表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔法の使い方教えます  作者: のろろん
233/441

食欲増進の仕方


「お待たせしました。ノビターン様、まったく連絡がありませんでしたので、心配しておりましたよ」

「ごめんなさい、ちょっとトラブルがあって戻れなくなってしまったので」

「なんと。しかし、丸三日は連絡ありませんでした。教会側にもすでに連絡がいっており大騒ぎですよ」



 ノビターンは思い返す。


 三日前に池のほとりでノミと別れ、いつものように中心の塔にある精神接着剤『グルーオン』を取りに向かった。


 いつもなら濃縮された液体を収集瓶に移し替え密閉するまで1時間ほどお茶をして戻るだけだ。もう何回も繰り返してきた、なんの変哲もない一人でできる作業だ。


 誰にも見られず、痕跡を残さず往復するだけ。たまに危険な生き物が遭うが、それも軽くいなせる力が自分にはある。出会った生き物には可哀そうではあるが。


 今回も想定外の生き物、人と出会った。どんなに気を付けていても、偶然でくわすことはある。過去も見られたことがゼロではないが、興味を持たれることも少なく、そのまま撒いてしまうことがほとんどだった。

 

 しかし、今回は振り切れず後をつけられた上、最後まで気づかず建物の中まで踏み込まれた。


 もちろん追い払えはしたが、帰りにいざ魔法を使おうとしたら発動しなかった。気がついたら魔力電池マリブラの残量が完全に空になっていたのだ。どうしてそうなったのか、まったくわからない。



「ま、魔力が空になったの……。だから、自分でここまで戻る必要分を確保するのに2日かかってしまったの」

「な、なんですと? ちゃんと満充填を受け取られたんでしょうか? それでどうなされたので?」

「どうしようもないわ。食べ物も大して持っていなかったのよ。まさかこんなことになるとは。水はなんとかなるけど、さすがに食べ物はどうしようもないでしょ。自分の魔力をじみーにじみーに貯めていったの。辛かったわ。思い出したくもない」


 あの者の名前は忘れられない。たしか、『プヨン』とか言っていた。


 魔力残量が0になったことで思い当たることといったら一つしかない。


「ちょっとトラブルがあって、一気に解決しようと魔力を最大級で放ったの。でも、一瞬で蹴りがつくかと思ったら思いがけず長引いてしまって」


 あの時抵抗されたときに魔法を放った以外、これといって使った記憶がない。原因はそこしかないはずだ。


「それでもなんとか持っていたマリブラを使い解決したの」


 思い出しながらも腹が立ってくる。ヤツを下に突き落として、止めを刺した勝利の記憶が辛うじてそれを癒してくれる。


 しかしその後が辻褄があわない。このことはノビターンはもう何度も思い出していた。


 たしかに致命の一撃を与えたはずだ。その状態であの高さから地面に落ちたら無事ではすまない。生きていたとしても大けがのはずだった。


「そう。あっさり片付いたと思っていたのよ。そして戻って食事を温めようとしたらできなかったの。魔力が空になったことに気づいてから慌てて死体を探しに戻ったら何もない。血痕すらなかったわ。いまだに理解できないの」

「さ、さようですか。そんなことがあったのですね」


 ノミはノビターンが一気にまくしたてるのに面食らって、ひたすら相槌だけを打っている。こんなに一方的に話すノビターンは初めてだった。いつもの冷静さや醸し出される威厳がなく、ノビターンの独白は続いている。


「そして、なんとか2日間かけて全力で魔力を貯めたの。やっとの思いで池の外に出るのに必要な魔力を確保して池の外に出たら、当たり前だけどまたここで魔力切れになったの」

「信じられませんな。あれだけの量を何にお使いになられたのでしょうか?」


 そこでノミには珍しくふと思い出したことがあった。先日池の畔であった者、例の智将の件だ。ただ話そうか迷っていると、ノビターンはさらに興奮しつつ続きを話し出したため言いそびれてしまった。


「食べ物もないし。もう死にそうだったの。だから、ネタノ神にお祈りを捧げたのよ。そしたら、なんと目の前に食べるものが現れたの。本当に奇蹟だわ。その食べ物のなんと美味しかったことか」


 ノビターンは涎がでていないか、念のため確かめていた。


「そんなに美味しかったのですな。わたくしにも大好物があるので気持ちがわかりますな。飛んだ後の食事はうまいですからな」

「そうよね。食べ終わってお腹が膨れて気力は戻ったんだけど、ノミとの約束の時間はとっくにすぎているでしょう。魔笛が届くかもわからないけれど、十分な魔力がない状態で森や池を突っ切るのも危険だから、しばらく様子を見ていたの。もちろん信託をいただきたくて礼拝はしていたわ。そうするとなんと、突然離れたところにネタノ神が降臨なされたのよ。少し離れていたけど間違いないわ」


 ノビターンには珍しく話がなかなかまとまらない。もともと神の声が聞こえるというノビターンのことであるから疑うことはないが、実際にノビターンが降臨などという話をするのは聞いたことがなかった。


 ノビターンの目前に神が降臨されたということで頭が一杯になり、プヨンに会ったことなどどこかに吹き飛んでしまい、驚きつつも聞き入っていた。


「そして、私の方を一瞥したあと、ネタノ神はそのまま湖の方に移動なされたわ。私は手招きされるがまま、ついていった。足を動かさないのに私の全力疾走に匹敵するスピードで湖岸に移動されたかと思うと、そのままあっという間に数キロ先の対岸まで氷の橋を造られたの。私のマリブラが満タンでもできるかどうか怪しい、途方もない魔力を使った方法よ。


 よほど興奮しているのか、ノビターンが全身を使って橋の形状や歩く姿を表現している。


「私は作って頂いた氷橋を渡ってここまでたどり着けたの。今日ほど心の底から、自分たちの信じる神の偉大さを感じたことはなかったわ」


 そこで恍惚とした表情をするノビターン。


「あーそれでも、あの時食べたあの食べ物は本当に美味だったわ。もしかしたらあれは神餐なのかしら。きっとそうよね。いつかまた食したいわ」

「ほー。そうなのですか? そんなものが? しかし、さすがノビターン様。私も一度食したいものですな」


 ノミがそう言うと、ノビターンはカバンから木箱を取り出しノミに見せた。


「ごめんなさいね。残しておけばよかったんだけど1つしかなかったの。お腹が空き過ぎて一気に食べちゃったから、そこまで気が回らなかったわ」


 綺麗な木箱だったが、ノミには不思議と見覚えがあった。そういえばこれは、あそこで知り合った者にあげた記憶がある。自分の弁当箱だったから、物覚えの悪いノミもそれは覚えていた。


「そ、その入れ物は? たしか……」

「え? 何? もしかして心当たりがあるの?」


 ノミは思い出す。これはさすがに普段から見慣れた持ち物であるから記憶が残っていた。


「それは、実は私の非常用携帯食入れに似ております。実は二日ほど前、ノビターン様からの連絡がなかったのですが、待ち合わせの予定時刻にお迎えにあがったのです」

「なるほど。迎えって池のところね? で、それがこの入れ物とどんな関係が?」


 一瞬、いやな感じがした。天からの災厄の前触れに近い気がする。


「そう。お別れした池のほとりです。そこでとある人物と会い少しばかり話をしました。その方は予定された見回り中ここに立ち寄ったと言われていましたが、私に友好的でした。なんと、王国の影の智将と言われておられましたな」


 ノビターンは俄かに信じられなかった。智将? そんな者がいるとは聞いたことがないが、もっと重要なことがある。どうしてあなたが一昨日のことを覚えていられるのよ、という疑問が強い。


 普段のノミは昨日のことも記憶が怪しいのに二日前のことを覚えている。よほど強い印象が残ったのだろうか。全てを信じられないが、ノミが自分のことを信じてくれたのなら、次はノビターンがノミのことを聞く番だ。


「その時の弁当箱ですな」

「で、その智将とやらはなんと?」

「我らがくると知り、ここで待っていたと」

「え? まことですか? そんなはずは」

 

 待ち伏せと聞くと自分達がくることを察知していたことになる。そして敵対でもないのにわざわざやってきたということは、何かの要件があったことになる。


 たまたま居合わせただけかもしれないが、ノビターンの頭には池内で会った人物、プヨンの可能性がちらついていた。ただ、プヨンとは出会った時間が合わない。別人だろうと考え直す。


「して、その者の名は覚えていますか?」

「え? もちろんですぞ。名を名乗られていました。そ、それは……影の智将の……。むぅ、あやつ記憶操作をして私の記憶を操作するとは……やはり只者ではない」


 ふー。ノビターンはため息をついた。いつものノミでよかったと安心する。たいしたことないだろう。


「もう、よろしいです」


 呆れたがノミにはよくあること。肝心なことは覚えていない。とりあえず背に乗って戻ろうとした時ノミが言った。


「では私の弁当箱をお返しいただけますか?」

「は? どういうこと?」

「その箱はわたくしのです。わたくしが差し上げた佃煮をノビターン様を通して返すとは、まこと智将に相応しい。我らの行動をそこまで予測するとは恐るべき洞察力」

「え? じゃあ中身は?」

「スワローテイル族秘伝の戦闘食、ウーリィベア虫の佃煮ですぞ。今神餐の如きうまさとおっしゃられたやつです」

「げっ!?」


 美声に自信のあったノビターンは自分が出したありえない声で精神に絶大なダメージを受けていた。これも智将の策略なのか。恐るべき自傷魔法だ。


 そしてウーリィベアの元の姿を想像する。一部の愛好家に絶賛されている昆虫食、エディブルインセクトの代表格だが、味以外の面でじわじわと持続する精神攻撃が続く。


「なんという恐ろしい魔法と策謀。永続効果があるなんて、ありえない……」


 これがノミの言う智将の作戦だとしたら、並大抵の智謀ではない。完全に読み切られていたことになる。ノビターンは戦慄していた。


「私が23年間で築き上げら神女のイメージを一瞬で打ち砕くとは。智将とやら許せないわ」


 もうあの味を知らなかった自分には戻れない。そんな自分自身を冷静に見つめ直したノビターンは、虫食いの事実と、それを美味と思ってしまった自分自身の複合攻撃に耐えられない。


「このことは調査します。ノミ、情報は漏らさないように」


 かん口令としてそれだけ指示を出すと、ここは淑女の対応として大人しく気を失うことにした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ