
「ほぉ。興味深い。我が用意できるものなのか? 申せ」
「クロムとチタン、純粋なやつを」
ガンオーは少し考えていた。
「マニアックな子が好きなんだな。お前達は金子とか銀子とかが好きなのではないのか?」
「好きな人は好きだろうけど、俺はちょっと。混ざり物のない純粋なのがいいんだ」
「わかった。任せとけ。どういう趣向かは知らんが、明日の朝までにバージンのクロムとチタンを用意しといてやろう」
その言葉に礼を言い、プヨンは今日のところは引き揚げることにした。




