回復魔法の使い方 4-1
『種まき休暇』を前にして、学校は賑やかになっていた。
どうやら実習として国境防衛などにあたっていた上級生が戻ってきたようだ。ただ重傷者がそれなりに出たこともあり、特にイベントは催されなかった。
プヨンとしてはとりあえずメサルの予定を聞いてみる、メサルに付き添って送迎ついでに温泉もいいかなと期待したが、今回は軽く帰省するだけらしい。
「レアがな」「レアか」
この件に関してメサルとは、目と目で通じ合いそうだ。
完全に頭から抜けていたがメサルの妹のパワーは半端なく、彼の苦労も偲ばれる。もちろん自分が関わらない場合においてのみ同情できることだが。
レアは端から見ていると面白いから嫌いではないのだが、この時ばかりは天の声を素直に信じ、危うきに近寄らずを実践する。
なるべく危機回避すべきと、本能がそう告げているし、天からもそういう声が聞こえた気がした。
メサルの移動は一日置いて明日の朝からになっている。
今日一日の自由時間を得たプヨンは、ユコナの用事とやらに付き合っていた。
単純に船の間の暇つぶしの相手としてだが、プヨンもランカ絡みでタダンに会う用事があるため承諾した。先日ランカの店に行ったときに、ヴァクストから寄ってくれと頼まれたからだ。
タダンは以前たまたまランカと会った時に出会った盗賊もどきの首領だが、今はレスルと組んで治安維持や盗賊対応をしているらしい。危険なものではないと聞いているが、何があるのかは興味があった。
ユコナとは数回学校を抜け出したこともあるが、
「あー昼間に堂々と出るのはいいわね」
「うんうん。なんといっても移動中でもお菓子が食える」
船では時間にして30分ちょっと。ユコナの約束の時間まで少し買い物に付き合い、レスルの面白そうな依頼がないか物色した後はユコナとは別行動だ。ユコナは予定通り、用事だと言って約束している場所に行ってしまった。
今日のレスルは依頼も荷物運びや街道護衛が大半で平和だ。
危険生物の発生などもなく自然災害の復興依頼が複数出ているだけだ。いくつかの村で洪水や橋が流され救援要請が出ていた。
とてもプヨン一人でするようなものではなく、人足募集だが報酬も少なくボランティアに近い。大変なだけで人気がない種類のものだ
レスルが終わるとランカに教えてもらったタダンの店にやってきた。
タダンの店は食堂+居酒屋のような感じだったが、立地はレスルの隣で、レスル本体が狭いので最近はこちらが利用者の主な待機場所らしい。何組ものグループがあちらこちらで真剣に打ち合わせしているのが見えた。
手紙を見せてタダン絡みの要件を伝えると、すぐに奥から1人の男がでてきた。大量の薬瓶を運んでいる。
「プヨン、わざわざきてくれて悪かったな」
お前は誰だと一瞬言いそうになった。
いや、タダンを呼んだのだからタダンがきたのはわかっているが、鎧代わりの革製のジレを着こんで紳士風な装いをしているから誰だかわからなかった。プヨンが、誰だという顔をしていたからだろう。
「俺だよ。タダンだよ。まぁ前は野戦の恰好だったし、まだ2回しか会ってないからな」
席を進められて座ると、単刀直入に切り出された。
「実はな、ここからちょっと離れたところにヴァクストとランカが店を出しているのを知っているだろう。あの2人を核にして、そこに町を作ろうと思っているんだ」
たしかにその店のことは知っている。まだ日が浅いがヴァクストの雑貨店とランカが薬屋らしきものができていた。そこにプヨンも何度か石売りに寄っている。
「それで、それを伝えにわざわざ呼んだの? 別にいいんじゃないの?」
「ちょっとな。2つほど問題があってな。1つはあの辺りは野生の危険生物が多い。もう1つはなぜかランカ人気がすごいんだ」
妙にタダンは詳細説明を渋る。ランカ人気ってなんだそれはとプヨンは思う。
ヴァクストも言っていた。あの辺りは、いろいろとあって無人地帯だそうだが、旅や冒険目的、狩人などの往来はそれなりにある。
「ヴァクストが言っていたな。あそこは人通りがある割に町ができないんだと。だから俺が出す、いや出せるんだと」
タダンがそうだとうなづく。過去も何度か街づくりをしようとしたが、いずれも頓挫したそうだ。
大きな理由の一つが危険な飛翔生物群シーヴイの存在だ。とりわけ中型の飛鷹グリフィンの狩場が近く、年に1度の繁殖期になるとあのあたりは通行止めになることがある。
大型の隼鷹ホルスやオレバーンに比べると癖がなく、うまく調教すると懐くそうだが野性種が獰猛なことには変わりがなかった。
それがランカがきてからは今のところ一度もこないらしい。
「結局何が言いたいの?」
「うん、奴らは一緒に街づくりをしたいそうだ。特にランカはプヨンにやる義務があると言っていた」
「え? 義務ってなぜに? それはやってもいいけど、俺じゃ何もできんのでは?」
「よーし、やってもいいんだな。決定だ」
めちゃくちゃ強引に決まった。
何をするかはタダンもよく知らないらしい。薬瓶を持っているから、その作成か石売りか。それとも害獣が現れた時のサポートの依頼か。
それは出てから考えて引き受ければいいとのことだったので、できる範囲でと答えておいた。
「実はな、今、ランカ人気はすごいんだ。わざわざここからランカの小屋まで礼拝に行くやつがいるくらいでな。俺もあれから2、3度会ったけど、なんか近寄りがたくなってるよ」
「しかし、わざわざタダンを通さなくても、ヴァクストがあの場で言えばいいけどなぁ」
「そこはレスルを通すと、いろいろとそっちのサポートもあるからな」
「なるほどなぁ。わかった」
それだけ言うと、タダンはまた薬瓶運びに戻っていった。ランカのところに届けるらしい。
それからしばらく、プヨンは適当に時間を潰していた。帰りは最終の船で戻る約束をしていたので、早めに船着き場についてユコナを待っている。
「まぁ、まだ30分以上あるしな」
先に帰ったかもとも思ったが、この前の船だとさすがに時間が早すぎる。
別に一人で帰ってもいいのだから焦る必要はない。そのまましばらく港の待合所で待っていると、ふと、まわりの会話がながれてきた。
「おぉ、町はずれの孤児院で火事があったらしいな」
「そうらしい。だが、ほとんどけが人はいないらしいがな。重傷者が1人いるくらいだと聞いた」
そんな内容だったが、時間もまだあるし、最悪、船なしでも帰れる。プヨンはそう思うと、町はずれにある孤児院の場所を聞き、急いで向かった。
何か嫌な予感がした。
町はずれと言っていたが、まだくすぶっているのか、煙があがっているのですぐにわかり、プヨンが筋力強化で走るとそこまでは5分弱だった。ここにユコナがいるという確証など何もないが周りに聞いて回る。
「火事で怪我をした人ってどこにいるんですか?」
消火活動後の後片付けをしている人に聞いた。
「怪我人はほとんど治療が終わって、もうみんな帰宅したんじゃないかな」
杞憂だったかと、引き返そうとすると、
「そうそう。一人重傷者の女の子がいたはずだ。あの子のおかげでみんなが助かったんだが、治療ができずに奥の簡易診療所に連れていかれたはずだよ」
そう言われた。その診療所の場所はすぐにわかった。
そして悪い予感はあたるもので、やっぱりユコナが横たわっていた。
一目見ただけでひどい怪我をしていることがわかる。右足の膝から下が火傷を通り越して炭化しかかっている。髪の毛もかなり縮れていた。
目が合うなり、ユコナは申し訳なさそうにつぶやいた。
「約束の時間にいけず、ごめん。ちょっと……ドジをしてしまったの……」
ユコナは気丈にふるまっているように見えたが、思いのほか重症だった。
予測していたことではあるが、プヨンはどう言葉をかけていいかわからなかった。最低限のことだけは伝えておく。
「わかってる。今度からどの程度の失敗をするか、事前に連絡するように」
そう言うと、プヨンはユコナの脇に座り、状態を詳しく確認しはじめた。




