手紙の届け方
数日後の夜、プヨンは連日の歩哨当番にあてられ、今日も上番していた。
先日のバルーンファイトから3回連続で午前2時~4時、サラリスの呪いが発動している。今月の初年生の当番のシフトはサラリスの管轄らしい。
先日の二ベロ達との件でやりすぎてサラリスへの心証を悪くしたかなと思っていたが、3回連続でサラリスも同じ時間に割り振っているとプヨンに合わせているようだ。
「あれから、脱出ゲームはどうなってるんだ?」
「うーん、マウアーと頑張ってるけどね。6体いると言われてるんだけど、いっつも5体しかいないし、せいぜい2体ほどにダメージを与えるのが精いっぱい。これ、食べる?」
そう言いながらプヨンが好きな飴をくれた。多くはないが魔力を含んだ疲労回復剤だ。微魔力の状態で売られていて、自力で追加で込めることもできる。
どうも脱出はサラリスも含め、うまくいっていないようだ。あたりさわりのない会話で様子をうかがうが意外と機嫌は良さそうだ。
皆が嫌がる深夜の歩哨時間をサラリスが率先して引き受けるのは、プヨンとしても感心していた。サラリスにそういう側面があるとは知らなかった。
そうなると道連れとはいえ、プヨンが嫌がるのも大人気ない気がして、先輩のお姉さんは諦め、大人しく付き合っていた。
が、それも限度がある。3回目にはさすがに飽きてきた。どうやらこれがサラリスの言うお詫びらしい。サラリスのやられた感を払拭してスッキリするため、訓練という名のお詫びをしろだそうだ。
「プヨン、今日こそプヨンを落とすわ。さぁ教えて、あなたの弱点を。どうやったらプヨンを撃墜できると思う? まぁ、手始めにヘリオンでもいいけど」
「あー、それは無理なんじゃないかな。実は秘密なんだけど、俺も弱点が何か毎晩探してるくらいなんだ。追いついたように思ったのは一周遅れだからでは?」
いつものプヨンとサラリスのディスりあいが始まる。サラリスを褒めるのはなんとなく負けた気がするが、それはサラリスも同じようだ。
「しかし不可能に挑戦も大事だよ。ニベロかヘリオンを落とす方法なら教えてあげるけれど」
「貴族婦人も悪くはないけど、私は次の時代を動かすのは魔属だと思っているのよ。魔性の女よ」
まあ末端の地方領主程度の小金持ちと、中央にしっかりした権力基盤があるのとでは全然違うだろうが、サラリスはまだそういうところには興味はなさそうだ。
「仕方ないわね。今日もターゲットドローンになってよ。クレーピジョンでいいよ」
「いいけど、他のやつには言うなよ」
「今日こそは、全段命中させて服の色を変えてやるわ」
サラリスも他の同級生相手では全力の撃ち合いはためらうし、魔力軽減装備を使うなどで遠慮してしまうようだ。
それはプヨンも同じ。特に全力だとどの程度の衝撃があるのか、実戦の機会など皆無のプヨンにとってもこれはこれでいい練習になっていた。自分の防御が上達することがわかり、歩哨中はいつでも仕掛けてきていいと、気がすむまで相手することに決めていた。
俺の倒し方を俺に聞くなよと思いつつ適当に返事をするが、サラリスなりに自分を強くしたい気持ちもわからなくはない。
「じゃあ、池を哨戒活動するからその間に撃ち込んできていいよ」
「え? 撃ち落としちゃうのよ?」
「ザコとは違うのだよ、ザコとは。そんなへなちょこ弾では無理だよ」
「クッ。言ったわね。さっさと飛びなさいよ。見せてもらうわよ。浮遊プヨンの鈍足とやらを」
「むぅ、痛いところを。離陸距離が長いのがネックなんだよなぁ」
プヨンはニベロやターナに比べるとどうも飛び上がったあとの動きが鈍い。飛ぶというよりは気球のように浮いている状態だ。飛行速度が安定するまでの助走も長い距離が必要だった。
サラリスをうまく利用しつつ、これをなんとか改善したかった。
プヨンは『ピースメーカー』で浮かびあがる。
低高度ではあるが、星あかりの下で優雅な遊覧飛行を始めると、待ってましたとサラリスが動く。遠慮とか気配りのかけらもなく、気合の掛け声と共に『アイギス』で撃ち落としにきた。殺る気満々だ。
「落ちろ落ちろ落ちろー」
ピュン、ピューン
ゆるゆると避けるプヨンにサラリスの炎弾の風切り音が聞こえる。高度が低いからか森の木々の壁もあってほとんど学校からも見えないため遠慮がない。
バシュ―バシュ―
狙いが正確になり弾の風切り音が変わってきた。プヨンの耳元で音がする。サラリスは前回の教訓を活かして7.7cm火球はやめ、大型の20cm火球で威力増加をしているようだ。
あわてて『盾板に水』で機体下部に水壁を作る。もちろんその内側にはいつもの防御壁もあるため、対応は万全だ。
「こらー、この間より威力が上がっているじゃないか」
「当然よ。圧縮火球『烈火サラン弾』は密度(サラ比)10倍よ。ユコナなら一撃で撃破できる威力なのよ!」
「烈火サラン弾? 何だそりゃ?」
ユコナには試したらしい。たしかにいつもの火球の明るさとは比べ物にならない。よほど密度が濃いのだろう。サラリスが自慢するだけのことはある。
もちろんプヨンもサラリスが油断したタイミングを見計らい、たまーに反撃もする。当てるつもりはないから少し離れた切り株に向かって3発ほど威嚇射撃だ。
バババッ、ドン
「ああぁ、一撃、ザコが一撃で撃破なの?」
「ふふふ、ビビったか。」
プヨンの火球があたった切り株は一瞬で燃え上がり、さらに続く水弾で火を消す。サラリスは自分に当たった時を想像したのか声がうわずっている。
動く的をこなしつつサラリス弾を観察する。間近で見ると結構な弾速だ。ギリギリで交わせるが、これ以上弾速があると避けるのは厳しい。すでに随分改善されていた。
「なんでー、かすってるのにー」
ピュンピューン、ジュジュジュー
サラリスの火球の風切り音と、プヨンが出した水に火球が触れた時の蒸発音がする。意図的に近づいたりして、ドライビングレンジに付き合いつつ有効射程に探りを入れていた。
実水の『盾板に水』の効果は意外にも強力で、サラリスの気体火球では突き破ってくることはない。 ユコナなら水そのものを蒸発させ、盾を無効化してくるかもしれないがそういう発想もないようだ。
バシッバシッバシッ
「どうよ。私は1時間三千発打てるのよ。……計算上だけど」
後半は声が小さく良く聞こえなかったが、1時間三千発なら6秒5発。十分脅威だ。
「98、99……次はどうした?三千までまだまだだよ」
そして99発目の火球でガクッと威力が小さくなった。
「うるさーい。ちょっと黙ってて」
「まだ、たったの2分ですよ? 3000発まで、あなたには0時間と58分の速射が残っている」
パラメトリックスピークで、大声だがサラリスにだけ聞こえるように呼び掛ける。
威勢のよかったサラリスの迎撃が99発目で終わってしまった。ここからが楽しいとばかりにプヨンは挑発したが返事がない。どうやらただの弾切れのようだ。
しかしサラリスもあれだけの連射をすると、全力疾走に近い消耗をしているはずで、本当は2分もよくもったというべきだろう。
「うわー、落ちろ落ちろ、落ちろー! 同時に128体捕捉できるのにー」
怒りパワーでさらに3発飛んできた。
「おぉ。やるな。128って99+3発しか撃てないのにか?」
「サラ、かわいそう。弾薬補充には30分もかかるのに……」
全弾撃ち尽くしたあと、サラリスの言葉による最後の反撃もおわる。
「アサップ」
反撃がないとわかり悠々と上空を舞いながら悔しそうな顔を堪能する。3周目はジャンプで手が届きそうな高度だ。これ見よがしに火球を打ってへとへとのサラリスに避けさせるとプヨンは着陸体勢に入った。
あとは停戦交渉を行い、明日のおやつを賠償金としてせしめよう。そう考えながら、ことさら優雅にゆっくりと着陸したが、そのとき随分と遠くだが夜空にもう一つ灯りが見えた。
そのあとも小さいが連続で光る。
「あれは?」
サラリスも気づく。魔法による発光のようだ。人か獣かどちらが出しているかまでは判断できないが、何かしら戦闘中のようだ。それも空中で。
「だいぶ距離はあるわね。1kmくらいかしら。演習場のもっと向こうの方だけど、まだ学校の敷地内よね。どうする?」
「ルール通りなら誰何(すいか:所属などを確認すること)して、反抗する場合は威嚇射撃で身柄を確保って流れだけど、さすがに声が届かないよな。結構何回も光が見えるけれど、動物同士の狩りとか?」
さすがにバカみたい乱射したサラリスには体力的な余裕がないだろう。そう考えプヨンが威嚇射撃を試す。プヨンには余裕で射程内であるので、大きめにはずして万が一にも当てないように配慮した。
「マイルレイス」
アサップの赤い炎とは異なり、数万度以上の炎だ。夜間でもあり紫外光の炎を長距離モードで飛ばす。
距離が離れるに連れて熱量が奪われていくため、長距離仕様で炎の熱量を補充し続ける火球だ。周りが夜の水辺だと墓場でリンが燃えるような不気味さがある。
「え? 何あれ? レイス? レイスって何?」
サラリスが一瞬驚いたが無視して、少し間隔をあけながら数発撃ち込んだ。
「ガイドモード」
誘導モードにして軌道補正しつつ目標を通り過ぎ、火事にならないように消した。初弾は2㎞くらいは飛んだだろうか。
「ちょっと。どこまで飛ばすのよ」
サラリスが射程に驚くのを見つつ、2発目以降は少しずつ寄せて威嚇することにした。
「プロキシミティフューズ」
ある程度まで近づいたところで火球を破裂させた。生命反応があるものに近づくと破裂する近接信管モードだ。もちろん信管発動の判断は目視だ。
4発目に大きめの火球が小さな散弾とし飛び散り、群がっていた相手は一斉にパッと散開するのがわかった。
「サラ、マールス信号でこっちに来るように伝えてよ。俺は迎撃モードで」
「わかった。人なら何かしら反応するよね」
夜間だからちょっとした明かりでも遠くまで見える。サラリスは火球の出し入れで発行信号を送り、共通言語のマールス信号で『読めたらこい』と3回送った。
言葉の意味まで読めたのかはわからないが光は見えたようで、方向が変わりかなりのスピードでこちらに飛んでくることがわかった。耳が震えたため、超音波系なのか返事を送ってきたのがわかった。
「こっちにくるようだ」
「え? なぜわかったの?」
サラリスが驚いている。
飛ぶスピードが速く大きな鳥であることがわかる。その後ろに細かい生き物が10匹ほどついてきて時折ボボッと赤い炎が見え隠れしていた。
「後ろからなんかついてくる。追われてるみたいだね」
「赤い炎を出す生き物だったら、このあたりじゃドラゴンフライね」
待ってる間にサラリスの肩口を掴む。サラリスの魔力路にプヨンをつなぎ並列接続にする。
「パラレリング」
サラリスのほぼ空っぽの魔力路に補充しておく。
「いまだ。迎撃魔法『アイギス』」
「え?わかった。あの鳥の後ろを狙うのね。2匹か3匹の虫がいるけど、追い払うだけよ?」
サラリスは疲れて無理とは言わなかった。自分でもある程度疲労が回復した実感があるのだろう。薬瓶で補充したのと似たような感触があるようだ。
バッバッバッ
サラリスは先程散々プヨンに浴びせた速射火球を撃ち放つ。
「落ちろ、火トンボ!」
やはりドラゴンフライが炎を吐いて集団で襲っていたようだ。
サラリスが火球を打ちこむと、群れていたドラゴンフライは一斉に散開する。運の悪い2匹がサラリスの火球に羽を燃やされ、池に落ちていった。
こちらの援護が伝わったのだろう。敵意は感じられずこちらに大きい黒い鳥が近づいてくる。地面に下り風防をとりはずすと人の姿を取っていた。
「いやー助かりました。追われておったのですよ。危ういところでした。つい腹が減って一匹食べたら、やつら仲間を大量に集め襲い掛かってきたのです。多対一など、騎士道精神のかけらもないやつら。困ったものです」
どうやら目の前に出たエサに飛びついたということなのだろうか。プヨンは、もう少しで焼き鳥になるところだったこの初老の紳士に見覚えがあった。
そうだ。この間会った、たしか名前はノミだ。
それは向こうも気づいたようだ。プヨンの顔は覚えているようだったが、名前を思い出すような顔をしていたので、
「これはノミさんですか。またやってきたんですかね? プヨンですけど覚えていますか?」
ノミは懐から何やらメモを取り出していたが、プヨンが安心させるためこちらからそう切り出すと、
「たしか、配達先……智将プヨン殿と。おぉ、智将プヨン殿。奇跡か。まさかこんなに簡単にここで会えてしまうとは」
「え? 智将? 誰が?」
サラリスは状況が飲み込めず、2人が顔見知りと知り驚いていた。




