飛行の仕方 2
元気が残っているサラが、浮上バランス最悪のユコナを伴ってやってきた。どこにそんな元気が残っているのかと思ったら、ニコニコ顔のニベロとヘロヘロ顔のヘリオンもいる。
「どうですか。余力のある者だけでもう少しやりませんか?」
とても珍しい。取り巻きのヘリオンではなく、わざわざニベロが話しかけてきた。もちろんヘリオンがこなかったのはすぐわかる。へばっているからだ。
ヘリオンは二ベロのすぐ後ろで断ってくれとばかりにイヤイヤーラを振り撒き手を横に振っているが、サラリスが溢れさせているミテミテーラに完全にかき消され、まったく効果がなさそうだ。不思議とメサルもついてきていた。
なるほど、サラが元気なのはニベロに誘われたからか。いいところを見て見てアピールしているからわかりやすい。同じ理由かユコナもターナも誘われたようだが、そう嫌そうな顔はしていなかった。
「あー、俺は違うよ。一応審判だから」
「審判? なんだそりゃ?」
メサルの説明はプヨンにはよくわからず思わず聞き返すと、ヘリオンが今から何がしたいのか渋々説明してくれた。ニベロがやりたいことは空中戦『バルーンファイト』がやりたいらしい。
『バルーンファイト』は魔法を学ぶ者たちの間では、遊び兼実戦を兼ねて行われる一種の空中戦ゲームだ。プヨンもルールは知っていた。
そもそもこれに参加するには、最低3分は浮遊できることが最低条件だ。それだけでもそれなりの魔法を使えることを意味していた。
別にバルーンといっても風船を使って飛ぶわけではない。
タイヤード所属のエリート飛兵などは別にして、ふつうの人はバランスを取って空中に浮かべるだけでも十分優秀なのだが 戦闘しながらではまず素早く飛べない。かろうじて漂う程度の動きしかできず、それが気球で飛ぶところに似ていることが名前の由来だった。
「ほら、撃墜マークを持ってきてくれよ。お前らのマークを真っ赤に染めてやるからさ」
「ふふふ。残念ながら、かすりもしませんよ」
二ベロが撃たれた時のダメージを示すダメージゲージを取り付けながら、サラリスと前哨戦をしている。このダメージゲージとして、頭や胸に紙風船をつけてつぶし合う形式があり、風船が燃えたりはずれたら撃墜されたとするルールに由来するところもあった。
3人1組でやることが多く、本体=気球役、護衛機役、地上制御兼救護役の3名が基本構成で、4人以上は護衛機役が増えていくことが多かった。
また撃墜前に浮揚魔力が尽きて不時着したものは原則その場から動けないため、地上からの迎撃砲台になる。まぁ不時着時点するくらいだから、枯渇している魔力では大したことはできないため、たいていは狙い撃ちされてしまうが。
基本は空に浮かんでいるものは好き放題攻撃してもよいことになっている。そして、相手メンバーをすべて着地または撃墜したことができれば勝ちだ。
地上の制御係は墜落時に助ける役割があるから、地上担当同士では攻撃できない。また、撃墜された者も以降戦闘には参加できなくなるが、空中で撃墜されて墜落する者は敵味方問わず救護する義務があった。
特定の集まりなどではよく行われる盛り上げイベントのようなもので、地方によっても独自ルールがある。上位同士の戦いではそれなり様になるようだ。時には領主同士や国同士でもイベントがあるくらいだった。
すでに体力切れとなっているヘリオンの顔を見ていると、墜落時の救助対応が心許なかったのか、突然ニベロが『プレステージ』を使った。
『プレステージ』は、おそらくプヨンには簡単には使えないだろう。
生まれながらに国威発揚や威厳の出し方、人を指導する立場を求められたものが身につけられる雰囲気魔法のようなものだ。
この人のために頑張ろうといった類の魅了魔法ともいえる。二ベロが皆のやる気を引き出した瞬間、ヘリオンが背筋を伸ばして、エネルギー切れで死にかけていた目に一気に精気が満ち溢れてきた。
「心配するな、俺の浮上魔法『べイルアウト』は完璧だ。いまだかつて失敗したことはない。必ず助けてやるから、プヨン達は燃え尽きるまで戦い抜くんだ!」
息は切れているがニベロがやろうというのだから拒否は許されないのだろう。ヘリオンのやる気がここまで感じられる。おそらく明日はぶり返しで、知恵熱が出るであろうヘリオンには少し同情したが。
二ベロが浮上魔法=墜落防止魔法について、高らかに宣言する。
「ベイルアウトは、使うのは今日が初めてだからな」
「は? ちょっと待って」
「失敗したことはないと言っただろう」
プヨンは慌てて聞き返す。詳しく聞きたかったが、二ベロにゲーム内でのダメージを表示するための丸い用紙を手渡され、そのまま肝心なことを聞けぬままに始まりそうだ。
まぁ、二ベロを墜落させたらヘリオンもただではすまないだろうから、命がけでそこはなんとかするのだろうが。
「その紙の色が赤になったら撃墜ですよ。入試の際にもダメージ量を測るために、色が変わる服を使いましたがそれと同じです。魔法による被ダメージがあると、色が赤に近づいていきます」
「あー。当方審判ですので。お忘れなく、私が正義だということを」
二ベロが説明するところに、ずっと黙っていたメサルが口を挟んできた。メサルもこうした競い合いは嫌いではないのか、口調が軽く珍しく軽口などたたいている。
二ベロを先頭にプヨン達3人は、サラリス達女性組とは少し離れたところに移動し向かい合った。
「よし、では3人で頑張りましょう。我らの手で反逆者どもを打倒し、世界に平和を取り戻すのです」
プヨンはサラリスにお前が反王室派代表になったんだぞと伝えて反応を見たかったが、残念ながらその機会はなさそうだ。黙って二ベロの次の指示を待った。
「では、参りましょう。『パンダース』」
二ベロが浮遊魔法を使い、ゆっくりと上昇しはじめた。意外に滑らかな動きで移動も速い。
「もしや、F8F式とか? 機動性重視なのか?」
「な、なに? 何故知っている? プヨンは浮遊魔法に詳しいのか?」
二ベロが秘訣を知られたというような顔をしているが、二ベロのパンダースは熊猫由来なのだろうか。二ベロの上昇速度が速い。すぐに20mくらいの高さになっていた。慣れているのか、小回りが利いている。
「い、いや。聞いただけです。じゃぁ、平和を守る俺は、『ピースメーカー』」
二ベロがプヨンの予想外の知識に驚くなか、プヨンも今日練習したばかりの浮遊魔法を使う。やはり二ベロに比べたら鈍重だ。しっかりと助走して勢いをつけると、ようやくゆっくりと浮かび上がれた。
サラリス組も準備が整ったようだ。真っ先にに突っ込んでくるのがサラリスかと思ったが、サラリスは意外にもどうやら地上担当のようで、ユコナとターナが浮かびあがっていた。
「いくぞ、プヨン。 狙うは敵気球本体だ。2人のどっちが本体かはわからんが」
対象を確定しないで突き進むあたり、二ベロも結構適当なタイプなのか。そう言いつつも二ベロを先頭にプヨン達は敵陣地に向かって進んでいった。
「よかった。俺よりへたれがいる」
プヨンたちは高度20mくらいで浮かびながら見ていると、ユコナがプヨン以上に必死に制御しているのが見ていてわかる。ほっと一息つけそうなくらいだ。
痛々しいくらいだが、ターナと二ベロは予想以上に動きがなめらかだった。重心があわず、千鳥足状態になっているプヨンやユコナとは対照的にきれいに旋回する。
「ターナ、護衛してよ。わたし動けないから」
「えー、世話がやけるわねー」
さっそく、二ベロとターナはゆっくりと慎重に距離をつめていき、時折威嚇の火球を2、3発単位で撃ち合っていた。何発かはすぐそばを掠め緊張感が漂う。
一方、地上にいるヘリオンとサラリスは対空攻撃だ。
「いくわよ、『アイギスの咆哮』」
プヨンに小火球で連射攻撃をしてくる。サラリス弾はプヨンの予想以上に射出速度が速いうえに弾数も多く、なかなか思うように避けられない。
反撃したいが、サラリスを攻撃する余裕はまだプヨンにはなかった。しかたなくプヨンはサラリスとプヨンの間に二ベロを挟むように移動する。
「すごいパイロットね。こちらと地球の一直線に二ベロを入れるなんて私みたいな淑女にはズル過ぎてできないわ。二ベロの影にいないで正々堂々と勝負しなさいよ」
「ふ。空に上がってきてから言え。さぁ、遠慮せず打ってこい。二ベロをやって反逆者になろう」
プヨンは、『盾板に水』で自分の下部に水壁を作り、サラリスの烈火サラン弾を防いでいた。
「あ、あぁっ。被弾した。サプレッションシールド」
サラリスが打った弾をプヨンが避けたため、二ベロは被弾し服の一部が燃え、紙の色も緑から黄色になっていた。
「あぁぁ、二ベロさまー、すいません」
「許さぬ。プヨン、いくぞ。やつらを殲滅するぞ」
「えぇ、そんな?」
二ベロはサラリスを睨みつけ、プレステージ連発で威嚇する。
二ベロは小回りの利く動きをしているが、さすがに飛びながら魔法を打つ余裕はなさそうだった。それでも出自がしっかりしている二ベロだ。幼少時から訓練でも受けてきたのか、プヨンやユコナとは比較にならない先読みするような動きだった。
「二ベロ覚悟!」
「なんの。反撃だ」
ターナも鈍重ではない動きで、二ベロと空中戦と呼べるレベルの戦いをやっているが、なかなか効果のある直撃にはならない。攻撃もほとんど火球のみで、とりあえず打っているというだけで狙いらしい狙いはない。照準あわせも何もなかった。
二ベロは攻撃をするとは言っているが、実際はよほど動くのが楽しいのだろう。全域を飛びまわり、ひたすら楽しそうに飛び回っていた。案外後方で構えているよりは前線に立って好き放題するのが得意なタイプなのかもしれない。
バシバシッ
「あぁっ、ニベロひどい。お尻が燃える」
「これも王国の安泰のためだ。戦場の土と消えるがよい。許せ」
ユコナは二ベロの攻撃で被弾し、仕返しとばかり、ターナはプヨンをつけ狙う。
「堕ちろ、堕落しろ」
「ふふターナ機はその程度か。プヨン機の装甲は完璧だ」
「いいぞ、プヨン。その調子だ」
ターナが火球のようなものを連続で打ち込んできたが、問題なく落としきることができていた。
ニベロの賞賛があってからというもの、羨ましいのかサラリスが執拗にプヨンをつけ狙う。高射魔法で主にプヨンに向けて対空砲火を続けるが、プヨンは下部の水壁で全弾防ぎ続けていた。
「プヨン、高高度飛行に入ります」
「いいぞプヨン。そのまま振り切るんだ」
ニベロとともに高度を上げ、ターナが高度についてこれなくなったところで、上からポツポツと火球を落としてターナを攻撃する。下からはヘリオンも狙い続けている。
「よっし。やった。撃墜だ」
上の二ベロと下のヘリオンで挟まれ逃げ惑っていたターナに、地上からのヘリオンの高射火球の一発が当たったようだ。慌ててユコナが雨で消火するが、バランスを崩した上に、ターナは魔力の残量が尽きたのかゆっくりと降下していった。
一方、サラリスも高高度のプヨンを諦め、比較的近くを飛び回るニベロを狙う。しかし、まだ覚悟が足りないのか、国家の敵を選んだ割には直撃させずにいる。たまに二ベロをかすめ、服が白煙を上げる程度だ。
ニベロは上空のプヨンを見上げ、
「ふふ。ウロウロ逃げるより当たらんものだよ。私は保証しないが」
今日は珍しく饒舌なニベロだ。意味のわからんことを言いつつも、サラリスの攻撃は巧みにかわされていた。しかし、それも長くは続かない。
「すまぬ、プヨン。俺の護衛はここまでのようだ。無事生き延びてくれ」
そう言うと二ベロは滑空モードに入った。どうやら魔力切れのようだ。
「ニベロ様、退避支援します」
「頼む」
ニベロとヘリオンは手慣れているのだろう。撃墜されないように、弾幕の届かない端の方に誘導し、着陸した。
そろそろ終局のようだ。プヨンも上空に浮かんでゆっくり動いていただけだが、最後に一発、やるべきことがあることを思い出した。
ゆっくりとサラリスの上空に移動する。サラリスは自陣エリアから移動できないので、真上に移動するのは簡単だ。
サラリスからはプヨンの水防御が良く見えていないようだ。そしてプヨンは移動しながら、空中の水をかき集め、下部の装甲をさらに強化する。
「サラ、気をつけて真上にくるって何かしてくるよ」
「真上は射角がキツいから狙えないわ。考えたわね」
サラリスとユコナが叫び合っていた。サラリスの真上にきた、プヨンはかなりの水を抱えている。
「あいつ、まさか」
サラリスが危険を察した時、
「ボムズアウェイ」
全水を切り離す。滝を通り越し、厚さ30cm近い水壁が地上に落ちていく。
「待って。待ってったら」
自陣から逃げられないサラが慌てて何かしているが、
バッシャーーン
「ブベェッ」
奇怪な叫び声を上げ、びしょ濡れになって倒れていた。
「プヨン、見事であった。王国の平和は守られた」
「恐縮です」
無事地上に降りたプヨンは憮然としたサラリスの前で、ニベロからお褒めの言葉を頂いた。
「ひ、ひどすぎる。絶対グレてやるわ」
サラリスも決意を新たにしていた。
「打倒プヨン」
プヨンには何が起こるかわからない呪いがかかった。




